なかなか受け入れ難い
ジーナにマウスフェイスの対処を教えられたヤマトはその後、辺りの子マウスフェイスを蹴散らしていった。しかしその動きはといえば、何かを検証するようにわざと噛まれてみたり、相手の動きを確認するようにすれすれで避けてみたりと一見効率的ではない。
一匹また一匹とマウスフェイスを倒す度にヤマトは納得したように小さく頷く。
そして遂に増殖が追いつかなくなったボスマウスフェイス一体になった時、ヤマトはセーレに近付いてなにか言った。
それは遠くて僕には聞き取れなかったが、ヤマトに何か言われたセーレはこちらへ戻ってきて言う。
「なんか試したいことがあるから一人でやらせてくれってさ」
「何をです?」
「知らない。でも、見てればわかるんじゃない?」
一体だけ残されたボスマウスフェイスとヤマトが向き合う。
そこで一つ気付いたのは、ヤマトの戦闘姿勢が今までと違うということだ。
今までは誰もが想像するボクシングのファイティングポーズのようなものだったが、今は姿勢を低くしたスピードスケートのスタートみたいな格好をしている。
「何するつもりなんですかね」
「だから、見てなさいって。うるさいな」
「すいません……」
すると、ヤマトと見合っていたボスマウスフェイスは突然全身の触手を逆立て、聞いたことのない不気味な叫び声を上げると、その触手を地面に叩きつけ、その姿に似合わない異常な速度でヤマトに飛びかかっていった。
その時、僕はヤマトの左手から何かが零れ落ちたのを見た。
一粒の宝石が落ちたような小さな輝き。
次の瞬間、ボスマウスフェイスは弾けて部屋中に撒き散った。
何が起きたのか、僕は隣にいるセーレやジーナに視線を向けたが、二人も口をあんぐりと開けることでその一瞬の出来事に対応しているようだ。
ボスマウスフェイスは一瞬で消え去った、だが、ヤマトの様子がおかしい。
「ヤマトさん! 大丈夫ですか!」
ヤマトは足の付根を抑えて蹲る姿、きっとそのマスクの下では苦悶の表情を浮かべているはずだ。
「ど、どうしたんですか? 何をしたんですか?」
「光球を使って蹴ってみたんだが……、これは予想外に厳しいな……」
「ヤ、ヤマト……君、バカなの?」
「そう言うな、ただの実験だ。威力は大きいが、その反動もかなり大きいようだ……な」
「あ、あ、当たり前だよ! 足一本だけ瞬間移動させるなんて……あ、あり得ない。そんなこと、考えついてもやったらどうなるかくらいわかるだろ!?」
「ど、どういうことです……?」
「ラス、君はヤマトの光球で瞬間移動したよね? 弾き出された時の衝撃を知ってるよね?」
「え、ええ。まあ」
「ヤマトはそれを片足一本だけでやったんだよ。下手すれば足だけちぎれてどっかに行っちゃってたかも……」
ヤマトが時々考えなしなのは知っていた。
だから実は、あまり驚くべきようなことではない、と思っていた。
だが、この技が危険なのは今のヤマトを見ていればわかる。
僕はその正直な意見を隠した。
「ヤ、ヤマトさん! どうしてそんな! 危ないじゃないですか!」
「……ラス。心配するな、もうやらない」
そう言って小さく吹き出したヤマトには僕の真意が伝わってしまっていたのかもしれない。
「ったく、何を笑ってんのよあんた。危なかったんでしょ!」
「……お父さん、これ。落ちてた」
突然話しかけてきたスラストが手に握っているものは、一通の封筒だ。
「またレベルアップしたんだ。でも、誰のでしょう?」
「ラス、開けてみろ」
僕はヤマトに言われた通り封筒を開ける。
「レベルアップ、ランクノエム。ヤマトさん! ヤマトさんのですよ!」
「へー。これが例の通知……、貸して。私も見てみたい」
そう言うセーレに通知を渡すと、セーレはそれを読んだ途端吹き出した。
「何これ! 最高ね! ラスあんた、よく笑わないで読めたわ!」
僕はセーレが笑った理由を知っている。
何せそこにはレベルアップの通知以外に一言。
「バカに付ける薬だって! あっはっは! いやーおかしい。お腹痛い」
「セ、セーレさん! 失礼ですよ!」
「…………」
「ヤマト、あんたこれサービスなんじゃない? あんたがバカだから神様も同情したのよ」
腹を抱えて笑うセーレから通知を受け取ったヤマトは一瞬それを読んだだけで目を閉じた。
そしてそんなヤマトの様子を見てセーレはさらに笑うのだ。
突如として訪れた和やかな雰囲気の中、ヤマトのレジェンドアームズに異常が起き始めた。
