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バットはどこへ行った

「わっ! な、ななな何それ! っていうか誰!? 父さん!?」


 驚くのも無理はないが、半分はどう見ても僕だろう。


「こ、これが父さんの進化した武器なの? ……か、かっけえ! かっこいいよ、父さん!」

「ああ、ありがとう。ところで、装備は?」

「そうだった。……じゃーん! これがイリク特製ウィンドガードだよ!」


 そう言ってセンがもったいぶって隠していたものを正面に突き出す。

 それは小さなハーモニカのような形をしている冷やりとした硬い棒状のものだ。


「これをマスクの口の側に当てて使うの。そうすると、これに含まれている結晶が呼吸に反応してその効果で浄化された風が起こり続ける仕組みね。どうやらあの結晶は、その衝撃の強さで起きる風の強さも変わるみたい。たくさんあればもっと面白いものも作れるのにってイリクが残念がってた」

「なるほどね」

「うん、とりあえずあの結晶から作ったのはウィンドガードは三つだけ。あたしと父さんと、後ヤマトの分」

「ありがとう……。ってお前のそのブーツはどうしたんだ?」


 僕はそう言っていつもの編上げブーツではなく、ロボットの足みたいに変わっているセンのブーツを指差す。


「いやいや、お目が高い! これはジェットブーツ改、手伝ったお礼にって作ってもらったんだ」

「へー。普通のブーツとは違うのか?」

「当然! これにも結晶が使われてるよ。見てて」


 そう言ったセンが爪先立ちになり、踵を勢い良く地面に叩きつけると、彼女は上空三十メートルほどの高さまで飛び上がって行った。

 そのまま地面へと戻ってくるセン。

 着地の寸前に風が巻き起こり、センの体はふわりと地面に着地した。


「どう!? すごいでしょ!」

「す、すごいな……」


 身体能力が高く、器用なセンだからこそ使えるものだろう。

 僕があれを履いたらどこへ飛んで行くかわかったもんじゃない。

 というか、その分の結晶でセーレとジーナの分もウィンドガードが作れたんじゃないだろうか。


「さらに……!」


 センが新調されたグローブの拳を突き合わせると、電流がほとばしる。


「これがエレキガン。イリクの最新兵器だってさ。マジック利用で燃料は……父さんよろしく」


 センはそう言って手の甲で白く輝く丸いガラス球みたいな物を指で叩いてみせる。

 イリクめ、センにこんな危なそうなものを与えるなんて。

 しかし、新しい武器を手に嬉しそうな我が子を見るのはそれはそれで微笑ましいものだ。


「セン、気を付けて使うんだぞ?」

「オッケー!」


 新たな装備を手に入れ、センはまたアネモスの時のように浮き足立っているように見える。

 それはそれでいいのだが、僕は少し違う。

 僕が新たに得たのは僕自身の変化で、今までの見慣れた姿でなくなったことと、これが一体どういう風に変わったのか全くわからない不安でまた腹の中から何かが溢れてきそうなのだ。


「うぅ……」

「父さん……またあ?」

「う、うるさいな。仕方ないだろ……」

「どうした?」

「父さんね、こうして時々具合悪くなって吐くんだよ。たぶん緊張とかそんなんだと思うけど、なーんでそんなになっちゃうのかね」


 そう言って、僕の背中を擦ってくれるセン。

 全くいい子に育ってくれたものだ。


「……そうか」

「落ち着いた?」

「あ、ああ。もう大丈夫だ、ありがとうセン」

「そうだ、この距離なら通信できるかも!」


 センの言う通り、オロスとルルディアまでの距離なら無線も届くだろう。

 すると早速右手を耳に当ててセンは通信を始めた。


「ばあちゃん? ……うん、今オロスまで来て、イリクんとこで用事終わったよ。……おお! さっすがばあちゃん! うん、もう出るよ。……うん、オッケー。わかった。……はいはい。んじゃまたルルディアでね」

