しんそうへ
まるで何かの前触れだ。
原因が何なのか、そんなもの辺りを見回したとてわからはずもないのに僕は周囲を見渡していた。
が、当然何もない。
ただわかるのは、周囲の巨大樹が一つ残らず震え、その巨大な樹々がうるさく弾けるように鳴っているということだけだ。
つまり、原因は空気。地面を揺るがすほどに空気が振動しているということだろう。
その時、周囲の重低音に混じって乾いた玉葱の皮を剥くような音、その数千倍はあろうかという大きな音が聞こえた。そして僕の視線の先、アイロスの後方からあり得ないことが起こり始めている。
「セーレさん! 逃げて!」
屋久杉の数倍はあろうかというその巨大樹が将棋倒しにこっちへ倒れこんでくる中、今のアイロスがそれを避けることは不可能だろう。
僕はセーレに逃げるよう告げ、アイロスの方へと突っ走る。
「アイロスさん!」
アイロスの元へ辿り着くのと同時に僕は彼を再び抱え上げ、きた道を戻る。
しかしこの状況、森の中を走り回ったとて逃げきれるものではないだろう。
遂には混乱して動くことができなくなっていたセーレの腕を引き、僕は走る。
「セーレさん! スカイバムを操縦してください! 森から出なくちゃ巻き込まれます!」
「わ、わかった!」
ピンチとは時と場合で起こるべきことだ。
こんなことでもなければセーレが冷静さを取り戻すことはなかっただろうから。
僕たちはスカイバムに乗り、セーレはフルスロットルで森抜ける。
そうして外から眺める巨大樹の森は中から見るのとは比べ物にならないほど悲惨だ。
まるで巨人にでも踏み潰されたかのように端からずっと樹々が同じ方向になぎ倒されていく。
「……一体何が」
「ラス、あれ……」
そう言ったセーレの指差す方角に倒れた樹木の隙間からはみ出る尖った渦巻状のあれが垣間見えた。
「ま、ままさか!」
「なんでヤドカリがこんなとこにいるのよ! どういうこと!?」
「ヤ、ヤマトさんだ……。ヤマトさんがヤドカリごとこっちにふっ飛ばしたんだ」
「ちょっとそれ、どういうことよ……」
「セーレさんよりも速くこっちにくるためにはそれしかなかったんですよ。ヤマトさんの光球で空間を歪めて瞬間移動を」
「なによそれ、なんでそれでこんなことになるって?」
「要は、速過ぎるってことです。ないところに何かを無理矢理在らせるっていうのはそういうことなんですよきっと……」
「よく、わからないけど……」
一旦の休戦を強いられた僕たちはヤドカリへと向かう。
「あっつ。どうなってんのよ」
「空気の摩擦でヤドカリ自体がとてつもなく熱くなってるんです。そういうものなんです」
「ジーナたちは無事なの!?」
「それは僕にも……」
巨大樹の森を半分潰すほどの衝撃だ、きっと中にいた彼らもただでは済まないはず。
そう思えたのは、僕の脳が驚愕から次の段階へと移行したからだろう。
「ジーナさん、聞こえますか?」
(……ラ……ラス?)
「良かった……。怪我は、大丈夫ですか?」
(なんとかね……。久々にひやっとしたよー……)
「あの、出れますか? そこから」
(あー、どうだろ。きっとボクは無理だけどヤマトなら行けるかも。ちょっと待ってて)
つい先ほどまであれだけ興奮していたセーレだが、今は何事もなかったかのようにアイロスの肩を抱いてただ燃える森を眺めている。
肩の力が抜けた。
ありがとう、ヤマトさん。
「ラス、セーレ」
「ヤマトさん……と、あれ? 皆出られたんですか」
「まさか、ヤマトの光球にこんな使い方があったなんてね。まあ、使い方っていうよりこれが正しい使用法だったんだろうけど」
「そう思うか?」
「うん。ヤマトの能力の本質はたぶん防御だよ。何かを守るための力」
「……なるほどな」
そう話す二人とそしてヤマトに抱きかかえられているスラストは皆が光りに包まれている。
「アイロス、久し振りだね」
「……ジ……ナひ……」
「驚いた。アイロス君、まだ喋れるんだね。さすが化け物」
「ちょっとジーナ! こんな時にそんな冗談やめて!」
「セ……レい……んだ」
「……セーレ。ボクのアームズを貸して」
「嫌よ……」
「大丈夫だから、ボクに任せて……」
そう言ってセーレを真っ直ぐに見つめるジーナ。
セーレはそれを見て何を感じたのだろうか、一瞬葛藤する様子でアイロスの方をちらと見ると、ジーナに向けて手を伸ばした。
「本当に、任せるわよ……」
「うん。大丈夫」
そうしてジーナがセーレの手を取ると、再びセーレは輝き、その光はジーナの手の平に吸い込まれるようにしてまた花の卵へと戻った。
