さあ行きましょう
砂漠のダンジョンへ行く。
それは僕やジーナ、それにセーレにとっては当然の選択だ。
だがヤマトは違うだろう。
彼には地球上に戻って妹を救いたいという願いがある。
それなのに、ヤマトは何も言わず僕たちに着いてきてくれている。
僕はモニターに映る赤い砂漠の風景を眺めているヤマトの背中を見ていた。
高い身長に細く引き締まった体。これまで僕はこの背中を見て何を思っていたのだろうか。
当初、ヤマトが僕たちに同行するのはレジェンドアームズのレベルアップのためだと言っていた。そしてそれこそが元の世界に戻る唯一の方法だと信じて。
しかし現実はヤマトの予想に反し、僕たちレジェンドアームズの所有者は間違いなく地球上へ戻され、でもその戻されるべき場所はこれから崩壊することが決まっているというのがジーナの話だ。
守るか見過ごすか、今僕たちにはそのどちらの権限も託されている。
狂人の鬼手は亜空間を自在に操る能力、賢者の千日手は他者を変態させ精神を空にし上書きする能力、そして怪しき者の妙手、抗拒の一手は時を逆行する能力。このどれもが、そうだというのだ。
だが、少し納得できないこともある。
例えば、ヤマトのアームズは明らかに崩壊するものから守ることができるだろう。でも、ジーナや僕のものはどうだろう、僕のはまだしもジーナのものなんてどうに使ったって危機から世界を救えるとは思えない。
ジーナは一体、何を思ってレジェンドアームズは崩壊から地球上を救えると考えたのだろうか。
「ジーナさん。あの、ジーナさんのアームズの力って防御らしい防御はできませんよね? それなのにどうして地球上を守る力だと?」
「ラス、ボクの賢者の千日手という能力は何も人間だけに作用するわけじゃないんだ」
「つまり?」
「ガイア説っての知ってる?」
「まあ、一応は……。確か地球を生命体とするみたいなやつですよね? それが何か……あっ」
「気付いた? ラスも随分脳の回転が良くなってきたんじゃない? ……そう、ボクはボクではないものならなんでも形を変えられるし空っぽにして中身を作り直すことができるんだよ。そしてそれは地球も例外じゃないはず」
話が超絶的だ。
そして何より恐ろしいのは。
レジェンドアームズの使い方を知ってさえいれば誰でも世界を破滅させ得るということ。
僕はその力を所有者である僕たちの力だと考えてしまっていたが、そうでないことはさっきセーレが証明してくれた。
「なんて恐ろしいことを……」
ホルダは一体何を考えているんだ。
彼が本当に神なのだとしたら、なぜわざわざ秩序を乱す力をばらまいたりするんだ。
わからない。
「着いたわ。ジーナ、全員で行くべきよね……」
「……アイロスか。どうしよう」
「僕が背負って行きます」
「ラス、大丈夫なのか?」
「ええ、巨大樹の森でも背負って移動してましたし」
「じゃ、ラスにアイロスを任せよう。となると、ボクとヤマトは主戦力になるから……前衛をヤマト、公営はボクがやる。いい? ヤマト」
「ああ、問題ない。セーレとスラストはラスのそばについて行くんだ。もし何かあったらまず自分たちの命を第一に考える。それがチームの鉄則だ」
「あのね、私だって伊達にトランスポーターやってるわけじゃないわよ? なめてもらっちゃこまるわ。スラスト、あんたは私が守ってあげるから安心しなさい」
「うん。お父さんもいるし……」
「あ、あんた実は信用してないのね……」
「さ、行こうか。さくさくっと地下に降りてアイロスを元に戻そ!」
そして僕たちはジーナを残してヤドカリを先に降りたのだが、なかなかジーナが降りてこない。
「ジーナさん、どうしたんですかね」
「さあ?」
「いやいやお待たせー」
そう言って小走りにヤドカリから降りてきたジーナはいつもの格好とはまるで違う、ケープを肩に掛けた明らかに冒険者らしい格好をしている。
「あれ? ジーナさんそのケープ……」
「ああこれ? 久しぶりでしょ。これさ、実はかなり優秀なんだ。体にかかる圧力を分散してくれる特性があってね、ほら砂狼って砂に潜って生活してるでしょ? だから……」