「離れてろ。何が起きるかわからない……!」
そう言って僕たちを払い除けるように手を振るヤマト。
今ヤマトに起きている出来事は確かに何が起きるかわからない状況と言って間違いないだろう。
辺りに突如響きだしたその気味の悪い叫び声が彼の腕に纏わりつくガントレットから発されているのだから。
まるで赤ん坊が泣き喚くように悲鳴じみた叫び声を上げ続けるガントレットは、徐々に形を変え、ヤマトの腕から這い出るようにしてヤマトの腕から剥がれていく。
その様子はなぜそう思うのか、痛々しく見え、平然としているヤマトが信じられないくらいだ。
そうしてヤマトの腕から這い出したガントレットは、さらに形を変える。
脚が生え、腕が生え、そしてふらつきながら立ち上がったガントレットの手の平と腕の付け根の辺りが裂けると、そこからついに頭が飛び出した。
突き出た頭は、ヤマトのガントレットがそうであるように、禍々しく、悪魔らしい悪魔の顔だ。
僕はこれを何と呼んだらいいのだろう。
「ヤ、ヤマトさん……」
「何あれ……気持ち悪っ!」
新たな誕生を眺めていたセーレはさっきからうーとかえーとか本当に気持ち悪いものを見るような声を上げ続けていた。
だけど、そのリアクションでいいのか。
「かっけえ! ボクん時とは全然違うよこれ! 勝手に動いてる……」
興奮した様子で雄叫びを上げたジーナが、立ち上がって肩慣らしのように首を回すそれを指差す。
「アー、アーウー。イー」
「な、何をやってるんでしょう」
「さあ。……発声かなあ」
「ガントレットが発声……って話すんですか!?」
「もちろん、話すワヨ。」
「ああ、なるほど……って」
まさか。
「ずっとあんたを見てきたワ、アタイのヤマト……。なーんてね、嘘ヨ。だってアタイは産まれたばっかだモン。話すけど、あくまで武器ヨ。あ、く、までネ」
武器に対してオスかメスかを考えるのもおかしな話だが、この様子ではその中間に位置するあれだとしか思えない。
武器だから、つまりそういうことなのか。
「……何よ、なんであんたたち何にも言わないノ? アタイ何か変かしラ?」
「性別が中途半端なタイプかー。せっかくかっけえのになんでそんなキャラなんだよー。ボクのイメージぶち壊しじゃないか」
「何よあんタ! 失礼じゃなイ! それに、別にキャラとかじゃないワヨ。産まれた時からそうなノ、子が親に似るのは当然でショ?」
「子、子は親にって……。ヤ、ヤマトき、君……」
「そんなはずないだろう。俺にそんな趣味はない」
「やだ、ヤマトったラ。嘘付きっ」
「いや、本当だ」
「……冗談よ、冗談。そういうのわからなイ?」
「冗談くらい知っている。ところでお前、俺はどうやってお前を使えばいいんだ」
「どうって? そりゃ決まってるわワ。ハグよハグ、アタイのハグを受け入れればアタイはヤマトの力になれるノ。試してミル?」
「ああ、もちろんだ」
「やダっ! ヤマトったら見たまんまグイグイきちゃうタイプなのネ」
「いいからこいっ」
相変わらず淡々とした様子でガントレットと会話を交わすヤマト。
少なくともそのキャラクターについてツッコミを入れてもいいものだと思うが、それ自身が喋ろうが動こうが結局は武器だと思っているからなのか、それとも他人のキャラクターそのものに頓着がないのか。
そうしてヤマトのブレない姿勢に僕が感心していると、変な声を上げながらヤマトに向かって小悪魔が飛びかかっていった。
ヤマトはそれを両腕を広げて受け止める。
次の瞬間、抱き合った二人は光輝き、再びあの悲鳴が響き渡った。
その幻想的な光景とは相反する不気味な鳴き喚く声が響く光景は、それこそ天国と地獄の狭間、もしくは神々しさと禍々しさの混沌か。
そして悲鳴がさらに大きく高くなるのと同時に光は強くなり、弾け、辺りに雪のように舞い散ると、その煌めく光の屑の中に紫色の鎧を身に纏ったヤマトが佇んでいた。
そこに立つヤマトの姿は、ガントレットの悪魔をそのままヤマトサイズまで巨大化させたようだ。
「ヤマト……さん。ですよね?」
僕がそう聞いたのは、当然、そうなってほしくない状況が考えられたから。
「……これが、ランクノエム」
「ヤマトさんですよね!?」
「ん? ああそうだ。何も変わってはいない。姿以外はな……」
良かった。
「それで、ヤマトはまた強くなったってこと?」
