第15話 遊走
男は転移者四人を処理した休憩地点から西へ向かっていた。
佐伯真帆を追っていた。
足跡は続いている。
浅い。
間隔が揃っている。
急いだ跡ではない。
踏まれた葉も、まだ乾いていない。
近い。
男は足を止めた。
想定より近い。
佐伯は途中から走るのをやめていた。
逃げ切るために全力で走っている跡ではない。
歩幅は一定。
乱れはない。
迷った跡もない。
諦めたわけではない。
目的地がある。
男は顔を上げる。
前方。
木々が少し開けている。
小さな空地。
人影が二つあった。
サエキ。
その隣。
制服姿の男。
転移者。
二人いる。
⸻
宇野啓介は息を詰めた。
森の奥から男が出てきていた。
革鎧。
剣。
知らない顔だった。
佐伯から詳しい説明は何も聞いていない。
挨拶したい人がいる。
それだけだった。
宇野は男を見る。
挨拶。
その言葉と、目の前の男が繋がらない。
男は剣を持っていた。
まっすぐこちらを見ている。
視線は宇野ではない。
佐伯に向いている。
それでも安心できなかった。
見られていないのに、逃げ場が狭くなる。
宇野は剣を見た。
喉が鳴る。
一歩、後ろへ下がる。
足が絡む。
距離を取ろうとする。
佐伯の手が伸び、宇野の手を掴む。
これが合図だろうか。
宇野の視線が森の奥へ走る。
木。
倒木。
その奥にも木。
どこへ跳べばいいのか分からない。
同じ森が続いている。
目印になるものが少ない。
男が踏み込む。
土が沈む。
距離が一気に詰まる。
佐伯が繋いだ手を小さく引いた。
とにかく跳ばなければ。
宇野の視界に、剣が入る。
刃が来る。
殺す気だ。何の説明もなく。
その瞬間、景色がずれた。
木々が横へ流れる。
足元が消える。
胃が浮く。
次の瞬間。
宇野は木立の向こうに立っていた。
息を呑む。
さっきまで目の前にいた男が遠い。
二十歩以上は離れている。
さっきまで立っていた場所で、剣が空を切っている。
男は振り返っていた。
佐伯は隣にいた。
手は繋がれたまま。
宇野の呼吸だけが速い。
剣がまたこちらへ向く。
佐伯は動かない。
足を揃えたまま立っている。
瞬きが少ない。
繋いだ手を少し上げた。
「大丈夫。落ち着いて」
宇野の喉が鳴る。
返事は出ない。
落ち着けるわけがなかった。
男はすぐには動かなかった。
遠くからこちらを見ている。
男が少しだけ角度を変える。
右。
男との間に、細い木が一本入る。
佐伯が男に語りかける。
「グレッグさん。あなたは、私を選ばなかった」
男が動いた。
速い。
木の横を抜ける。
距離が縮む。
二十歩。
十。
五。
男の剣が低く下がる。
宇野にも分かった。
首だ。
佐伯が半歩ずれる。
「いちばん奥。早く!」
宇野の足が止まる。
奥。
森のさらに奥。
視線だけが向く。
木々の隙間。
見える。
飛べる。
だが、そこへ跳ぶ判断が遅れる。
どこまで飛ぶ。
どの木の向こうへ行く。
佐伯を連れていけるのか。
考えた瞬間、遅れた。
男が横から入る。
近い。
喉。
剣先が走る。
宇野の肩が跳ねる。
佐伯が男に呟いた。
「またね」
刃がわずかに触れる。
佐伯の輪郭が揺れた。
景色がまたずれる。
木々が流れる。
足元が消える。
胃が浮く。
次の瞬間。
森の景色が変わっていた。
⸻
静寂。
男は止まる。
剣はまた空を切っていた。
背後で着地音が数回。だんだん遠くなる。
匂いが届かない。
転移先は近くない。
視線を動かす。
痕跡なし。
空間移動。
即時ではない。
距離制限あり。
視線。または視界。
サエキ。
分類変更。
覚醒の可能性。
断定はできない。
最初の、怯えた探知系の少女ではない。
明確な目的を持っている。
怯えがない。
空間移動と組んでいる。
かなり危険だ。
男は歩き出した。
追跡を続行する。
作者メモ
