答えが見つからない
また落とされたのか、僕は。
そう思って自分の半身を眺めると、それはあの時とは違って今までの通り管が巻き付いたままだ。
結局、僕が知りたかった未来は得られなかった。
久しぶりに現れたあのマイクの男は、僕が求めたのは『答えになっていない』のが答えだとそう言った。
どういう意味だ。
僕が知りたかったのは今の行動が起こす未来の話、センの行方とアイロスがどうなるか。
それなのに、あれが未来だと言って見せたのは荒廃した地球上の未来の姿。原因はわからず、とにかくそれは終末というに相応しい絶望的な光景だったわけだが、それがどうしたというのだ。
今の生活との接点もないし、現行動の結果とも関係ないようにしか思えない。
予告編。
それじゃあ、あれには先があり、本編にはもっと凄惨な何かがあるとでも言うのか。
だとすれば、尚更知りたくもない。無理矢理スプラッターホラーを見せつけられているような気分だ。
「結局何が言いたかったんだよ……!」
僕は無意識に右足で地面を力強く掴んだ。
荒廃した街、『答えになっていない』答え、死なないわけじゃない補正能力。
どれもこれも繋がらない。
「くそっ!」
ぶつけようのない怒りを右手に込め、僕は力いっぱい蠢く壁を叩きつけた。
すると、壁は僕の右手を中心に波打ち、その波は天井や床までをも荒らす。
その時、周囲にあるほとんどのイボから黄色いさらさらとした液体が吐き出され、そしてそれらは空気に触れた瞬間に霧散し、辺りを霧が包んだ。
「うわっ! こ、これは……」
あの花粉だ。これが原因だったのか。
とすれば、ここは花林のどこなんだ。
僕は一旦周囲を見回す、よくよく考えてみれば何かの腹の中とでも言えるような空間だ。
あの半球体は花林の口か何かだったということだろうか。
「おっと……。あ……」
前へと進んでいた僕の足にぶつかったのは、管だ。
見覚えのあるその管は、柔らかい地面に半分めり込む形で地面から飛び出している。
なぜこれがここにあるのか、それは考えるまでもなく、ここは予想通りダンジョンだということだろう。
ルルディアと関係があるのだろうが、なぜこれだけ遠く離れているのか。
僕は進むに連れて増えてくる管を乗り越えながら先へ進むと、道は三叉路へとなる。
「またこれかよ……」
今回の僕はもうあの頃とは違う。僕は悩むことなく正面に伸びる道をそのまま進むことにした。
鬼でも蛇でもなんでも来い、何が相手でもぶっ倒してやる。今の僕は機嫌が悪いんだ。
そうして敵に出会うことを期待しながら道を進むが、一向にそういう気配はない。
なかなかどうして上手くいかないものだ。
進む道は少しずつ下っているようで、振り返った僕の視線の先にはもう入ってきた入り口は見えなくなっていた。
「本当に何も出てこないな」
もうがっかりだ。今ならあのデスワームだって引きちぎってやれそうな気分だったのに。
そう思っていた矢先、目の前には扉といえるものが現れたのだが、どうも様子がおかしい。
「なんで地面に……?」
僕は地面に寝そべっているその扉を開く。
しかしそこに先はなく、本来ならば先があるはずのそこには周囲と同じく柔らかい地面が敷き詰まっているだけだ。
「どういうことだ? 扉があるのに……まさか」
飲み込まれた。
もともとダンジョンだったものを丸ごとこの花林が飲み込んだとでもいうのだろうか。
そう考えた途端、僕の気持ちは言いようのない恐怖を感じ始める。
「ああ! やばいぞ!」
道は下り坂だったんじゃない。
僕は今、飲み込まれようとしているんだ。
振り返った道幅がもう通れないくらいに縮んでいるのを確認すると、僕は前方に向かって走った。
しかしどこへ行けばいいというのか。
思うのは、あの時ここに落ちてきたあの場所をきちんと確認しなかったことへの後悔だ。
出口があったかもしれないのに、マイクの男のこととここらを調べることに夢中になってそんな基本的なことをしなかった。
獲物に逃げる意志が生まれたことに気付いたのか、花林が僕を飲み込もうとする勢いが増す。
慌てて速度を上げる僕の前方が徐々に縮まっていく。
こいつは随分賢い。
僕はその隙間に右腕を突っ込むと、全力でそれを引きちぎった。
そうしてできた隙間をくぐり抜けたところで花林の侵攻は止まった。
僕は襲い来る壁が止んだことに安堵し、周囲を見回す。
幾つかの本棚と乱雑につめ込まれた本の数々、そして見覚えのあるカプセル。それが置かれているのは鉄板に囲まれた十帖間ほどの広さのドームの空間だ。
余程丈夫に造られているのであろうこの空間は、それでも飲み込まんとして花林がここを軋ませる音がいたるところから聞こえてくるものの、びくともしていない。
