第24話 包囲
男は木々の中へ入った。
走らない。足音を増やさない。
斜面の下を抜け、尾根沿いから離れる。
木の密度が増える場所へ入る。
背後から追撃はない。
撃ってこない。
男は振り返らない。
追わない。
追えば、尾根へ戻る相手を追うことになる。
射線を作ろうとする相手の場所へ、自分から入ることになる。
距離の取り方から、飛び道具は想定していた。
だが、速すぎた。
この世界の銃とは違う。
火薬の煙も火皿の光もない
発射の前触れがない。
胸部を外す動きは間に合った。
直撃角も殺した
それでも避けきれなかった。
男は左肩を見る。
肩当てが割れている。
革が裂け内側の鉄板も歪んでいた。
正面から受けていれば、鉄板ごと潰れていた。
胸なら終わっていた。
体を傾け、肩当ての角度で滑らせた。
肉の奥まで入る前に外へ逃がせた。
それでも、痛みは深い。
男は左腕を動かす。
肩が止まる。
痛み。
鎖骨は、前に折られていた。
そこへ今の衝撃が入った。
肩の奥で、別の痛みが重なる。
肩も折られた。
左では剣を振れない。
掴む腕でもなくなった。
押さえる。
支える。
右腕の補助。
体勢を戻す。
それだけだ。
無理に使えば、痛みに耐える以前に、動きそのものが遅れる。
男は木の陰に膝をついた。
肩当てを外す。
割れた革を剥がす。
留め具を捨てる。
鉄板を残す。
歪んだ鉄板を押し戻す。
完全には戻らない。
肩に当てる。
ロープで固定し締める。
もう一度締める。
息を吐く。
左腕を下げる。
痛みは残る。
残るが、動ける。
使える腕ではない。
使うために残す腕でもない。
動きを崩さないために、使わない。
男は立ち上がる。
周囲を見る。
報告は送ってある。
確認された転移者の数は、想定を超えている。
処理済みを除いても、残りは多い。
この数なら軍が動く。
男は東を見ない。
見ても分からない。
距離がある。
木々がある。
森の外は見えない。
それでも、動き方は分かる。
この国の軍なら、そうする。
東は、もう出口ではなくなる。
東へ引いた個体は、その線に当たる。
追う必要はない。
男は紙を出した。
短く書く。
――狙撃能力者
――精度高
――弾体小型、金属製
――初速、前装銃以上
――有効距離、五十前後
――条件次第で最大一〇〇
――東へ移動
筆を止める。
森を見る。
痕跡はまだ新しい。
西。
優先順位は変わらない。
男は紙をしまい、西へ歩き出した。
⸻
東第二区画。
仮設幕が増えている。
机。
地図。
灯り。
報告書。
識別票。
水桶。
弾薬箱。
火薬箱。
予備槍。
担架。
布。
数が増える。
人が増える。
命令が短く飛ぶ。
東第二区画は、もう発見現場ではなかった。
森の中の前進拠点になっていた。
街道封鎖隊からの報告。
森入口からの報告。
斥候からの報告。
検査官経由の報告。
すべてがここへ集まる。
地図の上に駒が置かれる。
街道。
入口。
谷。
東第二区画。
森の外縁。
点だったものが、線に変わっていく。
追加の位置情報が届く。
森入口と東第二区画の中間。
遺体三。
回収班が出る。
担架。
布。
識別票。
護衛四。
命令は短い。
回収。
搬送。
記録。
兵は森の奥へは進まない。
報告のあった地点まで行き、遺体だけを戻す。
東第二区画の端に、布をかけられた担架が三つ増えた。
誰も声を上げない。
識別票だけが増えていく。
⸻
本隊の先頭が到着する。
兵の列が街道を埋めた。
荷車。
弾薬箱。
水桶。
杭。
縄。
簡易幕。
医療箱。
予備の槍。
火薬。
食料。
馬。
伝令。
列は止まらない。
到着した隊から順に割り振られる。
街道へ。
入口へ。
東第二区画へ。
谷側へ。
夜間監視へ。
記録係が名前を読み上げる。
兵が返事をする。
返事は短い。
命令は変わらない。
夜は押し込まない。
圧縮は翌朝。
夜は線を維持する。
越境個体は、線を越えた時点で処理する。
捕まえない。
追い込まない。
中へ押し返さない。
ただ線を作る。
越えてきたものだけを撃つ。
⸻
西の森。
線が閉じていく。
灯りが置かれる。
人が立つ。
銃口が森へ向く。
槍が後列に置かれる。
伝令が走る。
報告が戻る。
街道。
森入口。
谷。
東第二区画。
外側の監視点。
それぞれの位置が、地図の上でつながる。
森の東側は、出口ではなくなっていく。
夜は動かない。
維持する。
待つ。
翌朝、押す。
⸻
森の奥。
左肩の痛みは消えない。
歩くたびに、折れた骨が内側で鳴る。
だが、足は止まらない。
痕跡はまだ新しい。
浅い足跡。
折れた枝。
踏まれた葉。
西。
夕方の光が木々を抜ける。
影が長くなる。
夜が来る。
包囲は閉じる。
男は進む。
作者メモ
前回、森本は撤退を決めました。
今回は、グレッグも追わないと決めます。
追わせる選択肢も一応あったんですが、ここで無理に追ったらキャラがブレるな思いました。
森本とグレッグでは、狩場が異なります。
森本は高所と射線がある場所、グレッグは森の中、距離を潰せる場所。
結果として、森本は一発当てて退却する。
グレッグも追わない。
書いていて、「これはバトルなのか?」と思いましたが、これはこれでこの二人らしいと思います。
今回の戦闘で参考にしたのは、T-34という映画です。
初めて見た時、敵の攻撃が当たっても掠めるだけで、戦車がほとんどダメージを受けないので、主人公補正が露骨だなと思ったんですが、あとでT-34戦車の大きな特徴が傾斜装甲だと知りました。
当たっても、装甲の角度で威力を逃がし直撃をずらす。
なので参考にしたのは映画というより、戦車そのものですね。
銃のようなものに狙われる話を書くなら、この考え方を使うしかないと思いました。
後半は、本隊の到着です。
ここは文章としての読みやすさよりも、物資と人が流れ込んで、ものすごい勢いで戦場が作られていく感じを優先しました。
イメージはジャーヘッドの砂漠の盾作戦です。
戦闘が始まるという高揚じゃなくて、戦場のインフラが立ち上がるとこを書きたいなと。ジャーヘッドは砂漠に、急にアメリカ軍の生活、管理、補給を備えた巨大なテント村が組み上がるのですが、それを異世界の森でやりたかったんです。
敵と戦う前に、まず基地化する。森に線を引き、テントを並べ、物資を置き、規律を敷き、待機の時間を作る。二章の軍描写で見せたかったのはこれです。




