第一章:四天王の華麗なる艱難-36
──ずっと、漠然と違和感があったんだ。
順調な旅路。順調な聴取。順調な調査。順調な任務……。
要所要所で少し躓きはしたけど、決して大きな障害にはならなくて。
このままこの男爵アンデッド──エーミール男爵を倒してロセッティさんに報告すれば、そのまま何の障害もなく任務達成になるだろう。
総じて順調。ボスも褒めてくれるに違いない。
……。
…………。
…………本当に、そうなのかな?
ボク達のこの任務での役割は、言っちゃえばロセッティさんが自分で敷いたレールを自分の意思で進めるかどうかをボスが測るための手足みたいなものだ。
そしてこの任務はロセッティさんが帝国に留学して、仮に一人になったとしても一人で問題を解決出来る判断力と解決能力があるかを知り、また成長出来るかを知るための試験なんだ。
一見してボク達の道程はそれらを網羅出来てるように見える。
当然だ。言われた任務を言われた通りに恙無く、熟せてるんだから。
……本当に?
──最初の違和感は、モーカミルに到着する前に情報収集に立ち寄った町々で掴んだ、標的であるエーミール男爵の横領事件について。
ボク達は別に、専門のギルドに確認を取ったわけじゃない。
小手調べくらいの軽い気持ちで宿屋や酒場に立ち寄った時に聞いた噂が最初。
その噂に捕捉や詳細が肉付けされる形でボク達が得た情報になったんだけど、考えてみれば妙な話だ。
〝情報通な一般人〟は言った。アンデッドが頻出するようになって規制しきれなくなったから、市井に解決策を募集するため情報公開された、と。
改めて思考を巡らすと、これは少し変だ。
貴族というのはすなわち、権力を得る代わりに市政と重責を背負う指導者の事。その一挙手一投足に責任が伴うものだ。
だから一度の間違いが非難という名の火事に繋がるし、それは関わった他の権力者達にも波及する山火事にまで発展する。
だから権力者は、隠す。
間違いを犯しても市井にバレる前に隠蔽するし、多少の露見は知らぬ存ぜぬで貫き通して風化を待つ。
それが汚い権力者の常套手段だ。
でも今回のコレは違った。
男爵家が丸ごと魔物化して市民を傷付けたなんていう不祥事、本来なら連なる他貴族──男爵家を部下とする上位貴族──の責任問題なんだ。
ましてや横領が発覚した直後となっては最悪。本来なら全力を尽くして隠蔽して、可能な限り最小限に被害を小さくしなきゃって躍起になるはず。
でも、しなかった。
隠せないっていうのは、そうなんだろう。アンデッドの実害が出ちゃったならどうしたって漏れる。
けれど誤魔化せはしたはずだ。
居もしない犯罪者を仕立て上げて犯人にしたり、目撃者をカネやら権力で封殺だって難しくない。
被害者が少ない内に出来る事は、いくらでもあったろう。
にも関わらず、ヤツ等はそれを敢えて公開したんだ。どう考えても、おかしい。
隠すどころか市井に公開? ついでに言えば王都まで応援要請だって?
そんな痴態と失敗を喧伝するような真似、貴族にとって百害あって一利なしでしょ。
強いて言えば正直に公開した事で清廉潔白をアピール出来るくらい……。負うリスクに見合わない上にリターンが不確実過ぎる。あり得ない。
でも実際にはそれをやってし、一般市民は不満たらたらで貴族への信用も実際落ちてる……。
じゃあ何でか? なんでそんな事が実際に起きてるのか?
……こういう時は、発想を逆転させる。
前だけ見て歩いてたら一本道に見えるけど、実は振り返って見たら、自分が歩いて来た道は二本ある道の一本だった……。今回は、そのパターン。
ここから、道を逆走して後ろのそのもう一本の道に行ってみる。そこに答えがあるはずだ。
貴族達は敢えて公開して一番ダメージを負う選択をした……。これは矛盾だ。貴族が、自らそんなデメリットしかない選択をするわけない。
でもそれを矛盾なく置き換える──発想を逆転させるなら、こうなんじゃないか?
