第843話
翌朝。
収穫祭で疲れてしまったクレールはお休み。
シズクのずた袋を探って、本を取り出す。
「恐怖! 屍生人の町! うわあ! 面白そうです!」
ぱらり・・・ぱらり・・・
「んー・・・んん?」
死してなお歩き回る物! それが屍生人!
「?」
クレールが首をひねる。
はて? 死霊術ではないのか?
ぱらり、ぱらり、とページをめくっていく。
「???」
死霊術や陰陽、呪術ではないようだ。
魔術の類は関係ない、未知の病。
この話の世界では、屍生人に傷付けられた者は数日で死ぬ。
そして、屍生人となる・・・
ねずみ算式に屍生人が増えていき・・・
「はあ?」
治癒師が居れば、解毒の魔術で簡単に対応出来るではないか。
いや、フィクションだ。仮に解毒では治癒出来ないとしてみよう。
死んだら血流が止まる。
血流が止まれば脳は機能しない。
数秒は神経だけでも動くことは出来るそうだが、すぐに動きは止まる。
斬首された直後の者が10間(約18m)も走った記録もあるそうな。
だが数秒。
この物語の屍生人とやらは昼夜問わずに歩き回る。
何故、歩き回る事が出来るのだろう?
この作者は、どこからこの設定を思い付いたのか?
その思い付きはある意味すごい。
フィクションにリアルを求めはしないが、死霊術師として興味が湧く。
「・・・」
屍生人は音に敏感だ!
しゃがんで、ゆっくり動くんだ!
奴らは腐っている! 新しい奴らも死後硬直で筋肉は硬い!
だから動きは遅いぞ!
「んんー?」
腐っている? 死後硬直?
どうして歩けるのだろう?
どうして音に反応する感覚があるのだろう?
しゃがんでゆっくり歩けば平気?
目だけはどの屍生人も働かないのか?
耳は働いているのに?
それに、しゃがんで歩くより、立って静かに歩いた方が疲れないし、不意に襲われた時にさっと逃げられるではないか。
不思議だ。実に不思議だ。
この物語の最後に、この謎が解けるのだろうか?
斜め読みに読み進めていく。
「頭?」
頭を潰せ! 奴らは頭を潰せば動かなくなるぞ!
何故だろう?
つまりは脳は機能している?
腐っても動くのだから、やはり血流関係なく脳が働く?
それでも神経が腐ったら筋肉は動かせないから、動けないはずだ。
となると、屍生人にも寿命というのもおかしいが、活動の限界がある。
しかし、この物語では永遠に動くそうな。
「ううん・・・」
それにしても、実に不思議だ。
頭を潰せば動かなくなる。
即ち、腐っても脳も神経も働いているという事だ。
では、腐り落ちて脳が無くなってしまえば動かないのか?
腐った頭に虫がたかって、脳を食べられてしまえば終わり?
どこかの神経が腐って切れてしまえば、その先の筋肉も動かなくなる。
やはり限界はある。
永遠に、というのは、この物語の中での比喩的な表現か?
死んでも動くから永遠、というだけであろう。
魔法生物のようだが、魔力で動くのではなく病なのだ。
そう長い時間は動けないはず。
そのうち虫やネズミがたかるだろう。
そうすれば骨だけになってしまう。
病だから、本能的にたからないとか・・・
しかし、仮にこんな物が居たら・・・
防腐処理が出来れば、大幅なコストカットが期待出来るではないか!
農業、運送、昼夜休まず働く事が出来るのだ!
空気感染ではなく接触感染だから、直に触りさえしなければ平気!
水車や風車の代わりに、この屍生人をねずみの輪のような物の中に入れておけば、風も水も要らない新たな粉挽き場がどこにでも作れる!
「狩り?」
主人公と仲間が町を見捨て、食料のため山で狩り。
狩り。
はて・・・クレールが首を傾げる。
動物は屍生人(人ではないが)にはならないのか?
狩った動物が、死んだばかりで生きている時とほとんど変わらない姿の動物だったらどうするのだ? 死んだばかりなら腐っていないから平気?
人だけの症状なのか?
動物は保菌していても発症はしない?
軽く傷付けられただけで感染するのに、食べて平気なのか?