「うん。っていうか強くなったのはアームズで、使い手は成長したってことだけど」
「ふーん。よくわからないけど、これでさらに優位にことを進められるってわけね」
「それは間違いないね。ヤマト、どう?」
「そうだな……、まだこれで強くなったという実感は湧かないが、少なくとも今までよりは丈夫になっただろう」
「……でも、あの技はダメだよ」
「……ああ。頼りにしている」
「ヤマトさん、誰と話しているんです?」
「聞こえるんだ。あいつの声が。俺を守ると、そう言ってくれている」
二人三脚、そういうことか。
武器が意思をもって主を守る、そういう展開はきっとどこかの物語でもあることなのだろうが、今こうして目の当たりにしてみて思うのは、なんだか羨ましいという気持ちだ。
セーレとアイロス、ヤマトとレジェンドアームズ、そんな良いパートナーみたいなものに僕が憧れるのは、単純に僕にはそういう人ないしものがあったことがないから。
それを寂しいと思わなかったはずはない。僕だっていつかはと、考えていたしそういう機会を待ち続けていた。でも、なかったんだ。
ないものはない、そう思い始めた頃から僕のそもそも陰鬱とした内面はさらに淀んでいたのかもしれない。僕はそれを、悟り、なんて思っていたけれど、こうして身に着いた僕専用らしいものがあっても僕は結局通じ合う何かを求めている。
あるものをないと決めつけて、今あるもので満足できない。
そういう身近なものを粗末に考える発想がきっと、僕から優良なパートナーを遠ざけているんだ。
悟り、なんて思い込みで、結局自分ではないものに優劣を付けている可能性。
それを感じると、少しだけ、僕はこの右半身に着いた管だらけの不可思議なものを相棒と呼びたいような、そんな気持ちになった。
「さて、ここからは私もラスも知らないところになるわ。だからどんなモンスターがいるかもわからない……。気を引き締めて行きましょ」
セーレの言う通りだ。ここから先は、ジーナを除いて僕たちにとっては全く知らないところになる。
今出会ったマウスフェイス然り、上にいるアンデッドマーマンもそれにあの巨大生物ナントカも。
「ジーナさん。あの、地上で見たデカイやつはなんて言うんです?」
「えーと、確か……リーボ、だったかな。さっきも言ったけど、もともとあいつは金魚くらいの大きさしかなかったんだ。でも、あの姿が世代を経ての進化なのか、あれを食べたことでの突然変異なのかはわからない」
それならやっぱりそのリーボっていうのがこのダンジョンで一番強い敵だということになるだろう。
しかしだ、相手は水の中での移動しかしない。
つまり水辺に近付くとか、奴のテリトリーに入らない限りはリーボと戦う必要もないわけだ。
地下深くには未だ健在だと思われる旧マーマン、水中での生活を主とする海人たちが住んでいると考えると、そのテリトリーに入らないとは言い切れないのが若干不安ではあるが、とりあえず今の乾いた床が最後まで続くことに期待しよう。
ところで思うのは、僕自身よく知らない海人について彼らは僕が見たことのある姿と違うのかどうかということだ。
僕はふとスラストを見やる。
今目の前にいる彼女こそ、海人の遺伝子を直に継ぐ海人の後継者そのものなわけだが、だとすればやはり直立歩行で鶏冠のようなヒレが生えた薄っすらと青い体の姿ということか。
自分でもなぜこんな当たり前のことが疑問に思うのかがわからない。
わかりきっていることを敢えて考え直して、この先に待つ事態について無意識に注意しようとしているということだろうか。
ボスマウスフェイスがいた部屋からさらに地下へ降りるのは、エレベーターではなく階段だった。
今までもこうして当たり前のように階段を降りるというシチュエーションはいくらでもあったが、そういえば不思議だと感じるのは、なぜ階段なのかということだ。
そもそも科学技術が進んでいるなら、履物そのものに移動を楽にする工夫を凝らすと思うのだが。例えばこれがスペースファンタジー的なものだったとしても同じことで、車は当然としてスケートボードや自転車のような乗り物はハイテク化されているというのはそれぞれに見受けられることだ。でも、靴そのものが進歩しているかといえばそうではなく、せいぜいスケートみたいな特別な靴が進歩したという表現がほとんどだろう。
草履からスニーカーまで進歩させたのに。