──公開する事が、貴族達にとって一番ダメージが少なく、マシな選択だった──
それはつまり、今回の男爵家の横領及びアンデッド化による被害は、もっとヤバイ〝何か〟を隠すための、スケープゴートなんじゃないのか?
そしてそれを前提に考えると、先のボク達の情報収集の異様は順調さに、妙な説得力が生まれてくる。
まるであらかじめ用意された道を歩かされるように上手く運んでた理由……。
要するに……ボク達は男爵アンデッド──エーミール男爵を始末するよう、誘導されてたって事になるんじゃないか?
「──男爵。ボク達と協力しませんか?」
ハントの槌矛を遮って、ボクは男爵アンデッド──エーミール男爵にそう言った。
ぶっちゃけ、完全に勢いだけのノープランだ。
ボスからの討伐任務はどうするんだとか、ハントはともかくロセッティさんに相談すべきだったんじゃとかあるけど、多分、このまま倒したらダメだ。
誰かの思惑がチラついた時点で、ボスが望んでる結果になんかならない。
だから少なくとも重要参考人になり得るエーミール男爵を倒すのは悪手。
アンデッドが参考人になるかは分かんないけどっ!!
「……協力、ダト?」
「はいっ! 恐れながらエーミール卿は、強大な権力に対し力及ばず、そのようなお姿になってしまわれたのではありませんか?」
「──ッ!!」
──さっきエーミール男爵がまだちゃんと喋ってた時に言ってた言葉……。アレが妄言なんかじゃなくて生前の記憶からくる慟哭なんだとしたら、色々と推察は出来る。
『……ワタシニ、大義ハ無イ』
『……ッ!?』
『イヤ、正確ニハアッタ、カ……。何ニセヨ、最早コノ為体デハ何一ツトシテ叶ワン』
『成サネバ……成サネバナラナイ。ワタシノ行イハ間違ッテナドイナイシ正シクアッテシカルベキダッ! ワタシガ救イワタシガ助ケワタシガ守ルッ!! ソレコソガ爵位ヲ与ッタ者ノ運命デアリ義務ダロウッ!! ソノ為ニコソ金銭ハ使ワレナケレバナラナイッ!! 血流ガ止マレバ肉体ガ腐ルヨウニ金ハ流レ続ケルベキナンダッ!! 蓄エ肥エル為ナドデハ断ジテナイッ!!』
──この人は、噂にあった人じゃない。
「……ボク達はどうやら大変な誤解をしていたようです」
「……」
「貴方は民を憂う正しき貴族だと、そう感じました。何かこのような状況になった理由がおありなのでしょう?」
「……童風情ガ、知ッタヨウナ口ヲ利ク」
よ、よかった……。とりあえずさっきみたいな支離滅裂な言動が戻ってる。
もしかして自分の信念が通う内容なら正常になる……のか?
