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転移者処理官の記録 猟犬と転移者study版  作者: タンナファクルー
第一章 捕食者は手順を示す
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第8話 断殺

休憩地点は、森の中にぽつりと開いた場所だった。


苔がある。

切り株がある。

木漏れ日が落ちている。


転移者たちは、そこで散って立った。


西園寺ルカは広場の奥にいた。

鬼塚美鈴は、その近くにいる。


久我亮は、少し離れた位置に立っていた。


入口にもっとも近いところには、佐伯真帆がいる。

藤堂優斗は、そのそばにいた。


佐伯の顔色は悪い。

藤堂の注意は、半分ほど佐伯に向いている。


男は鬼塚の隣に立っていた。


西園寺はペットボトルを開けた。

水を半分ほど、一気に飲む。


もう森を抜けられそうだった。


ここまで来るあいだ、ほとんど口をつけていなかった水だった。


喉が鳴った。


西園寺はキャップを閉めた。



久我が、少し広場の奥へ寄った。


「そういえばさ」


気軽な調子だった。


「さっき、森がめちゃくちゃになったじゃん」


「木が曲がったり」


「地面が波打ったり」


男を見る。


「グレッグさんも見ましたよね?」


男は頷いた。


「この世界って、ああいうの普通にあるんですか?」


男は少しだけ首を傾けた。


「いや」


声は穏やかだった。


「あんなことが普通にあったら、困ってしまいますね」


少し考えるような間があった。


「おそらくですが」


「皆さんの学友の誰かのギフトではないでしょうか」


鬼塚が顔をしかめた。


「何で、そんな迷惑なこと」


男は静かに言った。


「無意識に発動するギフトもあります」


「不安、恐怖、焦り。皆さんと同じです」


鬼塚は一瞬、言葉を失った。

視線を落とす。


「……そうですね」


小さく息を吐いた。


久我が肩をすくめる。


「誰なんだろうな」


「その人、大丈夫かな」


西園寺は、ペットボトルを持ったまま言った。


「でもさ」


「街で使われたらやばくない?」


「森だからまだいいけど」


「街だったら、パニックでしょ」


男は少し空を見上げた。


「影響していたのは視界だけでした」


「それも、もう収まっています」


「その方も落ち着いたのではないでしょうか」



それから男は、西園寺に近づいた。


「サイオンジさん、少しいいですか」


西園寺の肩が、わずかに震えた。


声は穏やかだった。


「ギフトについて、少しだけ確認させてください」


「突然こんな状況で、自分の能力が何なのか、不安ですよね」


「街に入る前に、一度整理しておいたほうがいいと思いまして」


西園寺は小さく頷いた。


男は続けた。


「ミスズさんも、一緒に聞いてもらっていいですか」


少し離れていた鬼塚美鈴が立ち上がった。


口元が、わずかに緩む。


二歩。

三歩。


距離が詰まる。


その瞬間、久我が叫んだ。


そこは――


男の間合いだった。



久我亮の視界が揺れた。


未来が流れ込む。


一秒先。


鬼塚美鈴が男に近づく。

男の腕が動く。


抜刀。


剣が走る。


西園寺ルカの首が滑る。


血が噴き上がる。

胴体が立ったまま揺れる。

そして崩れる。


未来は、そこで途切れた。


久我の表情が歪む。


「ルカ、逃げろ!」


叫びと同時に、剣が走った。


久我が見た未来を、刃がそのままなぞる。


横一閃。


西園寺の首が滑り、落ちた。


胴体が一瞬だけ立ったまま揺れる。

遅れて崩れる。


血が噴き上がる。



【ギフト:支配魅了】


視線を合わせた対象の意思に干渉する、精神支配系ギフト。


極めて危険な能力。



発動すら許されなかった。


次。


男は止まらなかった。


剣は、すでに次へ動いていた。


鬼塚美鈴の目が揺れる。


首を狙った軌道上に、鬼塚の腕が上がった。


刃が叩き込まれる。


骨に当たる。


止まる。


男の想定を超えた硬さだった。


ほんの一瞬、鬼塚の口が開いた。


男の目が細くなる。


即座に軌道を変える。


突き。


剣先が眼窩を破る。

奥まで沈む。


潰れる。


鬼塚は短く声を出した。

言葉にはならなかった。


男は剣を引き抜く。


血と脳漿が飛んだ。


鬼塚の膝が折れる。


まだ生きていた。

だが、中身は終わった。



【ギフト:未来予見】


一秒先の未来を視認できる予知能力。


自分へ向かってくる刃か。

目の前で潰えた西園寺と鬼塚か。


久我の世界が歪み始める。


一秒先が見えた。


男が踏み込む。

刃が来る。


久我は右へ逃げる。


腹が裂ける。


別の一秒。


後ろへ下がる。


胸が潰れる。


左へ転がる。


首に刃が入る。


叫ぶ。


届かない。


倒れる。


追撃される。


実際の時間は、まだほとんど進んでいなかった。


それなのに、久我の中でだけ、分岐が増えていく。


逃げる。

戦う。

叫ぶ。

手を伸ばす。

膝を折る。


全部が、別の未来として開く。


全部が、死で閉じる。


見える。


だから、分かってしまう。


