第一章:四天王の華麗なる艱難-37
『──エーミール卿。宜しいか?』
それは、私の十二人目の部下が息を引き取った直後の訪問だった。
大袈裟な鎧を身に纏った兵士を従えながら、病人が敷き詰められた病室を訪れて来たエメリーネル公に、私は儀礼的な挨拶でもって出迎える。
『これはエメリーネル公爵閣下……。このような場に御足労頂き、恐悦至極に──』
『そのような心の篭らぬ言葉など不用だ。今日は火急の用向きが貴様にあり参じたまで。神妙にせよ』
そう言うとエメリーネル公は背後の兵士達に命じるように手を掲げる。
兵士達はそれだけで全てを理解し、この私を取り囲み始めた。
『……何の真似でございましょう』
『……貴様を、医療費横領の罪で逮捕する』
『──ッ!? それは、どういう……』
『説明せずとも、その胸の内に真実があろう』
『……そういう、事か……』
──私は密かに、この致死の伝染病の感染源を特定していた。
と言っても別に探していたわけではない。ただ私は目の前で次々倒れていく同志や部下を見かねて、必死になって彼等を救うために手当たり次第に手段を増やしただけ。
その過程で偶然、この病が辿って来た伝染の遷移に気付く事ができ、無計画にそれを突き止めてしまったに過ぎないのだ。
しかし、そんな事は彼には関係無い。
家族愛と権力者の板挟みで苦しむ彼にとっては、私が手繰ってしまった過程よりも見つけたという結果が全てなのだ。
例えそれが地獄を広げ街一つを犠牲にする未来に繋がる手段だと分かっていても、エメリーネル公に選択肢などない。
『……後悔なさいますよ』
『そんなもの散々してきた。貴様一人に係って感じるものなど、とうに麻痺したよ』
エメリーネル公に、迷いは一切ない。
言葉通り私を医療費横領の罪で罰し、余罪を捏造でもして極刑まで持っていくだろう。
そうでなくとも、私が誰かにあの事実を伝える前に公的に私を始末する手段を取ってくるに違いない。
しがない男爵家でしかない私に、その強権を退ける力など無く。
例えどれだけ真実を声高に叫ぼうが妄言と切り捨てられ、私が得た証拠は処分される……。
何にせよ、私の未来は閉ざされる事になるわけだ。
……ふざけるな。
ならば私のやる事は、たった一つだ。
『僭越ながらエメリーネル公爵閣下』
『なんだ? 言っておくが情状酌量など期待──』
『私の死に様は、私が決めまするっ!!』
懐に忍ばせておいた、一枚の羊皮紙。
そこに描かれたテレポーテーションの魔法陣に魔力を注ぎ込み、予め指定していた座標に転移する。
『なっ!? 貴様ッ!! 逃げられ──』
景色が一変する直前、エメリーネル公が何かを言っていたようだが、関係ない。
『だ、旦那様ッ!? や、やはり……』
転移して来た私を発見した我が家の執事は、蒼い顔をしながらも予期していたように小さく言葉を漏らす。
万が一秘密を知った事を悟られた場合、即座に屋敷に帰って来れるよう、大枚を叩いて買っておいたテレポーテーショの魔法陣を持っていて正解だった。
とはいえ、別に逃走が目的ではない。こんな一人用の短距離転移など一時凌ぎでしかないからな。
エメリーネル公は我が屋敷の場所を知っているだろうし、そう掛からず兵が乗り込んで来るはずだ。
幸い我が屋敷は森の奥で、屋敷内はかなり特殊な構造をしている。多少はそれで時間は稼げるだろうが……。
『流石は珠玉七貴族が一角……。何をどうして知ったのか分からんが、こうなっては、もう……』
『旦那様……』
『……家族と使用人達を集めてくれ。それと……炭を』
『……はい』
執事に命じた後、私は一人で屋敷の地下へ向かう。
そこに居るのは……患者達だ。
医療費を払えない、もしくは公的な医療を受けられない者達を中心に入居してもらっている。もちろん、例の病の、だ。
彼等には治療と衣食住を約束する代わりに、病の研究のための検体としてここに居てもらったわけだが……。
『がはっ、ごほっ……。ぜ、ぜんぜい?』
『……すまない。私が無力なばかりに……』
