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花の卵

「ジ、ジーナさん。僕の能力についてはもうわかりました。……なんとなくですけど」

「そっか。まあそんなもんだよね。でだ、ラスはどこから戻ってきたんだい?」


 それから僕は、花の卵を探しに花林に入ったこと、そこにあった半球体とその後現れた触手に引きずり込まれエタニリウムの根へ落とされたということそしてそこで得たものについて説明した。


「……ふーん。そこで読んだその手記っていうのは誰が書いたんだろうね」

「わかりません。一応そういう痕跡みたいなものを探してはみたはずですけど、それらしいものは特に」

「確かにさ、今のラスの話の通りの場所だよ。ボクがいたのはさ。だからエタニリウムがバカでかくなって研究所を飲み込んだってのもまず間違いないと思う……だけど。ボクはやっぱり手記なんか残していないし、とはいえあそこでは随分色々やったからボク自身の痕跡が残っていてもおかしくないんだけど……でもやっぱり」


「なんかおかしいよ」とジーナはそう言った。


「まさか。僕は確かに見ましたよ! そうじゃなきゃこんな記憶あるはずがないんですから、それが証拠です。手記は確かにありました」

「わかったよ……。そんなイラつくなよなー」

「べ、別にイラついては……」


 いないとは言い切れなかった。

 僕自身に感じる別々に存在する二つの記憶。

 進むのも戻るのも同じ道以外の方法がないはずの時間一層の世界アンダーワールドで、記憶だけが未来を保持していることが原因だろう。

 だから僕は現在と未来とで混乱していて、だから不安なんだ。

 僕の記憶が本当に正しいのか。それは未来においての話であって現在とは無関係かもしれないから。


「ジーナさん……。僕は、僕なのでしょうか……」

「そりゃそうさ。ラスをラスと認識できるのはラス自身だけだよ。ボクたちには君がラスという形であることしか認識できない。全てのものがそうやって認識し合うことで世界は成り立っているんだ。だからね。どんなにあやふやでも君は君だよ。ラスが世界でボクが世界、世界っていうのはそもそも複合的なんだよ」


 笑みを浮かべながらそう言ったジーナは横になっている僕の脚を叩いた。

 姿は明らかに少女なのに、そういう仕草からはジーナがまるで熟練した大人であることを感じた。


「ありがとうございます……」

「なんだよ今更。ボクは天才だからね、人に与えるは使命さ」


 それから少し話した後、ジーナは僕に眠れと言って部屋を出て行った。

 一瞬の内に随分多くの情報が入ってきてしまった。

 疲れたと本格的にそう感じたのはここにきて初めてかもしれない。

 仰向けのままらんらんと冴えた意識を押し込めるように、僕は無理矢理目を閉じた。

 穏やかな波音の浜辺、鮮やかな緑の草原とそこから眺める荘厳な山々、青々とした木々の茂る深い森。

 それらを眺めることで得られるものも安息だろう。

 だけど、こうして一時感じる暗闇もまた自分自身を収めるための安息だ。

 肉体とは不思議なもので、覚醒することでも回復し、閉ざしたときにも回復するらしい。

 臨機応変、適応。

 安息というものは、一心同体を体現している行為みたいなもんだ。

 眠れ、眠れ。

 意識を深く落とし始めたその時、聞き覚えのある雑音が僕の耳を震わせた。

 俗にいう砂嵐、アナログ放送時はよく聞く羽目になったあの音だ。

 細々とした白い砂嵐の中に錯覚のように薄く、何かが見える。

 

(……っと……しは……ど……い……だから……れを……)


 何か、聞こえた。だが、雑音に紛れてよく聞き取れない。

 意識を集中して何かを聞き取ろうとしたが、今聞こえるのはただの雑音、もう何も聞こえなくなっていた。そして映像の奥に見えていた風景もまた、砂嵐に紛れて消えてしまった。