「あの、ジーナさん。ジーナさんのアームズはどうして身に着いていないんですか?」
「え? ああ、それはボクのランクがギンティーだからだよ」
「ランクギンティー?」
「そう、ギンティー。それが最大値なのかはわからないけど、数字でいうなら二十だね」
「に、二十!?」
「って言っても、そもそも始まりがデケム、つまり十からだから君たちの成長とさして変わらないんだけどさ」
「初めからランク十だったって! そんなこともあるんですか!?」
「……まさか君たち、ランクの意味がわかってないの?」
「戦闘能力が上がったらレベルアップじゃないんですか……?」
「ち、違うよ。ボクを見てみなよ、どう見ても戦闘力低そうでしょ? つまりランクっていうのは、戦闘力の向上じゃなくて使用者自身の成長さ。そして、言ってしまえばそれに備わっている能力っていうのも殺傷のためのものじゃない。基本的には守るとか変えるとかのために用意されているんだ。ヤマトの能力みたいにね」
そうだったのか。と思いたいところではあるが、少し引っかかる部分もある。
「でも、これだけ強力なら攻撃性に向けられた場合本来の使い道なんて意味ないんじゃ」
「……そこがホルダからの問題ってことだよ。どっちにでも使えるけど君ならどうするか、ってことだよ」
「壊すか、守るか……ですか」
でも、何のために。
僕たちレジェンドアームズを与えられた者は何に対してその選択を強いられているんだろうか。
壊す。壊す。壊す。
「……あれだ。あの映像、僕の街の崩壊。それじゃあ、あれを起こすのは……僕たち?」
それはつまり僕はあそこへ戻ることになるということじゃないか。
「そ、そんな……」
「ラス、戻りたくないのはボクだって同じだよ。だけどさ、ラスやヤマトに会ってちゃんと考えてみたんだ。ボクは一度あそこに戻ったのにまたここに戻された……。言ったよね、ラス。ボクたちはここに落とされる前に一つ記憶が失われているってさ」
「そういえば……」
「うん。ボクたちがホルダに奪われたのは、落ちた瞬間の記憶……。誰も覚えてないでしょ? 自分がどうなったのか」
「そ、そうです! そういえばそうですよ! ヤマトさん!」
「……ああ。確かに、俺も覚えていない。でもそれに何か意味があるのか?」
「あるさ。ラスの言う崩壊、その始まりがそこにあったんだ」
僕がホルダに見せられたあの映像、彼はそれを予告編だと言っていた。
つまりジーナが一旦戻った時に見たもの、それはまだ崩壊していない地球上だったということだ。
それじゃあ、僕たちがレジェンドアームズを使う必要になるのは。
レジェンドアームズが伝説になる出来事は、やっぱり。
「……崩壊、するんですね。それは避けられないことなんですね?」
「いや、違うよラス。それを止めるのも見過ごすのもボクたち次第ってことだよ」
「ど、どういうことですか?」
「だから言ったでしょ? レジェンドアームズに備えられた能力は壊すことも守ることもどちらにも使えるってさ。それを考えれば後は簡単さ。ホルダはボクたちにその選択を託した、ということだよ。だから伝説が先取りでボクたちに与えられた。結果がどうなるにしても伝説は伝説ってことだよきっと……」
死んでもそれはそれで伝説。
まさかそれが答えだったのか。
僕がアンダーワールドに落とされた理由、そしてレジェンドアームズがレジェンドアームズである理由。
でも、何かおかしい。
「と、ところでジーナさん。なんで戻った時の記憶があるんですか? ホルダに奪われたはずじゃ……」
「ホルダは、人間をよく知らないってことだよ」
「人を?」
「そう、人ひとりに一つの人格。それって基本的にはってことでしょ? ホルダは知らなかったんだよ。自分にある複数の人格を自由に操れる人間がいるってことをさ」
「え?」
「ボクはね、多重人格者なんだよ。だけど、ボクにある他の人格たちは病的なものとは違って性格が違うっていうものじゃないんだ。そもそも持っている解釈が全く違う別人が幾つかこの体を共有しているんだよ」
「ちょっと意味が……」
「そうだなー。例えば、ラス。君は君だよね?」
「そ、それはそうですよ」
「ボクはラスの人格もある。それにヤマトの人格も、セーレもアイロスもスラストもそのどれもボクにはあるんだ」
「ますます混乱しますよ」
