第847話
翌朝、魔術師協会。
朝餉を食べた後、いつもならすぐ稽古にと出て行く所だが、マサヒデは湯呑を両手で持ったまま、じっと眉間に皺を寄せている。
シズクがカオルを見ると、カオルもシズクを見て、2人で肩を竦める。
何があったのかは分からないが、やけに真剣な顔だ。
マツが心配そうに、
「何かございましたか? 気になることでも?」
ぎく、とマサヒデが顔を上げ、
「え!? いや、ううむ・・・」
「どうしたんですか?」
「気になると言えば、気になる・・・ような」
段々マサヒデの声が小さくなる。
少しして、ふう、と息をついて、
「朝稽古に行きます」
と、立ち上がって刀架から雲切丸を取って、マサヒデは出て行った。
皆が顔を見合わせて、
「何でしょう」
「何かあったっけ?」
「さあ・・・私には分かりません」
「何でしょうね?」
シズクが首を傾げて、
「まあ、後で聞いてみようよ。カオル、行こ」
「そうですね。では奥方様、行って参ります」
「私も行きます」
クレールも立ち上がって出て行った。
マツが首を傾げる。
昨日、何かあったのだろうか? 帰ってきた時は何もなかった。
素振りの最中、また何か思い付いたのだろうか。
「ううん・・・」
よく分からないまま、マツも執務室に入って行った。
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冒険者ギルドの入口で、マサヒデが止められた。
「トミヤス様、おはようございます!」
「おはようございます」
「昨日、通信がありましたよ! キホの冒険者ギルドです!」
「おっ! きましたか!」
これは製鉄の話だ。
クレールに頼んでレイシクランの者を送ってもらった。
きっと、上手く契約を結べただろう。
受付嬢が手紙を出して、
「はい! こちらが通信の内容です!」
「ありがとうございます」
受け取った所で、カオルとシズクとクレールも来た。
「ご主人様」
「何々? またやばい話?」
「ふふふ。違います。これはキホの冒険者ギルドからきたものです。
製鉄の話の返事でしょう」
ぱあ、と3人の顔が明るくなる。
「おお!」
「やったね! 読んでみようよ!」
「やりましたね!」
「どれどれ」
封を開けてメモを出す。
御三家は全てマサヒデ=トミヤスと永代契約を希望する。
毎月金貨10枚。毎年、ホルニ工房へ玉鋼を送る。
目付けが到着するまでは、魔術の道具はキホ冒険者ギルド預かり。
ファッテンベルクとは交渉済み。
契約開始は目付けが着き次第とする。
簡単なもので、交渉成立という結果だけ、という感じ。
きちんとした書類は、交渉に行ったレイシクランの者が持って来るだろう。
「なるほどなるほど。ファッテンベルクから目付けが到着してから。
急いで馬を飛ばして船も使って、2ヶ月はかかるか・・・うん、楽しみですね」
「良いかと思います。後はファッテンベルクからの目付けを待つだけと。
ところで、またご連絡があると思いますが、宜しいのですか?」
「ううむ、リチャードさんですか。あの人、怖いですからね。
手紙で済めば良いんですけど」
カオルは小首を傾げて、
「固そうなお方です。顔を合わせて礼を言いたいと、必ず通信が来るかと思いますが」
「私もそう思いますよ。礼儀正しいお方です」
クレールも頷く。
ふう、とマサヒデが息をついて、
「まあ、ううむ・・・仕方ないですかね。
お礼は軽く済ませて、後はイザベルさんに任せましょう」
「リチャード様は苦手ですか?」
「あの方は緊張しますよ。威厳って言うんですか、気合い負けするというか。
陛下とは少し違う感じですけど、軍人っていう職業柄でしょうか」
カオルが頷いて、
「ファッテンベルクはそこら中に魔獣がおり、兵も走り回っております。常時緊張状態の国境にいるようなものですから。常に兵が出ておるような地ですので、ああもなりましょう」
「ふふ。家庭では抜け毛を心配してですか」
「ふふふ」
「あはははは!」
げらげら笑うシズクを見て、
「次、シズクさんも一緒に挨拶に来て下さいよ」
「えっ? 私?」
「カオルさんも」
「は」
「二人共、私の身内なんです。イザベルさんともしょっちゅう顔を合わせてるんです。顔見せだけですよ」
シズクが顔をしかめて、
「なんで私も?」
「私の家臣ではないですが、家族みたいな者じゃないですか。
イザベルさんのお父上ですよ。挨拶くらいしましょうよ」
「やだよ! 怖いんでしょ!?」
「怖いですよ。でも来て下さい」
「やだよ!」
ふ、とカオルが鼻で笑って、
「そうですよね。礼儀も言葉遣いもまともに分からず、貴族の方の前に立つのは不安でしょう。立つだけで恥を晒しているようなものです」
「何!?」
「マサヒデ様はなんとご立派であられることか。
それを自分で分かっておられながらも、臆することなく前に立つ。
されども、相手には不快な思いをさせず・・・しかし」
カオルがシズクの顔を見て、
「ふっ」
笑って横を向く。
「煽ってんのかよ」
カオルがわざとらしく驚いた顔をして、
「ええっ! 分かるのですか!? これは驚きました」
「・・・言うじゃないか」
「おやおや。恥を晒しに出られますか?」
「てめえ・・・」
ひいー、と受付嬢が肩を竦める。
マサヒデが苦笑して、
「まあまあ。嫌なら来なくてもいいですよ」
ぴく。
「行くに決まってんじゃん」
「そうですか。では、次は二人共一緒に来て下さいね」
「は」「行くよ」
マサヒデが小さく笑った。
何て単純な。だが、それもシズクの良い所だ。
ああいう人と話すことも、良い勉強になるはずだ。
「では、2人は先に行っていて下さい。私とクレールさんもすぐ行きます」
「は」
2人がぎすぎすした空気で歩いて行く。
「カオル先生よお。1手教えてくれよ。立ち会い稽古でさあ」
「ふふふ。皆様の前で本気ではいけませんよ。死人が出ます」
「死人? 誰かな? お前かな?」
「訓練場の皆様です。私を殺せるとお思いで?」
「言うじゃないか」
奥に入って行く2人を見て、マサヒデが苦笑いして、肩を竦めたままの受付嬢に声を掛ける。
「あれ、大丈夫ですからね。よくある事です」
「ほ、本当ですか? シズクさん、凄く怖かったですけど」
「最近はなかったんですけどね。少し前まで、お互いにしょっちゅう煽り合ってましたよ。何か懐かしい感じです」
「あの、稽古の時、喧嘩とかにならないですかね」
「なりませんよ。本気でやり合う事は絶対にしません。
本当に死人が出ます。そのくらい、二人共分かってます」
「ひえー・・・」
クレールが笑って、
「本当に大丈夫ですよ! 危なそうだったら、私がお二人を氷漬けにしてしまいますから!」
軽くそんな事を言うクレールに、また受付嬢が引いてしまう。
マサヒデが苦笑いして、
「死ぬかもしれないから駄目です。まあ、大丈夫ですから、安心して下さい。
せいぜい口喧嘩で終わる程度ですよ」
「は、はい・・・」
「では、クレールさん。私達も行きましょう」
「はーい!」
マサヒデとクレールも訓練場に向かって行った。
仲良くしていたけど、やっぱりこの人達は怖いな・・・
受付嬢が顔を青くして、ハンカチで冷や汗を拭った。




