第一章:四天王の華麗なる艱難-32
──いや、まあ、想像はしてたよ。
屋敷のロビーに犇めくアンデッドの大群……。
そんな想像はしてたけどさぁっ!!
「ハントっ!! 二時の方向っ!!」
「どっりゃぁぁッ!!」
案の定、ロビーにはアンデッドが居た。
しかも想定なんかより多いっ!
せいぜい使用人とかアンデッドにされた人達くらいだと思ってたのに、なんか身なりが汚ならしいのが何人もっ!!
これ……多分ここの家主が密かに使ってた違法奴隷だっ!
──ティリーザラ王国にも、奴隷制度はある。
ただ他国なんかより使ってる人は一部の貴族だけで市井じゃ殆ど見ない。
理由は単純。制度そのものが他国のと別物レベルで安心設計だから。
借金が膨らんでまともな担保も無くなった場合に奴隷になるのところはあんまり変わらないけど、基本的人権やらの権利は例え奴隷の身に落ちたとしても、法律である程度は保障されてる。
だから他国みたいに手酷い暴力や過剰労働、報酬の未払いが発覚した場合、雇い主は交わした契約内容の違反度合いに応じて罰せられるし、契約時に決められた額分を稼げたなら直ぐにでも解放される。服装や身なりだって当然清潔に保たせなきゃ違反。
それがこの国の一般的な奴隷だ。
もちろん、他に「犯罪奴隷」っていう罪人に対する一種の刑罰として前者より遥かに厳しい契約を結ばれた奴隷もあるけど、こっちだってその業務内容の殆どが鉱山採掘やら森林伐採みたいな危険業務に就かせるから市井には居ない。
じゃあ、このボク達に襲い掛かって来る明らかに生前からみすぼらしくって身なりも布切れ一枚な奴隷は一体なんなんだって話だけど……。
「クッソっ! 胸糞悪ぃなっ!!」
「は、ハント落ち着いてっ!」
「しょうがねぇだろっ!! 罪もねぇ人奴隷にしやがって……」
ハントの槌矛で砕かれた足を引きずりながら尚も止まらないアンデッド──ゾンビを、《闇魔法》の魔術でトドメを刺す。
──そう。違法奴隷だ。
あくどい手口で罪の無い人を奴隷に意図的に追いやって、不当な契約内容を騙すなり無理矢理なりして結ばせる、文字通り法をガッツリ逸脱した奴隷。
どういう意図でそんな奴隷を使ってたのかは知らないけど、不正の証拠を隠す為にわざわざ森の中に建てたってこの屋敷に居るのには納得出来る。
汚いものは、一箇所にまとめといた方が処分する時に楽だもんねっ!!
「今はとにかくっ! この奴隷達を──」
「奴隷って呼ぶんじゃねぇっ! この人達は望んでもいなきゃ罪も犯してねぇんだっ! ただのクソッタレ外道野郎の被害者だっ!!」
「……うん。そうだね」
ボクが魔術で迫るゾンビ達を無理ない程度に減らし、残ったのをハントが始末。
それでも漏れたヤツを更にボクが追撃してやっつける……今はそんな風に立ち回ってる。
生前の肉体がそのまま強さに直結するタイプのアンデッドであるゾンビのコイツらは、元々手酷くこき使われてた違法奴隷なのもあってそこまで強くはない。
「クソっ! やりづれぇなっ!!」
「……」
肉体労働でも強要されてたのかある程度筋肉はあるけど、布切れ同然で一切防御力がない服と生前から受けてたであろう暴力の痕で結構脆い。
当たりさえすればほぼ確実に潰せる。
「ああ、チクショウっ! せめて一発で眠らせて──」
「……」
それに動きも遅い。
ゾンビタイプのアンデッドは魔力が神経を通って筋肉やらを動かしてるだけで、脳は完全に機能停止してる……。
ただ停止してる脳にも魔力が流れてはいるせいなのか、変な誤作動を起こして生者を襲うって道中で読んだアンデッド関連の本に載ってた。
動きは無軌道だけど行動パターン自体は少ないから対処もそこまで──
「頼むっ! 頼むから向かって来な──」
「ああもうッ! うるっさいなァッ!!」
「──ッ!?」
…………はっ! しまった、つい……。
「み、ミレー……。お前、今の言い方……」
「な、なな、なんでもないゴメンっ!」
ハントがゾンビ殴り倒しながらごちゃごちゃ喚くもんだからつい言葉が漏れちゃった……。
クソ……。初めての本格的な任務のせいか無意識に緊張しちゃってんのか? まさかこんな事で箍が外れそうになるなんて……!
