また会える
(まさか! そんな! なんでセンがそんなことすんのよ! バカじゃないの!)
でも、それしか考えられない。
セーレが起きた出来事の全てを覚えていた時点で最後に気を失わせることができたのはあいつだけだ。
信じられないのは僕だって同じ。
それでも、事実はそうとしか捉えられない。
センが二人いなければそんなことは起こりえない。
「センが……二人?」
いる。
センはこの世界に二人いるじゃないか。
文字だけのセンと形のあるセン。僕はそのどちらも見ている。
あの時僕を父さんと呼んだのは、透明人間の方。
すると、透明人間が本物のセンということだろうか。
しかし、だとすれば、今まで一緒にいたセンは一体何だったというんだ。
思考が停止し、また腹の底から何かが込み上げてくる。
「ラ、ラス! 大丈夫か……?」
「え、ええ。もう慣れっこですよ……」
どこへ行くんだ、セン。
戻ってこい。
「……ラス。また来るぞ」
ヤマトの声に視線を落とすと、足元の花々はまた踊り始めていた。
僕は吐き気を喉の奥に押し込み口を拭って辺りに意識を移す。
こんな時に次から次と、空気の読めない奴らめ。
オケラはどこから来るのか、右の拳を握りしめ、巨大花の隙間に目を凝らすが、おかしなことにあの音が聞こえてこない。
近くにいるならまたあの妨害の羽音が聞こえるはずなのに。
「ヤマト……さん! 下です!」
右足の下から微かに感じた地面の振動。
ヤマトが地面を見下ろした次の瞬間、ヤマト足元からあの棘のついた太い足が飛び出した。
間に合って良かった。ヤマトは既のところで地中からの不意の一撃を回避した。
僕とヤマトの間から這い出してきたオケラがその全身を土の中から現すと、あのジージーという音が再び鳴り初め、鼓膜を震わせる。
なるほど地面に潜っていたから妨害の羽音が聞こえなかったのかと、そう思った途端、何かの巨大な影が僕の視界を侵し、次の瞬間にはオケラが消え僕らを強風が押し出した。
「な、なんだ!?」
「上だ!」
ヤマトが緊張し、僕は空を見上げる。
実際の大きさは正直わからない、だが、こいつは間違いなくオケラよりも大きいはずだ。
両翼を広げ空を舞う巨大な極彩色の鳥。
巨鳥といえば、アネモス手前の山岳地帯にもいたが、どうも鳥らしくもない。
本来鳥にはないはずの腕まで付いているのだ。
四足歩行の鳥といえばグリフォンみたいなものを想像するが、今宙に浮いているそれの姿はまるで鳥だ。
全身には羽が生えているし、手足の爪もその特徴を持っている。
しかしこいつは、その腕に掴んだオケラをまるでフライドチキンでも食べるかのように食いちぎっている様子から、人と表現するのに相応しいか。
そういえば、マクロスアクロの塔にもこんな奴がいた。それならこいつはオウム型バードマン、オウムマンとしておこう。
「ヤマトさん! なんかやばくないですか!」
そう言って僕がヤマトを振り返った時にはすでにヤマトの腕は例の光球が幾つも纏わり付いていた。
次の瞬間、ヤマトはその全弾を巨鳥人に向けて発射する。
列を成して一直線にそれへ向かっていく光球、それに気付いた巨鳥人はその両翼を羽ばたかせてぐんと高度を上げた。
しかしそれでどうなるわけでもない。
ヤマトが腕を振り上げるようにすると、光球たちは上へと逃げた巨鳥人へと向かっていく。
すると、避けるのは無理だと判断したのであろう巨鳥人は食べかけのオケラを光球の列に投げ捨てると、さらに上昇、水平飛行に変えるとそのまま何処かへ飛んでいった。
「……アイツ、かなり賢いですね」
「ああ。まさか避けられた上に身代わりとは……。どうやら奴は優先順位の尺度を持っているな。油断できないぞ」
「そ、そうですね」
「しかしラス、これからどうする? 今俺たちがやらねばならないことは二つ。花の卵を探すこととあの子を見つけることだ。どちらを優先しても俺は構わないが……」
何かを追っていったままここで消息が掴めなくなったセン、それを探すのが先か、それとも本来の目的である花の卵を見つけることが先か。確かにヤマトが悩むのもわかる。
