第8話 断殺
休憩地点は、森の中にぽつりと開いた場所だった。
苔がある。
切り株がある。
木漏れ日が落ちている。
転移者たちは、そこで散って立った。
西園寺ルカは広場の奥にいた。
鬼塚美鈴は、その近くにいる。
久我亮は、少し離れた位置に立っていた。
入口にもっとも近いところには、佐伯真帆がいる。
藤堂優斗は、そのそばにいた。
佐伯の顔色は悪い。
藤堂の注意は、半分ほど佐伯に向いている。
男は鬼塚の隣に立っていた。
西園寺はペットボトルを開けた。
水を半分ほど、一気に飲む。
もう森を抜けられそうだった。
ここまで来るあいだ、ほとんど口をつけていなかった水だった。
喉が鳴った。
西園寺はキャップを閉めた。
⸻
久我が、少し広場の奥へ寄った。
「そういえばさ」
気軽な調子だった。
「さっき、森がめちゃくちゃになったじゃん」
「木が曲がったり」
「地面が波打ったり」
男を見る。
「グレッグさんも見ましたよね?」
男は頷いた。
「この世界って、ああいうの普通にあるんですか?」
男は少しだけ首を傾けた。
「いや」
声は穏やかだった。
「あんなことが普通にあったら、困ってしまいますね」
少し考えるような間があった。
「おそらくですが」
「皆さんの学友の誰かのギフトではないでしょうか」
鬼塚が顔をしかめた。
「何で、そんな迷惑なこと」
男は静かに言った。
「無意識に発動するギフトもあります」
「不安、恐怖、焦り。皆さんと同じです」
鬼塚は一瞬、言葉を失った。
視線を落とす。
「……そうですね」
小さく息を吐いた。
久我が肩をすくめる。
「誰なんだろうな」
「その人、大丈夫かな」
西園寺は、ペットボトルを持ったまま言った。
「でもさ」
「街で使われたらやばくない?」
「森だからまだいいけど」
「街だったら、パニックでしょ」
男は少し空を見上げた。
「影響していたのは視界だけでした」
「それも、もう収まっています」
「その方も落ち着いたのではないでしょうか」
⸻
それから男は、西園寺に近づいた。
「サイオンジさん、少しいいですか」
西園寺の肩が、わずかに震えた。
声は穏やかだった。
「ギフトについて、少しだけ確認させてください」
「突然こんな状況で、自分の能力が何なのか、不安ですよね」
「街に入る前に、一度整理しておいたほうがいいと思いまして」
西園寺は小さく頷いた。
男は続けた。
「ミスズさんも、一緒に聞いてもらっていいですか」
少し離れていた鬼塚美鈴が立ち上がった。
口元が、わずかに緩む。
二歩。
三歩。
距離が詰まる。
その瞬間、久我が叫んだ。
そこは――
男の間合いだった。
⸻
久我亮の視界が揺れた。
未来が流れ込む。
一秒先。
鬼塚美鈴が男に近づく。
男の腕が動く。
抜刀。
剣が走る。
西園寺ルカの首が滑る。
血が噴き上がる。
胴体が立ったまま揺れる。
そして崩れる。
未来は、そこで途切れた。
久我の表情が歪む。
「ルカ、逃げろ!」
叫びと同時に、剣が走った。
久我が見た未来を、刃がそのままなぞる。
横一閃。
西園寺の首が滑り、落ちた。
胴体が一瞬だけ立ったまま揺れる。
遅れて崩れる。
血が噴き上がる。
⸻
【ギフト:支配魅了】
視線を合わせた対象の意思に干渉する、精神支配系ギフト。
極めて危険な能力。
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発動すら許されなかった。
次。
男は止まらなかった。
剣は、すでに次へ動いていた。
鬼塚美鈴の目が揺れる。
首を狙った軌道上に、鬼塚の腕が上がった。
刃が叩き込まれる。
骨に当たる。
止まる。
男の想定を超えた硬さだった。
ほんの一瞬、鬼塚の口が開いた。
男の目が細くなる。
即座に軌道を変える。
突き。
剣先が眼窩を破る。
奥まで沈む。
潰れる。
鬼塚は短く声を出した。
言葉にはならなかった。
男は剣を引き抜く。
血と脳漿が飛んだ。
鬼塚の膝が折れる。
まだ生きていた。
だが、中身は終わった。
⸻
【ギフト:未来予見】
一秒先の未来を視認できる予知能力。
自分へ向かってくる刃か。
目の前で潰えた西園寺と鬼塚か。
久我の世界が歪み始める。
一秒先が見えた。
男が踏み込む。
刃が来る。
久我は右へ逃げる。
腹が裂ける。
別の一秒。
後ろへ下がる。
胸が潰れる。
左へ転がる。
首に刃が入る。
叫ぶ。
届かない。
倒れる。
追撃される。
実際の時間は、まだほとんど進んでいなかった。
それなのに、久我の中でだけ、分岐が増えていく。
逃げる。
戦う。
叫ぶ。
手を伸ばす。
膝を折る。
全部が、別の未来として開く。
全部が、死で閉じる。
見える。
だから、分かってしまう。
どこにもない。
生き残る道がない。
冗談だろ、と思った。
笑えなかった。
黒い影が距離を詰める。
「待て――」
最後まで言えなかった。
横薙ぎ。
腹が裂ける。
熱いものが溢れた。
内臓が滑り出す。
膝が折れた。
さらに一撃。
胸骨が割れる。
肺が潰れる。
血泡が喉を塞ぐ。
未来は、そこで止まった。
⸻
久我が崩れた瞬間、男は斜め後ろに半歩引いた。
先ほどまで頭があった位置を、鋭い掌底が通り抜ける。
風を裂く音がした。
藤堂優斗は、もう間合いの中にいた。
作者メモ
