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異世界ラストワンマイル〜再配達、承りません〜  作者: もしものべりすと


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第四章 ハブを建てよ

配島の提案は、その後の三ヶ月で、王都ヴェルディンの物流の風景を、静かに、しかし確実に塗り替えていった。

 最初の中継拠点は、王都の東門から徒歩五分の旧厩舎跡地に作られた。第三王女エリザ・ヴェルデンの口添えにより、土地の使用許可は驚くほど早く下りた。エリザは執務机の前で、ミレナの差し出した申請書を一瞥し、「面白いわね」と一言だけ言って、印璽を押したという。

 配島はエリザ王女に、その時はまだ会っていなかった。

 旧厩舎跡地に、配島は粗末な木造の作業棟を建てた。屋根は油布。床は板張りのみ。両側面には大きな引き戸を設け、片側を「入荷口」、もう片側を「出荷口」と名付けた。建物の中央には、長さ六間ほどの仕分け台を置いた。仕分け台の脇には、五台の手押し車と、三台の小型の二輪馬車を待機させた。

 仕分け台の上には、配島の手書きの簡単な「方面図」を貼った。王都を四つの地区に分け、それぞれの地区にA、B、C、Dの記号を付けた。荷札にも同じ記号を書き入れる仕組みだった。

 仕分け係は、ミレナが連れてきた未亡人の互助会のうち、五人が引き受けた。

 最初の朝、配島は彼女たちの前に立ち、点呼をやった。

「では、本日の仕事をはじめます。お一人ずつ、お名前と、本日の体調を伺います」

 女性たちは戸惑った顔をしたが、配島が一人ずつ目を見て名前を呼ぶと、それぞれが小さく頷き、自分の体調を答えた。

「ハンナ・ヴェルムです。腰が、いつも通り少し痛みます」

「マリア・コーレンです。元気です。咳は、もう治りました」

「ソフィア・カルチェ。大丈夫」

 配島は一人一人に頷き、「本日もよろしくお願いします」と頭を下げた。

 女性たちはまた戸惑った顔をした。彼女たちは、雇い主に頭を下げられたことが、これまでの人生で一度もなかったのだ。

 配達係には、王都の貧民街の若者と、退役兵の中から選ばれた男たちが入った。十七人いた。年齢は十四歳から五十二歳まで。共通点は、馬車を持っていないこと、そして組合に加入できなかったこと、それだけだった。

 配島は彼らに、台車での歩行配送と、二輪の小型馬車での近距離配送を教えた。

 地図の読み方。道案内をしてくれそうな住人の探し方。受け取り主が留守だった場合の対応。

 不在票の概念は、この世界にはなかった。

 配島は新たに「不在札」という小さな木札を考案した。木の薄板に、配達人の所属と、再配達の時間帯を炭の棒で書き入れる。それを家の戸口に挟んでおく。受け取り主が戻れば、隣家経由で中継拠点に伝言を送ってもらう。

 最初の一週間で、不在札の使用率は二割を超えた。

「便利だな」

 ガリクが感心した声で言った。

「便利、というか、こうしないと回らないんです」

 配島は仕分け台の前で、額の汗を拭いた。

 拠点の運用初日から、王都の市場での評判は急速に広がった。

 商隊の馬車が城門で半日待たされなくなった、という単純な事実は、卸問屋にとって極めて大きな変化だった。納品が早くなれば、市場価格に対する反応も速くなる。地方の生産者にも好影響が出始めた。

 ホレス商隊は二週間で売上を一割近く伸ばした。他の三つの中規模商隊が、配島に類似の仕組みを依頼してきた。

 ボルは配島を呼び、提案した。

「ハイジマ。我が隊商の中だけで、お前を抱えておくのは、もうもったいない」

「といいますと」

「お前と、ミレナ嬢と、私とで、新しい組合を作ろう。商隊から独立した、運送と仕分けと配達だけを行う、別の組合だ」

 配島は息を止めた。

「組合、というのは、王都の運送組合とは別の」

「全く別だ。むしろ、我々が運ぶのは、王都の運送組合が運びたがらない『細かい荷物』ばかりになる。彼らとは競合しない。むしろ、彼らに『最後の一区画』だけを任される下請けの位置に立つ」

