第23話「戦場の後、それぞれの誓い」
夜明け前だった。
カルロスが出発の準備を整えている。母狼の遺体が、丁寧に布で包まれていた。大きい。布が足りないくらいだ。それでも、できる限り丁寧に。誰が包んだのかは聞かなかった。
カルロスが振り返る。
「先に帰る」
「……頼みます」
馬に乗ったカルロスが、ライを見た。しばらく、黙ったままだ。
「……待っていろ。きちんと眠らせる」
ライが止まる。
一行が動き始めた。荷馬車が遠ざかっていく。ライはその背中を見送っている。俺はその隣に立った。
何も言わない。
ライも何も言わない。
ただ、見送るだけだった。
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朝になってからハンスと話した。
「好きなものを持っていけ。遠慮するな」
「では——ボスワイバーンを一体、丸々いただきます」
「あれは一番でかいぞ」とハンスが笑う。
「それだけでいい。残りは村に渡してくれ」
笑いが止まった。腕を組んで、少し間を置く。
「……食えない男だな」
「お褒めいただき光栄です」
ジークが静かに補足する。「ボスワイバーン一体の素材を換算すれば、相当な額になります。残りを村に渡す損失を差し引いても、十分すぎるほどの取引です」
「村の再建に使ってくれ」
しばらく沈黙が続いた。
「はっ」とハンスが笑い、肩を揺らす。「ヴァルナーの小せがれは、父親より商人に向いとるかもしれんな」
「貸し一つだな」
「そういうことです」
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翌日の朝、ジークがエリーゼに声をかけた。
「せっかくなので稽古をつけましょうか」
「お願いします」
即答だった。
稽古が始まる。ジークの動きに予備動作がない。槍を持っているのに間合いが読めない。踏み込んでくる前に既に体が動いていて、エリーゼが剣で受けようとするたびに角度が変わっている。
それでもエリーゼは食らいついていく。
弾かれても戻る。押されても前に出る。受けきれなくても止まらない。
俺とライが離れて見ていると、ハンスが隣に来た。
「あの娘、素質があるな」
「……知っている」
「いつか剣聖になるかもしれん」
返す言葉はなかった。
ライが稽古を見ている。目が動いている。
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稽古が終わった後、ジークが話した。
「スキルは進化します」
「どういう条件で?」とエリーゼが聞く。
「窮地を乗り越えたとき。強い意志で鍛錬を重ねたとき。あるいは死地を何度もくぐり抜けたとき——ただし、条件は人によって違う。いつ進化するかは、誰にもわかりません」
「どうすればわかるんですか」
「わかりません。ただ——限界を超えようとし続けた者だけが変わる。それだけは確かです」
一拍置いて、ジークが続ける。
「魔物も同じです。魔素——魔物全体が持っている魔力があります。より強い魔物の魔素を吸収することで、上位の種へと変貌する」
「ボスワイバーンが群れを率いていたのも」と俺は言った。
「魔素を集めるためだったと思います。群れが強くなるほど、ボスが吸収できる魔素も増える」
ライが聞いている。
「サンダーウルフを狙ったのも——」
「おそらくは」ジークが静かに言う。「サンダーウルフの魔素は別格です。手に入れれば、さらなる上位種への足がかりになる。それを知っていたかどうかはわかりませんが——本能として、狙っていたのだと思います」
ライが動かない。
聞いていた。全部、聞いていた。
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夜、エリーゼが一人で剣を振っていた。
村の外れ、焼けた建物の跡の近くだ。火の粉がまだ残っている。それでも構わず振り続けている。
「まだやるのか」
エリーゼが振り返らない。
「もっと強くなる」
「今日だけで相当振った」
「関係ない」
剣が止まった。振り返るエリーゼの顔に、泣きそうな笑みが浮かんでいる。
「次は私が守る番だから」
「誰を」
「みんなを」エリーゼが言う。「アシュくんも、ライも——もう、あの時みたいに何もできないのは嫌だ。ライのお母さんが死ぬのを、ただ見てるだけなんて」
返す言葉が見つからなかった。
「剣聖になれるかな」
笑いながら聞いてくる。泣きそうな顔のまま笑っていた。
「……なれる」
「即答じゃん」
「お前が諦めない限りはな」
少し間があった。
「……諦めないよ。絶対に」
また剣を構える。その背中が、昨日より少し大きく見えた。
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三日後の朝、出発した。
村の復興の手伝いを少しした。水路の仮修繕。瓦礫の片付け。できることをやった。
ハンスが見送りに来る。
「またいつでも来い。歓迎する」
「北の森の動向を引き続き教えてください」
「任せろ。何かあればすぐ知らせる」
ジークがエリーゼに向き直った。
「稽古の続きは、またいつか」
「絶対来ます」とエリーゼが言う。「次はもう少しましな動きをします」
「楽しみにしています」
ライが先を歩き始めた。
振り返らない。前を向いたまま、ただ歩いていく。
俺とエリーゼがその後に続いた。
しばらく歩いたところで、エリーゼが言った。
「ねえ、ライ——少し大きくなった気がしない?」
俺はライを見る。
「……気のせいじゃないかもしれない」
「やっぱり」
ライが振り返らない。前を向いたまま歩いている。
その背中が、少し大きかった。
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