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補正

 両開きの自動扉は、何に反応したのかスラストが近づくと勝手に開いた。

 雑然と積み上げられた本の山、そして壁面に並ぶ本棚の数々にもいっぱいに本が詰め込まれている。

 机とコンピューター、そしてその中央には天井から伸びる機械の腕の下に台が置かれており、そこには何かが白い布をかけられて横たわっているのがわかる。

 僕はこの部屋に入るのが初めてであるにも関わらず、ここに見覚えがある。


「こ、ここは……」

「サミィの書斎よ……。さあ、近くにきて」


 スラストはそう言って部屋の中央にある台へと近付く。

 白い布が被されているそこにサミィの死体があるのだ。

 そこにいるもの、それが何なのか僕はそれを知らないが、どうしても予想してしまう。

 しかし、一歩引いたところでもたついている僕をよそにスラストは何の躊躇もなくその布を取り払った。


「サミィよ。今はもう話すことはないけれど……。体は綺麗なままね」


 布が取り払われ、そこに姿を露したものは、僕の予想を越えるものではなかった。


「ジ、ジーナ……」


 サミィの名を聞いた時から僕はすでにここにいた者の正体に気付いていたのだろう。

 だから僕は、今目の当たりにしている少女に対して驚いたりはしなかった。


「ジーナ?」

「僕の友人だ。彼女はサミィによく似ている……」

「それはあり得ないわ」

「あり得ない? 体の複製技術があるんだろ? だったら……」

「不可能なのよ。だってサミィは普通じゃなかったんだもの」

「普通じゃ……? どういう意味だ」

「サミィは産まれた時には死んでいた……死産だったのよ」

「しざ……何を。それじゃあどうして生きていたんだ!?」

「それがわからなかったから複製できなかった。サミィはあくまで突然変異体としての扱いだったのよ」

「と、突然変異って」

「人体の複製は大量生産、だから当然失敗作も多かった。サミィもその内の一つだったの。でも、彼女は産声を上げた……心肺が停止した状態でね」

「そんなバカな」

「そう、科学者たちもあなたと同じように考えていたわ。あり得ない、バカなことだってね。でも目の前には事実として心肺停止状態の生命体がいた。奇跡とかそういうものを信じざるを得なかったのよ」

「で、でも心臓が動いていなければ体は維持できないはずじゃ……」

「そうね。普通はそうだわ。だからサミィは突然変異体としての扱いだった……それだって無理のある見解なのだけれど、そういう括りでなければサミィを生命体として位置付けられなかったの。意思がありコミュニケーションが可能な肉の人形、そう、生き人形ね」

「生き人形……」


 ジーナもいつか同じことを言っていた気がする。

 複製が不可能なはずなのにサミィとそっくりなジーナ、そして生き人形という言葉。

 一体どういうことなんだ。


「科学者たちはサミィを生命体とした上でひとつの見解に至った。サミィは何者かの手によって強引に命を吹き込まれたのだと……。まるで科学者とは思えない意見だけれど、彼らにもそう考える他なかったのね」

「何者か……強引に……」


 まさか、まさか。


「マイクの男?」

「マイクの男? それは誰?」

「僕をこの世界に落とした張本人だ。列車とホームの隙間に落ちた僕をアンダーワールドに引きずり込んだ神……だ」


 しまった。この話をここでするつもりはなかったのに。


「落ちた……そうだったのね」


 スラストは納得したように俯くと、寝ているサミィの顔を撫でた。


「神の予測域、サミィはその外側からきた者だったのね。そう……サミィ、あなた自身がそうだったから、だから予測域を想像したのね……」

「お、おい」

「……サミィは体が生きていないのに生きていた。朽ちぬ体、そして死。それらをつなげることが可能なのはあなたの世界。サミィの本当の体は予測域の外にある真実の場所」

「何を……言っているんだ?」

「サミィは二人いるのよ、もとからね。意識の抜けた体をあなたの世界に残してその意識だけ予測域に転送された。それも神の思し召しなのだろうけれど、神にも間違いがあった。だからサミィは体をこちらに残して死んだ……意識が予測域の外側へ戻されたということよ」

「わけがわからない! 何を言っているんだ!」

「神の起こした間違い、それがサミィであり、私の可能性よ。あなたの持つセンの記憶とセンという事実のない私の記憶。神の予測域の中で産まれた私はあくまで予測の存在、それを補正するために私にあなたを理解するだけの解釈が与えられ、そして私が考えていることは神が起こしてしまったズレを修正するための答えなのよ」

