あったらしい装備
再び差し掛かった荒野でデスワームに出くわすことはなかった。
あれだけの大型種だし、それにヤマトが二体もまとめて倒してしまってまさか絶滅でもしてしまったのだろうか。それとも出会えたあの時が幸運だったのか。
「そういえばヤマトさん、ワームって何か落としました?」
(さあ、どうだろうな)
「さあって、探してないんですか?」
(ああ。俺は必要な時しかアイテムを持ち帰らない)
「そ、そうですか……」
なるほど、そういう発想もあるのか。
僕は使える使えない関係なくとりあえずモンスターから落ちたアイテムは拾ってきたが、そういうのはむしろ十円玉を大切にする金銭の呪縛みたいなものに取り憑かれているからなのだろうか。
だが、拾われずに落ちたアイテムはどうなるのだろう。
土に還る、そのまま残る、他にもその後は色々あるのかもしれないが、それは少し気になるところだ。
ほんの少しだが。
駄考を巡らせる内、景色に緑が増え、遠くにオロスの山が見えるほどまで近付いていた。
たった五分の待ち時間が長いと感じることもあれば、百二十分の待ち時間でもそれほど長いと感じないこともある。今の僕は後者、適当な考え事で頭の中に入ってくる情報が制限されたために、アネモスからオロスまでの距離が実質的なものよりずっと短く終わったと感じているのだ。
こうなると鉄骨人もただの人間も変わりなく、その脳はテキトーだというべきだろう。
「イリクさん、久しぶりです」
「…………ん」
そう呟いて鉄格子の隙間から手を差し出すイリク。
「た、対価ですか?」
「違う。例の物、ちょうだい」
「れ、例の……もの?」
「……ジーナから連絡が来た。あんたが何か持ってくるからそれで新しいスーツを作れって」
「なるほど……」
さすがは天才だ。
とっくにこうなることを予想してイリクに説明していたのか。
「これです……」
「……うん」
「衝撃を受けるとその穴から突風が吹き出すみたいなんです。何か役に立ちますか?」
「……うん。ありがとう」
「その、完成までどれくらいかかりますか?」
「……できたら連絡する」
「……わかりました」
いつまでも抜けない時間を測る癖。
普段から気にしないように気を付けてきたことで、最近はなんとなくどうでもいいものと処理できるようになってきていたはずなのに、それでもちょくちょく出てきてしまう。
思い返せばアネモスでもそうだった。
そういう予定みたいなものを決める時、セーレはいつもツタンフラワーの種を使っている。
咲くまでにどうするとか、枯れる前にこうするとか。
だけど、その期間を測ろうとはしないのだ、不思議なことに。
センは、装備作りを学ぶと言って嫌がるイリクを引きずって奥に行ってしまった。
そこで僕は装備完成の連絡があるまでの間、ヤマトにオロスを案内することにした。
「ヤマトさん、どうかしたんですか?」
「……いや、なんでもない」
「そういえば、ヤマトさんの始まりは違う土地だと言ってましたけど、それってどこなんです?」
「ああ、どこかの谷底だった」
「た、谷底ってどうやって抜け出たんですか?」
「どうもその谷自体がダンジョンだったようでな、最上層まで上がったところが地上だったんだ」
「さ、最上層、ですか」
結局僕はあのダンジョンを攻略できていない、というかあれ以来一度もあそこには行っていないのだが。
今ヤマトにダンジョンの話を聞くまで、あれの最下層のことなんて考えることすらしていなかった。
きっと初めはそういうことも気にしていたのだろうけれど。
「ヤマトさん、この山の上って何があるかわかりますか?」
「……バトルトーナメントか? それなら以前見たことがある」
「知ってたんですね……」
こうして案内すると決めたのは良かったが、無口なヤマトと散歩などして僕は何を期待していたのか。
そもそも彼は街の案内なんかに興味はあったのだろうか。
「なあ、ラス。お前のアームズのことなんだが……」
「ええ、どうしたんですか?」
「風の果てでお前に死なないという能力があるかもしれないことはわかっただろう。ダンジョンキーパーが現れたあの状況からお前がその能力を発動できるのはダンジョンに限定されているのかもしれない。だが、それも確かかはわからない……。そこで、お前のアームズをランククイーンまで鍛えないか? これから先お前はその花林というところでまた戦わなければならない。お前のアームズも強化しておくべきだと思うのだが……」
言われてみれば確かにその通りだ。
ウィンドエレンファスとの戦闘でもそうだったが、僕はまだまだ弱い、というよりも自分の命を自分で守りきれていない。
花林で出会うはずである未知のモンスター相手にヤマトやセンのフォローを必要としているようじゃ、僕はただの足手まといだ。
それは何とかしなければならない。
「……やります」
そう言って僕は、自分のもう手の平の形へと変わっているバットを気にした。
