第24話「銀白の眠り、新たな朝」
ヴァルナー領の門をくぐったのは、夕暮れ前だった。
イザベルが玄関に立っている。
アシュレイを見た。エリーゼを見た。それから——ライを見た。
何も言わずにライの前にしゃがんだ。そっと、両腕を広げる。
ライが動かなかった。
一秒、二秒——それから、ゆっくりと前に進んだ。イザベルの腕の中に、体を預ける。
イザベルが静かに抱きしめた。
「……おかえり」
誰に言ったのかわからなかった。全員に言ったのだと思う。
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執務室でカルロスと話した。
「母狼は」
「奥の部屋に。お前が場所を決めろ」
「……わかりました」
カルロスが書類に目を落とす。それから、少し間を置いて顔を上げた。
「怪我は」
「もう問題ない」
「そうか」
それだけだった。
書類に目が戻る。でも——それだけで十分だった。
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翌朝、奥の部屋に入った。
布で丁寧に包まれた亡骸が、静かに横たわっている。大きい。それでも、布の中に収まっていた。カルロスが包み直したのだろう、布が几帳面に折られている。
ライが傍に来た。
しばらく、じっと見ていた。
鳴かない。ただ、見ている。
「行くか」
ライが顔を上げた。
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アシュレイとエリーゼで亡骸を抱えて、ライと三人で森に入った。
ライが先を歩く。迷わなかった。知っている場所に向かうように、まっすぐ進んでいく。木々の間を歩くにつれて、光が変わっていった。葉の隙間から木漏れ日が差し込んでいる。風が静かだった。
しばらく歩いたところで、ライが止まる。
大きな木の根元。
苔が生えていて、柔らかい土。木漏れ日が、その場所だけに集まるように差し込んでいる。
ここだ——ライの体からそういう意思が伝わってきた。
「ここでいいか」
ライが動かなかった。
それが答えだった。
アシュレイとエリーゼで土を掘った。深く、丁寧に。二人とも無言だった。根が張っていて、時間がかかる。土の匂いがする。それでも止めない。
穴ができた。
アシュレイが亡骸を抱える。重い。布越しに伝わる重さが、ずっしりとある。ゆっくりと、穴の中に下ろした。
乱れた布を整える。
最後にもう一度、布に手を置いた。
(……ライを、任せてもらった)
土を被せた。エリーゼが手伝う。二人で丁寧に埋めていった。
それから石を積んだ。大きな石を下に、小さな石を上に。崩れないよう、一つずつ確かめながら積んでいく。
エリーゼが森の中から花を摘んできて、墓の前に供えた。白い小さな花だった。
ライが墓の前に座る。
じっと、見ていた。
アシュレイが隣に座った。エリーゼも反対側に座る。
誰も何も言わなかった。
風が吹いて、木の葉が揺れる。木漏れ日が、墓石の上で揺れている。
しばらく、三人でそこにいた。
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帰り道、ライの歩幅が変わっていることに気づいた。
体が大きくなっている。肩の位置が上がっていた。横を歩くライの背が、以前より高い。
屋敷に戻ると、イザベルがライを見て目を丸くした。
「まあ! 大きくなってる!」
「でしょ! 帰り道からずっと気になってたんだよ」とエリーゼが言う。
ライが二人を見た。それから視線を外す。
「……まだ大きくなるかもしれない」
「馬くらいになったらどうするの」とイザベルが笑う。
「……考える」
「考えるじゃないわよ」
イザベルが笑った。ライがイザベルを見る。その目が、少し呆れているようだった。
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夜、執務室で作業していると、足元に気配があった。
ライが来て、丸くなる。
前より体が大きい。足元が少し窮屈になっていた。
「大きくなったな」
ライが顔を上げた。じっとこちらを見る。
それから、また丸くなった。
窓の外に月が出ている。青白い光が、月明かりの中で静かに揺れていた。
(お前の母親は、お前を俺に預けた)
羽根ペンを動かしながら、内心で思う。
(俺はそれに応える)
ライが寝息を立て始めた。
足元が、温かかった。
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