ま、まぁいいや。会話が成り立つならいくらでもやりようはある。
「お許しを……。見た通りの未熟者故、至らぬ点が目に付くことでしょうが、まずは今やボク達に戦う意思がない事を、ご理解頂ければ幸いです」
「……ドウナルトイウ?」
エーミール男爵は興奮を抑え込んだのか、魔物化ポーション散布装置をゆっくり下すと、ボク達を見据えながら椅子に座り直す。
「貴様等童ニ話ヲシテ、ナンニナルトイウノダ? ドウセ私ニ賞金カ何カガ掛カッテイテ、貴様等ハソレヲ見タ賞金稼ギノ類ナノダロウ? デナケレバ貴様等ノヨウナ童ガコノヨウナ場ニマデ来ル理由ナドアルマイ」
……どうやらボク達の事は全然把握してないみたいだな。
まあそりゃそうだって話だけど。寧ろ把握されてたらゾッとするよ。
──それはそうと、見るからに若いボク達を賞金稼ぎか何かって考えてるみたいだ。
まあ、本人としても賞金稼ぎだなんて本気で思ってはないんだろうけど、他に碌な推測も出来ないだろうしな。
……こういう時は〝名前〟を利用するに限る。
後でボスとロセッティさんに何か言われるかもしれないかもだけど……。背に腹はかえられない。
「……信じてもらえるか分からないのですが」
「ム?」
「こう見えてボク達は、王都にて珠玉七貴族の極秘任務を引き受けている新興ギルド「十万億土」の構成員なのです」
「──ッ!? ……「十万億土」トイウ名ノぎるどハ知ランガ、珠玉七貴族ダト? 軽々ニ口ニシテヨイ方々デハナイゾ」
「勿論、承知しております。何せ我等が「十万億土」のマスターであるクラウンさんは、その珠玉七貴族が一家である〝翡翠〟、キャッツ家の嫡男でもあるのですから」
珠玉七貴族の名前はエーミール男爵が言うように、軽々しく使っていいものじゃない。
何せ彼等は建国の英傑の末裔で、国の屋台骨だ。
その名前を口にするという事は、その権威に触れる覚悟を持たなきゃならない。この国じゃ常識だ。
「……随分ナほらヲ吐ク。珠玉七貴族ノ面々ノ一部ハ只人ニハ非公開。男爵位デアル私デスラ全貌ハ知ラン。ダガ少ナクトモ、〝翡翠〟ヲ司ル家名ハ秘匿サレテイタハズダ。ソレヲ何故貴様如キガ知ッテイル?」
あ。そっか。
珠玉七貴族の〝翡翠〟がキャッツ家だって情報は、戦争に貢献した報酬として公開出来るようになったやつだっけ。
エーミール男爵が亡くなったのは少なくとも二年以上前……。外の情報を遮断してたなら知らなくて当然だったな。
「いや、それは……」
「フム……」
ああもうっ。微妙に貴族社会に疎いのがこんなとこで……。
「適当ナ事ヲ言ッテ私ヲ騙スツモリダッタカ? 浅ハカナ事ダ。セメテソレヲ証明出来ナケレバ話ナラナ──」
「あー。それなら……」
そのタイミングで、さっきから呆気に取られて傍観してたハントが気まずそうに声を上げる。
そして懐に手を突っ込むと、そこから小さな筒状の包みを取り出した。
あれは、確か……あっ!
「……ナンダ小僧」
「まあ、見てみろよ。ほら」
筒状の包みを開き、一枚の紙を取り出してエーミール男爵に見せる。
「──ッ!? そ、それ、は……」
「おう。魔物討伐ギルド本部「青獅子の慟哭」のギルドマスターと、王国の魔物討伐ギルド統括管理者である珠玉七貴族の一柱〝翡翠〟ジェイド・チェーシャル・キャッツ辺境伯両名の調印が捺された特殊個体魔物討伐許可証だよ」
──ボスから言い渡された今回の任務は、正式に言えば「珠玉七貴族〝翡翠〟勅命の任務」って事になる。
これは国で間に合ってない頻出しだした弱小魔物を討伐するにあたって人手不足になり、それに併せるようにして出現した特殊個体魔物を討伐に関してある程度の権利を保証するって令状だ。
万が一に自分達の行動が事情を知らない人に妨害とかされるって時に見せるように渡されてた、ロセッティさんとボク達の名前も入ってる。
「……コ、国王陛下ノ勅許印モアルノカ」
「ここモーカミルもそうだけど、場所によっちゃ入領に厳しい検問してるだろ? だけどこれがありゃ一発通過。お偉いさんからもちょっかい出されない代物だ」