「どうだって?」

「ヤドカリの整備はとっくに終わって、二人で花林探してたってさ。それで、見つかったから早く来なさいだとさ。後、気を付けて来なさいよだそうです」

「……はい、は……い」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない……」


 僕はこの二度返事についてもう一つ記憶があるような気がする。

 セーレではなく、別の誰かに同じようなシチュエーションで二度返事を。

 だが、それ以上は思い出せない。

 今度は一体何を。

 僕は一変してしまったその半身を自分の目で眺めた。


「さあ、行こう」


 オロスを出た僕たちはそれぞれバムに乗り込みルルディアを目指す。

 しかし、ここで一つ問題が起きた。


「ダメだ……手が入らない」

「あちゃー。じゃあ、あたしが操縦するよ」


 僕の変わってしまった右腕がバムの操縦桿を握ることができなくなってしまったのだ。

 手の平が大きくなっているだけならば問題ないのだが、この爪が人のものとは大きく異なるために意図せずして他のボタンやら何やらに触れてしまいバムの操縦を阻害する。

 センと操縦を変わり、後部座席で自分の両手を見比べる。

 明らかに変わってしまっていてもその自由度は今までと何ら変わりなくどの指も動かせるし、反応に遅延が生じるようなこともない。

 変わってしまったのは見た目だけ、ということはないのだろうがバムの操縦以外にも日常生活においてこれから色々と不便が起きそうな気はする。


「ヤマトさん。初めてアームズが変わった時って何か不便なことありましたか?」

(いや、俺のものはお前のほど大きくはないしな。これといって不便なことはなかった……)

「そうですか……」


 あの時、どれでも好きなものを適当に選べと言われて選んだものでそもそも進化の形状や能力は決まっていたということなのだろうか。

 ヤマトのガントレットを見た時は素直にかっこいいなんて思ったりもしていて、自分のものが進化するのが楽しみでもあったが、進化した今思うことはバットの方が良かったということだ。

 こんなサイボーグみたいな体になって、セーレは何と言うだろうか。

 笑われる、それ以外考えられない。

 別にそれが怖いわけではないが、僕はなんとなく頭を抱え込んだ。


「そういえばさ、父さんにも何かヤマトみたいな能力は出たの?」

「いや、何も出なかったよ」


 ヤマトが能力を発動した時、その初めの一回は自動的に発動したと言っていた。

 しかし、僕のレジェンドアームズはというと進化したもののこれといって目に見える能力的なことは起きたりしなかったのだ。


「ああ、でもそういえばヤマトさんはランクセプテの通知で能力が発動したって言ってたよな」

「そうだっけ。……じゃあ、父さんのはまだなのかもね。あれ、あのまた炙ってみた?」

「あ……」


 言われてみれば炙り出しはまだ試していなかった。

 僕は鞄からランククイーンの通知を取り出し、辺りを見回す。


「セン、ライターとか持ってないよな」

「あー、持ってないね」


 それはそうか。センはまだ子供だし、ライターを使う用事もなかろう。

 まずこの移動中に能力を調べる必要も特にないことだし、ルルディアについてからヤマトかセーレにライターを借りて炙り出しを試してみることにすると決めた。

 僕らのバムが遅いからだろうか、後ろから着いてきているヤマトは持て余した機動力を蛇行に変えてアクロバティックにスカイバムを走らせているのが見える。

 あれだけ冷静な男もそれなりに遊び心を持っているんだと感心しながらふと思いついたことをヤマトに聞いてみることにした。


「ヤマトさん」

(なんだ?)

「ヤマトさんは落ちてすぐ、マイクの男になんて言われたんです?」

(君はツイていると、そう言われた)

「え? ツイている、ですか? そ、そうですか……」

(お前はどう言われたんだ?)

