第26話「職人と素材、銀白の首輪」
職人街は王都の西側にあった。
大通りから一本入ると、空気が変わる。金属を叩く音、木を削る音、どこかから革を焼く匂い。看板も飾り気がなく、店の名前だけが板に書いてある。観光客が来るような場所ではない。セレスティアが迷いなく歩いていくので、ついていくだけだった。ライが左右の店を交互に見ながら歩いていた。エリーゼが「ライ、キョロキョロしてる」と言った。ライが前を向いた。
「ここ」
路地の奥まったところに、古びた工房があった。看板すら出ていない。ドアの木が年季で黒ずんでいた。
中に入ると、素材と道具が所狭しと並んでいた。棚に金属片、革、骨、鱗。作業台の上には途中の仕事が広げられている。奥で老人が細かい作業をしていた。白髪で、背が丸い。指だけが妙に若々しく動いていた。
「グレンガ爺さん、客だよ」
老人が振り返った。俺を見た。エリーゼを見た。
ライを見た。
目が止まる。
立ち上がって、ゆっくりこちらに歩いてくる。ライの前で止まった。しゃがんで、顔の高さを合わせた。
「……サンダーウルフか」
ライがグレンガを見ていた。
「しかも随分と大きい。魔力も——」グレンガが鼻を鳴らした。「普通じゃないな」
「首輪を作ってもらいたい」
グレンガが立ち上がる。俺を見た。
「素材は」
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荷物からボスワイバーンの鱗と爪を取り出した。
グレンガが受け取って、手の中で転がした。裏から表から眺めた。爪を指で弾いて音を聞いた。光に透かした。鱗の断面を爪で引っ掻いた。しばらくそうしていた。
エリーゼが小声で「すごい確認の仕方」と言う。セレスティアが「素材の目利きは王都一だから」と返した。
「……どこで仕留めた」
「グライフェン辺境伯領で」
「一人でか」
「騎士団と、このライと」
グレンガがもう一度ライを見た。それから俺を見た。職人の目だった。
「三日かかる。それでいいか」
「構いません」
「こっちに来い」
ライがグレンガを見た。グレンガが「首の寸法を測る。嫌なら作れん」と言った。ライが渋々前に進んだ。グレンガが手際よく採寸を始めた。巻き尺を首に当てる。ライが微妙な顔をしていた。エリーゼが小声で「ライ、我慢して」と言った。ライが視線だけでエリーゼを見た。
グレンガが金額を言った。高かった。
「……高いですね」
「嫌なら他所に行け」
セレスティアが耳打ちしてきた。「王都で一番腕がいい。これでも安い方だよ」
「わかりました」
「……一つ追加で頼みたい」
グレンガが手を止めずに「何だ」と言った。
「そこの娘に合う皮鎧を。今の鎧では剣の動きが殺されている」
エリーゼが「え」と言った。
グレンガが採寸を終えて立ち上がった。今度はエリーゼを見た。エリーゼの肩から腕、足元まで視線を走らせた。
「……確かに合っていない。どういう剣を使う」
「速さ重視です。懐に入って斬る」
「なら革をベースに金属補強を部分的に入れる。動きを殺さない作りにする」グレンガが俺を見た。「追加料金だが」
「素材で払います」
グレンガが眉を上げた。
「ボスワイバーンの余り素材を全部渡す。首輪と皮鎧を作って残ったものは自由にしていい」
グレンガがしばらく黙っていた。荷物の中の素材を見た。また黙った。
「……いいだろう」とグレンガが言った。「三日後に来い。二つとも仕上げておく」
エリーゼが「アシュくん」と言った。振り返ると、少し目が赤くなっていた。
「ありがとう。皮鎧まで」
「剣聖になるなら鎧くらいは要る。動きやすいものがないと話にならない」
エリーゼが少し間を置いた。それから笑って、抱きついてきた。
「ちょっと待て」
「いいじゃん。嬉しいんだもん」
グレンガが「仲がいいな」と呟いた。セレスティアが「ええ、まあ」と言った。ライがエリーゼを見て、それから視線を逸らした。
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工房を出て、近くの食堂に入った。
セレスティアが席に着くなりライを見た。ライがセレスティアを見た。
「聞いていい?」
「何を」
「色々と。いつ出会ったか、どういう経緯で一緒にいるか」
「長くなるぞ」
「構わない」
アシュレイが順番に話した。ヴァルナー領の森で出会ったこと。屋敷に連れてきたこと。母狼のこと。グライフェンでの戦いのこと。力の相伝のこと。
セレスティアは途中で口を挟まずに聞いていた。食事に手をつけるのを忘れていた。エリーゼが時々補足を入れた。「その時アシュくん怪我してたんだよ」「ライが咆哮した時、ほんとにすごかった」。アシュレイが「それは余計だ」と言った。エリーゼが「事実じゃん」と言った。
「……力の相伝」と呟いた。「サンダーウルフの記録自体、ほとんど残っていない。目撃例すら数えるほどだ。それが力を——」
ライがセレスティアをじっと見ていた。
「見られてる」とセレスティアが言った。
「気にするな」
「気になる。なんというか——」セレスティアがライを見た。「ただの魔物の目じゃない。何かを考えてる目だ」
「そうだな」
「アシュレイの言葉がわかるの?」
「全部かどうかはわからない。ただ、伝わってはいる」
セレスティアがライに向かって「よろしく、ライ」と言った。ライが少し首を傾げた。セレスティアも少し首を傾げた。
エリーゼが「なんか通じ合ってる」と言った。「どっちも似たような顔してる」
セレスティアが「失礼な」と言った。ライは何も言わなかった。
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食事が一段落したところで、セレスティアがふと言った。
「ドルフの動きが、最近妙なの」
箸を置いた。
「どういうことだ」
「魔法学院への介入が増えてる。先月、神話級スキルの研究記録を閲覧したいという申請が宰相府から来た」
「断ったか」
「断った」
少し間があった。
「……よくやってくれた」
セレスティアが目を丸くした。少し間があって「……ええ」と答えた。
「何か知ってるの?」
「いずれ話す。今は言えない」
セレスティアが俺をしばらく見た。研究者の目だった。何かを測るような目。それから「……わかった」と言って、また食事に戻った。信頼と割り切りが半々という感じだった。ライがセレスティアを見ていた。それから俺を見た。
ライは何も言わなかった。
ふとテーブルの上の食べ残しに目が行った。ライが鼻を鳴らす。
「腹減ってるの?」とエリーゼが聞いた。
ライが視線を外した。
「……あとで肉を買っていく」
ライの耳が少し動いた。
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「三日、どうする」とエリーゼが言った。
「好きにしろ」
「王都食べ歩きしたい。セレスティアさん、案内してもらえる?」
「いいよ」とセレスティアが即答した。「美味しい店、知ってる」
二人が盛り上がり始めた。行きたい場所の話になって、エリーゼが「あそこの市場って今もあるの?」と聞いた。セレスティアが「あるある、最近新しい店も増えた」と答えた。「あと新しくできた菓子屋が絶対好みだと思う」「どんな店?」「焼き菓子専門で、季節ごとに変わるんだけど——」
俺はライを見た。ライが俺を見た。
二人の会話はまだ続いていた。
「……付き合うか」
ライが前を向いた。少し、尻尾が動いた気がした。
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