 一体何だったのか、とはいってもきっと夢なのだろうけれど。

 夢か。

 なんだか久しぶりにそんなものを見た気がする。


「いだっ!」

「ぎっ!」

「ああ、ごめんスラスト! 泣くなよ!」

「痛い、痛いよー! いーたーいー!」


 体は大きくなっても心はまだ子供か。

 痛みに耐えられなくて全力で泣くスラストは、へたり込んだまま痛い痛いと叫んでいる。


「ごめんって……。僕だって痛いんだぞ? でも父さんは大人だから我慢する。スラストは?」

「い……痛い」

「ああ痛いよな。父さんはスラストの何倍も痛い目にあってきたからお前が痛いっていうのがすごくよくわかるよ。だから父さんは我慢するんだ」

「なんで……?」

「僕が痛いって泣いたらスラストは僕をかわいそうだと思うだろ?」

「……うん」

「いい子だね、お前は。だからさ、だから父さんは痛いことを我慢するんだ。そうしたらスラストは僕がかわいそうにならない。な?」

「……うん」

「そう。いいかスラスト。痛いのを我慢するのは相手のためなんだ、自分が我慢すれば相手が楽になる。人の感情っていうのはそういうものなんだよ」

「……わかっ、た。わたしも痛いの我慢する。そしたらお父さんも楽ちんでしょ?」

「ああ。お前は賢いね」

「へへ……」


 そして泣き止もうと努力するスラストの頭を撫でようと起こした体を捩ったその時、ベッドから何かが落ちた。

 一粒の実、ライチに似た外皮がめくれ艶のある白い中身が露出したそれをスラストが拾い上げる。


「何これ? お父さん」

「……なんだろう。どれ、貸してごらん」


(きっとわたしはもどれないだからこれを)

 スラストの冷たい手が僕に触れた瞬間、あの雑音に聞こえた声が繋がった。

 その瞬間、僕にはこれが何なのかが理解できたのだ。


「こ、これは……。スラスト、ジーナさんを呼んできてくれないか」


 僕がそう言うと、スラストは首を傾げた後小走りに部屋を出て行った。

 僕は手に取った実をまじまじと眺める。

 鶏の卵ほどの大きさのこれこそが、花の卵だ。

 誰かが僕にこれを渡した、最後に。


「あの映像は別れだったのか……。くそっ、何も思い出せない!」


 その時、治療室の扉が開き、ジーナとセーレが入ってくる。


「ラス、どしたの?」

「ジーナさん、これ……」

「……これ、は」

「花の卵です」


 僕がそう言った瞬間、ジーナは手の平に花の卵を乗せたまま驚愕の目で僕を見つめた。


「こ、これどこで?」

「たぶん未来……だと思います。でも僕何も思い出せなくて、誰かにこれを別れ際に……」

「ちょっと! マジなの!? これが花の卵なの? ジーナ!」

「……え? え、えあ」

「やったわ! これでアイロスが元に! よくやったわラス、あんたこれどこで見つけてたの?」

「えっと、だから未来ですよ」

「ミライ? よくわかんないけどどっかで見つけたのね。とにかくこれが花の卵なら今すぐ実験よ、ジーナ!」

「……いや、ダメだよ。それはできない」

「……な、なんでよ! これは花の卵なんでしょ!? だったら……」

「ダメ! これはダメだよ。ボクも……知らなかったんだ。これが、まさかこれが花の卵だったなんて」

「どういうことよ! 説明しなさいよ!」

「これ、は。これはボクの……ボクのレジェンドアームズ、なんだ」

「え……?」

「ジ、ジーナさん何を……」

「これはボクのレジェンドアームズなんだ! とっくの昔に捨てたのに、なんで今頃……」

「レジェンドって、ラスのそれと同じ? なんで……あんたがそれを」

「ボ、ボクもラスと同じ世界から来たんだ。ずっと前に」

「……説明して」


 セーレがジーナに向かってそう言うと、ジーナは花の卵を握りしめて話し始めた。


「これはボクのレジェンドアームズ。力の名前は賢者の千日手、その能力は……強制変態、無理矢理相手の形を変えることができるもの。だから確かに、スサノオの冒険記に書いてあるものと似てはいるけど、でもなんでボクのアームズのことを知っているのかわからない。だってボクは! ボクは……もう何千万世代も前からここにいるんだから。だからあり得ないんだ! ボクがアームズを捨てたのは、それだけでもずっと前だよ? 四、五十年で活動限界になる鉄骨人が生きていられるはずが……」