それにしても、それほどヤマトがセンのことを気にかけてくれているとは思わなかった。
これはあくまでも過ぎたことの予想だが、僕はてっきり「あの子はその内戻ってくるだろう」とかそういうことを言われると思っていた。
それなのに、ヤマトは花の卵かセン、そのどちらを優先するか任せると言う。
そうか、僕のことを気にかけてくれているのか。
僕がヤマトの方をちらと見ると、ヤマトは腕組みのまま静かに僕の返事を待っているようだった。
落ち着いて考えてみよう。
まず、僕らは花の卵についてこの花林にあるだろうということ以外、その形もどの辺りにあるのかもわかっていない。それが本当にアイロスを治すのに十分なものなのかもだ。
そして、実体のあるセンは透明人間のセンを追って行ったまま無線も通じなくなっている。
どこにいるのかわからないという意味では花の卵と同じ状況だが。
僕は、僕が選ぶべきなのは。
「……花の卵を探しましょう」
「……いいのか?」
「はい。あいつなら大丈夫。……絶対に戻ってきます」
大丈夫、大丈夫。きっとまた会える。
もういくわという言葉、セーレを気絶させた理由。そして透明人間のセン。
本当ならすぐにでも見つけ出してあいつに真意を確かめたい。でもそれは、きっと僕の好奇心を収めるためにそうしたいと思っているだけだ。
僕が知りたいのはそういうことなんだ、センの安否じゃない。
だったら僕は、好奇心なんかどうでもいい。センは無事で戻ってくると信じる。
だから僕は、本来の目的を達することに集中するんだ。
「ヤマトさん、あの半球体を壊してしまいましょう」
「あれを? 何が起きるかわからないぞ……」
「もちろん、その何かを起こすためにそれを壊すんです」
「ふっ……。いいだろう」
二人でその毛の生えた半球体に近付いたその時、どこからともなく僕の目の前に一通の封筒が舞い降りた。それは半球体の呼吸に舞い、僕の足元へと落ちる。
「なんで……」
「ラス、俺にもだ」
そう言ったヤマトの方を向くと、ヤマトも僕のものと同じ一通の封筒をひらひらさせていた。
「同時に? 何が書いてあるんでしょう……」
「それは開ければわかることだ」
封を開けたヤマトに続いて僕も自分の封筒を開ける。
中身はいつものように二つに折りたたまれておらず、細長い栞くらいのサイズの固めの紙が一枚入っているだけだ。
そしてそこには、「チケット、お一人様一回限り有効」とだけ書かれている。
「ヤマトさん……」
「ああ、俺のものも同じだ」
一回限り有効はいいが、どうやって使うのか書かれていない。
また僕のだけ適当に作られたのだろうか。
そう思ってそのチケットをよくよく見てみると、白一色のその紙の端の方にうっすらと切り取りの点が打たれている。
本当にチケットだ。つまりこの点から向こう側は半券ということだろう。
一体どういうつもりなんだ。
「これを千切れば使用される、ということか?」
「さあ……。というよりも、使ったらどうなるのかってこともありますよね」
「ああそうだな。何が起きるかわからないものを持っていても、使いどころがわからなければ意味がない。まずは俺が試してみる」
ヤマトがそう言ってチケットを両手でつまむ。
「ちょ、ちょっと待ってください! やめておきましょう? 使いどころなんかじゃなくて、いつ使ってもいいってことかもしれないじゃないですか。僕の補正能力がアリなんだったら、一度切りの魔法みたいなのが起きるかもしれないし……ピンチないし、もう少し落ち着いた時に試しましょうよ」
「……一理あるな。確かに、焦って使うこともない。とりあえずは次の機会まで保管するか」
「そうです。そうしましょう」
意外だ。
まさかヤマトがこういうことに我慢が利かないタイプのせっかちだとは思わなかった。
しかしヤマトを止めたものの、このチケット、何に使うのかさっぱりわからない。
いつも通りなら僕ら自身の変化を伝えるための通知のはずなのに、今回は何かを知らせるという内容は書かれていない。
