第844話
魔術師協会、昼過ぎ。
マサヒデ達が訓練場から戻って来てすぐ、一服もせずに、
「ちょっと出掛けてきます」
マサヒデは刀も掛けずに振り向いた。
「ご主人様、私も供をします」
と、カオルも立ち上がった。
マツが2人を見て、
「お急ぎなんですか?」
マサヒデが肩越しに振り向いて、
「さあ、どうでしょうね。急ぎなのか分かりません」
「どういう事ですか?」
マサヒデは答えず、
「しだれ屋に予約を取りに行きます。明後日で良いですね」
「私は構いませんが」
「クレールさんもシズクさんも構いませんね」
「大丈夫です!」
「ほーい」
マサヒデが頷いて、
「では」
「皆様、行って参ります」
マサヒデとカオルが足早に出て行った。
クレールが不思議そうに、
「マツ様、何か急いでた感じですけど」
「何でしょう? 早く太夫さんに会いたいって感じではなかったですね」
「カオルさんも一緒に行きましたね」
マツが小首を傾げ、
「何かあるんでしょうか?」
「でも、別にぴりぴりした感じではなかったですね」
ああ、とマツが手を合わせて、
「ハワード様でしょうか。何か御用があるとか」
「あ、そうかも!」
「きっとそうでしょう」
よ、とクレールが寝転がったシズクに向いて、
「シズクさん。お聞きしたい事があるんです」
「んん? なあに?」
す、とクレールが本を差し出す。
『恐怖! 屍生人の町!』
「ああー! また勝手に私の荷物さばくったなあ!」
「それは謝りますけど、この本、どこが面白いんですか?」
「どこがって・・・怖いでしょ?」
「全然怖くないんです!」
「そう?」
「そうです!」
「じゃ、クレール様には合わなかっただけだよ。
これは地下室行きー!」
よ、と手を伸ばして本を受け取り、ズタ袋に入れて、別の本を取る。
「これ読んどきなよ。予習だね」
先日買ってきた本を差し出す。
「揚屋御免状?」
あら、とマツも顔を向ける。
「色町の事がいっぱい書いてあるよ! 斬り合いも忍者も出てくるよ!
マサちゃんが予約取りに行っちゃったし、丁度良いでしょ」
「うわー! 面白いんですか!?」
「私は面白かったよ! 本屋のおっさんに聞いたんだけどさー」
「ふんふん」
「この本、たくさん売れたのに、なぜか王宮作家賞じゃ叩かれまくったんだ。
それで、賞は取れなかったんだって」
「売れたのに? 何故でしょう?」
「査定するのは大御所の作家じゃん。そいつら目線だと、何か引っ掛かる所があって駄目だったんじゃない? それとも売れまくった嫉妬かな?」
「へえー・・・」
「クレール様、ナミトモ残人剣は読んだ?」
「ナミトモ? あの刀のナミトモですか!?」
「そう! 読んでなかったんだね。それは刀のナミトモの弟子の話」
「むうん! そんな面白そうな・・・」
「はっはーん。いつも私の荷物漁ってるくせに、気付かなかったのかー。
で、その作家のデビュー作がこの本、揚屋御免状」
「貸して下さい!」
「やっぱだめー」
ほい、とシズクが本を上に上げる。
「何故!」
「もう勝手に人の荷物をさばくらないって約束して」
「します!」
「じゃ貸したげる」
「ありがとうございます!」
ほいと出された本をクレールが受け取り、
「おおー!」
本を掲げて表紙を見る。
『揚屋御免状』と書かれた題に、後ろ姿の浪人が月明かりの下、柳の枝の影に立っている。
「表紙もかっこいいですね! やっぱり浪人は月と柳です!」
「だよね! マサちゃんにやってもらおうよ!」
「はい!」
シズクはへらへらしていたが、一抹の不安がよぎった。
しだれ屋。あの店には怪しい所しかない。
何もなければ良いのだが。
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マサヒデとカオルが並んで歩く。
しばらく歩いて、黙ったままのマサヒデにカオルが声を掛けた。
「ご主人様」
「何か変な感じ、しますよね」
「は」
「はっきり嫌という感じはしませんけど。
聞けば聞くほど、怪しい感じしかないですし・・・
と言っても、どれも危険につながりそうな感じはしないですし」
「は」
「杞憂ですかね」
「警戒するに越したことはないかと」
「ま・・・ですよね」
通りを歩いて、歓楽街の入口。
何とはなしに足を止め、ちらりと常設番所を見る。