「最悪だっただろうって……」

(……そうか)


 ヤマトと僕は同じ境遇でここへ落とされたわけではないのか。

 僕はあいつの言う通り最悪だった。

 だから、きっとあのマイクの男は神か何かで、最悪な人生を送っていた僕に新たなチャンスをくれたんだとそう思っていたが、どうやらそれは一概に言えないようだ。

 僕は登山なんかしないからよくわからないが、クレバスなんてところに落ちたらただじゃ済まないことぐらいはわかる。だから、ヤマトはツイていると言われたのだろう。

 状況は違っても僕もヤマトもマイクの男にチャンスを与えられたということは同じ。

 チャンスを。

 やり直しのチャンスを。

 今の状況を転生だと思っている僕と、時代が変わる伝説を解決することで元に戻れると思っているヤマト。

 ヤマトにも人生をやり直したいと思うような出来事があったというのだろうか。

 もしそういう意味で共通しているのだとしたら、ヤマトがマイクの男に言われたことと辻褄が合わない。


「父さん、もう着くよ」


 センにそう言われて視線を上げると、目の前はすでに霧に包まれていた。

 辺りの霧で状況を察したのか、ヤマトは僕らに言われなくともバムのすぐ脇を並走している。


(辺りは霧ばかりだが、本当にルルディアはここにあるのか?)

「うん、大丈夫だよ。今回はポイントも付けてあるし。不安ならマスク外してみなよ」

(……こ、これは)

「ヤマト、もう見えるんじゃない?」

(あ、ああ……。まさかこれほど巨大な蕾があるとは。信じ難いな)


