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異世界ラストワンマイル〜再配達、承りません〜  作者: もしものべりすと


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第八章 物流崩壊

ヤン・ハフナーが「別の何か」になっていることを、配島が気づいてから、五日後の夜。

 配達ギルドの全拠点で、ほぼ同時に、異変が起きた。

 午後十時三十分。

 ハブターミナルでは、配島が当夜の出荷の最終確認を終えたところだった。仕分け係の女性たちはすでに退勤し、夜勤の十二人だけが残っていた。

 配島は仕分け台の脇の柱に背をもたせかけ、ノルトと話していた。

「ノルトさん。明日の朝、ヤンを、確保します」

「ようやくか」

「五日間、彼を泳がせて、彼が接触した人物を、十一人特定しました。すべて、配達ギルド内部の、別の地区の配達員です。ヤンと同じように、口癖がわずかに変わっている人間を、自分とミレナさんで、絞り込みました」

「十一人もか」

「半数以上が、本物の配達員じゃありません。ノクスタリア帝国の工作員に、身体ごと、乗っ取られているか、化けているかです」

「明日の朝、十二人同時に確保するんだな」

「はい」

 配島がそう答えた、その瞬間。

 ハブターミナルの東の入荷口の方角で、爆発音が響いた。

 配島とノルトは、同時に走り出した。

 入荷口の扉は、内側から、爆破されていた。

 扉の前には、夜勤の若い配達員が、倒れていた。

 配達員の手には、燃え盛る火薬の小瓶が握られていた。

 彼はハブターミナルを、内側から焼こうとしていた。

 ノルトが叫んだ。

「ハイジマ、これは仕掛けられた爆破じゃない、自爆だ。各拠点でも同じことが起きてるぞ」

 配島は走った。

 ハブターミナルの中央仕分け台へ。

 仕分け台の上では、もう一人の夜勤者が、油の入った樽を倒し、火を放とうとしていた。

 ノルトが剣の柄で、その男の後頭部を打ち、男は崩れ落ちた。

 配島は油樽を立て直し、火種を踏み消した。

 息が上がった。鼻の奥に、煙の匂いが充満していた。

 ハブターミナルの東の壁が、すでに半分、燃え始めていた。

 屋根の油布に火が回ったら、止められない。

 配島はノルトに叫んだ。

「ガリクさんを呼んで! 夜勤全員を集めて、屋根に水を回してください!」

「分かった!」

 ノルトが走り去った。

 配島は燃え始めた壁を、自分の上着で叩こうとした。

 その背後で、足音が、した。

 配島は振り返った。

 ヤン・ハフナーが、立っていた。

 ヤン・ハフナーの顔をした、何かが。

「ハイジマさん。あなたは、ここで、死んでください」

 その声は、ヤンの声だった。

 しかし、声の運びは、ヤンのものではなかった。

 配島は剣を持っていなかった。彼は、武器を、持ったことがなかった。

 だが彼は、走った。

 ヤンの方へではなく、ヤンの脇の方へ。

 彼は仕分け台の脇に立てかけてあった、長さ三尺の木の棒を、掴んだ。

 配達員が、不在札を木に挟むために使う、ただの木の棒だった。

 ヤンの手には、短剣が握られていた。

 ヤンが、配島に飛びかかった。

 配島は棒を、突いた。

 突いた、というよりは棒の先で、ヤンの胸を押した。

 ヤンは、よろけた。

 よろけた瞬間、ヤンの背後から、ノルトが現れた。

 ノルトの剣が、ヤンの右肩を、深く切り裂いた。

 ヤンは、倒れた。

 倒れたヤンの顔が、わずかに震えた。

 顔の輪郭が、ぼやけ、別の顔の輪郭に変わり、また戻った。

 配島はその変化を、見ていた。

 ヤン・ハフナーの本物の顔は、もっと丸い顔だった。

 目の前で倒れている男の、本来の顔は、痩せた、頬骨の高い顔だった。

 ノクスタリア帝国の工作員。

「ノルトさん」

「ハイジマ」

「ヤンは、本物のヤンは、どこにいるんでしょう」

「分からん。たぶん、もう……」

 ノルトはそれ以上は、言わなかった。


 その夜、ハブターミナルは、半焼で済んだ。

 しかし、ヴェルデン王国全土の、配達ギルドの拠点のうち、二十三箇所が、内側からの自爆と放火によって壊滅した。

 翌朝、被害の報告が王宮に集まった。

 死亡した配達員、四十七名。

 負傷者、百二十名以上。

 失われた荷物、推定で金貨二千枚分。

 最も重要なのは、配達ギルドの「ネットワーク」が、わずか一晩で、半身不随になったことだった。

 ヴェルデン王国の物流の血脈が、一夜にして、止まった。

 市場の物価は、一日で、平均して三割上がった。

 パンの値段は、二日で、五割上がった。

 北の村への塩漬け肉の搬送は止まった。

 南の海沿いの干し魚の搬入は止まった。

 王都の中で最初に「飢え」を訴え始めたのは、最も貧しい貧民街の住人たちだった。

 配達ギルドが、最初に手を差し伸べた人々だった。

 配達員として、配達ギルドに雇われていた、未亡人の家族たちだった。


 翌朝、配島はハブターミナルの東の焼け跡で、生き残った配達員たちと、向き合っていた。

 集まったのは八十名ほど。彼らの顔は煤と涙と怒りで汚れていた。

 誰かが、最初に声を上げた。

「ハイジマさん。これは、俺たちのせいですか」

「違います」

 配島は即座に答えた。

「これは、敵の仕業です。皆さんは、何も、悪くありません」

「でも、自爆した男たちは、俺たちの仲間でした。俺たちと、毎日、隣で、働いていました」

「敵が、彼らに化けていたんです。本物の彼らは、たぶんもういません」

 その答えに、配達員の何人かが、嗚咽を、漏らした。

 配島は深く頭を下げた。

「皆さん。すみません。自分の点呼が、間に合いませんでした」

 誰かが、配島の言葉を、遮った。

 古参の配達員、カイ・ゾムマーだった。彼は配島が配達ギルド設立の最初の月に雇った、孤児院出身の若者だった。

「ハイジマさん。点呼は、間に合いました」

「……」

「もし、ハイジマさんの点呼が、無かったら、俺たちは、敵が、ヤンに化けていたことすら、気づきませんでした。今頃、俺たち全員が、王都の中で自分の同僚に、刺されていました」