「下請け、ですか」

「最初はな。だが下請けは、上請けが取りこぼした客を全部拾える。気づいた時には、上請けより数の多い客を抱えている。そういう商売だ」

 配島はゆっくりと頷いた。

 頷きながら、彼は前世のセンターで、自分が末端の作業者だった時のことを思った。

 末端は、本社からは見えない場所にいた。

 しかし、客から見える場所は、いつも、末端だった。

 末端こそが、客と最初に出会う場所だった。

 配島はボルに向き直った。

「やります」

「決まりだ」

 ボルは握手を求めて手を差し出した。配島はその手を握った。手の皮が厚く、指の関節が太かった。三十年以上、街道で生きてきた手だった。

 その夜、配島は宿で、新しい組合の名前を考えていた。

 ミレナが部屋に入ってきて、机の脇に立った。

「配達ギルド、というのはどう」

 配島は顔を上げた。

「配達」

「あなたが、一番最初に口にした言葉。商隊でも、運送でもなく、『配達』。あなたの仕事は、それでしょう」

「……はい」

「ギルドという言葉は、この世界では、一定の規律を持った職人の集まりを指すの。新しいギルドを作るのなら、規律も必要よ」

 ミレナは羊皮紙を一枚、机の上に広げた。

「規律は、私が下書きを書いた。あなたが直して」

 配島は羊皮紙を覗き込んだ。

 そこには三つの項目が書かれていた。

 一つ。点呼を、毎朝、必ず行うこと。

 二つ。点検簿を、毎朝、必ず提出すること。

 三つ。配達できなかった荷物を、必ず、いつ、誰が、なぜ、を記録に残すこと。

 配島はその三つの項目を、しばらく見つめた。

 それから、四つ目の項目を、自分の手で書き加えた。

 四つ。誰でも、必ず、ハイジマ・トオルに、自分の困りごとを言える時間を、毎日一回、設けること。

 ミレナは羊皮紙を見て、眉を上げた。

「あなたが、現場の声を聞く時間を作るの」

「はい」

「なぜ」

「自分が末端だった時、上に何かを言える時間を、本当は、欲しかったからです」

 ミレナは長く配島を見た。それから、わずかに、笑った。

 笑顔だった。配島が初めて見る、ミレナの笑顔だった。

「配達ギルド。いい名前だわ」

 配島は頷いた。


 配達ギルドは、夏の終わりに正式に発足した。

 その同じ夏、配島は、王都の郊外に、もう一つの計画を進めていた。

 ハブターミナル。

 各地の中継拠点と、王都の中の配達網を結ぶ、巨大な集約・分散の拠点。前世で、配島が一度だけ見学に行ったことのある、首都圏の物流ハブのことが、彼の頭の中にあった。

 建設の許可は、エリザ王女が直接出した。

 配島はその時、初めて王女に会った。

 王宮の謁見の間ではなく、王宮の裏手の小さな庭園だった。エリザは藤の蔓の下のベンチに座り、書類の束を膝に載せていた。年齢は二十そこそこに見えた。緑色の目をしていた。