第15話です。第2章に入って3話目で、グレッグ再登場回です。そして、佐伯の宣戦布告回でもあります。
まず、この話は視点をどうするかでかなり迷いました。
冒頭をグレッグで始めること自体は決めていました。2章になってから直接出てなかったので、この話はグレッグで始めたかった。
ただ実際書いて見て、グレッグだけで通すと、味気なくなるなと思いました。
彼は観察して、判断して、動く人間です。
その積み重ねで動いているので、彼の視点だけで書くと、文章はかなり削ぎ落とされて行動ログみたいになります。
それはグレッグらしさですし、私の好みではあるのですが、それをやりすぎると、読者にはかなり分かりにくい。
特に今回、宇野がいる。
グレッグから見れば、宇野は名前のある存在ではなく、制服姿の転移者でしかありません。
そのまま書くと、「男」がグレッグなのか宇野なのか分かりにくくなる。
でも、宇野視点だけでやると、二話空けてのグレッグ登場回としては弱い。
そこで、視点を固定しきらない形にしました。
三人称ではあるけれど、カメラはかなり近い。
必要なところでは、視点人物の脳内にも入る。
前半はグレッグ。途中から宇野。最後にまたグレッグ。
以前から、疑似一人称に近い書き方をしていましたが、この話で固まった感じがあります。
グレッグを書く時は、削ぎ落とす。
転移者を書く時は、その人物が何を見て、何に引っかかっているのかを少し丁寧に置く。
今回はその差がかなり出た回かなと思います。
宇野にとっては、状況が何も分からないまま、いきなり殺されかける話です。
佐伯から詳しい説明は受けていない。
知らない森にいる。異世界っぽい。クラスメイトもいるらしい。
その程度の理解のまま、剣を持った男が現れる。
「挨拶したい人」ってこの人なのか。これは挨拶なのか。こいつ殺す気満々じゃないか。そんな感じです。
一方で、佐伯はかなり違います。
宇野と合流した時点で、すぐ遠くへ移動することもできたはずです。
宇野の空間移動を使えば、グレッグからかなり距離を取れた。少なくとも、わざわざ待つ必要はない。
しかも、グレッグの前で宇野の能力を見せた。
逃げるだけなら、これはかなり悪手。
では、なぜ佐伯はそれをしたのか。
そこが、この先の話の柱になっていくと思います。
グレッグ側から見れば、佐伯は分類変更です。
最初に見た、怯えた探知系の少女ではない。
怯えは消え、目的がありそうだが、その目的は読めない。空間移動と組んでいる。かなり危険。
佐伯が何をしたいのか。
ここから先はそこを少しずつ読んでいく話にします。
13話の作者メモに書きましたが、宇野の参照元はジャンパーです。
瞬間移動能力者の逃走劇なのでいかに同じにしないかと言う意味でも参照せざる得ない感じです。
ただ宇野の周囲にいる二人がおかしいので違う話にはなるだろうなとは思ってます。
追ってくるグレッグは行政が放ったプレデターみたいなもんです。
合理で淡々と距離を詰めてくる。
瞬間移動で逃げれば終わりのはずなのに、グレッグは逃走そのものを観察し、能力条件を分析し始める。しかもジャンパーと違って異世界で知ってる場所がないため森の外には跳べない。
そして隣にいる佐伯は、エクス・マキナに近いかもしれません。
同じ言葉を話す。表情もある。手も引いてくれる。けれど、何を目的に動いているのか分からない。そもそも同じ思考回路で会話しているのかも分からない。宇野はまだそこまで理解してませんが。
ジャンパーの能力を持った少年が、
プレデターみたいなハンターに追われ、
同級生の顔をしたエクス・マキナに手を握られている。
宇野にはこれから活躍してもらおうと思ってます。活躍と言っても英雄的な行動ではなく、普通の高校生としてリアクションを取ってもらう方面での活躍ですが。