「……」
ああもう訝しんじゃってるよっ! 失敗した失敗したっ! このままじゃボクのキャラが──
「ゔあぁぁ……」
「──っ!? しまったッ!!」
ハントとボクが変にギクシャクした、その間隙を縫うように一体のゾンビがすり抜ける。
その不浄な両腕が向かった先は、ボク達の後ろで見守ってくれてた上司のロセッティさんが……。
「ロセッティさんっ! 危ないっ!」
あろう事か、彼女はそんな時に限って屋敷内を検分でもするみたいによそ見をしていてゾンビの強襲に気付いてない。このままじゃ──
「ん? おわっ!」
…………なんとも気の抜けたみたいな驚き声がした直後、今にもロセッティさんに飛び掛かろうとしたゾンビが一瞬のうちに凍り付き。
体勢が悪いまま凍ったゾンビはそのまま倒れて、その衝撃で粉々に砕け散る。
「……え?」
「もう、びっくりしたなぁ。……ああ! わたしなら何も心配しないでいいよっ! この程度のゾンビなら、わたしの「酷寒の外皮」で自動凍結出来るからっ!」
「あ。はい……」
……規格外だ。
確かに今戦ってるゾンビ達はそんなに強くない。
油断せず消耗を度外視するならボク一人でもなんとかなる程度の魔物。
でもロセッティさんにとっては、たった一つの魔術を発動し維持させるだけで一歩も動かずに処理出来てしまう……。
ならそんな彼女の同僚であるヘリアーテさんやグラッドさん、ディズレーさんは? ロセッティさんが崇拝するボスはどんだけ強い? まさかただそこに居るだけでゾンビを一掃出来ちゃったりするのかな?
……ボクは、そんなとんでもない人達に期待なんてされちゃってるのか?
ここまで来てみろ……って?
…………ふざけんなよ。
「おいミレーっ! 大丈夫かっ!?」
「──っ!? う、うんっ!!」
いけない。さっきから色々と追い付かない事ばかりで調子が狂った。
今はとにかく、このゾンビどもを片付けないとっ!
「心配ないとはいえ──」
「ん?」
「ロセッティさんには、もう一歩も近付けさせないっ!」
「……はぁ」
コイツ……こんな面倒くさそうなヤツだっけ?
──ミレーの様子が、少しおかしい。
緊張……してんのは、そうなんだろうな。
男爵屋敷に来るまでの間ずっと顔強張ってたし、深呼吸と溜め息の中間みたいな息遣いばっかしてた。
しまいには──
『ああもうッ! うるっさいなァッ!!』
──ミレーが初めて、オレに〝害意〟を向けた。
出会ってからそれなりに経ったけど、本当に初めてだ。
今までは本当に、まったく、オレに対しては向けた事なんて無かったのに……。
「はぁ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……くっ……」
どれくらい、倒したんだ?
多分、二十前後はやったと思うけど、この屋敷の男爵、いったい何人の違法奴隷を使ってたんだ?
最後の方なんて半分以上白骨化して最早ゾンビじゃなくてスケルトンになってたし、いくらなんでも多すぎだろうがっ!
……それでも一旦波が治ったのか、ゾンビ達は今し方倒した一体を最後にその勢いを止めてくれた。
「はぁ……はぁ……。……なぁ、ミレー」
「……なに?」
「さっき、は、どうしたんだ? なんでオレに、害意を?」
「──ッ!?」
つい、気になって聞いちまった。
声が、ちょっとだけ震える。
「……スキル、切ってなかったのか」
「アンデッドには使えねぇけど、念の為にな。……なぁミレー、お前は──」
「付き合いが長くなったら、それなりに気も遣わなくなってくるよ」
「え? あ、ああ……」
「ボクだって人間だよ? 親しい友達に、時々そういうの向けたって不思議じゃないでしょ」
「……そう、かもな」
──《危惧》の権能をオンにしたのは久しぶりだった。
他人からの害意の槍が自分に向けられないって状況があまりにも快適で、魔力制御が少し苦労する程度、なんら苦痛じゃなかった。
そのせいなのか? ミレーがいつの間にかオレに害意を向けてるってのに、気付けてなかったんじゃないか?