第8話は、一気に三人が殺されるショック回です。
しかも最初の三人と違って、西園寺、鬼塚、久我はここまでそれなりに描写してきたキャラクターです。
なのでここは、単に人数が減る回というより、「読者が少し見知った相手がまとめて処理される回」として書いています。
意識したのは、スラッシャーホラーよりも『ディパーテッド』です。
物語終盤の、エレベーターが開いた瞬間のあれです。
あの「え、今?」という切断感ですね。剣でそれをやるからエグくなるんですけど。
久我に関しては、嫌で最速の『ラン・ローラ・ラン』かもしれません。
分岐が開く。
選択肢が増える。
でも全部死に向かう。
かなり嫌です。
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第5話から第7話までは、「誰がグレッグをどう見ているか」の話でした。
鬼塚は、感情の置き場として見ている。
西園寺は、社会的な立場や関係性から見ている。
佐伯は、物理情報として見ている。
そして今回は、グレッグも見ていた、という回です。
グレッグが見ているのは、人格ではありません。
危険度。
処理の達成可能性。
どの順番なら処理できるか。
ここでいう危険度は、現時点で彼らが危険人物かどうかではありません。
危険可能性です。
本人が使うつもりか。
悪意があるか。
まだ高校生か。
そこは、優先順位にはほとんど入りません。
使える可能性がある。
使われる可能性がある。
制御不能になる可能性がある。
それで危険です。
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まず西園寺。
グレッグが彼女のギフトを知った時点で、アウトです。
【支配魅了】は、接触前に潰す対象です。
使わせてから対応する能力ではありません。
次に鬼塚。
彼女の話はここではまだ飛ばします。
ただ、グレッグなら確実に、西園寺と鬼塚は初手で潰しておくだろうと思いました。
だからこの順番です。
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今回のメインは、久我亮です。
久我のギフトは【未来予見】。
危機に対して、視界内の一秒先が見える能力です。
ここでいう危機は、自分だけではありません。
久我が仲間だと認識している相手も含みます。
ギフトの起因は、危機回避願望です。
ただ、久我の性格設計で重要なのは、危機の範囲が自分だけではないことでした。
群れのために危機を見る人です。
となると、性格としては他者との境界線が薄い。
不和を嫌う。
場の空気を壊したくない。
一秒という短い時間だけなのは、楽観性の表れでもあります。
もっと先を見て詰める人ではない。
直前でどうにかする人です。
それで完成したのが、深刻な時ほど軽口を叩こうとする久我でした。
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久我も、彼なりにグレッグを疑っていました。
ただ、揺さぶり方も軽口です。
彼は西園寺に近い視点で動きますが、西園寺より楽観的で、より感情的です。そして利他的です。
だから、彼からすると、この回ではもう最悪が起きてしまっています。
西園寺が殺される。
鬼塚も潰される。
その時点でギフトが広がる。
でも、選択肢が増えても、分岐が増えても、全部が死で閉じる。
軽口で調和を保とうとする楽観的な男が、絶望の中で死ぬことになりました。
映画のキャラクターとしては、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のピーターを少し参考にしています。
ただ、マッチョ成分を抜きまくって、現代日本の高校に配置した版なので、ほぼ原型はありません。
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ただ、作者としては、久我の内面をもう少し見せたかったな、という心残りはあります。
彼は軽口を叩くキャラなので、表に出る言葉はどうしても軽い。
でも、その軽さは何も考えていないからではなく、場を崩さないためのものです。
深刻な時ほど冗談を言う。
怖い時ほど、誰かの緊張を少し下げようとする。
自分が怖がっていることも、できれば笑いで包みたい。
そういう人間でした。
ただ、この話ではそれを深く掘る前に、最悪が来てしまいました。
彼のギフトが「自分だけでなく仲間の危機を見る」ものだったことを考えると、本当はもっと内面を見せる余地があったと思います。
そこは少し心残りです。
だからこそ、第8話の最後では、久我の未来視だけはきちんと見せたいと思いました。
一秒先しか見えない男が、死の直前だけ分岐を見てしまう。
逃げても、叫んでも、立ち向かっても、全部死で閉じる。
軽口で調和を保とうとする男が、最後に見たのが、どこにも逃げ道のない未来だった。
かなり嫌な終わり方ですが、久我の回としては必要だったと思います。
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なぜ久我が三番目だったのか。
それは次回話します。




