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娘よ何処へ

 霧が濃く、ただ進めば必ず迷うこのネロガーデンでの歩き方は、幻覚に惑わされること。

 地形は現実であるため、いくら幻覚毒の花粉でもそれを変えることはできないらしく、花粉で幻覚を見ている間は見えないものがあるにせよ、先の見通せない霧も消えているので唯一迷わずに進むことができるというわけだ。

 そんなネロガーデンの深部を目指すヤドカリは、時々何かをなぎ倒しながら進んでいく。

 

「そういえば、ルルディアと砂漠のダンジョンは似てますよね」

「んー。ま、そうね」

「ってことは、地下はダンジョンなんですかね」

「どうかしら…。入り口っぽいものは見当たらなかったけど」


 もしここらにダンジョンがあるとすると、本格的にトープするのは久しぶりだ。

 まあ、久しぶりというかあれ以来なわけだが。

 地上にあるそれらしいところには幾つか行ったが、アイロス同伴での自動車教習みたいなものだったし、マクロスアクロの塔と風の果てだけが実践だった。

 そう考えれば実戦経験があまりにも少ないと思うが、結局単独トープというわけでもないし、僕はそれを本気で不安に思ったりしていない。

 独りでダンジョンを制覇したヤマトはどういう心持ちでトープしていたんだろう。

 そういえばダンジョンで死んだ人を見てきたと言っていたか。


「そうだ。セーレさん、あの透明人間について何かわかりました?」

「んー。全然何も出てこなかったわ……。やっぱりバグだったんじゃない?」


 僕たちをルルディアまで導いてくれたあの透明人間。

 あれがバグだったとするならば、あの足跡は一体なんだったのか。

 僕はモニターに映る花畑に異変を探しながらそう思った。

 すると突然、画面は薄い布を被されたように十分にものが見えなくなった。


「あれ? どうしたんですかね」

「着いたのよ。ここから花林ってこと……」


 仁王立ちに腕組みをしたままモニターを見つめていたセーレがため息をついた。


「実際に外に出てはいないんだけど、この状況は明らかにそうでしょ?」


 モニターに映るのはヤドカリのカメラで撮影されている映像でしかない。

 つまり、実際降りてみなければこれが幻覚なのかどうかわからないのだ。

 しかしセーレとジーナは猛毒と知る花粉を吸うとわかっているのに、わざわざ外に出ることはしなかったようだ。

 ヤドカリから降りることもできず、きっとそのままここらから引き返したんだろう。

 それから彼女らは僕らの帰りをただ待っていた。それはそれは退屈なことだったはずだ。


「どうします? セーレさんも見るだけ見てみますか?」

「……そうね。ちょっと見てみようかな」


 そう言って頷いたセーレに僕のウィンドガードを渡す。

 セーレはそれを少し確認して、マスクに装着すると「ちょっと行ってくるわ」と言って部屋から出て行った。

 僕は後を追うことも出来ないので、とりあえずモニターを確認しながらセンに通信する。


「セン。セーレさんが外に出るからお前も着いて行ってやってくれ」

(オッケー)


 再びモニターに集中するが厚い霧に覆われていて、ヤドカリから出ているはずの二人の姿は微塵も見えない。


「セーレさん、どうですか?」

(…………)

「あれ?」


 セーレと通信できない。

 しかし何か話しているのか、無線が途切れ途切れの雑音を拾っている。


「セン。どうだ?」

(…………)


 駄目だ。センとも通信できない。

 まさか、花粉の影響だろうか。

 しかし、幻覚毒は体内に入ってこそ意味があるはずだ。

 二人の無線が同時に故障、それが珍しい状況だとはいえ、おかしなことでもない。

 それに今彼女らはヤドカリのすぐそばにいるはずだ。

 センもいることだし、相当な危険出ない限りはきっと大丈夫。


「ラース。セーレは?」

「今外です。センも出てるんで大丈夫だと思いますけど」

「……無線は?」

「それが利かないんですよ……」

「なんでさ?」


 そんなのジーナがわからないのに僕がわかるはずもない。


「さあ?」

「……なーんか嫌な感じだね」

(……と……と……ん)

「セン? どうした、何かあったのか?」

(と……ん、と……)


 かろうじて聞き取れるセンの言葉の意味がわからない。

 一体どうしたというのか。

 様子を見に行きたいが、ウィンドガードがない。

 僕は部屋を出て最後の一つのウィンドガードを持っているヤマトを探す。

 ヤマトはヤドカリに乗り込んでからずっと隣の本棚の部屋で書物を漁っていたはずだが、今はそこに姿はない。

 僕は無線でヤマトに語りかける。


「ヤマトさん。今どこにいますか?」

(格納庫だ。スカイバムの、整備をしていたが……どうかしたのか?)

