第十一章 旅の終わり 十
十一章 旅の終わり 十
王は私を試している。私の周囲を回り、時折攻撃を仕掛けてくるが、まだ重くも速くもない。私からの反撃を待っておるのか。実力は王の方が、私より遥かに上であろう。だが無理攻めするつもりはない。私はただ、己の持てる全力を尽くせばよい。
王の攻撃をさばきながら、反撃の糸口を狙う。簡単に打ち返せる角度からの攻撃は仕掛けてこぬ。王が一歩強く踏み込んできたとき、そこを起点としよう。十数回、王の攻撃をさばいたとき、王は続けて左横方向から踏み込み連撃をかけてきた。本来であれば無駄な動作を加えるべきではないが、ここは大げさな反撃を取らせてもらおう。
回転しながら宙へ跳び、王の攻撃をかわしつつ手斧を振り下ろす。王はそのまま駆け抜ければ回避出来たであろうが、あえて私の攻撃を受け止めた。
「そなたの実力ならば、まだまだ余裕といったところか」
「準備運動なら必要ない」
「はっはっは、そうかそうか。では、これは対応出来るか?」
王は一歩引き、腰部から生えた傘状の被膜を広げると、そこから発していたエネルギーを止めた。朱色の光が消え、辺りは闇に包まれる。消えたのは光だけではなく、音も動揺だ。王が移動するときの風音、空気の動くわずかな音すら聞こえなくなった。視覚と聴覚に頼らずに戦えるかと試してきたか。
王の位置は感知出来る。ムクほどではないが、音の反響を捉える術を私も心得ている。舌打ちで独特の高音を打ち出し、その反響を捉える。王はエネルギーを利用した加速を止めたことで、速度が低下しておる。私程度の反響術でも位置の把握は容易だ。しかし簡単過ぎる、王がわざわざこのような茶番を仕掛けるわけがない。
突如、正面からの反響を捉えた。王の位置は私の背後、反響とは正反対の方向のはず。本来ありえぬはずの方向に何かが現れた。臆舌の分身のようなものであろうか。だが術の類はカンスケが敷いた陣によって封じているはず。ならば物理的な何かがそこにあるということか。
なんにせよ狙いは分かりやすい。正反対の方向からの挟撃だ。一つを手斧で受け止めれば、もう一撃を防げぬ。一つを避けたとして同様。王は分かりやすく、私の前後からの同時攻撃をかけてきた。本来なら悪手だが、強引な対応をさせてもらうか。前からの攻撃は手斧で受ける。背後からの王の攻撃は、掴む。王の剣を指でつまみ止める。
「なんと強引な解決策を」
「貴殿がまだ本気でないのでな」
そう言葉を交わしつつ、正面に現れたものがなにかを確認する。……骨か、いや少し違う。
「貴殿の鎧か」
「先に砕けた鎧の残骸だ。それを人型に組み直し自動するようにした」
骨の兵を操るのと同じことか。王の鎧は術の類ではなく元々備えていた体の一部。そこにエネルギーを込め自動するようにあらかじめ備えていたということか。こうなると、こちらも反撃を狙い続けるというわけにもいかぬな。
「その残骸、ただの傀儡とはいえ並みの戦士では手も足も出せぬよ。そなたならば勝てるか?」
王がそう言い終えると同時、私は手斧を振り下ろし残骸を砕いた。技も策も要らぬ、ただ単純に破壊すればよいだけだ。王は愉快そうに笑いを上げながら、しかしようやく正面からやり合う気になったようだ。
「傀儡が反応出来ぬ速さで砕くとはな、そなたに搦め手は通用せぬな」
「時間稼ぎは必要なかろう。麗冷はただ、後ろから弓で貴殿を狙っておるだけだ。それ以上の意図はない」
「無の力の理不尽さは、今まで散々目にしておるのでな。しかしそなたがそう言うのなら、そうなのであろうな」
王は私の相手をしつつ、ずっと麗冷の動きに注意を払っていた。あの子の力は感情を引き金にする。自由に扱えるものでないことは、私にとっても安心材料だ。
「無の力を向けられれば、余といえど問答無用で消滅させられてしまうのでな。だがそれを使う気がないのであれば、そなたとの戦いに集中できるな」
ようやく本番ということだ。王は再び被膜からエネルギーを放出し、剣を構えた。私よりも麗冷の方がよほどの脅威であることは理解出来る。あの子の力は実力や経験差を無視し、消滅という結果を無条件に突き付ける。しかし麗冷はその力にもう頼らぬことを私に約束してくれた。ならば私はあの子が生きるこの先の世界を守る為に、己の力を存分にここで振るおう。