どこにもない。


生き残る道がない。


冗談だろ、と思った。


笑えなかった。


黒い影が距離を詰める。


「待て――」


最後まで言えなかった。


横薙ぎ。


腹が裂ける。


熱いものが溢れた。

内臓が滑り出す。


膝が折れた。


さらに一撃。


胸骨が割れる。

肺が潰れる。


血泡が喉を塞ぐ。


未来は、そこで止まった。



久我が崩れた瞬間、男は斜め後ろに半歩引いた。


先ほどまで頭があった位置を、鋭い掌底が通り抜ける。


風を裂く音がした。


藤堂優斗は、もう間合いの中にいた。


作者メモ


第8話は、一気に三人が殺されるショック回です。


しかも最初の三人と違って、西園寺、鬼塚、久我はここまでそれなりに描写してきたキャラクターです。

なのでここは、単に人数が減る回というより、「読者が少し見知った相手がまとめて処理される回」として書いています。


意識したのは、スラッシャーホラーよりも『ディパーテッド』です。


物語終盤の、エレベーターが開いた瞬間のあれです。

あの「え、今?」という切断感ですね。剣でそれをやるからエグくなるんですけど。


久我に関しては、嫌で最速の『ラン・ローラ・ラン』かもしれません。


分岐が開く。

選択肢が増える。

でも全部死に向かう。


かなり嫌です。



第5話から第7話までは、「誰がグレッグをどう見ているか」の話でした。


鬼塚は、感情の置き場として見ている。

西園寺は、社会的な立場や関係性から見ている。

佐伯は、物理情報として見ている。


そして今回は、グレッグも見ていた、という回です。


グレッグが見ているのは、人格ではありません。


危険度。

処理の達成可能性。

どの順番なら処理できるか。


ここでいう危険度は、現時点で彼らが危険人物かどうかではありません。

危険可能性です。


本人が使うつもりか。

悪意があるか。

まだ高校生か。


そこは、優先順位にはほとんど入りません。


使える可能性がある。

使われる可能性がある。

制御不能になる可能性がある。


それで危険です。



まず西園寺。


グレッグが彼女のギフトを知った時点で、アウトです。


【支配魅了】は、接触前に潰す対象です。

使わせてから対応する能力ではありません。


次に鬼塚。


彼女の話はここではまだ飛ばします。

ただ、グレッグなら確実に、西園寺と鬼塚は初手で潰しておくだろうと思いました。


だからこの順番です。



今回のメインは、久我亮です。


久我のギフトは【未来予見】。


危機に対して、視界内の一秒先が見える能力です。


ここでいう危機は、自分だけではありません。

久我が仲間だと認識している相手も含みます。


ギフトの起因は、危機回避願望です。


ただ、久我の性格設計で重要なのは、危機の範囲が自分だけではないことでした。


群れのために危機を見る人です。


となると、性格としては他者との境界線が薄い。

不和を嫌う。

場の空気を壊したくない。


一秒という短い時間だけなのは、楽観性の表れでもあります。


もっと先を見て詰める人ではない。

直前でどうにかする人です。


それで完成したのが、深刻な時ほど軽口を叩こうとする久我でした。



久我も、彼なりにグレッグを疑っていました。


ただ、揺さぶり方も軽口です。


彼は西園寺に近い視点で動きますが、西園寺より楽観的で、より感情的です。そして利他的です。


だから、彼からすると、この回ではもう最悪が起きてしまっています。


西園寺が殺される。

鬼塚も潰される。


その時点でギフトが広がる。


でも、選択肢が増えても、分岐が増えても、全部が死で閉じる。


軽口で調和を保とうとする楽観的な男が、絶望の中で死ぬことになりました。


映画のキャラクターとしては、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のピーターを少し参考にしています。


ただ、マッチョ成分を抜きまくって、現代日本の高校に配置した版なので、ほぼ原型はありません。



ただ、作者としては、久我の内面をもう少し見せたかったな、という心残りはあります。


彼は軽口を叩くキャラなので、表に出る言葉はどうしても軽い。


でも、その軽さは何も考えていないからではなく、場を崩さないためのものです。


深刻な時ほど冗談を言う。

怖い時ほど、誰かの緊張を少し下げようとする。

自分が怖がっていることも、できれば笑いで包みたい。


そういう人間でした。


ただ、この話ではそれを深く掘る前に、最悪が来てしまいました。


彼のギフトが「自分だけでなく仲間の危機を見る」ものだったことを考えると、本当はもっと内面を見せる余地があったと思います。


そこは少し心残りです。


だからこそ、第8話の最後では、久我の未来視だけはきちんと見せたいと思いました。


一秒先しか見えない男が、死の直前だけ分岐を見てしまう。

逃げても、叫んでも、立ち向かっても、全部死で閉じる。


軽口で調和を保とうとする男が、最後に見たのが、どこにも逃げ道のない未来だった。


かなり嫌な終わり方ですが、久我の回としては必要だったと思います。



なぜ久我が三番目だったのか。


それは次回話します。

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