『──ッ! ……い゛い゛え゛……。わたしたちは、もう、じゅうぶんです……』
『すまない……』
薬棚へ行き、あらかじめ用意しておいた揮発性が高い催眠剤を地下室の中央に設置し、部屋を出る。
するとタイミングよく炭の入った器を手にした執事と対面。無言のまま頷き合い、今度は執事が地下室へと入室した。
「……私は……くっ……」
込み上げてくる悔しさを飲み込みながら、家族が待つ部屋へと向かう。
部屋の中には妻、息子二人、それと私の弟と使用人達が神妙な面持ちで待機しており、私の入室と同時に一斉にコチラに視線を向けた。
『アナタ……』
『すまない。私の力不足と、珠玉七貴族を侮っていたばかりに、お前達にも望まぬ結末を強いる……。本当に、すまない……』
頭を下げた。生涯に於いて最も重く、最も下げたくなかった瞬間に、無意味な謝罪とともに……。
『……アナタの責任感の強さは、出会った当初に惚れた長所の一つ。アナタがそれに殉ずるというならば、私がそれに共するのは当たり前です』
『オマエ……』
『息子達や使用人達も、気持ちは同じ……。珠玉七貴族に死ぬまで追われ続ける宿命ならば、ここで共に、と……』
『……すまない』
そうして別れの挨拶をしていると、執事が部屋の密閉を終え、地下室同様に催眠剤を配置。その横で炭に火を灯している。
『……皆、身を寄せ合おう。そして楽園でまた、再会出来ることを……』
『……はい』
皆で催眠剤の周りに集まり、毛布に包まりながら身を寄せ合う。
それから他愛ない話をしながら、その時を待つ。
妻に言ったプロポーズの言葉、息子達にした誕生日プレゼント、弟とした喧嘩、使用人達と交わした言葉の数々……。
そうして語り合っている内に、使用人が、弟が、息子達が、妻が、次々と静かに寝息を立て始め、緩やかで穏やかな夢の中に旅立っていった。
『……』
ふと視線を上げてみれば、既に天井には炭から立ち込めた黒煙が満たされ、あと数分もしない内に部屋に充満することだろう。
私も先程から抗い難い睡魔に襲われている。これの抵抗を止めれば、私はもう目覚めることはなく、行き先は幸神様が座す楽園の中……そこで、私は家族達と再会するのだ。
今世の呪縛から解脱し、私は……。
……。
…………。
………………。
──暗転が明ける。
そこは全く、楽園などではなかった。
何も……何も変わらぬ部屋だった。
まさか死に損なったのか? 家族は? 使用人達は?
動こうとすると、全身が錆び付いたように動き辛い。
視界は曇り、体温は感じず、あらゆる渇きが全身を蠕動する。
「ア……ァァァァ」
家族はいた。使用人達も。皆、動いている。
だがそれは単に動いているだけで、そこに意思や意識は感じさせない。
石が坂道を転がるのと同じく。
風に木の葉が揺れるのと同じく。
水に流される小魚と同じく。
燃え尽き崩れる炭と同じく。
ただ〝そう〟だから。そういう〝仕組み〟だから。ただ〝そうなるように出来ているだけ〟だから、動いている。
命も、魂も、自我も無い。
そこには、家族と使用人が無意味に壁や床を引っ掻き、動き回るだけの……ただの地獄が広がっていた……。
『アアアァァ……アアアアアアァァァァアアアァァァァッッッ!!』
「──ソレ以来、私ハ……私ダケガ何故カ正気ヲ保ッタママ、家族ト使用人ヲ従エ、患者達ヲ使役シ、コノ屋敷ヲ守ッテキタ。タダ、無為ニ……己ガ運命ヲ、呪イナガラ……」
──エーミール男爵の話は、無関係なはずのボク達ですら小さな怒りと悲しみを覚えるような、そんな内容だった。
人が人なら同情するだろうし、なんなら憐れんで味方する人も居ると思う。
でもだからこそ、深入りしちゃいけない。
何せ相手はティリーザラ王国の最高権力者の一角……。ボスならともかく、ボクなんかが下手に手を出しちゃ──
「エーミール男爵っ!! オレ、許せねぇよッ!!」
「は、ハントッ!?」
ハントは良い奴だ。スキル《危惧》のせいで色々捻くれて不良やってただけで、根っこの部分は何でボスの下に付いたのか分かんないくらいに善人だ。
だけど……だけどさぁあ?
