第20話 封域
十五時三十分。
王国南部地方司令部。
作戦室。
窓は開いていた。
外の光はまだ強い。
机の上には、西の森の地図が広げられていた。
その周辺に赤い駒が置かれている。
報告書が机に置かれる。
異邦人は、暫定二十以上。最大三十。
確定十。
そのうち八名は、単独行動者により処理済み。
先発隊百二十名は展開済み。
東側街道二十名、確保。
森入口六十名、封鎖線維持。
東第二区画四十名、前進拠点設営中。
読み上げが終わる。
室内に沈黙が落ちた。
誰も声を上げない。
ただ、地図を見る目が増えた。
司令官は地図を見ている。
第一警戒線は、すでに引かれている。
街道。入口。東第二区画。
森全体を包む線ではない。
東側から出るものを見つける。止める。
それが第一警戒線だった。
だが、確認された異邦人の数は増えている。
最大三十。
処理済みを除いても、まだ二十以上残ってる可能性。
司令官は言う。
「封鎖では不足だ」
参謀が頷く。
「はい。圧縮移行が妥当です」
異邦人を逃げ場ごと狭める。
司令官は地図から目を離さない。
「本隊は」
「三百六十。夜間到着予定です」
「後続は」
「同じく三百六十。順次到着予定」
別の参謀が紙を読む。
「演習群より二百四十を追加抽出中。翌朝までに合流します」
赤い駒が増える。
まだ到着していない兵。
まだ森に入っていない部隊。
それでも、地図の上ではすでに位置が作られていく。
司令官の指が、森の東側から内側へ動く。
「圧縮開始は」
「翌六時三十分が適当です」
参謀は即答した。
「夜間圧縮は混乱を招きます」
夜の森では、視界が落ちる。
伝令は遅れ、隊列は乱れる。
誤射も起きる。
異邦人のギフトも不明だった。
暗い森で線を押し込めば、兵の損耗が増える。
司令官は頷く。
「夜間は維持」
「はい」
「越境個体は」
「処理します」
「拘束は」
「行いません」
短い間があった。
司令官が顔を上げる。
「無抵抗の場合もか」
「はい。即時処理です」
記録係の筆は止まらない。
異邦人。
処理対象。
捕らえれば、移送しなければならない。
移送すれば、兵を割かなければならない。
それだけではない。
拘束。尋問。恐怖。痛み。
身体の自由を奪う。
覚醒の契機になり得る。
異邦人に対して、拘束は安全策ではない。
より危険な個体を作る可能性がある。
司令官は再び地図を見る。
「単独行動者はどうする」
「作戦には組み込みません」
参謀が答える。
「命令系統外。干渉もないでしょう」
単独行動者。
異邦人処理を行うが、軍の部隊ではない。
指揮命令系統にも入っていない。
作戦に組み込めば、計画の線が乱れる。
「情報は」
「検査官経由で受領可能です」
「命令は出すな」
「了解」
司令官は、東第二区画に置かれた駒を見る。
「ただし、単独行動者から上がる情報は遅らせるな」
記録係の筆が走る。
「処理数、接触対象、能力推定、移動方向。検査官経由で即時転送」
「随時、配置へ反映」
「そうだ」
司令官の声は変わらない。
処理した数。
接触した相手。
推定されるギフト。
移動した方向。
それらは、森の中で得られる最も新しい情報だった。
短い沈黙。
地図の上には、森がある。
数はまだ揺れている。
能力も不明。
司令官は低く言う。
「覚醒は避けろ」
「了解しました」
「日のあるうちに終わらせる」
「責任は司令部が負います」
印章が押される。
赤い印が紙に沈む。
命令番号が読み上げられる。
第一警戒線維持。
夜間包囲。
翌朝六時三十分、圧縮開始。
越境個体、即時処理。
拘束不可。
単独行動者、作戦編入せず。
検査官経由の情報受領を最優先。
「発令します」
紙が回収される。
参謀が動く。
伝令が呼ばれる。
写しが作られる。
命令は地方司令部から東第二区画へ送られる。
室内に静けさが戻る。
外の光は、まだ白い。
地図の上で、森は動かない。
だが、線はすでに内側へ向いていた。
作者メモ
今回は作戦室の話です。
前回、第18話「警網」は、現場のロジスティックの話。現場で線を作る話でした。
今回は、その線を誰がどう判断し、どう次の段階へ進めるのかを書きました。
映画の影響はかなりあります。直接の一本というより、戦争映画の作戦室パートの集積ですね。
今回書いた作戦室は、私が見てきた戦争映画の作戦室に比べると、かなり有能じゃないかなと思います。
兵を無駄に消耗させようとしていない時点でほとんどの戦争映画の作戦室よりまともです。
雑な上層部が雑な命令を出して現場を地獄にする話ではなく、ちゃんと対応してくる制度が作る地獄を書こうと思いました。
個人の悪意ではなく、報告、分類、命令、兵站、作戦計画によって、日本から来た未成年者達を追い詰めていく。
雑な作戦室の話は、それはそれで大好きですが。
むしろ、作戦室映画は雑な方が面白いところがあります。
机の上と現場のズレで人間が消費されていく。
作戦も雑で、現場も手際が悪くて、事態が悪化していく。そんな話も書いてみたいですね。
絶対に楽しいと思います。少なくとも書く側は。




