第0話 成群Ⅲ
【鬼塚美鈴】
鬼塚美鈴は立っていた。
身体の感覚が、いつもと違う。
息を吸うと肺に空気が強く入る。
足に力を込めると踏み込みが深い。
筋肉が軽く、動きが滑らかだった。
運動をしている人間ならすぐに気付く変化だった。
その場で軽く膝を曲げた。
地面を蹴る。
普段と同じ調子で跳んだだけだった。
身体は予想より強く反応した。
視界が一気に上がる。
枝の高さが近づく。
慌てて体勢を整えながら着地すると、数歩だけよろけた。
頭の中で測る。
三メートル近い。
自分のジャンプ力はある程度分かっている。
今の高さが普通ではないことは、すぐ理解できた。
視界の端に文字が浮かんでいることに気付く。
【ギフト:鬼躯】
文字を見つめる。
この力の原因はこれか。
確かめる。
近くの木に手をかけた。
腕ほどの太さの枝が横に伸びている。
幹を握る。
力を込める。
筋肉が締まる。
腕から肩へ力が流れる。
幹が歪む。
さらに力を加えた。
鈍い音と共に、幹に大きな亀裂が走った。
木を見つめたまま動かなかった。
腕の力だけではない。
踏み込み。
体幹。
骨の強度。
全体の出力が上がっている。
限界が変わっている。
気付く。
これが上限ではない。
もっと上げられる。
背筋に冷たいものが走った。
自分の身体が、人間ではないものに変わってしまったような感覚が胸を掠める。
拳を握る。
弱気になるな。
ゆっくり息を吐いた。
森の奥へ歩き出した。
止まっている意味はない。
進む。
しばらくして、木々の間に人影が見えた。
足を止める。
向こうも止まった。
顔を確認する。
藤堂優斗だった。
鬼塚はわずかに肩の力を抜く。
見知らぬ誰かではない。
「藤堂君」
藤堂は鬼塚を見ると、すぐに近づいてきた。
「鬼塚さん。君も来てたのか」
藤堂の声は落ち着いていた。
鬼塚と同じように、状況をある程度受け入れている様子だった。
鬼塚はすぐに聞く。
「他にも来ているの?」
藤堂は一度後ろを振り返った。
その動きの意味を鬼塚が考えるより先に。
藤堂の背後から一人の少女が姿を見せる。
佐伯真帆だった。
顔色が悪い。
呼吸が浅い。
体調が良くない様子だった。
藤堂が言う。
「俺は佐伯に見つけてもらった」
鬼塚は佐伯を見る。
佐伯はまだ呼吸が浅い。
鬼塚は少しだけ眉を動かした。
「佐伯さんに?」
藤堂は頷く。
「そして君を見つけたのも佐伯だ」
鬼塚はもう一度佐伯を見る。
視界の端に浮かんでいた文字を思い出す。
ギフト。
鬼塚は小さく息を吐いた。
「……ギフト、ね。佐伯さんの」
佐伯は少し苦笑する。
「広くはないけど……分かるんだ」
呼吸はまだ浅い。
「人の動きとか、音とか、光とか」
少し言葉を探す。
「ずっと色んな情報が入ってくる感じ」
鬼塚は少し考える。
人を見つけられる能力。
それなら話は早い。
「他にも来ている人がいるか分かる?」
佐伯は目を閉じた。
少し黙る。
森の奥を指す。
「……まだ見えない」
呼吸は浅いままだ。
言葉は続いた。
「あっちの方で、音が揺れてる」
鬼塚と藤堂は顔を見合わせる。
藤堂が言う。
「行こう」
三人はその方向へ歩き始めた。
数分進んだところで、佐伯が足を止める。
呼吸が少し荒い。
視線は前を向いたままだ。
「……いる」
藤堂が聞く。
「一人?」
「二人」
少し間が空く。
佐伯は続けた。
「たぶん……久我くんとルカちゃん」
森の奥に、二つの人影が見え始めていた。
活動報告に久我亮の設定イラストアップしました。