「いくらなんでも手の平返し早くないっ!? さっきまで叩き潰そうとしてたじゃんよっ!!」
「べ、別にそんなんじゃねぇよっ!! お、オレぁただ、状況の変化に応じてだなぁ……」
「言い訳が小物っぽいよっ! それならいっそ素直に絆されたって言ってよっ!」
「なっ……。そ、そう言うお前だって自分から協力するって言い出したくせに全然半信半疑じゃねぇかっ!! てかそもそもいつもの気弱なミレー君はどこ行ったんですかねぇぇ? 今日一日で随分とまぁやさぐれたなぁっ!?」
「は、はいぃぃ? ボクの事今までちゃんと見てなかったってだけだろぉっ!? それとも何? ボクにいつまでも弱っちぃ陰キャ根暗野郎でいて欲しいって事っ!?」
「はぁッ!? んな事一言も言ってねぇだろうがッ!! 大体お前こそ──」
「な に 、 し て る の か な ?」
「「ッッッ!?」」
唐突に始まった口論の熱が、一気に氷点下にまで落ち込む。
凍り付いたと錯覚しそうなほどにぎこちない動作で二人が振り返って見れば、そこには……。
「ろ、ろろ……」
「ロセッティ……さん……」
切り揃えられた前髪に隠された、笑顔。
しかしその奥から覗く僅かに開かれた目に宿る眼光には、氷のような怒気が瞬いていた。
「余裕だね、二人とも。もうわたし居なくても平気かな? なんだったらわたしからボスに言って幹部に──」
「あぁぁっっ!! すいませんすいませんッ!!」
「ついっ! つい熱が入っちゃっただけなんですっ!! 」
「そう? わたしとしては二人が成長したことを嬉しく──」
「「反省してますッ!! すみませんでしたッ!!」」
「……はぁ。仕事には緊張感を持って、ね?」
「はいッ!!」
「……一体ナンナンダ?」
──ボク達はそれから、エーミール男爵とロセッティさんの双方で情報共有をした。
エーミール男爵からはさっき聞いた自身に起こった事の顛末と、ボク達の任務がそんな彼を消すために仕組まれたものだった可能性を。
ロセッティさんからは彼女がボク達の直属の上司で、今回与えられた任務を任された責任者でもある事を、それぞれに。
「──成ル程。ツマリえめりーねる公ハ私ガ特殊個体ノあんでっどニナッタト知リ、万ガ一ニ意識ガアル状態デ記憶マデ残ッテイタ時ノタメニ、オ前達ヲ私ノ討伐ニト任務ヲ出シタノデハ、トイウワケダナ」
「はい。ボクはそう読んでいます」
といっても、こんなものは証拠もないただの推論だ。ただ最上位貴族のエメリーネル公ならやりかねないってだけの、貴族への偏見も多少混じった不純な。
でも結び付いちゃった以上、それについて考えないわけにはいかない。
そしてそれによって決まる方針はボク達ロセッティ班の進退だけじゃなく、ボス率いる「十万億土」を巻き込むものになる。
なんて言っても、話の主題が珠玉七貴族の一角なんだから……。
「……」