「……偽造ノ可能性ハ」
「アンタ討伐すんのにそこまでする手間とリスクあるか? アンタが言うようにオレ達が賞金稼ぎか何かだとすりゃ、このクオリティの偽物作んので下手すりゃ賞金消し飛ぶだろ」
「……然モアリナン、カ……」
……どうやら、エーミール男爵は納得してくれたみたいだな。
でも──
「……その令状、なんでハントが持ってんの?」
ハントがそれを持ってたのを、ボクは知らなかった。
だからこそさっき言葉に詰まっちゃったし、ハントが口出しして来た事に驚いたんだ。
モーカミルの関所じゃロセッティさんが令状見せてたと思うんだけど……。本当になんで……。
「男爵がアンデッド化した特殊個体魔物って分かった時に、ロセッティさんが必要になるかもってよ。まさにこんな時の為だったってワケだ。……まだオレは状況飲み込めてねぇけどな」
と言って、ハントに睨まれる。
いやまあ、確かにかなりアドリブだったのは認めるけど、そんな目しなくても……。
てかそれで言ったらボクだって令状持ってるの知らなかったの釈然としてないし。
「…………信用、シテ良イノカ?」
「──っ!」
「貴様等ノ話ヲ信用シ、私ハ、全テヲ曝ケ出シテ良イノカ?」
……その声には、震えるような期待が乗っているように聞こえた。
限界の限界まで締め付けられ。我慢に我慢を重ねて。
解放なんてされないと諦めて理解していた、永遠の束縛。
それからの……解放の期待が。
カラカラに乾き、変色し、骨に貼り付いた表情からありありと伝わってくる。
まるで、生前のエーミール男爵が見えるみたいだ。
「……まあ、なんだ」
ハントが少し罰が悪そうに頭を掻きながら改めて槌矛を腰に佩き、一つ溜め息を吐く。
「事情があんなら聞くしかねぇよな。そういう事で良いんだな? ミレー」
「……うん」
「んじゃ、一から頼むぜ。えーっと、エーミール卿?」
「……一カラ、カ。ソウダナ。ナラ、聴カセヨウ。我ガ身ニ起キタ、理不尽ノ暴力ヲ」
エーミール男爵が、嗄れた声で滔々と語り始める。
そしてそれこそが、ボク達が課せられた任務の本質だったのだと、理解する事となった。
──始まりは三年ほど前。
ここモーカミルの街で、流行り病が広がった。
発生源は不明で、治療法は未確立。
その病は進行速度と致死性が高く、また感染力が低かった事から爆破的には広がらなかったものの、着実にモーカミルの人々を苦しめ、いつ自分が感染するか分からない恐怖に支配されていたという。
「コノ街ヲ治メルえめりーねる候ハ、麾下ノ貴族等全員ト共ニソノ病ノ対処へ奔走。勿論、私モソノ一員ダッタ」
彼は貴族は貴族でも男爵位という下位貴族だった事もありやった事といえば使いっ走り。
戒厳令の徹底化や暴徒の鎮圧。寝床の確保に感染者の隔離なんかの高い危険度を伴う雑務を中心に働いていたらしい。
本人としてはやはり根治に協力したいようだったけど、原因究明と感染源の特定はこの封じ込め作戦の総指揮者である珠玉七貴族〝蒼玉〟サイファー・ソウ・エメリーネル候に直訴したそうだ。が専念するとして一切の口出しが禁じられたという。
「私ハコノ街デ生マレ育ッタ。故ニ雑務トテソノ為ニ働ク事ニ苦痛ハ無カッタガ、ソレデモ精神ハ摩耗スル。終ワリノ見エナイ日々ニ、鬱屈トシタ未来バカリヲ想像シテイタ」
だけどある日、エーミール男爵の部下がとうとう感染。そこから歯車が連動するみたいに、次々と他の部下達も倒れ始めた。
「感染力ガ弱イトハイエ感染症ハ感染症ダ。イズレハ……ト覚悟シテイタガ、私ハ、ソノ現実ニ耐エラレナカッタンダ」
部下達の身体が腐っていくのを見ていられなかったエーミール男爵は、禁じられていながらエメリーネル候に直訴した。
この病の感染源は何なのか。
判明してるなら自分が根絶すると。
部下達の無念を晴らしたい、と。
しかし、その意見は退けられた。
「えめりーねる候ニトッテ私ナド木端……。元々冷徹ナ方デハアッタガ、無根拠ナ私ノ意見ナド虫ノ囀リデシカナイ。故ニ……ッ!」
