第28話「届いた手紙、ブラックウッドへ」
四日目の朝、グレンガ爺さんの工房に向かった。
セレスティアが一緒に来た。エリーゼも当然のようについてきた。ライが先を歩いた。工房の場所は覚えていたらしい。職人街に入ると足取りが迷いなくなった。
扉を開けると、グレンガが作業台の前に立っていた。こちらが入ってくる前から気配に気づいていたのか、振り返るタイミングが早かった。ライを見た。
「来たか」
台の上に、二つのものが置いてあった。
首輪と、革鎧だった。
首輪は銀白だった。ボスワイバーンの鱗を砕いて金属に混ぜたのか、光の当たり方で青白く光る。ライの毛並みと同じ色だった。手に取ると思ったより軽かった。金属のはずなのに、革のような柔らかさがあった。
革鎧はエリーゼの体に合わせて作られているのが見ただけでわかった。肩と脇腹だけに薄い金属板が入っている。縫い目が細かくて、丁寧な仕事だった。
「三日でここまで仕上げたのか」とセレスティアが言った。
グレンガが「素材が応えてくれた」とだけ言った。
「ライ、こっちに来い」
グレンガが首輪を持った。ライが近づいた。仮の首輪を外して、本物を嵌めた。
ライが動かなかった。
首を振らなかった。慣れない顔もしなかった。ただ、じっとしていた。
「……どうだ」
ライがアシュレイを見た。それから前を向いた。尻尾が一度だけ動いた。
「合ってる」とグレンガが言った。「魔力の流れを阻害しない設計にした。しばらく使えば馴染む」
セレスティアが近づいてライの首輪を見た。「ボスワイバーンの鱗をこういう形で使うのか。魔力を通しやすい構造になってる」と言った。グレンガが「わかるか」と言った。セレスティアが「少しだけ」と言った。グレンガが鼻を鳴らした。
エリーゼが革鎧を手に取った。「すごい、軽い」と言った。
「当たり前だ。重かったら意味がない」
エリーゼが腕を通してみた。「動かしやすい。全然違う」と言った。肩を回して、腕を上げて、腰を捻った。「これで剣を使えたら——」と言って笑った。
エリーゼがグレンガを見た。「ありがとうございます」と言った。
グレンガが「素材が良かっただけだ」と言って作業台に戻った。
「余った素材は使ってもらって構いません」とアシュレイが言った。
「ああ。いい仕事ができた」
それだけだった。職人の褒め言葉としては、十分すぎた。
エリーゼが「グレンガ爺さんって、口は悪いけど仕事は丁寧だね」と工房を出てから言った。
「腕のいい職人はそういうものだ」
「アシュくんも口悪いしね」
「俺の話はしていない」
セレスティアが「似てる」と小声で言った。アシュレイは聞こえなかったことにした。
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工房を出た。
ライが首輪を嵌めたまま歩いていた。何度か首を動かして感触を確かめている。仮のものとは明らかに動きが違った。光の具合で、首輪が毛並みに溶け込むように見える。
エリーゼが「ライ、似合ってる」と言った。ライが振り返らなかった。
「嬉しくないのか」とエリーゼが言った。
「嬉しいのかもしれない」とアシュレイが言った。
「どっちなの」
ライがエリーゼを一瞥して、前を向いた。
王都の西門に向かっていた時だった。
「若様!」
声がした。振り返ると、息を切らした若い男が走ってくる。ヴァルナー領の紋章が入った上着を着ていた。
「はぁ、はぁ……間に合ってよかった」
「どうした」
「こちら、ブラックウッド侯爵のご令嬢からの手紙です。若様宛ではなくヴァルナー伯宛でしたので、カルロス様が領主として中身をご確認されまして——至急、王都の若様にお届けしろとのことで、これを!」
封書を差し出した。汗で少し湿っていた。相当な速さで来たのだろう。
受け取った。
エリーゼが「カルロスさん、他人の手紙開けるんだ」と言った。
「ヴァルナー伯宛だからな。領主として確認する権限がある」
「合理的だね」
「父上はそういう方だ」
使いの男がまだ息を整えていた。「お返事は」と聞いてきた。
「向かうと伝えてくれ。カルロス様に」
「かしこまりました」
封を開けた。
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手紙は短かった。
『ヴァルナー卿へ。ある方が貴方に伝えたいことがあるとのことです。その方の名前は手紙には書けません。至急、ブラックウッド領までお越しいただけますでしょうか。お待ちしております。 リーシャ・フォン・ブラックウッド』
読んだ。もう一度読んだ。
リーシャだ。ブラックウッド侯爵家の令嬢。王都で一度対話した。以前、匿名で手紙を送ってきたこともある。
「ある方」の名前は書かれていない。だが——リーシャがわざわざ動いたということは、それだけの理由がある。リーシャが感情を表に出すような人間でないことは、一度の対話でわかっていた。その人間が「至急」と書いている。
「どうしたの」とエリーゼが覗き込んできた。
「ブラックウッドに行く」
「え、急に?」
「急用だ」
セレスティアが「私も行く」と言った。
「関係ない」
「王都から出るなら護衛が要る。昨日今日と監視が続いていた。一人で動く方が危ない」
反論できなかった。
「……好きにしろ」
セレスティアが「ありがとう」と言った。エリーゼが「私はもちろん行くよね」と言った。
「お前は好きにしろ」
「行くってことね」
ライがすでに南の方向を向いていた。
エリーゼが「ねえ、手紙に何て書いてあったの」と聞いてきた。
「ブラックウッドに来てほしいと。理由は書いていない」
「謎めいてるね」
セレスティアが「リーシャ・フォン・ブラックウッド——あの侯爵家の?」と言った。
「知っているか」
「名前は。直接は会ったことがない」
「……賢い人間だ。信用できる」
セレスティアが「アシュレイがそう言うなら」と言った。それ以上は聞かなかった。
手紙を懐にしまった。リーシャが動いた。それだけで十分だった。会ったのは一度きりだが、あの時の目は今でも覚えている。感情を読もうとして、読めなかった。こちらが逆に見透かされた気がした。そういう人間が「至急」と書いている。
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宿に戻って荷物をまとめた。三十分もかからなかった。セレスティアも同じくらいの速さで戻ってきた。エリーゼが「セレスティアさん、身軽だね」と言った。セレスティアが「いつでも動けるようにしてある」と言った。
「なんで」とエリーゼが聞いた。
「研究者はそういうものだ」
アシュレイは「そういうものか」と思ったが口には出さなかった。
王都の南門を出た時、ライが一度だけ振り返った。何かを確かめるように、しばらく王都の方を見ていた。それから前を向いた。
追ってくる気配はなかった。それでも、監視の目がなくなった感じはしなかった。
街道を南へ進んだ。王都の喧騒が遠くなっていく。木々が増えて、空が広くなった。ライが時折鼻を動かしながら歩いていた。街より外の空気の方が落ち着くのかもしれない。
エリーゼが「ねえ、ブラックウッドって遠いの?」と馬上から聞いてきた。
「馬で二日ほどだ」
「じゃあ今日は途中で泊まる感じか」
「ああ」
エリーゼが「セレスティアさん、野宿とか大丈夫?」と聞いた。セレスティアが「宿があるなら宿の方がいい」と言った。エリーゼが「そりゃそうか」と言った。
「ある方」が誰なのか——心当たりがないわけでもなかった。確信を持つには早すぎる。着いてから確かめればいい。
ライが隣を歩いていた。首輪が光の中で青白く光った。
二日後には着く。何が待っているかはわからない。ただ、動かないよりはいい。
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