一体誰がここに住んでいたのか、それとも住んでいるのか。
そこでヤマトが言っていた監視者のことが頭をかすめた。
「監視者はマーマンだったのか……。マーマン……?」
高度な知能を持ったマーマンはセンがレアケースで、他の旧マーマンたちは滅びたはずだ。
それなのに、こんなところがあるなんて。
「セン……。もしかして、センに関係が?」
センまで繋がれていた旧マーマンの血脈がまだここで生きているのかもしれない。
だとしたら、まさか。
「透明人間……あれって!」
マーマンだ。センと同じく高度な知能を持つ旧マーマンが生きているんだ。
あれが旧マーマンだとすれば、光学迷彩もセンが着いて行ったこともセンにしか見えなかったことも地上にいた監視虫の存在も、そしてなぜ監視する必要があったのかも。
ネロガーデンで起きた不思議な出来事の全てとまではいかないが、その半分は納得がいく。
「それじゃあ! いるのか!? センはここに!」
僕はいてもたってもいられず、狭い部屋を見回す。
来た時同様何も見つけられない部屋を眺めながら、透明マーマンを追ったセンがここにくる理由があるとすればそれが何なのかを探していた。
どんな理由があるのか検討もつかないのに、その痕跡を見つけようなんてそれこそ雲をつかむような話だ。それでも、唐突に意味深な雰囲気で姿を消し生体反応を失った我が子の消息を掴みたくて僕はそれなりに必死だった。
何かを得るためにと闇雲に古びた机の上に置かれた一冊の本を手に取る。
中に書かれていることは、僕には全くわからない。
「だめか……」
それでも、なんとなくここにヒントがある気がして僕は本棚を調べる。
一冊目、わからない。
二冊目、わからない。
三冊目、わからない。
四冊目、五冊目、六冊、七冊、八、九、十。
どれも読めないものばかりだ。
その時、手に取った十一冊目の本の隙間から一枚の紙切れが滑り落ちた。
「あ……」
一枚の紙切れに書かれているのは紛れも無く日本語だ。
アンダーワールドに来てからというもの、日本語を目にしたのはあの通知以外に一度もない。
それなのに、ここにはそれが書かれている。旧マーマンは日本語を使っていたのだろうか。
殴り書きのような崩れた文字で『すきなもの』と書かれており、そのすぐそばには黄色一色で描かれた下手くそな似顔絵とそれに添えられてその名前がそれぞれ書かれている。
「父さん、母さん、じいちゃん、ばあちゃん。あたし……?」
子供の落書きのような家族の絵。しかしそこに描かれている姿はマーマンのものとは思えない。
描かれた場所はここだろうか。
背景には何も描かれていないし、何かヒントになりそうなものも特にはない。
「描いたのは子供……?」
ここにいるのはマーマンのはずだ。
だが、ここに描かれている家族はマーマンではない。じゃあなぜこの絵はマーマンのものじゃないんだ。
これはもう僕の理解の範疇を大きく超えている。僕はこみ上げてくる何かでそのメモを握りつぶしたい衝動にかられたが、思い留まりそれを折ると鞄にしまった。
これを、少なくともジーナに見せるべきだろう。
しかし。
「どうにかしてここを出ないことには始まらないな……」
こんなところでどうやって生活していたのか。
よくよく周囲を見回すが、どうやら出口は今入ってきたところにしかないようで、それも今はあの壁面に閉ざされている。
でも、ここに住んでいるマーマンは出たり入ったりしているはずだ。
だが出口は一つ、それも周囲は生きている花林に囲まれた状態。
出るためにはここである花林の動きを止める以外に方法はないだろう。
麻酔か何かそういうものが設置されている可能性、そうでなければ外へ安全に出るための道がある可能性、もしくはそもそもここからは出ていなかった。
出ていなかった、はないだろう。それじゃあ麻酔か隠し通路が怪しいところだが、そもそも通路を隠す必要があるのだろうか。
となると、麻酔か。
僕は部屋の観察を止め、机や本棚、その辺りをひっくり返して花林に有効な器具となりそうなものを探す。しかし、あるのは本とペン、それから砕けた黄色のチョークのようなものがあるだけだった。
「どうなってるんだ……。どうやってここに出入りしていたっていうんだ」
そうして寝かされていたカプセルに腰を掛けた途端、それのスイッチを入れてしまったのか、カプセルからガスの抜けるような音がした。
「そういえば、これはまだ調べていなかったか」
僕を押し上げて半開きになったそれの蓋を開くと、中から冷凍庫の冷気よりももっと冷たい刺すような風が吹き出した。砂漠のダンジョンで初めてこれに触れた時はすでに故障していたのだろう、今感じるような冷たさはもうなかった。
つまりこれが本来のカプセル。