初めはただの突起だった小さな爪も、今となってはこんなに成長している。
ヤマトのマシンガンが今のガントレットに形状進化したのはランククイーンの時、つまり僕はあと一つランクを上げれば形状進化の可能性があるということだ。
マクロスアクロでの戦闘、それにウィンドエレンファスとの戦い、それがこのレジェンドアームズにどれだけ『戦いの記憶』を刻めているのかはわからないが、レベルアップもそう遠くはないはず。
「よし、そうと決まれば戦闘だ。まずは俺が相手になってやる。お前のアームズに今までにない戦闘の記憶を刻みつけるんだ」
「はい!」
そして僕らは一旦オロスの街を立ち、その手前にある巨大な岩の転がる草原へとやって来た。
「ラス、アームズを構えろ」
スカイバムから降り、早速僕と間合いを取ったヤマトの目は本気だ。
こんな覇気に満ちた眼差しを見るのはアイロスとの修業以来だ。
あるはずのない圧力を前面に感じながら、僕の背中は冷たくなっている。
「行くぞっ!」
そう叫んだヤマトは両腕をだらりと下げたまま、電光石火に突っ込んでくる。
それまで全身を捉えていたはずのヤマトが急に姿勢を低くしたことにより、まるで消えてしまったように僕の視界からはその姿が見えなくなった。
慌てて目線を下げると、僕の後方へと回り込もうとする最後の一歩がちらりと視界をかすめた。
後方からの一撃、向き直っていては間に合わない。
僕は咄嗟に体を横に投げ飛ばし、側方宙返りでヤマトとの距離を取る。
着地と同時に体を捻り、後方にいるはずのヤマトを目で追う。
ヤマトは、武器を着けていない左手で僕を捕らえようとしていた。
僕を捕らえ損なって空振りしたヤマトに向かって今度は僕がバットを横薙ぎに振り付ける。
「やるな……」
ヤマトは、僕の攻撃に肘を釣り上げそれを防ぐ。
「僕の師匠は最強ですから! ね!」
受けられた横薙ぎの攻撃を一旦引き、縦振りの一撃を思い切り叩きつける。
しかし、釣り上げていた肘を支点に振り上げられた拳でそれを弾き返されてしまった。
「ラス! 防御は一撃を防ぐためにすることじゃないぞ! 反撃するためにやるんだ!」
攻撃を弾かれ、体の側面がガラ空きになった僕の右肩にヤマトの左拳が叩き込まれる。
「ぐあっ!」
予想を遥かに越える威力だ。
僕の腕を右肩からちぎり取るかのように関節にねじ込まれる左の拳。
アイロスの破裂するような拳とは違い、体の内部を破壊しようとするこの攻撃はまさしく技だ。
だが、ここで引くのは悪手。
僕は利きの悪くなった右手から左手にバットを持ち替え、それをヤマトに再び叩きつける。
しかし、それこそが悪手だった。
僕の攻撃を予測していたであろうヤマトは振りつけた左腕の慣性を利用し、右腕を振り回すように回転。
僕の一撃を弾き飛ばし、回転で威力の増した左拳が今度は頭に叩き込まれる。
僕から景色が消えた。
そのまま地面に体を叩きつけられ、再び僕に景色が戻ってくる。
調子の悪いテレビのように見えたり見えなかったりする景色の中にヤマトはいない。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。これくらい何ともありません、よ」
ちらつく景色を元に戻すために頭を振りながら体を起こす。
「……確かに基礎はできているようだが、まともに使えていないようだな」
「……おっしゃる通りです」
「このままではレベルアップも程遠い……。何か別の方法を考えなければいけないな」
「いえ、まだやれます! もう一度お願いします!」
それから幾戦重ねただろうか、僕はアイロスから習った体術と実践で得た経験を思い出しながら何度も何度もヤマトに向かって行ったが、結局ヤマトに与えられたのは一撃だけだった。
それもかすり傷程度で、ヤマトから戦闘力を奪うことなんてもってのほかだ。
「……す、すいません」
僕は打撲で軋む体に無理矢理力を入れて体を起こす。
「謝る必要などない……。もともと人間だった俺たちが急に戦闘力を上げること自体容易ではないのだからな」
僕は一体今まで何をしていたんだ。
アイロスは確かに強かった、それはセーレもオロスの住人もお墨付きな程に。
そんな猛者に育てられながら、僕はこのヤマトという男に一切歯が立たない。
ヤマトは確かに強い。
でも、僕が弱いのはまた別の話だろう。
マイクの男は僕のそういうところを見抜いてこのレジェンドアームズに『補正』能力を付けたのかもしれない。
僕はどれだけ望んでも強くなれないんだ。
きっとこのまま弱いままなんだ。
「くそっ……」
「……ラス。お前にはやりたいことがあるか?」
「やりたいこと……ですか?」
「ああ。俺は日本に戻りたい……なんとしても」
「……その、以前ヤマトさんは登山家だから戻るんだと言ってましたけど、それだけが理由ですか?」
「……会いたい人がいる。そこが俺の戻るべき場所だ。お前にはいないか?」
「会いたい人……ですか」
僕にはいない。
あそこに戻ったって僕を待っている人なんて一人もいない。
