第一章:四天王の華麗なる艱難-26
それは、リードデバウアーメガバット自身も自覚していなかった潜在能力。
強者故に、ここまでの負傷を今まで負って来なかった事で眠っていたそのスキルは、身体を無数の光の槍に貫かれた事で目を覚ます。
──エクストラスキル《死中求活》。
リードデバウアーメガバットはこのスキルを、別のスキルである摂食した対象から微量の生命力を貯蔵し続けておけるスキル《食没》によって蓄えられた生命力の全てを消費する事で発動。
極短時間に限り、自身が出力出来る最大威力の攻撃を、可能とする。
現在リードデバウアーメガバットの負っている傷から算出される限界活動時間は──二秒。
「ギィ、ィ、ィ、ィィィィッ!!」
しかし、今際の際に放った憎悪の乗ったその一振りにとって、その時間は十分なものだった。
「チィッ!!」
半ば反射で駆け出したディズレーはその間、《思考加速》で打開策をいくつか検討する。
《精神魔法》でなんとかヤツの動きを止められないか?
──いや、自身の《精神魔法》はまだまだ未熟。遅効性の魔術ならいざ知らず、秒単位の洗脳を可能とするようなモノは使えない。
《磁気魔法》であの一撃を止められないか?
──いや、「シュッツヴァル・マクネーティート」のような流動性に重きを置いた防御壁は溶解液のような持続的な破壊性能に対しては効果を発揮するが、瞬間的な一撃に最大威力を発揮する攻撃に対しては弱い。
なら《磁気魔法》の他の魔術ならばどうだろうか?
(ボスは……ボスはなんつってた? 磁気……磁石……S極とN極……)
ディズレーは無論、学院での授業とクラウンにより《磁気魔法》について徹底した指導を受けている。
だがディズレーはこと勉学に於いて苦手意識があり、事実彼はクラウンの部下としては学習能力面で言えば優れているとは言いづらい。
ディズレー自身もそれを自覚している、が……。
(──ッ! アレが……アレが出来んならッ!!)
彼は、「十万億土」一の努力家でもある。
「対を成せッ!! 反発しろッ!! 「ポウラー・オポジット」ッ!!」
それは、《磁気魔法》の魔術の中ではシンプルであると同時に最初で最大の難関と呼ばれているモノ。
磁極を対象物に付与し、本来ならば磁性を持たない物体に磁性を持たせ磁石と化す魔術であり、実質的に付与物を《磁気魔法》の支配下に置くある種の奥の手とも言える。
しかし、先述したようにこの魔術はそのシンプルさに反して難易度が非常に高い。
その所以は一つ。特性に対する〝常識〟の壁。
基礎的な知識という名の骨子は魔術をより強固にするが、思考がそれに固まってしまうと魔術の広幅を逆に狭め、柔軟性を損なう。
故に魔術士は己が成長の第一関門として一度、その脳内で凝り固まった〝常識〟という名の骨子を自ら破壊する必要がある。
そこを乗り越えるか否かによって、魔術士としての未来の大成を大きく左右すると言っても過言ではない。
ディズレーがクラウンから学んだ〝磁性〟にまつわる〝常識〟……。
それを今、この土壇場──部下を喪うかどうかの瀬戸際にて突破する事を、余儀なくされている。
『いいかディズレー。魔法魔術の真価は〝再現性〟じゃあない。〝自由〟と〝混沌〟だ』
『自由とぉ……混沌?』
『そうだ。想像してみろ? 自分の目の前の景色だけでいい。その景色を適当に切り取って、頭の中で作った〝非常識〟ってピースをその穴に合うように整えて、ハメ込む……』
『う、うーん?』
『無理矢理に押し付けるんじゃあ駄目だ。まるで世界の常識が元々そうだったのように、滑らかに、自然に、当然のよいに、整えて当てはめてやる。──と、まあ、それっぽい事を言ったが、これが中々難しいのだがな』
『っスよねぇ……』
『中にはこれを馬鹿みたいに理論立ててやり遂げる人もいるが……ああ、師匠の話だがな。だが私としてはどちらといえば感覚派がモノを言う話だと考えている』
『感覚……っスか?』
『ああ。私達の周りじゃ、ティールがこの典型──というか自覚しちゃいないがそっち方面じゃアイツは天才だ』
『え゛ぇっ!? で、でもアイツ、俺より魔法魔術苦手じゃあ……』
『感覚に比重を置き過ぎなんだよアイツは。前提基礎をすらそれでやろうとするから躓き続けてたって話だ。現にアイツは《色彩魔法》とかいう〟前提基礎二割非常識八割の超難関魔法をその感覚だけて難なく使う。アイツ自身がまさに常識外れだよ』
『な、なるほど……』
『なんならアイツと一緒に絵でも描いてみたらどうだ? 多少は何か掴めるかもしれんぞ?』
『お、俺が絵っスかっ!?』
『なんだ心細いのか? しょうがない私も付き合ってやる』
『え、ぼ、ボスもっスかっ!?』
『こう見えて未だ《色彩魔法》を習得出来ていないからな。その足掛かりくらいにはなるだろうさ』
『は、はぁ……』
『その過程で、君も何は掴めるだろうさ。自由と混沌を糾う、新たな魔法魔術の世界に──』
(──結局、あの時俺ァただド下手な絵を描いて終わっちまった……)
ディズレーは、今にもその凶爪がポパニラかヴィヴィアンを襲うのを睨む。
(ティールはなんか「割と好きだ」とか抜かしやがるし、ボスに至っちゃあそれなりに上手くて思わず苦笑いしちまったっけな……)
無意識に伸ばした手から魔力が放たれ、それが三手に分かれるとポパニラとヴィヴィアン、そしてリードデバウアーメガバットの爪へと結び付く。
(最終的になぁんにも閃かねぇし、わかんねぇまんまだった。……けどッ!!)