ミレーの気弱さに甘えて、大人しさに胡座をかいて。
気付かない内にミレーからですら害意を向けられるほど、オレはコイツを雑に扱ってたって事なのか?
「……」
「……」
「……ミレー、オレ──」
「はいはぁい、二人ともっ!」
緩めの声音に、異様な威圧感を感じて二人揃って勢いよく振り返る。
いつものように切り揃えられた前髪に隠れた大きな垂れ目が、今はオレ達を睥睨していた。
「今、アナタたちは何の最中かな?」
「え。あっ……」
「に、任務中、です……」
「だよね? ボスから頂いた、任務の最中だよね?」
うぅぅ……。あ、圧が……。
「二人が何を互いに思ってるのかは今解決しなきゃいけない事? 任務遂行に必要な事? それならちゃんと説明、して欲しいかな? ん?」
「す、すんませんっ!!」
「き、気を取り直しますっ!!」
「うんっ♪ そうしてっ♪」
わざと声を跳ねさせ、そこで彼女はお説教を切り上げた。
これでも、ロセッティさんは大分言葉に気を遣ってくれてる。
もし本気だったら、多分オレ達二人とも数週間は引きずる凹み方すると思う。
訓練の時も基本的には優しいけど、たまぁに気を抜きすぎて身が入ってない時なんかは──
『サボって強くなれるコツ、あるかな? わたしも試したいから教えてくれない?』
『体調悪いなら言ってね? でも何でもないのにその調子だったなら、困っちゃうな。わたしに無駄な時間、使わせたって事だもんね?』
『うーん。わたしの目って節穴、だったのかな? だとしたらボスに謝らなきゃなんだけど……。その責任、アナタ達取れる?』
──今思い返しても身震いするくらいの辛辣っぷり。
実際言われた瞬間から死に物狂いで挽回したし、しばらくは実際凹み倒した。
別に語気も、語彙の選び方に特別棘が鋭いワケじゃない。怖いわけでもない。
ただ……なんだろう。
とんでもない事をやらかしてしまった……そんな罪悪感が止めどなく湧いてくる感じ。
勿論実際それくらいの危機感を感じるような場面ではあるんだけど……。なんか別種の恐怖を覚えるんだよな。
けどそれだと今回の場合は任務に支障をきたすから、かなり抑え目に注意してくれた。
……つまりアレって意識的にやってるんだよな。
……やっぱ怖いな、ロセッティさん。
「ほらっ! 分かってくれたならもう行ってっ!」
「は、はい──って、え?」
ここはまだまだ屋敷の玄関ホール。
初手にいきなり大量のゾンビ達を相手取ったせいでやり切った感が出ちまったけど、まだ始まりも始まり。
本命であり恐らく屋敷の奥に居るだろう特殊個体化したアンデッドを見付けに行かなきゃならないわけだけど……。
「ろ、ロセッティさん?」
「今、行ってって……。その言い方だと、自分は行かないって聞こえて……」
「うん。一緒に行かないよ」
実にあっけらかんと、しかし真面目な調子で返されてしまった。
え。来ないの?
「そ、それはどうして……」
「調査だよ。地下の、ね」
そう言ってロセッティさんは視線を移す。
オレ達もそれに追従すると、その先には二階に上がる階段……の下に設置された物置と思しき古ぼけた扉があった。
「言ったでしょう? 任務は十全で終わらせなきゃ。任務に関わりある事は全部、ね」
「え、で、でも……」
「アナタ達のやるべき事は魔物の討伐、でしょ? でもわたしはそれに介入する事を極力控えなきゃならない……。なら、アナタ達がピンチになるギリギリまでわたしは別の調査をした方が効率的だよね?」
「そ、それはそうですけどっ!!」
「わたしはアナタ達を信頼してる」
「「──ッ!!」」
ロセッティさんがコチラに振り向き、オレ達を見据える。
今度は、たっぷりの慈愛を宿した目で。
「アナタ達は、良くも悪くも普通の感性を持った男の子。普通に努力するし、普通にサボる、そんな普通の男の子……だけどね」
そして歩み寄って、オレ達の手を取って少し強く握る。
「わたしが見付けて、わたしとボスがアナタ達を強くした。アナタ達はもう普通の男の子じゃなくて、ボスの部下で、学院有数の実力者だよ。それを、誇りに思って」
……自信なんかない。
ゾンビ相手に立ち回って、倒して。
それになるべく調子に乗らないようにって意識してたけど……。
……いい、のか?