そけからエーミール男爵は死力を尽くした。
文献を読み漁り、帝国から医学書や論文を取り寄せ、シュターデル複獣合衆国から最新医療機器を導入し……。
そうして患者に真摯に向き合い、もう少しで治療法の突破口が見つけられる、という段階にまで辿り着いたという。
……だけど、それと同時に最悪の副産物にも、気が付いてしまった。
「ソレハ、えめりーねる候ニトッテ致命的ナ事実ダッタ。ソレコソ珠玉七貴族ノ座ヲ追ワレカネナイホドノ……」
エーミール男爵は驚愕し、一時は問い詰める事も考えたという。
寧ろそうしなければ根治は叶わず、このモーカミルの街はパンデミックによってゴーストタウンと化すのは必定。
だから迷った。迷いに迷い、迷いながら、日々目の前の患者に向き合い続けた。
すると──
「えめりーねる候は、紛レモナク有能ナ指導者デ知者ダッタ。私ガ手ヲコマネイテイル内ニ、彼ハ私ガ秘密ヲ知ッタ事ヲ悟リ……」
「……まさか」
「……ソウ──」
「──私ニ、全テノ罪ヲ着セタノダ」
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「──あの賊共は?」
「気になりますか?」
「……」
「お止めになった方が宜しいかと。暫くはミンチ肉を使った料理が喉を通らなくなります故」
「……異常者め」
「結構。その誹り一つで望む結果が得られるならば安い買い物です」
「……」
元領兵の盗賊をスキルに変えてすぐ、私達は改めてセオフィラス卿の帰った屋敷に戻り、会談の続きを行っていた。
とは言っても、後はセオフィラス卿に誓約書を書かせるだけ……。
ティールの芸術活動を一切邪魔せず、違反すればハッタード家の家督をティールに譲りその全ての権利を私が得る……。それだけの誓約だ。
「……」
「……言っておきますが」
「む?」
「コランダーム候に助けを求めても無駄ですよ。彼女は私と既に契約している。貴方がいくら訴えようが、私を敵に回してまで貴方を助ける意味は無いと理解してくれていますから」
「根回し済みか。性悪な事だ」
「あの方は商業の女王ですよ? 普段は豪快で快活な淑女ですが、その根本にある判断基準は極まった損得勘定……。そこを尊重さえすれば、あの方は迷いなく取捨選択を出来る女傑です。それを弁えただけですよ」
実際あの人に今回の事を事前に伝えた際──
『……トゥインクルスターを独占せず、且つ今の生産を維持さえ出来るならば構わん』
『有難うございます。ですが、宜しいので?』
『堅実で安定した実利を維持する事にかけてはセオフィラスは天才だ。……だが商売人としてはつまらん』
『それはまた。手厳しい』
『停滞は流通を腐らせる。発展なくして商業は成り立たんよ。その点、君はある種良い起爆剤だ』
『これはこれは。私も利用されるおつもりで』
『そこは協力と言いなさい』
──まっこと、商魂逞しい限りだ。
益々、好感が持てる人だよ。ふふふ……。
「……これでいいだろう」
そう言ってセオフィラスは直筆のサインと印章が捺された契約書を対面の私に滑らせて来る。
それを確認し……。
「……結構。──色々ありましたが、本日はどうも有り難う御座います。ご理解頂けて何よりでした」
「……貴様」
「はい」
「貴様は、何でも自分の思い通りになるとでも思っているのか?」
「……そんな純粋な人間に見えますか?」
「なに?」
「私は、ただ私に出来る事を可能な限り全てやっているに過ぎません。常識も、倫理も、哲学も、感情も、全てを踏まえてね。私は欲張りですから」
「……」
「思い通りになると思うかって? 思い通りに〝なる〟ではありません。思い通りに〝する〟んです。その〝する〟に、私は全身全霊を賭して勤めるのみですよ」
「……何なんだ。お前は」
「……ティールの友人ですよ。彼の芸術活動を最も応援している、ね……」
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