そして付与された三点に魔力が定着し、組み上がっていく。
(俺なりの……俺のやり方でならっ!!)
──それは昔、ディズレーがまだ村に居た頃。
良く村の子供達にせがまれ様々な遊びに付き合った。
かけっこ、かくれんぼ、おままごと等の定番なものが主だったが、中にはそういったものが苦手な子のための遊びもたまにやっていた。
家具作りの片手間に作ってみた積み木や簡単なオモチャで遊ばせたり、草笛を作って一緒に名前の無い曲を奏でたり、冒険者ごっこや英雄ごっこなんかも……。
そしてそんな時間の中、毎度毎度驚かされるのだ。
子供達の発想の、なんと自由で可能性に満ちている事かと。
かけっこにしろおままごとにしろ。
積み木にしろ英雄ごっこにしろ、最後までずっと同じ遊びだった事はない。
最終的には想定したような内容から逸脱し、ルールが変わり、また別の新たな遊びの原型にすらなっていく……。
それこそが彼等子供達の、何ものにも囚われぬ彼等ならではの真なる〝自由〟なのだ。
自身が生まれた当時は今より村は安定しておらず、子供ながらに大人と同じ仕事を余儀なくされ遊びを知らなかった自分とは大違い。
何度、その湯水の如く湧き出る発想に感銘を受け、ある種無意識に尊敬すらしていた。
子供の発想……その自由さ……。
それに対する敬意が──憧れが。
大切な部下を助けたいと「強く欲する」ディズレーの中で交わり、結実する。
その力の名を──エクストラスキル《愚者》。
「──ッ!!」
ポパニラとヴィヴィアンの周囲と、リードデバウアーメガバットの爪、それぞれ二点に磁場が展開される。
磁場は互いに同質の磁極を有し、同質のそれは強力に反発し合う。
「──ギ、ィィィィッ!?」
生命力を振り絞ったリードデバウアーメガバットの爪が、不自然に中空で静止する。
より正確に言えばリードデバウアーメガバット自身は死力を尽くして振り下ろし続けてはいた。
その証拠に爪は中空で静止しながらも必死に振り下ろそうと上下に震えている。
宛ら無色透明の柔らかで弾性に富んだ壁に阻まれているかのようで、瀕死状態のリードデバウアーメガバットの表情に焦燥が浮かぶ。
「でぃ、ディズレーさん……」
「こ、これ……」
「ま、間に合った……」
エクストラスキル《愚者》は、数あるアルカナ系スキルの中で最も特別な意味を持つスキル。
アルカナ系スキルはその体系自体が一つの〝物語〟を表しており、表面的な権能の裏にある特殊なものを孕んでいる。
その中で《愚者》はその体系に於ける〝主人公〟であり、また己が自身の〝写鏡〟。
本来ならば「自身の基本能力を一時的に下げる」権能しか有さないが、自身の精神的、肉体的な経験値がそのまま権能に反映される事でそれを相殺し。
そしてその成長過程によって様々な権能を追加で目覚めさせ、更なる飛躍的な成長すら可能とする。
ディズレーはその第一歩を踏み出したばかり。
しかし今までその肉体、その精神に蓄積されていた経験が《愚者》を目覚めさせ、基礎権能である弱体化は残るものの、その裏とも真とも言える権能は発揮されていた。
その権能とは一言で表せば〝自由〟。
魔術を行使する際、自身の中にある固定観念や常識の壁を一時的にだが完全に取っ払い、無限の可能性と無制限の汎用性を魔術に与える、発想の破城槌である。
「くっ……ゔぅぅ……」
ディズレーの顔が、苦悶に歪む。
先述したように、今現在彼の全ての基礎能力は下がっている。
それは文字通り例外なく全てであり、身体能力や精神力は勿論、魔力量や魔力操作能力、果てには魔力効率や演算能力に至るまで軒並みだ。
ただでさえ複合魔法の《磁気魔法》という魔力消費が激しく操作能力を要求される魔法の魔術を発動し、それをエクストラスキル《愚者》で実現し更に消費と難度が底上げされている。
今、ディズレーはある意味で極限の絶不調の只中で部下達の命を守っていた。
(ヤッベっ……なんだこれ、キッッツっ……)
加えてディズレーはクラウンのように《天声の導き》を所持しておらず、自身が《愚者》を習得した事を自覚していない。
魔術が成功した驚愕と、唐突に自身のあらゆる能力が下がった違和感に、彼は困惑を極めていた。
「ぐっ……お゛ぉぉぉっ!!」
辛くも守ることが出来た。出来はしたが、その先はならばどうする?