「……」

「ハイジマさんの点呼で、ヤンが見つかった。だから、俺たち、生き残れた人間が、ここに、立てているんです」

 配島は顔を上げた。

 配達員たちの目を、一人ずつ、見た。

 その目には悲しみと同時に、何か別の温度があった。

 配島はその温度の名前を、知らなかった。

 ただ、それが、自分の仕事を、続けさせる温度であることは、分かった。


 配島はハブターミナルの焼け跡に、立っていた。

 焼け跡の片隅で、誰かが、座り込んで、泣いていた。

 配島はその人物のところへ、歩いた。

 ハンナ・ヴェルムだった。

 配島が初めて点呼をした、未亡人の互助会の、最年長の女性だった。

 ハンナの腕の中には、若い女性が、抱かれていた。

 マリア・コーレン。配島が二番目に点呼をした、二十代の女性。彼女は、夜勤の途中で、自爆した配達員の爆発に巻き込まれ、即死していた。

 配島は二人の前に膝をついた。

「ハンナさん」

「……」

「マリアさん、自分が、彼女を、雇いました」

「……」

「自分の仕組みが、彼女を、ここに、連れてきました。自分が、彼女を、殺しました」

 ハンナはようやく顔を上げた。

 彼女の頬は、涙でぐしゃぐしゃだった。

 しかし、その目は、配島を、責めていなかった。

「ハイジマさん」

「はい」

「マリアは、配達ギルドで、初めて自分のことを、誇らしく思えるようになったって私に、話してくれてました」

「……」

「あの子の死は、あなたのせいじゃない」

 配島は首を振った。

 振りながら、目から、何かが、こぼれていた。

 涙というよりも、もっと奥にあった何かが溢れて止まらなかった。

 ハンナは、配島の手を握った。

「あなたは、立ち上がってください。マリアの分も、立ち上がって続けてください」

 配島は答えなかった。

 答えられなかった。


 その夜。

 配島はハブターミナルの焼け跡の、半分焼け落ちた壁の前で一人、座り込んでいた。

 空には月がなかった。

 雲が、低く、垂れ込めていた。

 彼の隣にノルトが、いつの間にか座っていた。

「ハイジマ」

「ノルトさん」

「俺は、お前のことを、最初、変なやつだと思ってた」

「……」

「点検簿を、寝る前にチェックする上司なんて、聞いたこともなかった。お前のやり方は、どこかで、馬鹿だと、思ってた」

「……」

「でも、お前のやり方で、俺は、人生で初めて、自分が『仕事をしてる』って思えるようになった」

 ノルトは剣の柄に手を置いた。

「俺は、これから、敵の本拠地に、潜入する。生きて戻れるか、分からねえ」

「……それは」

「いいんだ。これは、俺が選んだ仕事だ。お前が選ばせたんじゃない。俺が、俺で、選んだ」

 配島はノルトの顔を見た。

 ノルトの目は、いつも通り、粗野で、不敵だった。

 だが、その目の底に、配島の知らない、何かの覚悟があった。

「ノルトさん」

「なんだ」

「点呼、させてください」

「……ああ」

 配島は立ち上がった。

 ノルトの前に立ち、目を覗き込んだ。

「ノルト・カエス。本日の体調は」

「絶好調」

「血色、十分。声の張り、いつもより少し、大きい」