……ロセッティさんは、さっきから顎に手を当てて考え込んでる。
この人のやり方は基本、徹底してボスの利益になるか否か、ボスの役に立てるかどうかだ。
今回の任務を十全に全うしようってのだって、それが自分達とボスにとって最良の結果になるって信じてるから。
でもこうなったからには、任務遂行が必ずしもボスの利益になるとは限らない。
ボスの真意──未だ不可解なボスはモーカミル近郊に魔物化ポーション散布装置を設置した
理由に繋がるのなら……。
「それでミレー君。アナタがエーミール男爵にする協力って、具体的には?」
「は、はいっ! ……エーミール男爵の話を聞く限り、ボク達は恐らくエメリーネル公の思惑に乗せられているのかと推測します。ただ任務を全うするだけならそれでいいんでしょうけど、それですと……」
「多分ボスの真意と違う……そういう事ね?」
「はい。その為にはエーミール男爵に協力し、事の真相と最適解を模索するべきかと。ですが……」
「それだと任務自体は失敗になっちまう。なんたってエーミール男爵の討伐をしない前提だからな。任務放棄は……」
「……ハント、ミレー」
「「はい」」
「両方やろっか」
「「……はい?」」
りょ、両方? 両方って……。
「それって……。任務を達成しつつ、エーミールさんを助けるってことっスか?」
「そう」
「でもロセッティさん。それってつまり、エーミール男爵を倒したって嘘の報告するって事じゃあ……」
「そうだよ。と言っても勿論、ボスじゃない。ボスに依頼をしたっていう、依頼主に……だよ」
──今回、ボスがボク達を四班に分けて与えた特殊個体魔物の討伐任務は、元々はボスの父親であるジェイド伯が魔物討伐ギルドで処理し切れないからって回って来た、ある意味で「十万億土」としての初仕事みたいなもの。
そしてそんな魔物討伐ギルドにこのアンデッド化したエーミール男爵の討伐を依頼した依頼主が存在するって事だ。
つまりロセッティさんは、その依頼主に嘘の報告をするって意味なんだけど……。
「……なあミレー」
「ん? なにハント?」
「いやその……。今回の場合の依頼主って、やっぱ……」
「……うん」
ここまで来たら知らなくても依頼主が誰かは分かる。一人しかいない。
エーミール男爵を魔物として討伐する以外にメリットがあって、その理由を知られたくない人物。
どういうワケか知らないけど今まで手が出せなくて、今回の件を契機にそれを秘密裏に実行したいと考えた権力者。
「……ロセッティさん」
「依頼主って……」
「……違うよ?」
「「え?」」
「依頼主はサイファー・ソウ・エメリーネル公爵じゃない。ベルヌーイ・グラスバブルって人。確かモーカミル出身の商人だったっけ」
「「……」」
……あまりに予想外で、二人して思わず黙っちゃった。
依頼主が、あのエメリーネル公じゃない?
