第9話 檻獅
血の匂いが、森に沈んでいる。
湿った土に絡みつき、重く残る。
怒り。
制御できない怒り。
藤堂優斗の視界は狭まっていた。
相手を、
壊したいと思ったのは初めてだ。
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西園寺ルカ。
鬼塚美鈴。
久我亮。
倒れている。
動かない。
さっきまで、そこにいた。
あの男が。
グレッグと名乗った男が奪った。
何もできなかった。
許せない。
許さない。
「真帆、逃げろ!」
振り返らない。
叫ぶ。
背後で足音が遠ざかる。
それでいい。
ここは通さない。
絶対に通さない。
男は無言で立っている。
剣を構え、視線は外さない。
佐伯真帆を追う動きはない。
ただ、こちらだけを見ている。
佐伯には興味がないのか。
それとも、こちらとの対決を望んでいるのか。
違う。
俺を倒した後でも追いつけると思っている。
そうはさせない。
ここで止める。
いや。
終わらせる。
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【ギフト:剣聖】
剣技の極致。
思考と身体を戦闘に最適化する。
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思考が澄む。
無駄なものが落ちる。
怒りは消えない。
消えないまま、身体だけが最適を選び始める。
この手に剣はない。
だが、分かる。
剣の有無ではない。
長さの問題でもない。
届く場所へ、身体を運べ。
離れれば、一方的に斬られる。
なら。
潰す。
間合いを潰す。
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藤堂は踏み込んだ。
右足を出す。
左足を送る。
踵が湿った土を噛む。
跳ばない。
歩く。
歩くように、詰める。
その歩みで、剣の間合いを消す。
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一瞬。
呼吸が重なる。
森が静まる。
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男が突きを放つ。
速い。
だが、見える。
身体を捻る。
左肩が裂ける。
血が溢れる。
問題ない。
浅い。
止まらない。
右足が入る。
左足を送る。
さらに半歩、内側へ。
刃の長さが死ぬ。
腹を蹴る。
足先だけで当てない。
踏み込みを乗せる。
男の胴が、わずかに沈む。
浅い。
だが入った。
蹴り足を戻す。
着地と同時に肘を振る。
横から打つ。
肋骨。
入る。
男は下がる。
藤堂は追う。
右だけで追わない。
左を送る。
歩みを切らない。
止まれば、また剣の距離になる。
拳を打ち下ろす。
鎖骨。
革ごしに硬い手応え。
入っている。
確実に入っている。
男の表情は変わらない。
眉一つ動かさない。
瞬きもしない。
効いている。
はずだ。
「なんで殺した!!」
返答はない。
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斬撃。
横から来る。
完全には避けられない。
右腕に熱が走る。
浅い。
肉には深く届いていない。
止まらない。
右足で踏み込む。
左足を送る。
腹へ拳。
入る。
男の身体が沈む。
浅い。
まだ足りない。
距離はまだある。
あともう一歩。
音が消える。
左肩が熱い。
右の上腕を血が伝う。
深くはない。
強い。
間違いなく強い。
それでも。
押している。
有効打は入っている。
剣がなくても届く。
この程度なら届く。
もう一つ入れば、崩せる。
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男が動く。
横薙ぎ。
腰が先に開く。
刃が遅れる。
一つだった動きが、そこで分かれた。
遅い。
いける。
ここだ。
低く潜る。
右へ。
這うように。
刃の下を抜ける。
腹へ打撃を叩き込む。
男の身体が沈む。
藤堂は詰めた。
ここで離さない。
肩を入れる。
踵で湿った土を踏む。
身体ごと押し出す。
男の上半身が浮く。
その瞬間、剣を握る手を上から打つ。
刃が落ちる。
落ちた刃を蹴り飛ばす。
もう一歩、入る。
腰を落とす。
下から顎を狙う。
男は首を捻った。
逃げる首を、掌底が追う。
避けるには至らない。
右頬を撃ち抜く。
骨に当たる硬い感触。
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男の頭が跳ねる。
重心が崩れる。
前のめりに落ちた。
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佐伯真帆は、この場所にいない。
作者メモ
第9話は、明確な転移者の反撃回です。
ここまでグレッグは、転移者を処理する側として描いてきました。
ですが、第9話では、初めてグレッグが正面から攻撃を受けます。
しかも、かなり受けています。
これまでほとんど揺らがなかったグレッグが、ここでは明確に押されています。
なぜグレッグが転移者と正面から戦うことを避けているのかが書けたかなと思ってます。
無手でこれです。