能力の下がったディズレーではそう長く魔術を維持出来ない。
だがリードデバウアーメガバットもまた、いつまでも《死中求活》による最後の一撃を振り下ろし続けられはしないだろう。
謂わばこれは互いの持久戦。
どちらか一方が先に根を上げるかの、意地の張り合いである。
「が、あ゛ぁぁぁぁッ!!」
「ぎ、ィィィィッ!!」
──だが、それはこの場が二者間で完結するような状況であればの話である。
「ディズレーさんッ!!」
「い、いまそちらにッ!!」
ディズレーを慕うポパニラとヴィヴィアンは当然、その場から退避しようとする。
己が安全を確保するため、ディズレーにこれ以上負担を掛けぬため、自分達を守ってくれた彼を安心させるため……。
彼女等の中に、それ以外の選択肢などなかった。
「お、お前らッ!?」
しかし、それは悪手である。
今ディズレーが形成している磁場はあくまで彼女等二人の前面に展開された壁に過ぎず、その範囲も爪を受け止められる程度のものでしかない。
つまり何かしらの要因で少しでも爪の角度や軌道が変われば、容易に磁場の壁を越えてしまう。
かと言って魔術の効果要件をその場で変更出来るほど、ディズレーは《愚者》を使いこなせてはいない。
故に──
「ギィィィィッッ!!」
「やめろッ!! コッチ……来るなッ!!」
二人がディズレーの元に駆け出した、その直後。
「「──ッッ!?」」
標的が移動した事で軌道を変えたリードデバウアーメガバットの爪が磁場の壁を外れ、すり抜ける。
「ポパニラッ!! ヴィヴィアンッ!!」
ディズレーの叫びが上がり、彼は強引に磁場の壁を彼女等に追従させようとした。
しかし著しく魔力操作能力が下がった今の彼に、それは叶わない。
凶爪が、二人に迫る。
そして──
「──ッ!? きゃぁッ!?」
「ヴィヴィアンッ!?」
「ヴィヴィアァァァァンッ!!」
凶爪は、ヴィヴィアンを捉えた。
──『ディズレーっ!! ディズレーやぁいっ!!』
『んだよケーネスさんっ! んな大声出さねぇでも聞こえてんよっ!!』
ディズレーは自身が生まれた村で一番の力持ちだった。
『ウチのダンナが人手が欲しいってさぁっ! 思ってたより豊作だったんだとよぅ』
『へぇ。そりゃあ良いや。うっしゃ、なら手伝うかねぇ……』
口調は母親に似て悪いものの、持ち前の気風と面倒見の良さは村中の知る所であり、常に仕事に奔走する毎日。
それを、ディズレー自身も充実感を感じていた。
『あ。でもあんま遅くなるようだったら中断して良いからねっ!! あの子ら目ぇ離すとすぅぐどっか行っちまうんだから』
『わぁってるよっ!! んじゃオバサンも仕事頑張ってなぁ』
『後でメシ持ってくからアンタも頑張んなよぉっ!!』
『うぅーい』
極々、ありふれた平凡な辺鄙な村……。
比較的肥沃な土地と綺麗な水源に恵まれた、平穏な村だった。
それを……突然ある日、奪われた。
『ゴホッ、ゴホッ……ゴホッ……』
『ケーネスさんっ!! ケーネスさんしっかりっ!!』
明確な時期は分からない。
気付かぬ内に少しずつ野菜の収穫量が減っていき、どことなく川の水の色が変わっていった。
『ヒュゥゥ……ヒュ……』
『オジサンっ! おいオジサンっ!!』
次第に空気に嫌な臭いが混ざり始め、採れた野菜も井戸水も口にするのも憚られる香りと味になり、次々と村人が倒れていった。
『クソ……一体何がどうなって……』
最初の犠牲者は毎日ディズレーの苦労を心配していた老婆。その次は産まれたばかりの赤ん坊だった。