「もう! いいからほら、早く行きましょ」
あの時セーレが撒いたツタンフラワーはもう枯れてなくなっていた。
ジーナが言うにはこの世界アンダーワールドは一瞬の時の中にあるという話だが、こうして経過するものは経過しているのだ。
この結果は時は過ぎるものである証拠だと思うのだが。
第一層の世界とはなんなのだろう。
僕は久し振りに踏みしめる砂漠に侵食されかけて石畳がほぼ一体化している地面の砂の鳴る音を聞きながらそんなことを考えていた。
そして差し掛かるあの大穴。
僕が初めて死を意識した大型モンスター、名前はなんとしたんだったか忘れてしまった。
今僕の記憶に残っているのは、あれが大きかったということと魚類宛らの姿だったということだ。そしてその衝撃的な姿からインスピレーションを受けて名前を付けたのだ。
自分で名付けておきながらなかなかそれの名前を思い出せずにいたその時、地面の底から不安をわき起こす振動が始まった。
「これは……、ヤマトさん! そこの大穴からデカイ奴が出てきます!」
僕が慌てて叫ぶと、「ああそういえば」なんて間の抜けた声でセーレが呟き、ヤマトは穴の方を向いて臨戦態勢に入る。
本当に僕は変わったんだ。
初めてこいつを見た時も、セーレと出会ってから出くわした時も感じたものは同じく恐怖だった。だが今はそんなこと感じていない。
ただ、どう戦うかを考えているのだ。
穴から溢れだした大量の水に流されないように地面に爪を食い込ませ、巨大なウツボ頭を見上げる。
「こいつ……こんなに大きくなってたんだ……」
「ジーナさん! 知ってるんですか?」
「こいつは、永遠の具現化実験の際に産まれた海人の退化実験の結果だよ。でも……ボクが知っているのはもっとちっちゃいアザラシくらいの大きさだったけど」
「エタニリウム、でしょうか」
「たぶんね」
ウツボ頭のモンスターは上半身だけを地上から伸ばしたまま、僕たちの様子を伺うように首を伸ばして匂いを嗅ぐような仕草をみせる。
そして一番近くにいるヤマトのすぐそばまでウツボ頭を近寄せた瞬間、ヤマトは何の躊躇もなしに鼻っぱしに一撃加えた。
その頭だけでもヤマトより二回りは大きいというのに。
すると、殴られたモンスターはその衝撃に驚いたのか、いつもより余計に体を引きずり上げて仰け反り、両手で顔を覆い、体をくねらせながら穴の中へと潜っていった。
こんなにあっさり逃げて行くなんて、言ってしまえば拍子抜けだ。もしあの時もこうして本気で立ち向かっていたらこんなに簡単に撃退できたいたのかもしれない。
人もモンスターも見かけによらないということか。
「さあ、先を急ごう」
僕がこの扉を見るのはたった二度目でしかない。
入る時と出た後だ。
それなのに湧き上がるこの因縁めいた感情は、たった一度の挑戦であきらめたからなのだろうか。
それともこうして再び訪れることずっと意識していたのだろうか。
「なーんか久し振りね。こんな感覚……」
「どういうことです?」
「ん? 久し振りって感覚よ」
「そうですか……」
開かれた扉も、下層へと続く階段の薄暗さも以前きた時と同じだ。
全く同じ。
これがつまりはダンジョンキーパーによって維持されているということなのだろう。
前衛のヤマトから順に僕、セーレとスラスト、ジーナとその薄暗い階段を下っていく。
第三層までは僕とセーレで行ったことがあるので、僕の助言のもと三叉路を右に進む。
その湾曲して少しの下り坂になっている道、そしてその先にある太い柱状の管を中心として壁面に幾つもある部屋の数々。
僕は一旦列から抜け、スラストがいた部屋の扉の前に立つ。
「どうしたの?」
「ここに、スラストがいたんですよ」
「へー。どう? 覚えてる?」
「全然覚えてないよ?」
なぜ幼いスラストがこんなところに一人だけでいたのか、そんな疑問を今更感じる。
このダンジョンの深くでマーマンが今も生活していて、それなのにスラストだけはここに。