中から吹き出した冷風によって急激に室内の温度が下がり、足元は薄く白い霧に覆われる。
「エアコンってなんだったんだよ」
わざわざ何ワットもの電力を使って部屋を冷やすのにあれだけ時間が掛かっていたというのに、エアーコンディションを整えるものでもないこの冷却カプセル一つでこの十帖間はキンキンに冷えている。
しかも一瞬でだ。
僕はそうして少しだけ視界の悪い中、カプセルを探る。
手に張り付かない冷たい不思議ゼリー、それは確かにそこに誰かが寝ていた人型の跡が残っている。
その残っている僕より少し小さいくらいの人型の跡に手を当ててみるが、当然ながら人の温かさなどあるはずもない。
「何もないか……」
いよいよ行き詰ったと、諦めかけて何気なく視線を送った入り口が少しだけ開いている。
「あれ、開いてる……。開いてる!」
でもなんでだ。僕はその少しばかり開いている壁の隙間に手を突っ込む。
すると壁は僕を避けるように突っ込んだ僕の腕の周りだけ輪を描いて外側に逃げている。
そこで、試しに左手もその隙間にねじ込んでみるが、それは右手を入れた時のようにはならない。
「右手と左手の違いか? そんなわけないな……」
引き抜いた両手を見比べてその違いを目で、耳で、鼻で、口で確かめる。
「あっ……」
唇が触れた右手の冷たさ。これだ。
僕は開きっぱなしのカプセルの中に左手を入れ、そして再び壁に手を突き刺す。
「やっぱり」
壁が避けるのは冷たさだったのか。だからマーマンはここで生活できているんだ。
ここを自由に、とはいかないものの出入りする方法はわかった。
後は脱出するだけだ。
「でも、ここは花林の内部なんだよな……」
だったらこのどこかに花の卵があるかもしれない。
やっと本来の目的を思い出した僕は、花の卵について覚えていることを整理する。
たしか食べることで怪物が人の姿を取り戻したという物語だったはずだ。
食べることができるということは、食べようと思える形である可能性が高い。となると、果実のような姿か、卵そのものそういう姿か。
とりあえず僕は花の卵を果実と想定し、カプセルの前に立つ。
「耐えられるかな……」
いくら丈夫になったとはいえ、体が冷えすぎれば意識を失ってしまうかもしれない。
だが、そうしなければここを歩くことはできない。
僕は意を決してカプセルの中に寝転んだ。
背中に当るひんやりとしたゼリーは、バムのソファよりもずっと気持ちが良い。そして横になった僕の体を少しずつゼリーに包み込んでいく。
すると、カプセルの蓋がゆっくりと降り僕がそこに閉じ込められた。
上部からも当てられるゼリーの感触。今僕は、顔を残して全てをゼリーに覆われている。
これって出る時どうすればいいのだろう。もしこのままコールドスリープみたいなことになったらまずいだろう。どうしよう。
なかなか身動きの取れない束縛感と出れないかもしれないという不安から僕は突如として閉所恐怖症を発症した。
心臓の鼓動が速まり、それはまるで僕に内蔵を吐き出せと言わんばかりに僕から正常な判断を奪う。
「ちょ、ちょちょ! ちょっと待って! 一回出るから!」
呼吸が乱れたまま、顔半分だけが飛び出す状況が僕の脳に溺れているように錯覚させた。
それまで吸い込んで吐き出すという作業をしていたはずなのに、今はその空気を飲み込もうとして喉が鳴り、そうやって無理矢理唾液が吸い込まれていくことで口は乾き、疲労し始めた喉の筋肉は遂に呼吸すらもままならなくさせる。
「はっ……はっ……も、もうやばい」
酸欠か、僕の視界を外側から徐々に白く濁ったものが覆い始めた。
嫌だ、死にたくない。
僕は無意識に全身をくねらせて暴れていた。
「やだ! もう! 出して! くれ!」
我慢ならず、僕は全力で足を振り上げた。
すると衝撃で何かが作動したのか、カプセルは唸るような音を鳴らしだし、そして蓋のロックが外れる音がした。
「だっはぁ! ……くそっ! もう二度と入らないぞ!」
焦って無理矢理右腕で押し上げたカプセルの蓋に手の平の跡がくっきり残っている。
ここの住人がこれを見たら腹を立てるだろう。
まず、そういうことを考えるくらいなら勝手に使ったりもしないだろうが。
呼吸が整うのを感じながら、僕は自分の体に手を当てると、僕の体は生気を感じられないほど冷たく硬くなっていた。
本当ならば机の上の本も棚の本も、この部屋の全てのものを持って帰りたいところだがそれはできない。
持ちきれないこともそうだが、ここにはまだ誰かが住んでいるかもしれないからだ。
僕の都合で勝手に入って、大事なカプセルに傷を付けたことに加えて盗難とあっては住人が報われない。
だから僕は何も盗らず、一呼吸を置いてから壁の中へと体をねじ込んだ。




