第25話「従魔の証、王都へ」
深夜の宰相府。
燭台の火だけが揺れていた。
窓から人影が入ってきた。音がなかった。黒装束の男が、床に膝をついた。
「報告を」
ドルフは書類から目を上げなかった。
「グライフェン辺境伯領でのワイバーン撃退の詳細が入りました。辺境伯領騎士団の支援のもと群れを撃退。上位個体については——ヴァルナー卿が使い魔と合体魔法で」
「使い魔と」
「サンダーウルフです。極希少種。ヴァルナー卿の雷と共鳴して上位個体を一撃で仕留めたとのことです」
ドルフが書類を置いた。
「思ったより早く化けおったな」
誰に言うでもなかった。
「帝国からの返答です」と男が続ける。「ヴァルナーの神話級を手に入れ王座に就いた暁に、国土の10%を割譲——その条件であれば協力を約束すると」
「暗殺と諜報部隊だけ動かしてもらえれば十分だ。表立って動く必要はない」
「帝国もほぼノーリスクで国土が増える。悪い話ではないと」
ドルフが立ち上がり、窓に近づいた。王都の夜景が広がっていた。灯りが遠くまで続いていた。
「ではこれで話は決まりだ」
感情が乗っていない声だった。
「あの辺境の小僧が王都に来るのを待てばいい。若者は必ず王都に来たがる——こちらの土俵に引き込めば、手はいくらでもある」
男が窓から消えた。
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ルーカスは柱の影で、息を殺していた。
父が人払いをした時点で嫌な予感がした。【魔力操作の極意】で気配を消して、窓から入った。それが正解だったとも思えないし、間違いだったとも思えない。知らなければよかったとも、今は思えない。
全部、聞こえた。
王座。国土の10%。帝国。暗殺。
足が動かなかった。父がこういう男だということは、どこかでわかっていた。神話級への執着も、ヴァルナー卿を排除しようとしていることも。だから謹慎を食らってもアシュレイに情報を送ろうとした。でも——王座、という言葉は次元が違った。
この国を帝国に売って、王になる。
ヴァルナー卿の力を奪って。
燭台の炎が揺れていた。父はまだ窓の外を見ていた。いつも通りの微笑みが横顔に浮かんでいる。目が笑っていない。
いつからそうだったのか、ルーカスにはもうわからなかった。
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「ライ、こっちに来い」
執務室の隅でライが丸くなっていた。柴犬くらいの大きさになっていた。体の周りにうっすら青白い光が漂っている。
「首輪を嵌める」
ライが目を細めた。
「一時的なものだ。他領に連れていくには従魔の首輪がないと門で止められる」
首輪を見せると、ライの体からパチパチと雷が散り始めた。嫌、という気持ちが雷に乗って出てくる感じがした。
「王都で本物を作ってもらう。それまでだ」
ライはしばらく俺を見ていた。それから、首をゆっくり差し出す。
首輪を嵌めた。ライが何度か首を振る。また振る。慣れない顔で丸くなった。
少し笑った。
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「王都久しぶりだ」とエリーゼが荷物をまとめながら言った。
「仕事だ」
「わかってるよ。久しぶりって言っただけじゃん」
イザベルが食料を詰めながら「ライのご飯どうするの」と聞いてきた。
「現地調達する。最近は肉も少し食べるようになった」
「ミルクは?」
「……まだ多い」
「まだ子供ねえ」とイザベルが笑った。ライがちらりとイザベルを見て、すぐ視線を外した。
「道中、ライが暴れたりしない?」
「しない」
「自信あるの」
俺はライを見た。ライが俺を見た。
「暴れないよな」
ライが顔を逸らした。
廊下で廊下にカルロスがいた。腕を組んで、ライを見ていた。
「三週間以内に戻れ」
「わかりました」
少し間があった。ライがカルロスを見上げた。カルロスがライを見下ろした。何かを言おうとして、やめたような間だった。
「……首輪、本物を作ってもらえ」
それだけ言って、書類を抱えて歩いていった。ライがその背中をしばらく見ていた。
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出発の時、領民が集まってきた。
