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転移者処理官の記録 猟犬と転移者study版  作者: タンナファクルー
第二章 観測者は盤面を読む
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第21話 離巣

森本悠真は、尾根の高い位置にいた。


転移した場所から、ほぼ動いていない。


下の森より木が疎らだった。


尾根へ上がってくる道筋も見える。


木々の切れ目から、下を通るものが先に分かる。


ここなら見える。隠れられる。


転移してすぐ、視界の端に文字が出た。


文字はしばらくして消えた。


だが、意識を向けると、また薄く浮かぶ。


森本は、まだそれを試していない。


尾根の縁から少し下がった場所に腰を落とす。


その時だった。


尾根の形がずれた。


斜面の傾きが変わる。


木々の隙間が埋まっていく。


見えていた幹が、別の幹の後ろへ移る。


下までの距離が掴めない。


森本は膝を落とした。


そのまま地面に伏せる。


頬に土が付く。


視線だけを動かす。


足元の土。


木の根。


倒木。


斜面の下。


尾根の縁。


ひとつずつ見る。


見え方は狂っている。


だが、土は動いていない。


自分の体は、同じ場所にある。


森本は目を閉じ息を整える。


やがて森の異常は収まる。


森本はまだ尾根にいた。


移動すれば、次に何を信じればいいのか分からない。なおさら動けなくなった。


この字も確かめるしかない。


森本は視界に文字を出す。


【ギフト:射出演算】


運動軌道を読み、物体を射出する。


森本は足元の石を拾った。


指に挟む。


木の幹を見る。


視界に線が出た。


指先から、幹まで。


真っ直ぐではない。


少し沈む。


幹の低い位置で止まっている。


森本は腕の角度を変える。


線も変わった。


上へ。右へ。


少し戻す。


線の先が幹に重なる。


飛ばす。


石は指先から消えた。


一拍遅れて、幹が鳴る。


低い音。


石は幹に当たって、下へ落ちた。


近い。威力はある。


森本は別の石を拾う。


同じ幹を見る。線が出る。


さっきより下へ落ちている。


腕を上げる。


線の先が幹に重なる。飛ばす。


石は幹に当たった。


だが、音が軽い。


落ちた石は、幹の手前に転がる。


失速が早い。


森本は三つ目の石を拾う。


少し遠い幹を見る。


線が出る。


途中で右へ逸れている。


腕の角度を変える。


線は幹に届く。


途中から沈む。飛ばす。


石は右へ流れた。


木の皮をかすめながら当たった。浅い。


森本は石の落ちた場所を見る。


弾道は見えている。


見える線に合わせれば、止まっている的には当てられる。


問題は石だった。


一つずつ形が違う。


重さが違う。


指に挟んだ時の向きも違う。


撃ち出す瞬間は速いが、飛んだ後は落ちる。


曲がる。失速する。


距離が出るほど差が大きい。


同じように撃っても、同じ線にならない。


再現性がない。


森本はポケットに手を入れた。


電池式の予備バッテリーを取り出す。


裏蓋を外し、電池を一本抜く。


掌の上で転がす。


同一形状。


同一重量。


円柱。


腕を構える。


電池を挟む。


視界に線が出る。


石より細い。


沈みが少ない。


線の先が、遠い幹に重なる。


射出。


電池は指先から消えた。


直後、幹が鳴った。


鈍い音。


幹の表面が裂ける。


森本は手元を見る。


裏蓋の中には、まだ三本残っている。


そのうち一本に指を触れる。


同じ形。同じ重さ。


意識を向ける。


視界に線が出る。


さっきと近い。


腕の角度を少し変える。


線の先が、同じ幹へ重なる。


撃たなくても分かった。


再現できる。


軌道が崩れにくい。


森本は裏蓋を戻す。


残りを確かめる。


三。


電池をポケットに戻した。


それからも、森本は動かなかった。


尾根に残った。


斜面の下を見る。


尾根へ上がる道筋を見る。


木々の切れ目を見る。


何度も同じ場所を確認する。


誰かが来るかもしれない。


ここなら見える。