「センとセーレさんに連絡がつかなくなったんです。今からそっちに行くので、ウィンドガード貸してください」

(了解)


 通じた。

 となると、今無線が使えないのはセンとセーレの二人だけだ、もしかすると外の花粉が影響しているということがあるのだろうか。

 無線での通信を終え、僕が格納庫へ向かうと、そこではヤマトがスカイバムに寄りかかって僕を待っていた。


「ヤマトさん、ウィンドガードを」

「ああ、これだ。……しかしラス。一人で大丈夫か?」

「ええ、少し様子を見てくるだけですから。もしなにかあったら戻ってきますよ」


 僕は格納庫脇から風除室に入り、マスクにウィンドガードを装着すると一呼吸置いてから外への扉を開く。

 マスク越しに見る花林と思しきこの場所は、ヤドカリの中から見たのと同じく布を被されたように視界が遮られ、辺りはよく見えない。


「セーン、セーレさーん!」


 何も見えないままとりあえず叫んでみたが、返事がない。

 それはある程度予想していたものの、何も見えないとわかっていながらすぐに戻ってこなかった二人のことが気になる。

 もしかして風景を見る方法は肉眼でもなく、通常のカメラ映像でもないだけなのかもしれない。

 そう考えた僕はマスクの機能を暗視に変える。

 すると、目の前から布は取り除かれたものの、今度は辺りに満ちている青白い粒子だけがピックアップされて目の前を占拠する光景に変わった。

 望遠に切り替える。


「うわっ! なんだこれ!」


 機能を切り替えた瞬間、鮮やかな緑色の繊維質な何かが目の前に立ちふさがっていた。

 少し引きで見てみると、それがやはり巨大な花の茎の一部であることに気付く。

 これも予想通り。僕は、花林だと聞いた瞬間からきっとこんな光景が広がっているのだということがわかっていたのだ。

 そのまま景色を撫でるように視線を回すと、今見たものと同じような巨大花が立ち並び、その間を毛糸のようなカラフルな蔓らしきものが巻き付く、強いて言うならばジャングルに似た景色。

 しかし、映像が望遠である以上それらが正しくはどれほどの大きさなのかがわからない。

 全く、このネロガーデンはまともに人を歩かせる気はないらしい。

 遠近のピントが合うと布が被さる、少し遠くを拡大すると布が外れるという状況。

 もう何がなんだかわからない。


「一体どこまで行ったんだ……」


 ため息を漏らしながら遠近感の狂った世界の中でセンとセーレを探す。

 ヤドカリのそばを時々つんのめりながら殻の方へ進んでいくと、目の前いっぱいの黒い影が横切った。


「わっ! セ、センか?」


 黒一色の姿は僕たちの中でセンだけだ。

 体温を上げないためにジーナとイリクが作ったセンの専用装備の色。

 僕はすぐに望遠から機能を切り替え、遮られた景色の中にセンの表示を見つけた。

 僕の目の前を横切ったセンはどうやら花林の奥へと行ったようだ。

 それにしても、近いからとはいえ僕に気付いてもいいものだが。

 少しおかしいと感じた僕は、今一度無線を試みる。


「セン、聞こえるか?」

(…………さん!)

「セン! どうした! 何かあったのか!?」

(……さん! ……ん……た!)

「何だって!? 全然聞こえないぞ! セン!」

(…………)


 一体何が起きているのか。センからの通信は飛び飛びにしか聞こえなかったから考え過ぎなのかもしれないが、あいつがどこか焦っているように感じた。


「ヤマトさん。聞こえますか?」

(……ああ、どうした。二人はいたのか?)

「いえ、たった今そばをセンが通ったようなんですが……。二人に何かあったのかもしれません。よくわからないんですけど、なんだかセンが焦っていて」

(ラス! それって本当にセンちゃん!?)


 そうだった。ルルディアを探している時にも同じようにセンの反応を持った透明人間が現れたのだ。

 ジーナの言う通り、これがセンとは限らない。


「一旦戻ります。二人は見当たりませんが、このままダミーを追いかけて僕まで戻れなくなるとまずいですから……」


 僕は来た道を戻りながら、透明人間が現れたあの時のことを思い返していた。

 あの時も今回と同じように応答がなくなって、その代わりにセンの反応だけが外に出ているという状況になった。

 そういえばあの時、なぜセンがヤドカリ内にいたにも関わらずその反応が一つだけになったのか、それを疑問にすら思っていなかった。

 その反応がセンのものなのだとしたら、二人のセンが同時に表示されたはずだ。

 それなのに捉えた反応は一つだけだった。

 消えたセンと現れたセン、その違いは何だというのだ。


「ラス、一体どうなっている」

「……わかりません。何も痕跡はないし、それに花林に入って行ったセンが本物なのかもわからない状況です」

「セーレは? いなかったの?」

「ええ、まだヤドカリの周りを調べきってはいないのですが……」

「……今度は俺が見てくる。ウィンドガードを貸してくれ」

「そうだ、ヤマトさん。外は望遠じゃなきゃ見えません」

「了解」


 ヤマトはそう言い残してヤドカリの外へと出て行った。


「ジーナさん。一つ聞きたいことがあるんですが……」

「何だい?」

「あの時。透明人間が現れた時、どうしてヤドカリにいたセンは反応しなかったんでしょうか」

「……なんでだろ。ボクの生体反応センサーは個体の呼吸の癖とか心拍数とかそういうのを含めた個有振動を元に受信しているんだよ。だから、何も反応しないということはつまり死んでいたってことになるかも」