何のためのチケットなのか。
チケットといえば、権利の証明に使われるのが基本だろう。
もしこのチケットが僕の常識に則っているのであれば、僕とヤマトは何かの権利を持ったということになる。
僕とヤマトの共通点といえば、レジェンドアームズかもう一つの人生があったということだ。
その中で権利といえるようなことは。
特にない。
「なんなんだよ、これ……」
「ラス、とにかく前に進むぞ。離れていろ」
ヤマトはそう言うと、今度は迷わずにその半球体に向けて光球を放った。
放たれた光球はそれを地面すれすれのところで囲うように配置された後、ひと繋ぎの帯へと変わり、その直径を徐々に縮めていく。
地面から切り離すつもりなのだろう。
それが半球体に触れた箇所から風が吹き出し周囲の花々を散らす。
そして半球体はついに地面から切り離された、はず。
「ラス、頼む」
見た目は切り離される前と変わらないその半球体に近付き、右腕で掴むとできる限りゆっくりとそれを持ち上げる。重さは特に感じられない、固さは生花に使うあのスポンジくらいだ。
きっと今暗視に切り替えればとてつもない量の花粉がそこら中に舞っていることだろう。
しかし不思議なのは、さっきまで呼吸を繰り返していたはずの半球体が取り除かれても地面から風が吹かなくなっているということだ。
地面から吹き出していたんじゃないのか。
「逃げろ! ラス!」
何から。
ヤマトさん、それって主語抜けです。
何から逃げるのか、どこから離れればいいのか言ってくださいよ。
僕が足元に感じたのは柔らかい吸盤のような感覚。
気付いた時には僕はもう天上を見上げていた。
打ち付けた後頭部に痛みは感じなかったし、引きずられていく体にも痛みはなかった。
地面を掴み、僕を引きずり込もうとする力に抗おうとしたけど、そんなことに効果はなく、僕の体は滑らかにどこかへと引き込まれていった。
僕が最後に聞いたのはヤマトが花を踏みつける足音だ。
今、目の前に広がるのは暗闇。
どこが遠くてどこが近いのかなんてわからない、それどころか自分の体だって。
そして僕は、足元に絡みついていた吸盤の感覚が消えていることに気付く。
僕を引きずり込んだのは一体なんだったんだ。
「ウェルカムアホールニューワールド!」
突然、僕の耳を劈く聞き覚えのある声。
「ヘイヘイ! 君今ブルシットな状態だったろ? そうだろ? セイ!」
セイじゃねえ。なんでまたお前がいるんだ。
「奥手はバット! セイ!」
「うるさい! なんであんたが現れるんだ!」
「ハーン……。君は随分変わったんだねえ。その怒りは自信かい? それともただ混乱しているのかい?」
「そんなのどっちでもいい! 僕は今どうなってるんだ!」
「オゥオゥ、そんなに怒るなよヒーロー。それって君が一番よくわかってるんじゃない?」
足元に地面の感覚はない。僕はまだ落ちている。
「そんなことが聞きたいんじゃない! どうしてまたあんたのところに来てるんだってことだ!」
「だから言ってるじゃないかヒーロー。君が一番わかっているだろ?」
「何を言って……」
何を言っているんだ。
僕がいつここへ来たいと思った、僕がいつマイクの男に会いたいと思ったって言うんだ。
花の卵を探していた、センを待っていた、アイロスを救うんだ。
僕は落ちたいなんて思っちゃいない。
それなのに、なぜ。
「ヘイヘイヒーロー! 自分のことだろ? まだわからないのかい?」
全然わからない。僕が求めていたのは何なんだ。
僕が、求めていたのは。
「答え……」
「イィィエッス! ザッツライト! ヒーロー、君はそれを求めたからここにいるんだ!」
「答え……答えって何の」
「フューチャーさ、未来だよヒーロー! 君が求めるのは未来の答えだ! 聞きたいかい?」
聞きたい。ものすごく聞きたい。
センが戻ってくるのか、アイロスは助かるのか、これからヤマトと僕はどうなるのか。
聞きたい、未来を知りたい。
「オーケーオーケー……。だから君はヒーローなんだ。イェア! それじゃあ開演だ! カモン!」