戦闘系のギフトを持った転移者は、普通に手に負えない。第5話でグレッグが「剣の腕はからっきし」と言っていますが、あれも完全な嘘ではなかったのかもしれません。と言うかあの回実は決定的な嘘ってほとんどないんですよね。
彼は、正面から強者を倒す英雄ではなく、危険な相手を発動前、連携前、理解前に処理する人間です。
正面から剣を交えるほど、不確定要素が増える。だから、避ける。剣を誇らない。
第9話は、その理由を実際に見せる回でもあります。
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今回、これといって明確に参照した映画はありません。
流れとしては格闘アクション映画に近いです。
ただ、映画よりは少年漫画っぽさの方が先に来るかもしれません。
特に前半はかなり少年漫画です。
怒る。逃がす。能力が出る。
正面から殴りに行く。
かなり真っ直ぐです。
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この話のメインは藤堂優斗ですが、その前に、なぜ第8話で久我亮が三番目だったのかについて。
西園寺と鬼塚は、グレッグの中では初手で潰す対象でした。
問題は、その次です。
本来なら、グレッグは藤堂も奇襲で処理したかったはずです。
ですが、それはできませんでした。
藤堂は、ご覧の通りの強さです。
三番目に藤堂を選んでも、仕留め切れない可能性が高い。まあできなかったでしょう。
そして藤堂を仕留め切れなかった場合、久我が残ります。
久我に戦闘力はありません。
でも、いるだけで圧になります。
久我は逃げない。
仲間を残して逃げるタイプではない。
久我が残れば、確実に二対一になります。
それだけで面倒です。
グレッグは、久我のギフトを正確には分かっていません。
身体能力は並。
森を歩き慣れてもいない。
その割には、変なところで躓かない。
軽口を叩きながら、こちらも観察している。
そこまでは見てるだろうと。
鋭いわけではない。
でも、群れに呼吸をさせるタイプです。
深刻な場面で、少し軽くする。
誰かの緊張を下げる。
横から質問して、空気を動かす。
そういう人間です。
このタイプを、藤堂がまだ動ける状態で残したくない。久我は殺せる。
けれど、久我を殺す一瞬に、藤堂が来る。
とシミュレートした結果として三番目は久我でした。
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ここから藤堂の話です。
藤堂のギフトは【剣聖】です。
かなりメジャーな名前ですね。
異世界ものでバトルがあるなら、能力や称号としてほぼ確実に出てきます。剣聖だけ集めて剣聖1グランプリ開けます。自分の作品にも出したい。
なので、まず「剣聖」とは何かを考えました。
身も蓋もない言い方をすると、宮本武蔵や塚原卜伝のようなものだろうと。
では、それをギフトとして得るなら何が起きるのか。
彼らが研鑽と経験の末に得た技術。戦闘理解。間合いの読み。身体操作。
そのインストール。
さらに、それを扱うのに必要な身体能力の付与。
それが、この作品の【剣聖】です。
ただし、藤堂は現代日本から来た高校生です。
肝心の剣がありません。
ここでありがたいことに、宮本武蔵先生は『五輪書』という、とんでもなく合理的なハウツー本を残してくれています。
しかも、著作権も切れています。
『五輪書』を読んでいると、武蔵はかなり合理の人です。
剣の長い短いに頼るな。武器に依存するな。足を止めるな。間合いを見ろ。動きの流れを分けるな。踏み込みを力に変えろ。
かなり実用です。勝つための身体論に近い。
なら、五輪書的な戦闘理解をインストールされた【剣聖】なら、無手でも戦えるのではないかと思いました。
剣がないから何もできない、ではない。
剣を持っていなくても、間合いはある。足はある。腕もある。体重もある。
藤堂の動きは、その考え方で組んでいます。
剣聖というギフトは、剣の振り方だけを教える能力ではありません。戦闘を理解させる能力です。
だから、藤堂は無手でもグレッグに届きます。
ただし、藤堂本人が宮本武蔵になるわけではありません。
怒りは消えない。
焦りもある。
正義感もある。
仲間を殺された直後の視野の狭さもある。
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戦闘描写については、心に岡田准一先生をインストールしたつもりで書きました。
身体論理の言語化が本当にすごいと思っています。
戦闘描写は、下手をすると、
強かった。速かった。すごかった。効いた。ダメージを受けた。で終わってしまいます。
岡田准一さんのすごいところは、そこを因果に変えるところだと思います。
どこで崩れたのか。なぜ効いたのか。どの重心を奪ったのか。どの動きが相手の次を消したのか。その動きが、どんな思想から来ているのか。
単なる実況ではなく、身体の中の理屈として説明できる。
今回やりたかったのはそれです。
藤堂がなぜグレッグに当てられるのか。
なぜ剣を持っていないのに届くのか。
どの足で入って、どこで間合いを消して、なぜ最後に上体を浮かせられたのか。
なるべく因果として見せたかった。
なので第9話の参照元を雑に言うなら、
宮本武蔵先生プラス岡田准一先生です。




