第848話
冒険者ギルド、訓練場。
今、カオルとシズクの立ち会いが始まろうとしている。
稽古に参加していた冒険者達は、固唾をのんで2人を見ている。
そこで、ぎい、と重い音を立てて、訓練場の扉が開いた。
イザベルが帰って来たのだ。
お、とマサヒデがイザベルに顔を向けて手を振り、
「早く来て下さーい!」
「はいー!」
だだだだだ! とイザベルが駆け寄ってきて、マサヒデの横に座る。
すぐにカオルとシズクの様子に気付いて、
「マサヒデ様。何か、様子が」
「まあ、気合を入れた稽古ですから」
カオルの空気はまるで冬の朝。
シズクの空気は台風直前の静かな風。
マサヒデはにこにこしているが、イザベルはかちかちに緊張してしまった。
すう、とマサヒデが息を吸い込み、
「はじめ!」
「ははは!」
笑いながら、しゃ! と凄い速さでシズクの棒が突き出される。
突く、突く、突く。
す、す、す、とカオルが避ける。
しゃ! もう一度突いた時、カオルが真っ直ぐ後ろに跳んだ。
顔の目の前に、ぴたりと棒の先。
「ふふふ」
にやりと笑って、小太刀の先で、こんこん、とシズクの棒をつつく。
おお! と冒険者達から声が上がった。
「流石カオル殿!」
横でイザベルも声を上げる。
が、マサヒデは顎に手を当てて、
「ううむ」
と、首を傾げた。
「マサヒデ様、何か」
「どうですかね」
シズクは手を抜いている。
全然鋭くない。
傍目には速い突きだが、シズクにしてはさほどではないし、速いだけだ。
シズクもにやにや笑っている。
「シズクさん、稽古だからって手を抜きすぎですね」
「え」
イザベルも周りの冒険者も、驚いてマサヒデを見る。
彼らには凄い速さの突きに見えたが・・・
「シズクさん!」
マサヒデが声を上げると、カオルもシズクもマサヒデの方を見た。
「手抜きは駄目です! もっと鋭く!」
「いいの?」
「構いません!」
シズクがカオルに向き直り、
「よーし! カオル! いくぞ!」
「来い!」
瞬間、ぴ! とシズクの突き。
う! とカオルが大きく避ける。
明らかに先程と違う避け方。
驚きの表情でシズクを見つめている。
「あーっはっはっは! 驚いたな! 良い顔だ!」
「・・・」
「まだ少し上げたくらいだぞ! 稽古だからこのくらいで勘弁してやる!」
ば! とカオルが大きく下がると、シズクも跳び込む。
どすん! と訓練場が小さく揺れる。
「んふふふ」
「ええい!」
カオルが片手で小太刀を振る。
「む!」
あの振り方は回し斬り!
イザベルは身を乗り出したが、はあ、とマサヒデが溜め息をついて、
「カオルさんの負けです」
シズクが棒を立てる。
カオルの小太刀がするりと抜けて入ったように見えた。
とった!
そう見えた瞬間、シズクが軽く踏み入れて、首にカオルの腕が当たる。
「あ!?」
カオルがまずいと思った瞬間、シズクは抱くように捕まえてしまった。
「げほっ!?」
「ほーい! 抱っこちゃーん!」
「そこまで!」
マサヒデの声がかかって、立ち会い終了。
軽く抱きしめたら、カオルの背骨も肋もばきばきだ。
「シズクさん、一本!」
「あはは! ほれー!」
カオルを離して、ぽーんと押すと、カオルが後ろに吹き飛んだ。
見事に宙で姿勢を整えて、さー! と後ろに滑りながら着地する。
「く!」
マサヒデが立ち上がってカオルの所に歩いて行く。
「全然駄目です。得物に合わせた使い方が出来ていない」
「は・・・」
がっくりとカオルが肩を落とした。
シズクの方を見て、
「シズクさんはお見事。練習の成果がしっかり出ていました」
「やったね! どうだカオル!」
「参りました・・・」
「あーははは! 私を煽るにゃあ10年早かったな!」
「ちっ」
小さく舌打ちをしたのを聞き逃さず、シズクがにやにやして顔を近付ける。
「おおー? カオル先生は不満かあー?」
「・・・」
「負けた事に変わりはないぞ! もうちょい腕上げてこい! あははは!」
ん、とマサヒデが頷いて、
「そうですよ。今の立ち会いで負けた事には変わりありません。
あなたが全力を出しきれなかったとしても、負けは負けです」
全力とは、忍の術を使えなかった、という事だ。
「は」
「私が言った事は覚えていますね。得物に合わせた使い方、少し考えなさい」
「は」
カオルはがっくりして、頭を下げた。
「さて。イザベルさん」
「は!」
「今の立ち会い、カオルさんの敗因はなんですか?」
「得物の長さ」
マサヒデが満足そうに頷いて、
「その通り。回転斬りは短い得物では、攻めは大して怖くないです。
打刀でも片手で柄頭を持って振ります。
そのくらい長く勢いをつけて振らないと、私達人族では中々斬れません。
シズクさん相手なら尚更です。皮一枚が良い所ですよ。
さて。カオルさん、小太刀で振ったらどうだか分かりますね」
「はい」
「イザベルさん。あなたの大剣にぴったり合うというのはここです。
あなたなら大剣を片手で振れますからね」
「は!」
「それとカオルさん。もうひとつ注意点があります」
「何でしょうか」
マサヒデが自分の竹刀の柄頭を指差し、
「ここ、真剣だったら何があります」
「柄頭ですが・・・あっ! 金具ですか!?」
「そうです。片手でここ持って振り回してたら、金具が取れてしまうかも。
取れるまで行かなくても、緩んで柄巻がズレてしまったり」
「確かに・・・」
「真剣で使う時は気を付けて下さい。これは介者剣術と言ったでしょう。
それも対多数の振りです。戦場で落ちている刀を次々に拾って使うとか。
そういう使い方が前提になりますからね」
「分かりました」
マサヒデがイザベルの方を向き、
「このように、刀だと色々と制限がありますが、剣だとあまり問題ない。
元々、刀の振りから出来た技術ですが、剣で使う方が合ってるんです。
イザベルさんは分かりますよね」
「は!」
「では、カオルさんとイザベルさんは立ち会い稽古。
カオルさんは無願想流で、足を止めて跳び込まずに振りなさい」
「足を止めて?」
「そうです。離れた所から凄い速さで跳び込んで一撃必殺。
これが無願想流の強さと思いがちですが、違います。
間合いの内で撃ち合いになっても強いんです。
そこをきちんと理解して下さい」
「は」
「イザベルさんは可能な限り防いで下さい。
あなたの目なら、カオルさんの振りは見えます。
そして、あなたの得物で受ければ、カオルさんの刀は折れるか曲がるか。
避けずとも構いません。受ける事が出来れば、7割は勝ちです」
「は!」
「結構! 稽古を始めて下さい!」
「は!」「ははっ!」