「ジーナさん、この部屋ってなんのために使われているんですか?」
「ここはー……。たぶんただの居住区だと思うけど、ボクがここらをうろついていたのはそれこそずっとずっと前だから記憶も曖昧だし、ここは新しくできたところかも」
「居住区……。でもスラストはここの開け方を知らなかったんですよ? それすらもわからないまま一人ぼっちで、一体なぜ」
いくら考えてもわからない、そこで僕は、その疑問を解決するヒントにでもなるかもしれないというなんといこともないつもりでその扉の小窓から中を覗きこんだ。
だが、僕はそうすべきじゃなかった。
小窓から覗きこんだその視界、僕が無意識に床へと落とした視線の先には、足を抱え込む形で壁に寄り添う干からびた死体があった。
その小さく丸められた紙くずのようにしか見えない死体は、きっと僕が助けるはずだったマーマンの子だ。
ふと、何かがこみ上げてくるのを感じる。
「そんな……そんな」
言葉が見つからないというのはこういうことをいうのだろう。
今僕はただ愕然として、うずくまる紙くずのような死体に同情すべきなのか、スラストとは何なのかこの誤差に驚くべきなのかすらわからない。
「ちょっとラス、どうしたの?」
「お父さん?」
僕を父と呼ぶこの子は、間違いなく僕の娘だ。
でも、僕が娘だと思っていた者は閉ざされた部屋の中で死んでいる。
何が。
どれが僕の娘なんだ。
「ダンジョンキーパーはなぜスラストを余計なものと認識したんだ……」
「ねえ、あんたどうしたのよ。そんな顔して……」
「い、いえ。大丈夫です。なんでもありません……」
僕は今思うことを話す訳にはいかない。
もしそれをこの子の前で話してしまえば、この子を否定することになる。
存在を、否定することになってしまう。
なぜ僕はこの小窓を覗いてしまったのか、湧き上がる感情は困惑から後悔へと変わった。だから僕はなんでもないし、大丈夫だとそう思う必要があるんだ。
「さ、先を急ぎましょう」
「なんかおかしいわよ……。その部屋、何かあったんでしょ? ちょっと見せなさいよ」
「ダメです! ここは、誰も見ないでください……お願いします。誰も見ないで……」
納得いかないといった表情で僕をみつめるセーレの視線を感じるが、僕は彼女と目を合わせることはできない。
これは、僕の罪。救えた命をないがしろにした僕の。
僕だけがこの子を忘れなければならない。他に誰もこの子を気にする必要はないんだ。
だから、どうかこの部屋のことは気にしないで欲しい。
「……わかった。先に進みましょう」
「……すいません」
僕とセーレのこのやりとりを見ていた他の三人はただ首を傾げていた。
その時、僕に覆いかぶさるアイロスが、その手の平を僕の胸をそっと押し付けるのを感じた。
円柱のエレベーターは僕たち全員が乗り込めるほど広くはない、そこで、ヤマトとセーレとスラスト、それから僕とアイロスにジーナの二組に分かれて下へ降りることにする。
「行ってらっしゃーい」
「ああ、それじゃあ後で」
笑顔で手を振るジーナ。エレベーターの扉が閉まり、ひしめく配管の中をエレベーターを下ろすためのモーターの音が響いている。
「ラス、運命って信じる?」
「運命……どうでしょう。都合よく信じたいものではありますけど」
「ふーん。ボクはね、信じないんだ」
「でしょうね」
「なんだよ! 疑問を持ってくれないの?」
「ええ。もうジーナさんのことは大体わかりますから」
「つっまんねえな……。じゃあ、神様は?」
「信じるも何もいるんでしょう? 僕たちは会っているわけですし」
「……ボクはね、信じないよ」
「それって、認めないってことですか?」
「うん。あいつは神なんかじゃないよ。かといって悪魔とかそういうのでもない」
「じゃあ、何だと?」
「孫悟空だよ」
「え?」
「あいつは、たぶん自分が大きな何かの上にしか存在できないことに気付いた……。絶望そのものなんだよ。だからね、ラス……」
ジーナが何か言いかけたところでエレベーターの扉が開く。
「ボクたちはその先を見なくっちゃって思うんだ」