ここなら隠れられる。


ここなら撃てる。


時間が過ぎ、太陽の位置が変わる。


木の影が伸びる。


鳥の声が遠くなる。


森本は尾根に留まり続ける。



斜面の下で、枝が揺れた。


森本は体を低くする。


顔を上げない。


尾根の縁から、視線だけを下へ向ける。


人影があった。


一人。制服を着ている。


下から上がってくる。


誰かまでは分からない。


森本は息を止める。


声を出さない。


動かない。


人影が斜面を上がる。


顔が見えた。


同じクラスの安藤蓮だった。


安藤は尾根へ出る。


森本より低い位置にいる。


周囲を見ている。


森本には気づいていない。


声をかけるべきか。


森本は迷う。


その時、木の間から別の影が出た。


革鎧。


剣。


安藤の背後。


男だった。


森本は動けなかった。


声も出なかった。


次の瞬間、振り向こうとした安藤が崩れた。


膝が折れ、倒れる。


動かない。


森本は息を止めた。


斬った動きも見えなかった。


でも、安藤は倒れていた。


速い。


男は、しばらく安藤を見下ろしていた。


森本は伏せたまま、土に顎をつける。


安藤の足跡だけが、斜面に残っている。


森本の足跡は、そこにはない。


男は斜面を降り木々の中へ入った。



森本は、倒れている安藤を見る。


起きない。


安藤の制服が土に触れている。


片腕が体の下に入っている。


指が少し曲がったまま止まっている。


首元の土が黒くなっていく。


黒いところが、少しずつ広がる。


安藤は、さっきまで歩いていた。


斜面を上がっていた。


周囲を見ていた。


声をかければ、振り向いたかもしれない。


もう動かない。


森本は目を逸らせなかった。


この場所が何なのかは、わからない。


見つかれば殺される。


逃げても、見つかれば追われる。


隠れていても、見つかれば終わる。


先に見つけるしかない。


先に撃つしかない。


森本は自分の指を見る。


撃てる。


ただ隠れているだけではない。


撃てる場所にいる。


あの男はもう見えない。


消えてはいない。


森の中に入っただけだ。


残弾三。


射線は、作れる。

作者メモ


スナイパー誕生回です。


名前だけは先行して出していた森本悠真ですが、スナイパーを書きたくて出しました。


近接戦闘は第一章で藤堂を相手にやりました。同じことを繰り返したくなかったのと、グレッグの負傷もあるので、ここで近接戦闘系のギフトを相手にすると、奇襲以外では勝てないか、勝てても重傷になります。その後の話が成立しづらいなと。

藤堂以下の近接戦闘キャラを出す意味もあまり感じません。


なら遠隔戦闘だなと。


森本悠真は、役割ありきで考えたキャラです。

そのため、今までの転移者の中で初めて、本人の資質、ギフト、状況がきれいに噛み合ったキャラになりました。


不確実性を嫌う。まず試す。分からないものを減らす。そのうえで、いざとなったら行動する。

石橋を執拗に叩いたあと、急にダッシュで渡るタイプですね。


スナイパー映画はたくさんあります。

アメリカン・スナイパー、山猫は眠らないシリーズ、スターリングラードなど、参考になりそうな作品はいくつもあります。

今回いちばん意識したのはスタローンの暗殺者です。

殺しの死亡記事使ってよく分からないチェスをやってる不謹慎な映画ですが、あまりリアル寄りのスナイパーものにすると、この話には合わないと思いました。


森本にはスポッターがいません。訓練された狙撃手でもありません。ギフトによって、ある程度自動エイムに近い補助が入っています。

森本は、現実的な狙撃手というより、突然スナイパーになってしまった高校生です。


グレッグには遠距離攻撃の手段がありません。多くのスナイパー映画はスナイパー対スナイパーになるので、そこもあまり参考にしなかった理由です。


今回やりたいのは、狙撃手同士の駆け引きやリアルな狙撃戦よりも、殺し屋同士の位置取りや、射線をめぐる緊張感だったので、今回は暗殺者の方を意識しました。


森本が安藤の死体を見るとこは、まんまスタンドバイミーです。未成年者が死体を見るといえばスタンドバイミーです。

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