「あなたが、ハイジマ・トオル」

「はい」

「ミレナから話は聞いている。あなたは、王都の物流を、二ヶ月で別物にした」

「自分の手柄ではありません。皆さんが動いてくれたからです」

「謙遜は、しなくていい。私は、人の働きを、正確に評価する人間でありたいの」

 配島は黙って頭を下げた。

「ハブターミナル、というのを、教えてくれない」

 配島は、自分の頭の中の図を、一つずつ言葉にした。

 大きな建物。複数の入口と出口。中央の仕分け装置。方面別のシュート。集約と分散の同時並行。深夜の稼働と、昼の稼働の二交代制。

 エリザは膝の上の書類に、何かを書き留めながら聞いた。

 話が終わった時、彼女は顔を上げた。

「ハイジマ。あなた、これを建てるのに、いくらいる」

「金貨で、五百枚だと試算しています」

「五百枚ね」

 エリザはほとんど考えなかった。

「私の侍女頭の俸禄を、二年分削れば出る。出してあげる」

「あの、それは、王女様の私財から、ということですか」

「ええ」

「そんな、自分は」

「ハイジマ。私は、私の国の物流を、私の財で買うのよ。それが恥ずかしいことだとは思わない。あなたも、恥ずかしいと思わないで」

 配島は深く頭を下げた。

 頭を下げながら、目の奥が熱くなった。なぜ熱くなるのか、自分でもよく分からなかった。

 エリザは、書類を、膝の上に、置き直した。

「ハイジマ」

「はい」

「あなた、ヴェルデン王国の血筋ではないわね」

「……はい」

「私は、人の言葉の終わりの音で、出身が分かる。あなたの言葉は、北部の方言にも、南部の訛りにも、当てはまらない」

 配島は、答えに、迷った。

 迷ったうえで、彼は、ようやく、口を、開いた。

「自分は、東の海の向こうの、小さな島の出身です」

「島」

「はい」

「私の祖母の祖母の代に、東の海の向こうから、香料を持って来た商人が、王宮を訪ねた、という記録がある。あなたの故郷は、そこ」

「……かもしれません」

 エリザは、頷いた。

「いずれ、本当のことを、話してもらう日が、来るかもしれない。今日は、これ以上、訊かない」

「ありがとうございます」

 配島は、もう一度、頭を、下げた。

 エリザは、銀杯の水を、一口、飲んだ。

「ハイジマ。私が、あなたに、興味があるのは、出身ではないの。あなたの仕事の、立て方なの」

「立て方」

「あなたが、未亡人と退役兵を、配達員に雇った話を、ミレナから聞いた。私は、王女として、十年、この国の貧しい人たちを、どう救うかを、考えてきた。けれど、私には、答えが出なかった」

「……」

「あなたの答えは、施しではなく、仕事を渡すこと。私は、その答えを、ずっと、探していた」

 配島は、何も、答えなかった。

 答えるべき言葉が、見つからなかった。

 ただ、彼は、エリザの緑色の目の中に、母が彼を見ていた目と、同じ温度の何かを、見つけた。

 その温度を、彼は、しばらく、忘れていた気がした。


 ハブターミナルの建設は、その秋に始まった。

 配島はガリクを「建設安全責任者」に指名した。ガリクは断ろうとしたが、配島は「ガリクさん以外に、頼める人がいません」とだけ言った。ガリクは何度か頭を掻き、最後に、引き受けた。

 ノルトという二十四歳の若い護衛が、ハブターミナルの夜警の隊長に抜擢された。

 ノルトは、配島が王都に来てから知り合った、冒険者上がりの粗野な男だった。剣の腕は確かで、口は悪く、酒癖はもっと悪かった。だが彼は、配島の作った点検簿を、一度も書き間違えなかった。

 配島が「夜警の隊長を頼みたい」と言った時、ノルトは目を丸くした。

「俺がか」

「あなた以外に、頼める人がいません」

「お前、それ、ガリクの爺さんにも同じこと言ったろ」

「言いました」

 ノルトは天を仰いで笑った。

「お前、人の口説き方が下手なんだか上手いんだか分からねえな。いいよ。やる」

 ハブターミナルが完成したのは、冬の入り口だった。

 完成した日、配島は最後の仕分け台の取り付けを終え、屋根の油布を張り直した。建物の中央に立ち、両腕を広げて、長さ六十間の建物の長手方向を見渡した。

 夕日が、入荷口の方から差し込んでいた。

 その光の中に、十数人の作業員が立っていた。仕分け係の女性たち。配達係の若者たち。ガリク。ノルト。ミレナ。そして、ホレス商隊の御者たち。

 配島はその全員を、一人ずつ、見つめた。

 建設の二月の間、配島は毎朝現場に立ち、毎晩最後に現場を離れた。冬の入り口の冷気の中で、彼の手のひらは何度も棘で割れ、血の匂いが染みついた。それでも、彼の身体は止まらなかった。

 止まらなかった理由を、彼は、自分でも、上手く説明できなかった。

 ただ、自分が、ここで、止まれば、誰かが、止まる。

 その「誰か」の顔が、毎日、頭の中に、何人か、浮かんだ。

 ハンナ・ヴェルム。マリア・コーレン。退役兵のヤン。孤児の少年カイ。ガリク。ノルト。ミレナ。

 彼らの顔が、配島を、現場に、立たせ続けた。

 声が出にくかった。

「皆さん」

 彼はようやく声を絞り出した。

「自分は、自分の仕事は、誰でもできる仕事だと、ずっと、思っていました。だから、皆さんに頼ることが、申し訳なくて、できませんでした」

 誰も口を挟まなかった。

「でも、皆さんと一緒に働いて、分かったことがあります。誰でもできる仕事は、ありません。仕事は、それを引き受けた人の仕事です。引き受けた人が、いなければ、仕事は、消えてしまいます」

 配島は深く頭を下げた。

「皆さんが、引き受けてくれて、ありがとうございます」

 しばらく、誰も口を開かなかった。

 最初に口を開いたのは、ガリクだった。

「礼を言うのは、こっちだ、馬鹿野郎」

 声が震えていた。

 配島は顔を上げた。

 冬の入り口の夕日が、ガリクの皺の深い顔を、橙色に染めていた。

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