 そして僕らは前回と同じく、ルルディアの蕾をナイフで裂き、その中へと入る。

 随分久しく感じるが、実際はどれくらい経ったのか。それを知る術を用意していなかったので分からない。

 僕たちはバムを街の入口に停め、そのまま一直線にトーパーズギルドへと向かった。

 すると、店先のバルコニーでカードゲームの男レイスが僕らに気付いて手を降っているのが見える。


「よう……ってお前誰だ?」

「ああ、この人はヤマトさん。アネモスでウィンドエレンファス討伐を手伝ってくれたんです」

「へー、なるほどな。で、お前はー……」

「父さんだよ。よく見てみなよ」


 センに言われたレイスが店先のバルコニーから降りて僕のそばまで来ると、無精髭を撫でながら僕を舐め回すようにじっくりと観察する。


「お、お前マジであのボウズか?」

「レイスさん……。どう見ても半分は僕でしょ」

「……い、言われてみれば確かに」


 なんでそうなる。

 センといい、レイスといい、どうして半分の僕に気付いてくれないんだ。


「それで、セーレさんたちは……」

「あいつらなら向こうの出口の外ででっかいバムにいるよ。っと、戻ってきたんだ、ついでにルーソンに挨拶してってやれよ。一応心配してたみたいだぜ、一応な」


 そう言って促され、僕たちは建物の中に入ると、ルーソンはあの時と同じようにカウンターに肘をついて退屈そうにカードゲームに興じる三人組を見つめていた。


「ルーソンおじさん! ただいま!」

「お? やっと戻ってきたか、ガキンチョ! 怪我ぁしてねえか?」

「大丈夫に決まってんでしょ! この通り、元気だよ」

「そうかそうか、そんでどうだった?」

「ええ、とりあえずウィンドエレンファスの力を得ることはできました。でも、これが本当に使えるものかは花林に行ってみなければわからないんですけど」

「んー。ま、大丈夫だ! きっとな! そんでえっと、おめえは誰だ?」

「……僕です」


 僕はそう言って生身の左半身を指差した。


「あ? おめえ随分変わっちまったな! まあかっこいいじゃねえか、うん」


 そう言いながら僕の変わった半身を力任せにバンバン叩きつけるルーソン。

 痛みは感じないが、それでも骨に響くこの圧力が懐かしい。


「へー……。なかなか丈夫なんだなそれ」

「ちょ、ちょっと。試さないでくださいよ」

「がははっ! わりいわりい。あいつらは向こう側の外にいっからよ。行ってやんな」


 僕は外で待っていたヤマトと合流し、ルルディアの外にいるはずのセーレとジーナのところへ向かう。

 花脈を通る陽の光に照らされるこのルルディアは、一見すれば死んだ街、遺跡そのもののように見える。

 そして、今僕が感じるのは、こうして大勢の人が生活している状況への違和感だ。

 街の外れの小高くなったところにある工場を見つめながら、僕はそんなことを気にしていた。

 やっと辿り着いた反対側の壁に僕は進化した爪を突き立ててそれを引き裂く。

 人ひとり分だけ退けられた隙間からヤドカリの巨大な足が見える。


「ばあちゃーん! ジーナー!」


 ヤドカリのすぐ側で談笑している二人にセンが駆け寄る。


「おー! やっと帰ってきたか! 遅いよー、もう退屈で眠くなりそうだったわよ」

「おかえり、センちゃん。アネモスはどうだった?」

「綺麗なとこだったよ。それに美味い飯があった!」


 まるで夏休みに一人で行った田舎から帰ったかのようにはしゃぐセン。


「って! あんたどうしたのその格好! かっこいいじゃん!」


 予想通り、セーレは変わった僕を指差して声を上げて笑う。

 それが恥ずかしいわけではないが、なんとなく耳が熱くなる感じた。


「すっげえ! それがレジェンドアームズなの? いいなあ、ボクも欲しい……」


 そう言ったジーナが駆け寄り、僕の右腕を叩いたりひっくり返したりしている。


「このメーター、見たことのない文字で書かれてるね……。それにこの材質、丈夫なのに柔らかくて硬い。皮膚みたいなものでできているのかな……。ねえ、ラス。ちょっと研究室まで来ない?」

「い、行きません! 何する気ですか!」

「いーじゃんかよー。ちょっとぐらい解剖させろよなー」


 僕の腕を手に持ったまま呟くように悔しがるジーナの目は真剣そのものだ。

 今、ジーナの研究室なんかに行ったら、僕の意見など聞かず色々とされてしまうだろう。

 あの天井から伸びる謎の機械で。


「えっと、この人はどなた?」

「山登歩だ。ラスとセンとはアネモスで会った」

「……随分ぶっきらぼうな人なのね。あなたも腕に変わったもの着けてるんだ……」

「ああ、レジェンドアームズだ」

「レジェンドアームズってことは、ラスのと同じじゃない! そういえばあんたあのバットはどうしたの?」


 セーレがそう言ってヤマトから僕へと視線を移す。


「いや、そのバットはこれです」


 するとセーレは、僕のアームズとヤマトのアームズを見比べて唸った。


「なんでそうなるのよ? バットが管だらけになるなんておかしいじゃない」

「レジェンドアームズとはそういうものだ。俺のものも元はマシンガンだった」

「えー! バットじゃないの? ……よくわからないけど、どうせそうなるなら最初からそういう形にしておけばいいのにね」


 ごもっとも。

 だが、セーレのこの疑問は僕をまた一つ悩ませた。

 最初からこうしなかった理由、それはヤマトがこの武器が伝説たる理由を疑問視したことと似ている。

 あの時僕の前に並べられていたのがヤマトの悪魔の手のようなガントレットであったり、今の僕の半身である管とメーターのスーツだったらもっとよく考えてそれを選んだはずだ。

 レジェンドアームズだと言いながらそれがどういう意味でレジェンドなのか言わなかったこと、そして武器の形状が進化するにも関わらず見たことのある形状で僕らに渡したこと。

 僕はアンダーワールドに落とされたことだけに執着していたが、疑問に思うべきはそれだけでなかった。

 それもこれも独りじゃなかったから気付けたことだ。

 ひとりじゃなかったから。


「さあ、そろそろ行くわよ。場所はもう見つけてあるから、後はあんたたちが花の卵を見つけられればミッションクリアね」


 

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