そう考えた瞬間、僕の体に奇妙な感覚が宿った。
本当に誰もいなかったのかという、意識の深い所で何かがちらつく不思議な感覚。
何か、何かあったはずだ。
この感覚は、誰かの笑顔だ。それなのに僕はそれが誰なのか思い出せない。
一体誰だ、僕に笑顔を向けるその人は誰なんだ。
「ラス……。お前にも会いたい人がいる。お前だって日本に戻る理由があるんじゃないか?」
「え?」
涙。
僕はなぜ泣いている。
「……俺には妹がいる、まだ中学生の。あいつには俺しかいないんだ。それなのに俺は山登りのことばかり……。だが、本来なら死んでいたかもしれない滑落でも俺はこうして生きている。運命なんてものを信じるほどロマンチストじゃないがな、それでも俺が生きているのはあいつにもう一度会いたいと願ったからだと思っている。だから俺は、あそこに戻りたい。そのために俺はいくらでも強くなり、こいつを完成させると決めた……」
「ヤマトさん……」
「ラス、お前に日本でどんなことがあったのかは聞くつもりもない。だがなラス、生きている。俺たちはこうしてこんなところでも生きているんだ。それには何か理由がある。だから、強くなれ、ラス!」
強くなりたい。
僕は確かにそう思っていたはずなのに。
なんで強くなりたかったのか。
僕は、僕は虐げられてきたことが悔しくて、僕は変わりたいと思ったから強くなりたいと願ったんだ。
独りが怖いから誰かといたいと、誰かに見てもらいたいと。
「ヤマトさん、僕は……変わりたいんです。もう、弱いことが嫌なんです! 僕は強くなりたいんです! 独りは嫌だから、だから僕は強くなりたいんです!」
その時、一通の封筒が空から舞い降りた。
いつもの封筒、星の封蝋の封筒だ。
「こ、これは……」
「ラス! レベルアップだ! 封筒を開けろ!」
「は、はい!」
封蝋を剥がし、封筒から一枚の紙切れを抜き出す。
開かれた手紙、そこにはいつものような適当な鉛筆の文字ではなく、まるで手本のように力強い文字が書かれている。
「レベルアップ、ランククイーン……。やった! やりましたよ、ヤマトさん!」
そう叫んだ瞬間、背中でバットの鼓動を感じた。
まるで生きているかのように蠢き、僕の背のベルトから抜けだそうとしている僕のレジェンドアームズ。
それを背中から外した瞬間、その手の平は僕の体に掴みかかってきた。
「うわっ! なんだこいつ!」
それを振り解こうにもバットが手から離れない。
まるで電流が流れているかのように僕の拳を握ったまま開かせようとはせず、僕は腕を目一杯伸ばしてその手の平から顔を背けるが、その力は僕の力で押さえつけられるようなものではなかった。
「ヤマトさん! 助け……! うわあ!」
「ラス!」
自分の武器に覆われた視界、右の目が利かない。
極端に狭くなった視界の中で佇むヤマトが驚愕の表情を浮かべていいるのがわかる。
「ヤ、ヤマトさん……僕、どうなってます?」
「ラ、ラス。それが、お前のレジェンドアームズなのか?」
「ど、どういうことです……?」
「見てみろ……」
そう言ったヤマトがスカイバムを指差した。
僕はそれに近付き、その光沢ある黒いボディに自分の体を映す。
「な、なんだこれ!」
スカイバムのボディに映り込む僕の右半身は最早人間のでも、鉄骨人の姿でもない。
生き物のものとは似つかない幾つもの管が体に巻き付き、手の平は五本指ではあるものの、鋭い爪を持ったドラゴンの手のようになっていて、半身を這いまわる管の隙間に埋め込まれた幾つかの小さなメーターのようなものがその針を揺らしている。
そして右胸にはトレードマーク宛らに何か文字が円状に書かれた特別大きなメーター。
進化を遂げた僕のレジェンドアームズは蠢き、胸のメーターの振動を続けている。
僕はどうなってしまったんだ。
「ヤマトさん……」
「ラス、お前レジェンドアームズの伝説という意味を理由を考えたことがあるか?」
「ど、どういうことです?」
「一体何の伝説なのかということだ……。これはなぜレジェンドアームズなんだ?」
「そ、そんなのあいつに聞かなきゃわからないんじゃ……」
「いや、俺はこう考えている。……こいつはこれから伝説になる、つまり伝説と呼ばれる出来事が起きるということの暗示だ。マイクの男はそれを知っている、その語り継がれるべき出来事をな」
「語り継がれるって……。なんですかそれ……」
「それはわからない。だが、俺はこれを成長させて伝説の武器としてその出来事に対峙することで日本に帰れると信じている……」
そう言いながら右腕のガントレットに視線を落とすヤマトの右手は握りしめられていた。
ヤマトはきっと不安なんだ。
戻れると信じているが、戻れないかもしれない。そういう不安定な未来をかき消したいがために彼は戦闘を続けている。
そういうことも彼の強さの根源なのかもしれない。
僕は歯車が幾つも埋め込まれて見えなくなった右目で空を見ようとした。