子供たちがライを見て騒いだ。「大きくなった!」「光ってる!」。ライが子供たちを見た。しばらく見ていた。尻尾が一度だけ動いた。子供たちがまた騒いだ。
「行くか」
ライが前を向いた。エリーゼが「王都楽しみだね」と言った。
「必要があるから行くんだ」
「それが夢がないって言ってんの」
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道中、ライはずっと注目を集めた。
銀白の毛並みに青白い光を纏った柴犬サイズの狼が歩いていれば、誰だって二度見する。馬車が速度を落とし、子供が指を差し、村を通るたびに人が集まってきた。ライは気にしていないのか、それとも気にしているのにそぶりを見せないのか、ただ前を見て歩いていた。
「慣れろ」
ライは振り返らなかった。
一日目の宿に泊まった夜、部屋に入れた。ライが隅に丸くなる。帳簿を開いて少し作業をしていたら、気づいたら足元に移動してきていた。
「狭い」
動かなかった。
しょうがないので作業を続けた。ライの体が温かかった。
翌朝、宿の主人が「あの……従魔の首輪は……」と恐る恐る聞いてきた。首輪を見せると「失礼しました」とすぐ引いた。それが何度か繰り返された。エリーゼは毎回それを面白そうに眺めている。
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王都の門に着いたのは三日後だった。
旅慣れた門番でも、ライを見た時の顔は同じだった。固まって、首輪を確認して、「……通ってください」と言う。それでもライから目を離せないでいた。隣の門番と何か囁き合っていたが、気にしなかった。
大通りに出ると、人が自然と道を開ける。前に来た時より広く感じるのは、ライがいるからだろう。
「気持ちいいね、前が開けて」とエリーゼが言う。王都の人間でもさすがに銀白の狼には慣れていないらしく、みんな二度見してから道を空けた。ライは至って涼しい顔で歩いていた。
「そういう目的じゃない」
「わかってるって。で、職人の工房はどこ?」
「……それが」
「え」
「場所まで把握していない」
エリーゼがしばらく黙った。
「来る前に調べてこようよ」
「地図にも載っていなかった」
「じゃあどうすんの」
「セレスティアに頼む」
「あー」とエリーゼが言った。「確かに、王都のことなら」
「前回の滞在でわかった」
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魔法学院の正門で名前を告げると、すぐ通してもらえた。学院の中は広い。研究棟の窓から魔法の光がいくつか漏れている。ライが珍しそうにきょろきょろしながら歩いていた。
中庭で、向こうから銀髪が来た。セレスティアだった。
俺たちに気づいて歩いてくる。途中でライを見て、足が止まる。
「……アシュレイ」
「久しぶりだ」
「それ——サンダーウルフ?」
「そうだ」
しばらくライを見ていた。「しかも」と呟く。「アシュレイと同じ雷を持ってる。こんな個体、見たことない」
ライがセレスティアを見ていた。
「ライといいます」とエリーゼが代わりに言った。「よろしくお願いします」
セレスティアがエリーゼを、それからライを、それからまた俺を見た。
「……色々と話を聞かせてもらえる?」
「その前に頼みがある。王都の職人街に腕のいい首輪職人がいると聞いているが、場所を知っているか」
「知ってる」
即答だった。
「グレン爺さんのことでしょ。サンダーウルフの魔力に対応できる首輪となれば、あの人しかいない」セレスティアがライをもう一度見た。「案内する。でもその前に——」
「話は後でいい。先に職人の工房だ」
セレスティアが少し口をつぐんだ。それから「わかった」と言った。
ライがセレスティアを見上げていた。セレスティアがライと目が合って、少し目を細めた。
「……よろしく、ライ」
ライは何も言わなかった。ただ、視線を外さなかった。セレスティアが少し笑った。研究者の顔になっていた。
歩き出したセレスティアの後を、ライがついていく。エリーゼが小声で「なんかもう馴染んでるね」と言った。俺は何も言わなかった。
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