マイクの男がそう叫ぶと、ちょうど僕の目の前にブラウン管の古びたテレビが現れた。
「しかしこれは予告編、心して見なよヒーロー……」
僕の背後からマイクの男の気配が消えた。
そして、テレビの画面が明るく輝き、揺らぐ映像のピントが徐々に合っていく。
今目の前に映る映像、僕はそれを信じるべきなのだろうか。
いや、これは真実なのかと疑うべきなのだろうか。
懐かしい景色なはずだ。ここは僕が知っている街、毎朝通勤し僕が生活していた街。
でも、全てが違う。
見知った金融会社の看板がひしゃげて地面に落ち、アスファルトには亀裂、そして幾つものビルが崩れて瓦礫と化している。線路も地面に収まらずに跳ねまわっているし、電車も車も電線も、皆ひっくり返っていてそういう瓦礫とかなんかの間に人と思しきものがたくさん。
何が起きたらこんなことに。
そうこう考えている内にその映像は早回しに過ぎていく。
「な、なんだよこれ……」
荒廃した街の様子が様々な角度から映されている映像がランダムに入れ替わり、それらが少しずつ自然に飲み込まれていく。
そして再び通常再生された風景にはもう人も街の姿も失くなっていた。
あるのは風化しきれていないビルや道路の瓦礫とその隙間を縫って生える植物の数々だけだ。
こういうのは映画でも見たことがある。
だからこそ今僕が思うのは、記憶にある虚構への嫌悪感だ。
こんなものをわざわざ僕に見せて何のつもりだ。
例えばこれが現実の未来だとして一体今の僕とどう関係があるというのか。
音も何も感じられぬ現実味のないただの平面映像に僕が落胆していると、再び背後にマイクの男の気配を感じた。
どうせなら隣で見ればいいのに。
「やあやあヒーロー、感想は? セイッ」
「何もない。これが何の未来だって言うんだ? 僕が知りたいのはセンやアイロス、そんなアンダーワールドでの未来だ。あんたの用意したこれじゃあ何の答えにもなってない」
「オーケーヒーロー、君の答えは『答えになっていない』わけだね?」
「なってないだろ!? 何が言いたいんだよ!」
「だから予告さ。そして未来の答えだよ、ヒーロー」
なぜだろう。そう言ったマイクの男の声色が少しだけ変化したように感じた。
「僕はあの世界に帰る理由なんてないんだ。……誰もいない孤独の世界なんて、生きていても意味が無い! でも今は違う! セーレさんがいてセンがいて、ジーナさんもヤマトさんもイリクもアイロスも! 僕を待ってくれている人たちがいる! ……だから、僕はあの世界に未練なんてない」
「そうだね、ヒーロー。それじゃあもう一つ君を解決することにしようか。でも! これはサービス。ちょっとしたミスのお詫びだよ。それに、君はまだまだ成長させなきゃならないからね!」
「だから! 何が言いたいんだよ!」
「君の補正能力は死なないことじゃない。そして、その代償は君の記憶だ。大切なものから順に少しずつ昇華されていく。仕方ないのさ、そういうものだろ?」
「な……記憶? 僕は記憶なんて失くしていない!」
「だから失くしているのさ。そういうことだよ」
僕が失くした記憶、何を失くしたって言うんだ。
「……名前。もしかして僕の名前が思い出せないのは!」
「イエスザッツライト!」
「ふ、ふふふふざけるな! 返せ! 僕のものだぞ!」
「ソーリーヒーロー。ユアウィッシュノットカムトゥルー。マインドパワーそれは代償さ。消費されたエネルギーってことだよ。もう、戻らない」
「くそっ! なんでそんな能力を付けたりしたんだ!」
「それはまた今度だヒーロー。君がヒーローである限り、伝説は君の物語だ」
「待てっ! 何も、僕は何もわかってないぞ!」
僕の叫びは全てを包む漆黒に飲み込まれ、自分の直ぐ側にすら響かない。
そして僕の両足は、柔らかく粘着く何かを捉えた。
「ちくしょう……。なんだっていうんだよ」
今起きた出来事がまるで夢だったと言わんばかりに僕の世界は急に色づく。
薄暗闇の中、不気味に蠢くイボの付いた突起が僕の目には拡大されて映っている。