「ラス、あんたこれ……ミライってどこ?」

「ええ? 未来はえーと。あの。花林の奥です、そこで誰かに……」

「っていうか、なんであんた。いつの間に花林に行ったの? わけがわからないわよ、もう」


 そう言うとセーレはため息をついて下を向いてしまった。


「あの、セーレさん?」

「……ジーナ。あんたそれ、使えるんでしょ? 持ち主なんだから」

「ま、まあね。でも使わないよ」

「なんでよ! それを使えばアイロスは元に戻るんでしょ!? あんたがそう言ったんじゃない!」

「いや、だからボクだって花の卵がボクのアームズだったなんて知らなかったんだよ!」

「なによ! じゃあもうアイロスを助ける手立てはないって! そう言うの!?」

「べ、別に何か方法があるよ……。これじゃなくても、別に……」

「もう! 時間がないのよ! アイロスが動かなくなってからどれくらいになったと思ってんの!? どんどん進行していって……それこそ間に合わなくなる!」

「で、でもセーレ。ボクのこれだけは……絶対に使えないよ」

「どうして!? どうして使えないのよ! 使ってよ! それでアイロスを助けてあげてよ!」

「…………」


 すると、興奮した様子のセーレがジーナの手から花の卵を強引に奪い取り、部屋を飛び出して行った。

 慌ててそれを追うジーナ。

 それに続いて僕も治療室を飛び出した。

 飛び出した廊下にセーレの姿はなく、先を行く彼女の足音を追って僕とジーナはバムの格納庫へと向かう。

 ジーナのレジェンドアームズを握りしめたまま飛び出して行ったセーレ、そこで僕が思うことは一つ。

 あれは所有者以外でも使えるのかということだ。

 これまで僕がアームズを手放したのは二度、砂漠のダンジョンでボスマウスフェイスにやられた後とウィンドエレンファスにやられた後だ。

 そのどちらも僕は意識を失い、まだバットの形状だったアームズはセーレとヤマト、二人の手に渡った。

 だけど、彼らがそれを使おうとしなかったことと、まだ能力が開放されていなかったことからそれが使うとかそういう状況ですらなかったから所有者以外の能力の使用がなんて考えもしなかった。


「ジーナさん! レジェンドアームズは他人にも使えるものなんですか?」

「わからない! でももしも使えたとしたら……止めなきゃ!」

「……先行きます!」


 僕は力を込めて加速する。


「セーレさん!」


 僕がセーレに追いついた時、彼女はすでにヤマトのバムに跨っていた。

 今まで本気で走るセーレを見たことはなかったが、予想外の速さだ。


「落ち着いてください! もう一度話し合いを!」


 僕は叫んだ。

 だが、バムに跨ったセーレはこっちを振り向きもせずバムを発進、あっという間にヤドカリの外へと飛び出して行ってしまった。

 ヤマトの改造スカイバムに走って追いつくのはさすがに無理だ。

 僕はセーレのロードバムに乗り込もうと後部を手の平で叩きつけたその時、機体から電流がほとばしり僕を拒絶した。


「トラップ!? そこまでするかよ!」

「ラースー! セーレは!?」

「だめです、間に合いませんでした……。しかしセーレさんってあんなに足が早かったですかね」

「もしかしてアームズの効果かも……。だとしたら、尚マズイよラス!」

「あの、ジーナさん。その能力って、他にも何かありますよね?」

「……あるよ。あれは強制変態後、その中身を空にしてしまうんだ。その後中身を入れ直すこともできるんだけど……どっちにしてももう元には戻れない。個体の性能、性質その全てを使用者の思うままってことさ。だからボクはあれを捨てた。……でも、今思えばあんな危険なもの捨てたことが間違いだったんだ」