中にはのんびり茶を飲む同心。
「行きましょう」
「は」
すたすたと歩いて行き、しだれ屋が見えてきた。
遠目から見ても、やはり大店。
先日の下男が背伸びをして、提灯の蝋燭を入れ替えている。
「どうも」
「あ、こりゃあ・・・すいません、ちとお待ちを」
よ、と蝋燭を入れ替えて、下男が頭を下げる。
マサヒデが笑って、
「予約に来ました」
「あっ! 来てくれますか! こりゃありがてえ!」
「昨日、こちらのジョージさんがうちにわざわざ足を運んでくれたそうで」
「えっ? 旦那がですか?」
カオルの目が笠の下で光る。
この下男の驚いた顔には、嘘はないように見える。
となると、知らぬ間に店を抜け出たか。
そもそもこの店には店主はおらず、別に居るという事も考えられる。
この顔が演技なら中々のものだが・・・
「ええ。ヤセキ神社のお祭りに行っていたものですから、失礼しました」
「や、さいでしたか。こりゃ急がせちまったみてえで」
「ふふ。構いませんよ。皆も楽しみにしてるんです。で、明後日は」
「明後日ですね! ちとお待ち下せえ。確認してきますから。
そこの茶屋でお待ち下さいまし」
男が向かいの店を指差して、店の中に駆け込んで行った。
マサヒデが向かいの店を見る。
ちょっと高めの小料理屋、といった感じの店で、茶屋には見えない。
だが、表に長椅子もある。
「あの長椅子ですかね」
道を横切り、長椅子に座ると、
「はーい、らっしゃーい」
店の中から盆に湯呑を乗せた店員が出て来た。
「あ、すみません。茶は結構です。ここで待つように言われたもので」
「ここで? 昼間から?」
「何か?」
「ああ! そうですか、少々お待ち下さい」
店員が勝手に納得して、中に戻って行った。
すぐに戻って来て、マサヒデとカオルに冊子を手渡す。
「何です、これ」
「細見ですよ」
「何の細見ですか?」
店員がいやらしく笑い、
「またまた! これがお目当てで来たんでしょうに! うちは引手ですよ!」
「は? いや、私は向かいのしだれ屋さんから、こちらで待つようにと」
「ええ? しだれ屋さんはまだ開いてないでしょう?」
「はい。奢るので来てくれと呼ばれまして、今日はその予約に。
今、その確認にお店の方が行ってて、その間ここで待てと」
店員が驚いて、
「しだれ屋さんからですか! こりゃ驚いた!
や・・・お客さん、もしかして、どこぞの・・・」
マサヒデの派手な雲切丸に目を向ける。
「貴族ではありませんよ。ただの平民で、浪人です」
「ご浪人さんですか?」
「はい」
「ううむ・・・あ、お答え出来なければ結構ですが、出は貴族で?」
「いいえ。生まれた時から平民です」
店員が胡乱な目を向け、
「あの、失礼ですが、お名前を伺っても」
「ははは! そりゃあ不審ですよね! 妻が2人居て、どちらも有名人です」
「奥様方が・・・って、ああっ! もしかして、トミヤス様!?」
「ご明察」
「こりゃ参った!」
くす、とカオルが隣で笑う。
「ま、そういうわけです。ふふ、私の妻や友人と仲良くするのに、だしにされたんですよね、きっと」
「やあ、そりゃあねえと思いますけどね」
「そうですかね?」
「しだれ屋さんは、そんな回りくどい事はしないと思いますよ。
向かいだから良く知ってます。まっとうな店ですよ」
「そうですか。で、これは」
と、マサヒデが細見を上げると、しだれ屋から下男が出て来て、
「すいやせん! お待たせしました!」
「いえ。こちらで楽しくお話が出来まして。で、明後日、大丈夫ですかね」
「勿論ですとも! 暮れ六つ、酉の刻(17時)に店が開きます。
子の刻までやってますから、いつでも来て下さいまし」
「暮れ六つ、酉の刻ですか」
茶屋の店員が笑って、
「逢魔が時ってね! トミヤス様、奥方様が奥方様なんですから、魔が差さないようになさいませ」
「ははは! では、楽しみにしてますよ。じゃあ、これはお返しします」
マサヒデが細見を置いて立ち上がると、店員が細見を拾って、
「お持ち下さいませ。またこちらに来る時に、先に目を通して下されば」
「あ、町の案内みたいな?」
「あははは! まあそうです!」
「ありがとうございます。では」
マサヒデは細見を懐に入れて立ち上がった。
カオルも立ち上がり、2人は去って行った。