「ま、間違い? ……あ」


 マイクの男は言っていた「ちょっとしたミス」という言葉。

 それがセンであり、サミィだとスラストは言っているのか。

 確かに、彼女の言うことはズレた僕の記憶や事実を補正だとするだけの説得力がある。


「あなたの言うマイクの男、それはきっと神よ。賢神ホルダ、あなたはそのお方に会っていたのね」

「それじゃあジーナは、サミィと同じ体を持つジーナはどうだと考えるんだ……?」

「ジーナ……。私はその人を知らないけれど、その人はきっとサミィね。全ての記憶があるかはわからないけれど、その根本はサミィである可能性が高いわ。あなたの世界からなんらかの理由で意識だけアンダーワールドによこされたサミィは一旦この体に入れられたけれど、このサミィの体に入れたことが神にとって不都合だった。だから神は一度入れたサミィの意識を抜き、そしてまた別の体にサミィを入れ直したのかもしれない。だからここにある不可解なサミィとあなたの知っている当然のジーナは意識の根本こそ同一であるものの、体は似ていて別。もしかしたら、ジーナこそ神の予測域に準ずる完全体なのかもしれないわ」


 ジーナもまた僕やヤマトと同じく地球上から落とされた人間だということ。

 そしてジーナは一度この世界でサミィとして生き、再びここに落とされた。

 それじゃあ、ジーナはもしかして。


「ジーナに会わなきゃ!」

「そうね、そうすれば真実がわかるかもね」

「スラスト! どうやって出口を教えてくれ!」

「……出口」

「そうだ! ここから出る方法を教えてくれ!」

「ごめんさい。どこから入ったのか覚えていないの」

「な……なんだって!?」

「私にあるのはサミィの残した過去の記録と神の補正解釈だけ。だからここに入ってきたという部分の記憶がないのかもしれないわ」

「そんな……。そうだ! スラスト! 僕に着いてきてくれ!」


 僕はそう言ってスラストの手を取ると、来た道を戻り、僕が初めに落ちてきた場所まで戻る。


「な、ない……」


 僕は自分が初めに落ちてきた辺りの天井を見上げるが、そこは周囲と同じくイボの壁に覆われているばかりで、穴の亀裂も何もない。


「くそっ! どうなってるんだ!」


 再びスラストの手を引き、三叉路の行かなかった道へ進む。

 そこからは随分長い道のりが続き、そして行き着いたのは湾曲した鉄板の壁に塞がれた行き止まりだった。

 長時間の閉塞と不安により苛立っていた僕は、右腕に全力を込めてそれを殴りつけた。

 鉄板は唸りを上げて歪み、僕の拳の先だけが向こう側に突き抜けた。僕は飛び出した拳を捻り、めくれ上がった鉄板を掴み、一気に手を引き抜く。


「……ダメか」


 破れた壁の向こう側に見えるのは一番最初に入ったあの小部屋だ。


「ス、スラスト。お前がきた方には何がある?」

「さっき見た部屋と同じよ。残ったマーマン素体があるだけ……」

「どうして出口がないんだ! ここは一体……花林の地下じゃないのか!?」

「ここは地下だけど、どこかの、というわけではないわ」

「ど、どういうことだ」

「ここはエタニリウムに飲み込まれたダンジョンの残りカス。地下深くに根を張る成長したエタニリウムの中であって、詳しくここがどの辺りかはわからないの。もちろんその深さもね」

「そんな……。それじゃあ僕はどうやって外に出れば……」

「……落ち着いて。ここは神の予測によってできている場所、そしてあなたは予測の外側の人でしょう?」


 スラストはそう言うと、僕の右腕を指差した。

 レジェンドアームズ。

 神に与えられたこれの力を使えばここから出ることができる、確かにその考えは的を射ているかもしれない。だが、僕はまだこれの力の使い方を知らない。

 それにどんな力を持っているのかもわからないんだ。

 どんな力か。


「炙り出し……。そうだ! まだ調べていない通知が!」

「……これを」


 そう言ってスラストが僕に差し出したのは一本のライターだ。


「ど、どうしてこれを?」

「わからない。でも、ずっと持っていたわ」


 セン。

 そういえばここに来る前に炙り出しを進められて、その時は持っていなかった。

 用意していてくれたのか。


「あいつ……」


 僕は娘に渡された一本のライターを強く握りしめた。


「それは?」

「ホルダからの通知だ。僕について変化があった時に渡される」


 僕は取り出したランククイーンの通知を火で炙る。


「頼むぞ……!」


 徐々に色が変わっていく通知の紙、そしてそこに文字が浮かび上がる。

 

(能力の開放、妖しきものの妙手)