「大丈夫。本当に危なかったら絶対に助けるから。わたしの事も、信頼して。ね?」
……この人に、そんな事言われちまったら──
「はいっ!」
「任せて下さいっ!!」
「ふふっ。うんっ」
──ハント君とミレー君を送り出し、わたしは有言実行、屋敷の地下に向かう。
灯りの無い階段を周囲に張り巡らせた魔力を頼りにゆっくりと降りて行く。
「……」
──それは、この遠征任務に赴く、少し前の事。
『それではボス。行ってきます』
『……ロセッティ』
『はい?』
『君のことだ。もう気付いているんだろう?』
『……はい』
『ならばどう対処するのかも、理解しているな?』
『承知しています。全ては、ボスの御心のままに』
『ああ。くれぐれも、己の欲望に正直に、な』
「……二人とも──」
降りて来た階段を振り返る。
見えるのは扉の隙間から漏れる、微かな光だけ。
「期待、してるよ。うふふふ」
笑い声が地下に響く。
思ったよりも、遠くに……。
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「……」
「……」
「……と、色々言いはしましたがね」
「は、はぁ?」
素っ頓狂な声を上げるセオフィラスを無視し、ソファに座り直す。
「私としては、友人のご両親である貴方方との関係は、なるべく良好なものでありたいと思っているんですよ。個人的にトゥインクルスターも好きですしね」
「なにを、今更……」
「私が望むのは結局のところ、ティールの自由なのですよ。私と彼との間に起こり得るありとあらゆる事柄に対する自由……。それを許してさえくれたならば、後は何も望みません」
「……分からんな」
セオフィラスは自身の乱れた服装を簡単に整えると彼も座り、コチラをより警戒心を滲ませて睨み付ける。
「そこまで言うのだ。愚息には芸術とやらの才能があるのだろう。だがそれは我がトゥインクルスターの全権に比するほどの価値があるというのか?」
「唯一無二の才能と、知識さえされば再現可能なものを比肩しているのですよ? 取るべき札など知れているでしょう?」
「……常識が合わんな」
「互いの常識が基軸に沿っている保障もないでしょう? ──それで? お返事は?」
「ぬぅ……」
「言っておきますけど先程述べた通り、ティールの自由を奪うおつもりならコチラは容赦しません。そこを踏まえた上で──」
──少し離れた──百メートルくらいか? 屋敷の外。
何やら少々、騒がしいな。
「……? どうした? 唐突に言葉を切りおって」
「……時にセオフィラス卿。何やら厄介な連中に目をつけられているご様子で?」
「──ッ! ……少し離れた丘に洞窟がある。そこを根城に賊が、な」
困惑しながらも目を逸らし、頭痛を憂うように頭に手を当てる。
「戦時の折、少ないながらも我が領地の兵も戦地に動員した。無論全てではないが、それでも網の目は大きくなってしまう。その間隙を見計らわれ、拠点を築かれたのだ」
「撃退はされないので?」
「斥候からの話では、数が数らしくてな。加えて面映いながら我が兵は練度が高いとは言えない。大量の賊を討伐するとなると犠牲は必至……。今現在応援を呼んでる段階だ」
成る程、な。
まあ、話はまとまり掛けているしわざわざ首を突っ込む必要もないのだが……。
「……ティール」
「え? ……ま、まさかお前……」
「いいのか? このまま舐められっぱなしで?」
「いや、別に両親にだったら……」
「私が我慢ならん。いいからやりなさい」
「……はぁ」
諦めたようにティールが立ち上がり、応接室を出るため扉に歩み寄る。
その意図が分からずセオフィラスとミュエルが二人して怪訝そうな顔を彼に向けた。
「どうした? まだ話は終わって──」
「困ってんだろ? なら、親孝行しなきゃな」
「親孝行って……まさか、お前がか?」
目を露骨に丸くする。
当然だろう。何せ二人はティールが戦える事など、全く知らないのだからな。
故に、それを知らしめてやろう。
「ま。任せとけって。こう見えて、俺結構やれんだぞ?」
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