「当然ダロウ」
掠れた声に振り返る。
エーミール男爵が背もたれに体重を預けながら呆れ気味に……そして忌々しそうにその枯れ切った顔を歪めた。
「後ロメタイ事ガアル貴族ガ、本人ノ──ソレモ実名デ依頼ナド出スワケガナイ。依頼主ノ情報ハ全テ偽名ニ偽装。例エ突キ止メタトシテモ金デ雇ッタ代理人デシカナイダロウナ」
……考えてみればそうだ。エーミール男爵が言うように本名で公爵本人が依頼なんて出すはずない。
ましてや今回の依頼は自分の過失の秘密を知るであろうエーミール男爵の排除が目的……。そんなものを実名を使ってやるわけないんだ。
少し考えれば分かる事なのに……。
「まぁでも、関係ないよ。依頼主が誰だろうとね」
落ち込むボクの耳に、そんなロセッティさんの呑気ともとれる言葉が飛び出した。
「重要なのはさ。それで結果、誰が一番影響を受けるかって事。依頼主が誰だろうと、エーミール男爵の証言で被害を被るのはエメリーネル公爵に変わりないでしょ?」
「ま、まぁ、確かに?」
「で、でもそれじゃあようっ! つまりはオレ達、エメリーネル公爵に嘘の報告するって事だよな? だ、大丈夫なのか? それ……」
「大丈夫だよ」
「大丈夫なんスかっ!?」
「うん。だって、エメリーネル公の相手をするのはわたし達じゃない」
そう言って、ロセッティさんはさっき見せたボク達への笑顔とは全く別種の──神を崇める信徒のように無垢な笑顔を煌めかせる。
「ボスだよっ! ボスなら、例え珠玉七貴族の一人だって敵わないっ! ボスならっ! 全てを手中にしながら望む結果を齎してくれるっ!! それこそがっ!! わたし達の栄えあるボスなんだからっ!!」
……それは、さっきエーミール男爵が幸神に対して叫んだ信仰心と何ら変わらない熱狂だった。
ロセッティさんがボスを心酔してるのは、知ってる。
恋人であるロリーナさんを除けば、多分度合いで言えばグラッドさんより深く沈み込んでる気がする。
グラッドさんの場合はどちらかというと人間としての信頼度が天井知らずって感じだけど、我等が上司は明らかに人としてってよりも神様とか、なんか上位存在に対する信仰の類なんだよね。
一応はロセッティさんの復讐をボスが叶えてくれたって何度も聞かされたけど……だからってここまで沈むもの、かな?
いや、別に否定したいわけじゃないんだけど……。
「……オ前達ノぼすトヤラハ、本当ニ何者ナンダ?」
エーミール男爵が当然の疑問を口にする。
そりゃあ、部下を熱狂的にするほどの人間ってどんなんだって思うよね。
でも正直、あの人は……。
「怪物だよ」
「……ナニ?」
「ちょ、ちょっとハントっ!!」
「男爵様は知らないだろうけど、この前ティリーザラって戦争したんだよ。隣のエルフの国のアールヴと」
「──ッ!? ソレハ……ナラ今ハ?」
「もう終戦して、歴史的快挙の和平を結んだ。しかも考え得る限りの短期間かつ最低限の消耗でな」
「ソンナ……。有リ得ンダロウっ!!」
「有り得たんだよ。それもこれもぜーんぶ、ウチのボスの謀の上での結果だ。おかげでボスは「珠玉竜王勲章」を授与されて、国中から「英傑様」呼ばわりされてる」
「ナッ!?」
「そもそもボスは最高位魔導師フラクタル・キャピタレウスの最期の弟子で、もう珠玉七貴族の内二人の当主と結託してたりもする。他にも──」
「……チョ、チョット待テっ!! ……ソノきゃっつ家ノ嫡男トイウオ前達ノぼすハ、国ノ重鎮ヤ大臣カ何カナノカ?」
「オレ達とそう変わらない十五歳の魔法魔術学院の学生だよ。つっても、纏う雰囲気はそれこそ飽経風霜の重鎮やら大臣やらも目じゃない威圧感と風格だけどな」
「……英雄譚ノ登場人物ノ方ガ、マダ大人シイゾ」
「オレだって部下じゃなかったら創作物の類だって思うよ」
……こうやって改めて聞くと……うん。つくづくボク達は、とんでもない人の下に付いたものだな。
まあその分、危険だったり大変だったりするんだろうけど……。周りから見れば出世街道まっしぐらって感じなんだろうなぁ。
「それにね二人ともっ!!」
「うをぉぁっ!? な、なんスかっ!?」
「これは考え方によっては、ボスに対する素敵なお土産になるかもしれないよっ!!」
「……お土産?」
それは、一体何の話だろうか。まさかモーカミルの名産品の話なんてしてるわけないだろうし。つまりは──
「だってこれってさっ! 要はエメリーネル公の〝弱味〟って、ことになるんじゃない?」
「よわ……」
「み……?」
……。
…………あ、あぁ〜……?
