第16話 追尾
西の森の北には山が連なっている。
その山々を繋ぐように、尾根が伸びていた。
男は地面を見ていた。
足跡がある。
飛ぶ。
消える。
また出る。
佐伯と宇野の足跡は揃っていない。
数歩進んだところで途切れ、離れた場所にまた出ている。
落ち葉がめくれている。
苔が剥がれている。
細い枝が折れている。
転移のたびに、痕跡の位置が飛ぶ。
ただ、完全には消えない。
着地すれば足は地面に触れる。
地面に触れれば跡が残る。
浅い。
まだ新しい。
男は追う。
⸻
男は別の足跡を見つけた。
佐伯たちのものではない。
一直線に進んでいる。
迷いがない。
歩幅が一定。
速度も落ちていない。
男は足の向きを変えた。
⸻
尾根の手前。
土が湿っている。
踏まれた跡が、まだ崩れきっていない。
近い。
男は斜面を見る。
上へ向かう足跡だった。
⸻
森の中を安藤蓮は歩いていた。
迷わない。
【ギフト:測域】
現在地を基準に、周囲の地形を俯瞰する。
距離。
高低差。
傾斜。
森の切れ目。
東側にある森の出口。
街道。
そこへ続く道筋。
安藤は出口を見つけていた。
歩けば出られる。
森を抜けられる。
そう分かっていた。
ただ、測域は万能ではない。
景色を見る力ではなかった。
頭の中に、地形が線で浮かぶ。
高い場所。
低い場所。
斜面。
水の溜まる場所。
木々は細かな点になり、森の切れ目は薄い線になる。
広く見れば、形は粗くなる。
近くへ意識を寄せれば、細部が増える。
その代わり、他の場所はぼやける。
安藤は東の出口へ向かっていた。
その途中で、森の中に開けた場所を見つける。
周囲を木々に囲まれた、浅い窪地のような場所。
人が休むには十分な広さがある。
安藤はそこへ意識を寄せた。
地図を拡大する。
木の線が太くなる。
地面の傾きが細かくなる。
開けた場所の中に、地形ではないものがあった。
四つ。
安藤はさらに拡大した。
一人。
二人。
三人。
四人。
誰も動かない。
首のない身体。
腹の裂けた身体。
胸を割られた身体。
手足に裂傷の走った身体。
地面が黒く濡れている。
安藤は、比較的損傷の浅い身体へ意識を寄せた。
顔の輪郭が拾える。
髪。
制服。
同級生の久我亮だった。
安藤の喉が鳴った。
息が浅くなる。
久我が死んでいる。
その近くに、もう一人男子生徒の身体がある。
体格。
制服。
髪の長さ。
藤堂優斗かもしれない。
そう思った。
女子が二人。
首は身体から離れていた。
確認はしない。
見たくなかった。
それでも、体格と髪型で、おおよその見当はついてしまう。
四人。
同じクラス。
さっきまで同じ教室にいた人間たち。
頭の中の地図が揺れる。
安藤はそこに立っていない。
その場所まで行っていない。
それでも見えていた。
同じ制服が、四つ。
倒れている。
死んでいる。
何があった。
誰に殺された。
安藤は口を開いた。
声は出なかった。
⸻
測域は消えない。
森の形は見えている。
自分の位置も見えている。
南。
湿地。
北。
山が連なり、その上を尾根が走る。
東。
森の外。
さらに遠く。
安藤の位置から三時間ほどの距離。
一点に人の密度があった。
ばらばらではない。
間隔が揃っている。
少しずつ増えていく。
安藤は息を吸った。
同じ制服が四つ倒れている。
森の外には、人が集まっている。
おそらく日本ではない。
知らない場所だった。
このままここにいる理由はない。
出口はある。
だが、そこへまっすぐ進めば、外に集まる人間たちへ近づくことになる。
誰が味方なのか分からない。
何が起きたのかも分からない。
同級生は殺されている。
安藤は足元を見る。
自分の位置を見る。
出口。
湿地。
尾根。
最短距離。
迷わない。
逃げる。
⸻
尾根を取る。
そう決めた。
尾根まで七百。
緩い傾斜。
足場は悪くない。
安藤は登る。
足元の土は柔らかい。
木の根を踏む。
枝を避ける。
呼吸が上がる。
それでも距離はずれない。
尾根までの線は、頭の中に残っている。
視界を引く。
地図が広がる。
安藤は尾根に出た。
空が開いた。
木の枝が切れ、光が落ちている。
下よりも遠くが見える。
ここなら進む方向を失わない。
ここなら森の外も見える。
安藤は息を整えようとした。
安藤は息を整えようとした。
意識は、東の出口へ寄っていた。
背後で、落ち葉が沈んだ。
振り向こうとする。
半歩。
刃が喉を裂いた。
空気が漏れる。
地面が近づく。
それでも、尾根の角度は分かる。
南の湿地。
北の山並み。
東の密度。
距離が残る。
測域は消えない。
視界が白む。
⸻
斜面の陰。
森本悠真は、その一部始終を見ていた。
作者メモ
第16話です。
まず、安藤のギフトについて。
映画で思い浮かべていたのは、『エネミー・オブ・アメリカ』です。あとは『ダークナイト』でバットマンが使う、あのよく分からない監視システムですね。
物語上すごく便利です。街全体と人の配置。
どこで何が起きているか、一気に見せられる。
この章では、誰がどこにいるのか。
誰が何を見ているのか、どの方向へ動いているのか、かなり重要になります。
毎回説明文で書くのも嫌なので、安藤の【測域】を出しました。
この能力があることで、森の出口、尾根、湿地、山並み、人の密度といったものを、あまり説明くさくならずに出せるかなと。
第二章のタイトルにも合っていますし。観察者を出したかったんですよね
次にグレッグです。
第5話「擬態」でも少し触れましたがグレッグの狩り方は、実際の捕食生物をかなり参考にしています。
意識の外から急所を狙う動きはネコ科の捕食。
地形の高低差を使ったり、距離を詰めながら追跡する部分はオオカミ。
第3話で、急所を狙えない相手に対して、大振りで面を当てて弱らせる動きは、ミナミジサイチョウを参考にしました。アフリカに生息する鳥です。
肉食でかなり凶暴な獲物の仕留め方をする鳥なので、興味があれば調べてみてください。
そして今回は、アシダカグモです。
佐伯を追っている。けれど、その途中で仕留められる安藤を見つけた。だから、そちらへ切り替える。
特定の獲物に固執しない。
その時に遭遇した対象を見て、狩れるものを狩る。柔軟な切り替え方は、アシダカグモを参考にしました。
目の前に処理できる転移者がいるなら、処理する。
次に安藤蓮です。彼はここまで出てきた転移者の中でも、かなり正しい判断をしている人物です。
出口を探す。死体を見て、それが同級生でも近づかない。知らない場所で知らない集団との接触を避ける。即座に逃げる判断をする。湿地を避ける。高い場所を取る。
どれも間違っていない。
ギフトの【測域】も、それを補助しています。
迷いがなく判断も行動も早い。
ただ、その迷いのなさが、死を呼び寄せてしまった形になりました。
ここは映画ミストを参考にしてます。生存のために逃げる主人公の判断は合理的に見えるがイレギュラーなシチュエーションでは正しく行動したからといって生き残れるとは限らない。嫌な話です。嫌な話はだいたい好きです。