『クソ……、クソっ、クソっ、クソッ!!』
身体の弱かった者は耐えられず息絶え、それなりに丈夫だった者は病に苦しむのみで死ぬ事も出来ない。
『どうすりゃ……どうすりゃいいんだよ……』
村は最早、苦痛と病の坩堝と化した。
『なんでこんな事になるんだよォォォォォォッッ!!』
──その後、村の貯蓄を消費しながら最も近い町の町医者を呼び寄せ村人達の看病が行われる。
しかし根本的な原因が川上から垂れ流される工業廃水による水質、土壌汚染な事もあり解決する事はなく。
現在はディズレーを含めた子供達を各村々に一時避難させ被害を最小限に留めながら、村の大人たちは緩やかな死の道を歩んでいる。
(──俺は……また何も出来ずに叫ぶだけなのか?)
(結局……俺はどう足掻こうとただのガキでしかねぇのか?)
(俺には……誰も救えないのか……)
いつか自分が村を救う……。
そう決意し魔法魔術学院に入学した。
クラウンの元で鍛錬に励み、同年代では間違いなく上位に入る実力を身に付けた。
だがそれでも、届かないものは届かない。
(俺は……俺はァっ……)
「──ッッア゛ァァ……ア゛ア゛ァァァァッッ!!」
脳裏に、村人達の顔が浮かぶ。
自分が覚えている最も元気だった頃の、顔見知りばかりのみんなの顔。
ディズレーは、もう一度みんなが笑う顔が見たかった。
散り散りになった子供達も一緒に、またあの村で笑い合う……。
彼の、今最も叶えたい夢だ。
なんとしても叶えたい、人生最大の目標だ。
それを、この命を賭してでも成し遂げる。その為ならば何だってする。
血反吐を吐きそうな鍛錬も。
頭痛ばかりの勉強も。
この手を人の血に染める事も厭わない。
なんだってやる。全部やる。何一つ取りこぼしはしない。
なら……ならっ!!
(今目の前の命をここで護れねェでどうすんだッッ!!)
──それは、スキルによる権能ではない。
《愚者》による能力低下が無くなったわけでもない。
それは……ただのディズレーの〝意地〟である。
「ウオォォォォォォォォォォォォォォッッ!!」
展開されていた磁場が、僅かにズレる。
本来なら座標に固定され動かす事など出来ない魔術だが、ディズレーはそれを殆ど無意識に要件を無理矢理に変更。
魔力によって〝座標そのもの〟に干渉し、その座標ごと魔術をずらしたのである。
これは最早《磁気魔法》の領分ではなく、やっている事は《空間魔法》の類に片足を踏み入れた領域……。
ディズレーの才能が新たに芽吹く瞬間であった。
「ア゛ァァァァ……ア゛ァァァァッッ!!」
ズレた磁場が、再び凶爪を捉える。
それによりヴィヴィアンに直撃するはずだった爪の軌道は反発により歪み、そして──
──ガンッッ!!
「……ガハァッ!! ハァァ……ハァァ……ハァァ……」
ディズレーが息を吐く。いつの間にやら息を止めていたのだ。
そしてそのまま膝を着き、崩れる。
それは失敗から来る落胆か?
部下の死に対する絶望か?
「ハァァ……ハァァ……ハァァ……」
「あ、ァァ……」
「ゔぃ、ヴィヴィアン……っ!」
「ハァァ……あ、ヴィヴィ……アン……ハァァ……」
爪は今、地面に深く突き刺さっている。
そこには真っ赤な血が付着し、辺りにもいくつか飛び散っていた。
だが──
「でぃ、ディズレー……さん……」
肩から、血が滴る。
だが切り裂かれたのは皮一枚だ。
少し深めだがしっかり治療すれば充分に治せる程度の、決して命には届かないキズ。
「ハァ……ハァ……」
先に彼女の命に届いたのは、そのディズレーの優しい手であった。