「そりゃあ他の人──エーミールさんみたいに活用出来ない人は重責になっちゃうだけなんだろうけど、でもボスなら? わたし達のボスなら、それを重責じゃなく弱味として使える……。そうでしょう?」
「そ、れは……」
「イ、イヤ待テっ!! イクラ何デモ無茶ガ過ギルッ! 相手ハ国ノ支柱タル珠玉七貴族……。ソレヲ相手ニ弱味ヲ握ル? 自殺行為ダッ!! 私ノヨウニナリタイノカッ!?」
興奮したようにエーミール男爵が再び机を叩きながら立ち上がる。
アンデッド化で身体脆くなってるんだからあまり激しめな行動して欲しくないんだけどなぁ……。
「大丈夫ですよっ! そもそもボス、もう既にエメリーネル公に目を付けられてるみたいだし? 寧ろ今まで取り付けなかった島への桟橋と船になるかもしれない……っ!! これは……エーミール男爵を討伐するより遥かに凄い成果になるよっ!!」
「……本人ヲ目ノ前ニシテ言ウコトカネ。改メテ聞クトぞっトスル」
「あはは……」
「……ソレニシテモ、オ前達ノ言葉ヲ聞イテイルト麻痺シテクル。「問題ナイカ」トイウ無根拠ナ希望ガ湧イテクルヨウダ」
「アナタも会えばきっとボスの素晴らしさが分かります。ボスに任せればエメリーネル公に痛打を与え、逆らえなくなる。きっとアナタの無念も晴らし、アナタが救えたはずだった人達の仇も取れるでしょう」
「……マルデ改宗ヲ勧メテクル新興宗教ノ信徒ノモ物言イダナ」
「大袈裟ですよ。ただまぁ、アナタがそうしたいと思うなら、止めませんがね」
「ハッハッハッ……。マァ、ソウダナ。タダココデイツ朽チルカモワカラン毎日ヲ漫然ト過ゴスヨリ、幾分カ建設的カモシレン。復讐ヲ果タシ、コノ身ニ堕チタ意味トスルノモ一興カ……」
復讐と口にする割に、その口調はまるで望郷を思うような妙な哀愁を感じさせる声色だな。
アンデッドになると、感情のコントロールが狂ったりするのかな。さっきの激情とは真逆だ。
「──それじゃあミレー君、ハント君。総括するね」
「「はい」」
「わたし達は今回の任務、その依頼内容の真意をエメリーネル公爵の隠蔽工作である可能性を鑑み、エーミール男爵を討伐せず保護。彼の持つ情報を元にボスとの協議の上で依頼の完遂とします。いいね?」
「「はいっ!」」
「よし。それじゃあ──」
「待テ」
総括の最後。エーミール男爵が突如として言葉を遮る。
一体何事だろうか?
「なんです? まだわからない事が?」
「アァ。一番気ニナル事ヲ聴ケテイナイ」
「……それは?」
「もーかみるノ現状ダ。病ノ蔓延ハドウナッタ? 私ガ死ンデカラ人々ハ? 一体今ハドレダケ被害ガ広マッテ……」
「「「……」」」
思わず三人で顔を見合わせた。
そう。そうなんだ。
どこかエーミール男爵の話を他人事みたいに聞いてたせいか分からないけど、そう言えばそうなんだ。
エーミール男爵の話によれば彼が存命だった頃、この街には致死性の高い感染症が蔓延していたはずなんだ。
けど、今は……。
「だ、男爵さん。落ち着いて聞いてくれよ?」
「ナ、ナンダ? ──ッ! マ、マサカ滅ンデ──」
「いいえ。その、逆です」
「……ハ?」
「モーカミルは現在例の感染症はおろか、ちょっとした流行病すらありません。いたって……平和そのものです」
「ナン……ダッテ……?」