「は? し、死んでいたって! でも、センは生きていましたよ?」

「……そうなんだよね。だから不思議なんだ。バグかもって思えることもあるけど、だとしたら何を誤認識したのかがわからないよ……」


 そう言ったジーナは腕を組んだまま俯いて唸っている。

 一旦死んだセンの魂が抜けだして透明人間として現れた、まさかそんなことあるわけがない。

 なにせ僕はあそこに足跡を見たのだから。

 ジーナのいうバグだった場合の誤認識した対象、これについてもっと考える必要があるかもしれない。

 センと全く同じ個有振動を持つ生体。

 あるとすればクローンってやつだろう。だが、この世界に医学は進歩していない。

 毒はあるけど、病気は知らない、それにこの丈夫な体にとって骨折なんていうなれば切り傷とか擦り傷みたいなもので、豊富なカルシウムと鉄分の体があっという間に修復してしまう。

 細胞が成長し続けていずれ硬くなり動かなくなることを死とし、常に温かくウィルス自体あるのかないのかもわからないアンダーワールドに鉄骨人という特殊な生物が繁栄したからこそ医学の進歩はなされなかったのだろう。

 でも、クローンという技術以外僕は同一個体なんてもの知らない。


「ジーナさん……。あの、えーっと。クローンってわかります?」

「……クローン? まさか! 誰がそんなもの作ったっていうんだよ。そんなの無理さ」

「え? あの、クローンが何なのかわかるんですか?」

「え? あ、当たり前だよ。ボクは天才アルケオロジストだよ! まさかボクを試しているのかい?」


 そう言いながら笑顔を見せるジーナだが、どうもその笑顔がクサイ。

 何を隠しているんだ。

 思い返してみれば、ジーナがいくら天才だとはいえ、色々と知りすぎている気がする。

 セーレさんが無頓着だとしたって、それにしてもおかしい節が。


(ラス! 見つけたぞ、セーレだ! 今から連れて帰る)


 突然入ったヤマトからの通信。


「ジーナさん! セーレさんが見つかったみたいです!」

「おお! 良かった。なんともない?」

「今からヤマトさんが連れてきてくれるみたいです」


 ほどなくして格納庫脇の扉が開き、セーレを抱えたヤマトがヤドカリへと入ってくる。


「セーレさん! ……ヤマトさん、セーレさんはどこに?」

「巨大花のそばに座ったまま気を失っていた。しかし外傷はないようだ、安心しろ」

「……良かった。センは!?」

「…………」


 無言のまま首を振るヤマト。

 僕たちはとりあえずセーレを本棚の部屋のソファに寝かし、彼女の気が付くのを待つことにした。

 その間ジーナは第一研究室である隣の部屋でセンの反応を探り、僕はヤマトからセーレを見つけた状況を聞く。


「……なるほど。だとすると、センの影が向かって行った方角と同じですね」

「ああ……。もしかするとセンは何かを見つけてそれを追いかけているのか?」

「……どうでしょう。だとすると、セーレさんが気を失っていたことと時系列が合いませんよ……」

「……確かにそうだな。ならばお前の見た影はセンではない、ということになるのか……」

「ええ。でも、あのスーツはセンだけのものです。まあ、完全にあの影をそのスーツだとは言えないですが」

「透明人間……か」


 その時、ソファに寝ていたセーレが身動ぎし、ゆっくりと目を開いた。


「セーレさん! 大丈夫ですか?」

「……ラス? あれ、私どうしたんだろ」

「セーレさん、何があったんですか」

「うーん……。なんだろ。私とセンが外に出てとりあえず望遠でヤドカリの周りを回っていたんだけど、突然センが何か叫んで……でも、遠近感がおかしいじゃない? だから私には何も見えなかったんだけど。その瞬間何かがガッときて、それでたぶん、連れ去られそうになったんだと思う……。そこでセンがその何かから私を奪い返して、で、そのまま私に何か言って花林の奥に……」

「追って行ったんですか? センはその何かを」

「たぶん、でもあの時センが私に何を言ったのか思い出せないわ……」

「透明人間か?」

「透明人間……。そうだったかも、見つけたとか何とか言ってたような……」


 セーレは混乱しているようだ。

 助けられた時に衝撃を受けたのか、呆けたまま何にも集中できていない。


「ヤマトさん! センを追いましょう。何を見つけたのか、セーレさんに何があったのか、その全てを知っているはずです」


 それに、あいつが簡単にどうこうされるとは思えないが、心配だ。


「ああ、行こう」


 僕はセーレからウィンドガードを受け取り、花林の奥を目指す。

 

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