レーネと鈴音 5
翌朝、目が覚めたら全部夢でした! なんてことはなく、何もかもが昨日と同じまま。
「……やっぱりこっちの世界ですよね……」
同時にずっとこのままだったら、という恐怖感を抱いたけれど、メレディスがなんとかしてくれるはずだと信じて、前向きな気持ちを保とうと気合を入れた。
ひとまず家の中にあるものを再びいただいて朝食タイムを過ごしていると、テレビにはベッドから起き上がるレーネの姿が映し出された。
《…………っ》
左右に視線を動かした彼女は、はっきりと落胆していた。
きっと私のように目が覚めたら、これまで通りの日々に戻っているという期待を抱いてしまっていたのだろう。
レーネはそれから部屋の中を見て回った後、丁寧に身支度をして部屋を出た。
恐る恐る屋敷の中を歩いていき、一階に降りたところでルカとばったり出会した。
《あ、姉さん……》
《……ルカーシュ》
顔を合わせた二人はどんな顔をすればいいのか、何を話せばいいのか分からないという様子で、視線を泳がせている。
十年ぶりの再会が昨晩のあれだったのだから、それはもう気まずいはず。
ハラハラしながらパンをきつく握りしめて行方を見守っていると、足音が聞こえてきた。
《おはよう、体調に問題はない?》
穏やかな口調と態度のユリウスが現れたことで、場の空気が少し和らぐ。
《……はい、おかげさまで。昨晩は取り乱してしまい、申し訳ありませんでした》
レーネは眉尻を下げ、薄く笑みを浮かべる。
ユリウスは少しだけ目を見開いた後、気にしないよう言い、二人を連れて食堂へ向かった。
《まずは食事をしてから話そう。お前は昨日の昼から食べてない状態だし》
《分かりました。ありがとうございます》
食堂には既に三人分の朝食が用意されていて、どうやらユリウスが用意したらしい。
「私より料理、上手いのでは……?」
ユリウスが全て用意したところは初めて見たけれど、私が用意するよりも美味しそうだった。やはり何をやらせても完璧にできてしまうのだろう。
いつも私の作ったものを褒めてくれていたことを思うと、いたたまれなくなる。
《とても美味しいです》
《そう、良かった》
きっとレーネはユリウスが作ったなんて、想像すらしていないはず。三人はほぼ無言で食事をしていて、食器の擦れる音だけが響く。
《……記憶がないと、食べ方も変わるものなんだ》
そんな中、レーネをじっと見つめていたルカがぽつりと呟いた。実はずっとレーネを見ていた私も、ルカと同じことを思っていた。
レーネは所作や話し方など、何もかもがとても綺麗で、元々平民だったとは思えない。
伯爵家に引き取られてからは厳しい教育を受けていたそうだし、彼女の努力の賜物なのだろう。
同じ顔と身体でも仕草や雰囲気が違うだけで全くの別人に見えて、不思議な感じがする。
《……ルカーシュも、こんなに大きくなったのね》
答えに困ったのかレーネは困ったように微笑むと、そんな話題を振った。
《俺も今は十六歳だからね。姉さんは忘れちゃってるのかもしれないけど、あれから色々あって、俺も貴族の家の子どもになったんだよ》
笑顔を向けるルカは気まずい空気を払拭しようと、明るく努めているのが分かる。
ウェインライト伯爵のせいで生じていた全ての誤解が既に解けていて、本当に良かった。
《ずっと心配だったの。二人がどこで何をしているのかも、分からないままで……》
悲しげに目を伏せたレーネは、心から弟のルカを心配していたのが伝わってくる。
ルカもそれを感じ取ったのか、居心地の悪そうな顔をした。もしかすると、そんなレーネを恨んでしまっていた過去に対し、罪悪感を覚えているのかもしれない。
《父さんも元気だよ。再婚もしたし、姉さんとも最近も会ってたから大丈夫》
ルカの言葉に安心したレーネは、眉尻を下げて「そう、良かった」と安心したように微笑む。
穏やかに柔らかく笑う、控えめなかわいらしい女の子、というのが彼女に対する印象だった。
朝食を終えた後、三人は居間でテーブルを囲んだ。
私もテレビの前で正座をして、固唾を呑みながらその様子を見守っている。
レーネが何を思い、これから何をどう話すのか分からず、どうしようもなく緊張してしまう。
「貧乏くさい変なオタク女に乗っ取られてました、とか言われたらどうしよう……」
私は勝手に彼女に対して親近感を抱き、大切に思っているけれど、向こうが同じように思ってくれているかどうかは分からない。
生活の様子や写真を見る限り幸せそうだし、せめて嫌われていないことを祈るほかない。
《私がお茶、用意しますね》
慣れた手つきでお茶の用意をするレーネに、ユリウスはやはり驚いている様子だった。冷蔵庫や部屋の様子を見る限り、彼女は家事が得意なのかもしれない。
やがて三人の前に湯気が上がる私のお気に入りのティーカップが置かれたところで、レーネは深々と頭を下げた。
《……昨日は取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。あれは私の個人的な問題なので、ユリウスお兄様とは改めて二人でお話をさせていただきたいです》
美しい姿勢を保ちながらまっすぐにユリウスとルカを見つめ、きちんと言葉を選んで話すレーネを見ながら、私は困惑と驚きの感情に包まれていた。
私が聞いていたレーネという女の子は、暗くていつも俯いていて、何を言っているのか分からないような子だったと聞いている。
けれど今のレーネに、そんな様子は一切ない。
《いいよ。俺はいつでもいいから、気が向いた時に言って》
《はい、ありがとうございます》
少しだけほっとした様子を見せたものの、レーネはすぐに緊張した様子に戻ってしまう。
《いきなり私の様子が変わったことで、お二人も戸惑っているかと思います》
《……本当に姉さん、どうしたの? 記憶が戻って性格が変わったわけ?》
心配げなルカに対し、レーネは小さくかぶりを振った。
そして覚悟を決めるように、膝の上で綺麗に揃えていた両手をぎゅっと握りしめる。
《私と鈴音ちゃんは、入れ替わっているんです》
そしてユリウスとルカに、はっきりとそう言ってのけた。