それから一転、ジーナは乗り込んだエレベーターの中では一言も話さなかった。
唸るモーター音を聞きながら、僕たちは地下へと運ばれていく。
第三層に到着し、開いた扉の先で僕たちを待っていたのは、スラストだけだ。
「あれ? セーレさんとヤマトさんは?」
「あっち……。おばあちゃんが因縁を晴らすっていったらヤマトが手伝うぞって」
そう言って向こう側を指すスラストの指の先を目で追うと、部屋の通路で何やら銃を鳴らしているセーレの姿が見えた。
「ジーナさん、隊列って一体……」
「さあ……。行こ、ラス」
今の「さあ」はどっちなんだ。
僕をうながしたジーナは遂に僕を追い抜き、セーレの側に行くと「やってるねえ」なんて言いながら高みの見物を始めた。
「ジーナ! あんたも手伝いなさいよ。なんかそのグネグネ野郎は普通のモンスターとは違うみたいよ!」
「違うって何が?」
「ヤマトの攻撃をくらっても死なないよの。っていうか破裂すると増えるの! なんとかしなさい!」
「なるほど。オッケー、そんじゃあ腕慣らしにこの天才が!」
ジーナはそう言ってポケットから取り出した花の卵、レジェンドアームズを地面落とすと、それを思い切り踏みつけた。
すると、レジェンドアームズは破裂、白い煙を巻き上げる。
白い煙は意志のある生き物のように蠢き、あろうことか二人を包み込んだ。
セーレの下半身から胸までを、そしてジーナの上半身を。
二人に纏わり付いた煙は徐々に形を成していく。
「よーし! 行こうセーレ!」
「な、なによこれ!」
今レジェンドアームズは、二人に身に着いている。
セーレには体を守るツナギのような形で、ジーナには頭と胸、それから腕を覆ういかにも攻撃的な様子でだ。
「レジェンドアームズにこんな使い方もできるなんて……」
僕は一旦アイロスを床に座らせ、一応飛び火に対応する準備とした。
それにしても、ジーナが戦う姿を見る時がくるなんて。
アームズを身に着けたジーナの攻撃は、ヤマトのような光球ではなく、何かを投げつけるという古典的な攻撃のようだ。とはいっても、彼女が投げつけているものはそこにあるものではない。
ジーナが空を撫でるようにすればそこに氷のつららが出現したり、掴む真似をしてさらにそれを投げるようにするとそれが当たったマウスフェイスの側で小爆発が起き、それを粉々に吹き飛ばしたりする。
これがいわゆる魔法だと思うのだが、アンダーワールドでも自然における属性やそれを発生させるメカニズムなんかもあるので、どっちがどうとは言い難い。
「もしかして、マジックショットもジーナさんか……!」
地球上時間で言えば数億年という途方も無い時間を生きていたジーナだ。
レジェンドアームズの能力を分析し、それを科学にしていたとしても何ら驚くことではない。
「さーて、そろそろ準備運動もいいかな。疲れてきちゃった」
一人だけ僕のところへ戻ってきたジーナが大きなため息を漏らした。
「準備運動だったんですね」
「そりゃそうさ。もうずっとまともに戦闘なんてしてなかったし、それにこれを着るのも久しぶりだしね。……ヤマト! そいつは物理攻撃! 殴って倒すんだよ!」
呼吸を整えたジーナはそんなことを叫んだ。
「な! なんで先に教えてあげなかったんですか!」
「だから、ボクが運動するためだよ。ちょっとぐらい良いでしょ?」
するとヤマトはこちらの声に応答することもなく、マウスフェイスに接近、思い切り蹴飛ばした。
ヤマトの蹴りの威力、それを僕は身を持って経験しているからわかる。
強いて言うなら普通乗用車が時速六十キロでぶつかるくらい。
正直その時速が正しいのかはわからないが、すくなくともガードレールをひしゃげるくらい当然の威力だ。
そんな威力で蹴られたマウスフェイスは蹴られた瞬間に体が歪み、生えそろった歯を辺りにまき散らしながら地に落ちて動かなくなる。
そうして動かなくなったマウスフェイスを確認するように見下ろしたヤマトの口が小さく動いた。
呟いた言葉はきっと。
「なるほどな」