科学者というか開発者というか、とにかくそういうことを考える人々が色々いるわけで、だとすればもっと色々な方面に行く先が伸びていってもいいものだと思うのだが、現実は違っている。
その原因、僕なりに考えてみればそれは間違いなく金銭だろう。
ある時からあらわれた金銭というシステムが、それそのものとは全く関係ないにも関わらず自分の欲しいものを交換させる。
させるのだ。結果的にそうなることが多いという意味で。
でも、アンダーワールドではその金銭的な位置づけにあるのがダンジョンパーツやモンスターの遺留品で、それらはあくまで開発に必要と開発者自身が判断しなければ交渉決裂、必要なら自分の持っているものと交換成立だ。それはルルディアで実感させられた。
なのに、この世界でも大抵の人々はブーツを履いている。
僕がそうだし、セーレもジーナもヤマトも。
唯一スラストが履いているものだけがジェットブーツ改というイリクの作った風の結晶の力を利用した進歩した靴だ。
「あの、セーレさん。なんでブーツ履いているんです?」
「なんでって、これが一番歩きやすいからよ。何? くだらないこと聞いてきたりして」
「い、いや……」
盲点。
発展しない理由が単純にウケないからということを考えそびれていた。
つまりそれは、世の中やればできるけどやっても意味ないからやらないということの方が通常ということか。
僕は、なんだか色々求め過ぎる性質なんだ。
外向けには従順なようで、実はああすればいいのにとかこうすればいいのにとかそういうできるかどうかもよく知らないことに対して革新的っぽいことを考えてどこか優越感を感じているのかもしれない。
だから僕は、あの時セーレさんに。
彼女の言う通り、僕は生意気だ。
未体験のことに出くわして、でもそれに混乱はしても拒絶しない、そういったこと適応力としての自分の長所だと思っていたけれど、実はそれこそが従順性で僕の本質とは違う部分での話だった。
やっぱり僕は嫌われるべき存在だ。
そうやって僕に関わって僕を退けようとした人々を恨んで、ああすればいいのに思想でごまかして僕が本当に言いたかったことは。
僕を受け入れろ。
そういう傲慢で自己中心的で、他人を他人とし切らない化物じみたことだったんだ。
従順であることが万人に好かれずとも嫌われないという発想。それこそが自分勝手で嫌われるべき性質だということを考えそびれていたんだ。
僕を嫌いな人は嫌いでいいはず、僕を好きな人がいなくてもそれは自分ではない他者の自由。
どうしてそんな簡単で当たり前のことに気付けなかったんだろう。
蕎麦アレルギーの人に蕎麦を好きになれって、そんなこと言うのはやっぱり化物だ。
だから僕は、もう僕を嫌いでいてくれて良い。
好かれるためにやってきたことではないにしても、それが嫌われる原因なのだとすれば。
「それにしても、多いわね……。ヤマト、大丈夫?」
「ああ、問題ない」
階段を降りきった先は、第二層と同じく入り組んだ廊下の続く薄暗い空間だった。
それを入り組んでいると感じるのは、僕たちがこの場所に不慣れだからなのだろうけれど、どうしても疑問なのはなぜこんな風に歩きづらい構造にしているのかということだ。
海人はそもそも海の底で生活していたから、広大な空間というものをよく知らないのだろうか。
海の底といえば地上ないし、海ではない部分に比べて極端に圧力が加わっている場所だし、こんなように壁が多いほうが何かと便利だということもあるのかもしれない。
そんな中、階層がまた一つ深くなったことが原因なのか、ここらにいるのはマウスフェイスだけでなく気味の悪い虫のような姿のモンスターが目立つ。
そしてその幾種類かみられるどれもが無数の脚が生えた壁も天井も移動するのに適したタイプの奴らばかり。
それに知りたくもなかった事実として、奴らの餌はマーマンだということ。
ギリギリ動いているアンデッドマーマンに張り付いているものや、奴らが襲ったことで機動力を失ったボロボロのマーマンに群がる姿は最悪の感想に尽きる状況だ。
そんな奴らをさっきから素手で殴りつけているヤマトを僕は別の意味で心配してしまう。
「あの、どこかで休憩しません? 体力的に問題ないとしても、色々と問題が起きそうで……」
「ヤマト、どう?」
「……そうだな、そうしよう」
「じゃあ、とりあえずそこの部屋入ってみようよ」
そう言うジーナの提案により、僕たちはすぐそばにある取っ手のない扉の部屋へ入ることにした。