「ああ。気合いを入れてる」

「無事に、帰ってきてください」

「努力する」

 ノルトは立ち上がり、剣の柄を叩いた。

「ハイジマ。お前、点呼の最後に、いつも『無事に』って言うよな」

「言いますね」

「あれ、いいよな」

 ノルトはしばらく月のない空を見上げた。

 それから、彼は配島の方を振り返らずに、低く、付け加えた。

「俺、両親の顔、覚えてないんだ」

「……」

「孤児院に、預けられた時の年齢が、四歳だった。両親は、その冬の流行病で、死んだ。両親に、最後に何を言われたかも、覚えてない」

「……」

「だから、お前の『無事に』っていう言葉、俺、好きだったんだ。あれ、たぶん両親が、最後に俺に言いたかったことだろう」

 配島はノルトの背中を、見ていた。

 ノルトの肩は、少し、震えていた。

 配島は近づこうとした。

 ノルトは振り向かずに、手を上げた。

「言うな、ハイジマ。今、なんか言ったら、俺、行けなくなる」

 配島は口を閉じた。

 ノルトはもう一度剣の柄を、叩いた。

 そして、振り返らずに、闇の中へ、歩き去った。

 配島はその背中を見送った。


 ノルト・カエスの遺体が、王都の北の街道沿いで発見されたのは、それから三日後の朝だった。

 彼はノクスタリア帝国の前線基地の一つを、内側から焼くことに、成功していた。

 基地の参謀十二名が、彼の最後の働きで、死亡した。

 ガル・ジングジはその中に含まれていなかった。

 ノルトの遺体は、ハブターミナルの焼け跡の前で配達員全員によって葬られた。

 配島は葬儀の最後に、墓標の前に立ち、点呼の最後の動作を、もう一度行った。

「ノルト・カエス。お疲れさまでした」

 答えは、なかった。

 配島は深く頭を下げた。

 その夜、配島は寝床に戻らなかった。

 彼は焼け跡のハブターミナルの中央に座り込み、ガリクの古い手帳とノルトが残した点検簿の束を、自分の前に並べた。

 灯りは、小さな手燭一つだった。

 配島はその灯りの下で、点検簿を、一枚ずつ、めくった。

 ノルトの字は、最初の頃、雑だった。

 しかし、半年もすると丁寧になり、最後は几帳面な、正方形に近い字になっていた。

 配島はその字を、長く見つめた。

 ハブターミナルの天井の、焼け焦げた梁から、星が見えた。

 星空は地球と、ほぼ同じだった。

 配島はその下手な歌を、少しだけ立ち止まって聴いた。胸の中で何かが、確かに動いた気がした。

 配島は星に向かって呟いた。

「俺は、何のために、運んできたんだろう」

 答えは、なかった。

 風が、焼け跡を、吹き抜けた。

 風の中に焼け焦げた木の匂いと、まだわずかに、火薬の匂いが、混じっていた。

 配島は自分の膝を、両手で抱えた。

 膝の中に頭を、埋めた。

 誰にも見られない場所で、彼はようやく声を出して泣いた。

 声は、長くは、続かなかった。

 ハブターミナルの焼け跡の風が、その声を、すぐに吹き散らしてしまった。

 配島は顔を上げた。

 そして、もう一度星を見上げた。

 星は、変わらずそこに、あった。

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