「うーん。難しいな。ひとりの人間が他人を認識するのには、一旦ボクの解釈を経由してラスの人柄を差別するんだけど、ボクはそのひとりにつき一つの解釈を複数形成できるってことなんだよ。理解して」
「……なるほどな。だから多重人格か。だがそれは多重人格というより複数の人間を統合してできているということじゃないのか?」
「まあ、そう考えてもらったほうがわかりやすいかもね。つまりボクはキメラなんだよ。オッケー?」
「わ、わかりま……した」
キメラって混合生物ってことで、それは人間じゃないんじゃないだろうか。
「も、もしかしてジーナさんって……。う、宇宙人?」
「ああ、そうか。そういえば良かったんだ。そうかそうか……。そう、ボクは人間だけど地球人じゃない。銀河系の外側、地球とほぼ同じ構造の星で生活してたんだ」
冗談のつもりで言ったことがまさか。
しかし、彼女の返答含めその様子からもそれが冗談で言っているようには見えない。
「あ、あのどど、どうして地球に?」
「言ってしまえばたまたまだよ。たまたま別次元の座標がボクの星での位置関係と一致したことで存在の混同という状況が生まれちゃったんだと思うんだ」
「そ、それでホルダはひとりの人間とジーナさんを間違えたと……」
「たぶんね」
「えと、それじゃあそのホルダが間違えた本来送られるべきだった人はどこに行っちゃったんでしょう」
「多分一時的にあっちにいるボクになってるんだと……。空間がただ存在を誤認識しているだけだから辻褄が合わなくなった瞬間に修正されるとは思うけど、宇宙とか空間もそんなに賢いものではないしなあ……正直どうなるかはわからないよ」
「それってその人はいなくなっちゃうってことですか!? そんな!」
「だから、辻褄合わせってのがあるんじゃないか。いないからいないじゃなくて、認識できなくなる、もしくは別の時間層に移動して追走する形になるかもしれないし」
なんにせよ悲劇じゃないか。
普通に生活していた人間が突然空間の誤認識とかいうわけのわからないことに巻き込まれて存在ごとわからなくなってしまうなんて。
それが僕なら。
どうなってしまうんだろう。
「まあ、その辺の話は一旦置いておいて。とにかくだよ、ボクは落ちる瞬間の記憶がある。入れ替わった体が側溝にはまりかけた瞬間の大地の唸り声がちゃんと思い出せるんだよ。その後すぐにボクの意識はこっちに落ちてしまったからその後のことはわからなかったけど、ラスの話でわかったんだ。あれは大地が崩壊する音だったんだって……」
「地震、ですね。僕が見たあの映像は地震で起きる崩壊の映像だったんだ……」
「……いまいち実感は湧かないが、お前たちの話が本当だとすれば日本は、少なくともだが崩壊と呼べるレベルでの地震にあうんだな?」
「うん。そうだね」
「……あそこには俺の妹が、たったひとりの家族がいる。だから、俺はなんとしても妹だけは救わなければならない。ジーナ、ここから戻るにはどうすれば良い」
「それは……わからないよ。ごめん」
「そうか……」
ヤマトはあくまで冷静だ。それは見た目にも声にも変化がないということだが、そう呟いたヤマトの表情に含まれているものは平静ではない。
きっと、焦っているんだ。
「ちょ、ちょっとあんたたち! まさか今からそこに戻ろうってんじゃないでしょうね! アイロスがいるのよ? この人だって私の大事な人よ。手伝ってくれるんじゃなかったの!?」
「セーレ、落ち着いて。大丈夫、ボクが絶対にアイロスを救ってみせるよ。ボクはあっちの世界に未練は一つもないし、大丈夫。それに、レジェンドアームズの力を使わないでもアイロスを救えるかもしれない方法を思いついたんだ」
「ほ、本当に……?」
「うん! きっとできる。砂漠のダンジョン、元の永遠の施設に行けば鉄骨人類のことについての詳細なデータがあるんだ。そこには鉄骨人類の硬化の原因とそれに対する処方もあるはずだよ」
「じゃ、じゃあ砂漠のダンジョンに行けば、アイロスを助けれるのね?」
「助けるよ。約束する」
「ア、アイロス。砂漠のダンジョンよ、あそこに行けば……また、また一緒に歩いていける」
セーレがアイロスを抱きしめながらそう言うと、アイロスはそっと目を閉じた。
これから僕たちが向かうのは砂漠のダンジョン。
僕が初めに降りて、初めて死んだ場所。でも、今度は大丈夫だ。
セーレ、ジーナ、スラスト、ヤマト。そしてアイロス。
今の僕には心強い仲間がいる。
もう、死なないし、負けない。
今度こそあいつを倒して地下へ行こう。アイロスを救うために、そしてセーレを救うために。