 ジーナは苦虫を噛み潰したような顔そのものといった感じに下唇を噛み締めた。


「セーレさんが向かったのは間違いなくアイロスさんのところです。だけど、ヤマトさんのスカイバムの速さに追いつくのは……」

「……ヤドカリじゃ無理だよ。それにそのロードバムでも。どうしようラス……」


 全くだ。どうしてこういうタイミングで冷静さを失ってしまったんだあの人は。

 きちんと確認もしないで。

 悪い癖だ。

 でも、それほどアイロスのことを救いたいんだろう。

 でも、だからこそあれを使うべきじゃないんだ。


「くそ……どうすれば」

「……どうした?」


 騒ぎを聞きつけたのか、ヤマトがそこには立っていた。

 するとヤマトは、自分のバムがないことに気付き、それでも慌てる様子もない。


「セーレか……。何があった?」

「花の卵を持ってアイロスさんのところに行ってしまったんです。だけどそれは伝説のアイテムなんかじゃなくて、ジーナさんのレジェンドアームズで……」


 僕がそこまで言っただけでヤマトは何かを察したようだった。

 話を続けようとする僕に手をかざし、それを制するようにすると「大体理解した」とそう言っていつもの考える姿勢に入ってしまった。

 考えている、ということは少なくともあれに追いつく方法はないのだろう。

 もう随分開いてしまったであろうセーレとの距離を縮める以外に追いつくのはさらに難しい。


「距離を縮める……! そうだ! 僕の力を使えばイケますよ!」


 名案を伝えたつもりだったが、それを聞いたジーナの表情は驚愕していた。


「ダメ! そんなことしたら次は何を失うかわからないんだよ!?」

「で、でも! そうでもしなきゃセーレさんを止められませんよ!」

「ダメだよ! ダメダメ! それでセーレのことを忘れたら意味がなくなっちゃうよ」

「それは……」


 僕が消費する能力の代償は記憶、確かに彼女の言う通り僕が何のために戻ったのか忘れてしまえばそれに意味がなくなる。

 でも、それじゃあどうすればいいっていうんだ。


「ラス……着いてこい」


 不意にヤマトはそう言って僕の肩を叩いた。

 ヤマトに名案が浮かんだ、そう考えるのが自然だろう。

 僕は何も考えずヤマトの後を追ってヤドカリの外へ出る。


「ラス、俺もこれの使い方に気付いたのは最近だ。だから、何かあっても死なないかもしれないお前にしかできないこと……俺は今からそれをする」


 外に出るなり僕に向き合ってわけのわからないことを言い出したヤマト。

 確かに僕なら死なないかもしれない、正確には死ぬ前の状態に戻るだろう。だが、それはつまり僕が死ぬようなことをするつもりということだ。

 一体何をしようっていうんだ。


「あの……僕なら大丈夫です。けど、それでセーレさんに追いつけるんですか?」

「ああ、上手くいけばだが……」

「ちょ、ちょっと待ってください。何をするんですか?」


 僕がそう言うと、ヤマトは右腕から光球を発した。


「まさか! それを僕にぶつけて吹っ飛ばすとか言わないですよね! そんなことしたら着地前にバラバラに……!」


 焦る僕をよそにヤマトは腕から発した光球を混ぜ合わせ、一つの大きな球に仕上げると、今度はそれを薄く引き伸ばして一枚の光る布のようなものを作り上げた。


「ヤマトさん、これは……?」

「……今まで俺はこれを弾丸として使っていた。だがよく考えてみればこれがどうして光るのか、なんの属性もないのに色が付いているのか、それがよくわからなかったんだ。だから俺は色々試した、こいつの使い方ってやつをだ」

「そ、それで?」

「光とはつまりなんだ?」

「え? 光って何って……えと、反射するものとかですか?」

「ああ、だがそれは結果的にそうなるということだろう。光の真実は空間の認識作用、そうなんじゃないかと俺は思った」

「なるほど、そういう考え方もありますかね……ってそれとこれとに何か意味が?」

「ある。この紫色の光球は光であって純粋でない、形こそあれどこれを歪ませられるのは俺だけだ」

「…………」

「つまりだ、こいつはこの世界を逸脱した別の空間、本来の空間を歪ませる小宇宙と考えればいい」


 なんだか話が壮大になってきたな。

 だけど、言いたいことはなんとなくわかった。

 そもそもありもしないものがそこにあることで本来あるものが退ける、と考えればいいわけだ。

 そしてヤマトはそれを小宇宙と呼んでいると。


「それで、僕はどうすれば?」

「今、この光の布はここに無理矢理広げられた亜空間だ。だからこれに飛び込め」

「ちょっと待って下さいよ! これに飛び込んだらそれこそどっか行っちゃうんじゃないんですか!?」

「……だ、大丈夫だ。これが歪ませるのはあくまでこの世界の空間を、だ。だからお前がこれに入った後出る先は必ずこの世界で、入った向きの直線方向だと考えていいはずだ」

「は、はずだって! わかってないんですか!?」

「……一応実験はした。その時は距離的に言えば最低でも数十キロは飛んでいったはずだ」


 また未確認情報か。

 しかしまあいい。どうせ今の僕はこれに頼る他ないのだから。


「……ど、どうやって飛び込めばいいですかね」

「そうだな……。これは空間を歪めているわけだから、速度は関係ないはずだ。だから歩いても走っても一緒だ」

「……わかりました」


 僕は三歩下がり、呼吸を整える。

 これから先、いや、この光る薄い布の先にあるのは僕の死かそれともセーレの向こう側か。

 後者に期待して僕は叫ぶ。


「い、行きます!」

 

 






 

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