「出たっ! 妖しきものの妙手、か……あれ?」


 丁寧に書かれたその白く浮き上がる文字の下の辺りにもう一行小さく何かが浮き上がりかけている。

 僕はその下部からライターの火を当て、そこに浮かぶ文字に目を凝らした。


(注意! 副作用がございますので、用法にご注意なさいますようお願い致します)

「は? どういうことだ……」

「どうしたの?」

「い、いやなんでもない。でも、これでここから出られるかもしれないぞ」

「そう……」


 まるで他人事のようにそう呟いたスラストは、両手を後ろに組み、つまらなさそうに地面に足を擦りつけている。

 その様子は今までの大人びて落ち着いた感じとはかけ離れて子供らしい。


「……お前もくるだろ? 中身がセンじゃなくても、お前は僕の娘だ。それに、お前の口からセンについて説明してもらわないと困るしな……」

「私は、きっと戻れないわ……」

「な、なんでだよ」

「私は補正解釈を持つ予測域の存在。アンダーワールドの構成要素とは少し違うのよ」

「何言っているんだ。どうやって戻るのかはわからないけど、僕はお前を連れて行くぞ」

「…………」


 とにかく、ここから花林に戻るには僕の能力に賭けるしかない。

 たしかヤマトの能力が開放された時は一度目だけ自動的に発動したと言っていた。

 すると、僕も初めは自動的に発動するのだろうか。

 僕は右腕を握ったり開いたり、振り回したりしてみるが特に何か起きる様子もない。


「おかしいな……」


 そして自分の半身をよく眺めてみると、ほとんどが何の変化もない中、ある一部、胸の大きなメーターの周りにこれまではなかったでこぼこができていることに気付いた。

 その姿は言うなればダイヤルのようで、さらによく見てみると、メーターに目盛りまで付いている。

 まさかこんな微妙な変化だなんて。

 だからバットからの進化が劇的だったのだろうか。


「その文字、普通じゃないわね」

「お前も知らないのか?」

「ええ。見たことがないわ。他のメーターもそう……、きっとその大きなメーターと関連があるのだろうけれど、書いてある文字に一貫性がないみたいね。それを捻ってみれば何か変化が起きるのでしょうけど」

「これを……」


 捻るのには少しばかり勇気が必要だ。

 何が起きるのかわからないのもそうだが、何よりあの注意書きだ。

 副作用。

 もしかして、ホルダの言っていたマインドパワーのことだろうか。

 だとすれば、このダイヤルを捻った瞬間に僕の中からまた一つ記憶が消費される。

 今までに僕が失ったのは、僕の名前と別の何か。

 もし、次に消費されるのが地球上での出来事であればそれは消費して問題ないことだが、僕はアンダーワールドで得た経験だけは失くしたくない。

 でも。


「……スラスト。僕はこれを捻った瞬間に何か一つ記憶を失くすんだ。それがここに書いてある副作用ってやつだ。だから、だから僕がお前を忘れても大丈夫なようにお前はしっかり僕のそばにいるんだぞ」

「…………」

「いいか?」

「ええ。そばにいる」


 よし。

 僕がスラストに目配せをし軽く頷くと、スラストは僕の目をただじっと見つめ返した。

 僕は左胸のダイヤルに手をかけ、それを反時計回りに捻った。

 するとダイヤルが何かと噛み合い、ガラスを弾いたような美しい音色を鳴らし、高音が耳を通り抜け、一瞬にして空気が軽くなるような感覚に包まれる。

 次の瞬間、目の奥に押し込まれた歯車が重苦しく回転を初め、頭の奥で厚い鐘を鳴らしたような深く響く音が震えた。

 幾度も鳴るその音に合わせて意識が自分の内側に入り込んでいくような感覚を覚える。この感覚は、高速移動している時と似ているが少し違う。言うなればその逆だろうか。


「スラスト! 僕の手を! スラスト!」


 僕は意識諸共体が吸い込まれていくような感覚を覚えていた。

 体の中心から突風が吹き抜けていくように、気を抜いた瞬間に全てが霧散していく感覚。

 どこへ飛ばされるという状況ではないが、僕は焦っていた。


「スラスト! 手を! 僕の手を掴むんだ!」


 徐々に不安定になっていく僕の存在を自身で感じながら僕は生身の腕を伸ばす。


「おい! 早く、しろ! そろそろ保てなくなる!」


 心臓がむず痒くなってきた。感覚でわかる、もう少しでどうにかなるということが。

 すると、藻掻くように伸ばした僕の手の平をあの冷たい感触が触れた。

 僕はそれを握り締め、そっと目を閉じる。


 



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