熱を通せば大丈夫なのか? ほんの少し生の部分があったら死ではないか。
ぱら・・・
「あっ」
裏表紙に挟んであった帯が落ちた。
手に取ると『歴代恐怖小説部門、売上1位!』と書いてある。
改めて表紙を見る。
恐怖! 屍生人の町!
「恐怖・・・?」
首を傾げていると、さらりと執務室が開いて、マツが出てきた。
「あら。読書ですか」
「はい・・・これが不思議で、謎ばかりなんです」
「恐怖、屍生人の町? 怖い本ですか?」
「全然・・・謎しかないんです」
「謎? 密室殺人事件とか、推理小説なんですか?」
「いえ。この本だと、死んでも人が動く病があるんです。
腐っても、昼夜問わずに歩き回って、人を襲うんです」
マツが顔をしかめて、
「それは臭そうですね・・・そういう意味では怖いかも」
クレールが腕を組んで、
「不思議ですよね・・・腐っても動くって、何故でしょう。
死んでも動くって、臓器はちゃんと動いてるんでしょうか。
心臓が動いてないと、血流がないから、脳は働きませんよね」
「そうですね」
「では、神経も機能しないはず・・・何故動けるのか・・・
脊髄反射だけでは、歩き回って人を襲うとかはないでしょうし。
心臓が動いているのに死んでいるというのもおかしいですし」
「魔法生物の大量発生みたいなものですか?」
「それが、未知の病なんです。魔力は一切関係なし」
「ううん・・・そうなんですか・・・」
マツが顎に手を当てる。
「便利な病ですね・・・防腐処理が出来れば、永遠の命が手に入るのですね」
「それが、この病にかかると凶暴になっちゃうんです。
引っ掻かれたり、噛みつかれたり、怪我をさせられると発病するんです。
で、生き返って人を襲うんですね。意識はなく、本能だけみたいな。
生き返るっていうのもおかしいですけど」
「凶暴に? それで恐怖の町ですか?」
「生きている時のように動けず、ゆっくりゆっくり、群れで動くんです。
それが本能だけというか、そういう感じで」
マツが首を傾げる。
空気感染もなく、ゆっくり動くだけの群れ。
少し離れて魔術で吹き飛ばしてしまえば簡単ではないか。
初級魔術を使えれば、冒険者数人で簡単に対応可能だ。
動きが遅いなら、群れごと深い穴に落としてしまえば片付く。
「それ、怖いのでしょうか?」
「ですよね・・・全然怖くないですよね」
「ううん・・・」
クレールが裏表紙に挟まっていた帯を取って、
「生き残った少しの人達が、喧嘩しながらも何とか隠れてるんです。
全然怖くないのに、なんで隠れてるんでしょう。不思議です」
「不思議ですね」
「でもこれ、歴代の恐怖小説の売上1位なんです。
これも不思議ですよね?」
「ううん・・・不思議ですね・・・どこが怖いんでしょう?
全然怖くないのに、恐怖小説? ううん、それも不思議です」
「私、別にフィクションにリアルは求めませんけど、あまりに謎が謎を呼ぶもので、そっちに気が行ってしまって・・・全然怖くないんです」
「死んでも動くっていうのは怖い・・・でしょうか・・・」
「私達は死霊術に慣れてますし、それで怖くないんでしょうか」
「ああっ!」
は! とマツが気付いてしまった。
「もしかしてこれは医学の世界にとんでもない発展をもたらすのでは?
この病原菌を改良、発展させたらどうなるでしょう?
事故などで動けなくなった手足を自由に動かせるようになるかも・・・」
「ああっ! そうかも!」
「分かりましたよ! きっと、その先に医療の闇が待っているんです!
それで恐怖なんですね! クレールさん、医療の闇は恐ろしいですよ」
「ううん! そうだったんですね! これは未知の病を題材にして、医療の闇に深く切り込んだという、ドキュメンタリーなホラーですね!」
「きっとそうですよ。下手に書いたら禁書扱いになっていたでしょう。
そこをフィクションでするりと切り抜けて、発行にこぎつけたんです」
「なるほど! ううん、恐怖ですね・・・」
クレールが深く頷く。
「後で私にも読ませて下さいね」
「はい!」
1刻経って、クレールが納得のいかない顔で本を閉じた。
年老いた元冒険者と幼い女の子の2人だけが生き残り、国を去って行った。
医療の闇は一切出てこなかった。