「徐々に力を上げていく。そなたがどこまで余に喰らいつけるか、試させてもらおう」
相手は数多の世界を渡り、数千年を生きた死神の王だ。八〇年も生きておらぬ私がどれほど追いつけるか。しかし絶望的な開きがあるとも思わぬ。王とはいえ、生物の中の一個体。生まれ持った体の限界点というものがあるはずだ。長く生きていれば無限に強くなれるというものでもないはず。
この実力差は壁ではなく崖だ。王は崖の上に立ち、私を見下ろしている。しかしどんな絶壁も決して登れぬわけではない。王は私が登頂出来るかを試しておる。孤独であろうな、横に立つ者がおらぬというのは。
……弓は常に限界まで引き絞ってる。焦りからそれを離す心配がないのはありがたい。焦ることすら出来ないからね。
「きみ、あの二人の戦い見えてるの?」
「なんにも見えないよ。いっそ見えなくてよかったよ。迷いも後悔も生まれないから」
ガンジイと王の戦いは、わずかな残像があるだけで全く視認不可。いつ矢を放とうか、なんて考えが一切浮かばない。見えてないのに撃ってどうするんだって話だ。
「お前には見えてるの?」
「最初の方はね。でも秒間あたりの衝突が二〇回とかになったくらいから、もう分かんなくなった」
一秒の間に二〇回以上、攻防が起きてんの?このまま加速していったら、もう認識すら出来なくなるぞこれ。今は「なんか動いてる」ことは分かる。一応そこに二人がいて、戦っていることは分かる状態だけど。人間の目というか、脳が認識出来る限界の速さってどれくらいだっけ。ガンジイは肉体が変異起こして人間の限界超えてるだろうけど、わたしの体は普通の人なんだよな。
「一応聞いとくけど、おれの手助けいる?きみの周りだけ時間の流れ遅くするくらいは出来るけど」
「いらない。矢が向こうに到達する時間が分かりづらくなるだけ」
一際大きな、刃物がぶつかり合う音が聞こえ、戦いが一度止まった。手斧と剣の刃を合わせたまま、つばぜり合いをしつつガンジイと王は対話を始めた。
「そなた、そなたのような戦士がいるものなのか」
「なにをどう評しておる」
「あまりに、静か。闘志というものが感じられぬ。しかし、例えるのならまるで凪の海のような……」
刃がぎりぎりと音を立てる。お互い一歩も引かないまま、その状態が維持されているのが見ていて怖いな。
「波風一つない、大海原のようだ。どこまでも続く広大かつ平静の水面。しかし深海のように底知れぬ力強さがある。これほどの底の深さを持ち合わせながら、そうも心静かにいられるものなのか」
「……貴殿は、やはり孤独か」
「……そうか。そなたには、後を託せる仲間がおるのだな。平穏をすでに得ておるのか」
刃が爆ぜ、二人がほんの少し距離を離した直後、また戦いが見えなくなった。王は、ガンジイを羨んでいるのか。ガンジイをというより、その使命の終着点を得ていることにか。
そっか、死神ってなにかしらで消滅するまで、使命の終わりが来ないんだ。だからみんな、自分がどうやって消えていくのかを大切にしたいのか。王はなおのことそうなんだろう、ノイやヴォンは、自分が消えても王がいる。でも王にはそれがいない。自分の後を任せられる人がいないんだ。
「ねぇ、さっき二人が止まってるとき、矢を放つ絶好のチャンスだったんじゃ?」
「お前、ちゃんと王を安心させてやりなよ」
「え、なんのこと?」
「矢はまだ放たないよ」
わたしの矢が当たったとして、それだけ王の鎧は砕けない。どちらかだ。矢で注意をそらし、ガンジイの一撃で鎧を砕くか。ガンジイが鎧にダメージを入れ、わたしの矢でとどめを刺すか。そのどちらかのチャンスを待たないと。
「矢に無の力を込める気はないの?」
「ないよ。そんなことする気になれない」
「なんだ、そうなんだ。じゃ、がんばってよ」
すっかり他人事だなこいつ。変に手を出されるより全然いいけど。それよりも、ガンジイはまだ本気になってなかった。王がまだ力を留めているということだろうな。でも戦いはどんどん加速してる。……それより、さっきのガンジイと王の会話気になるな。
もしかして王は、もう死ぬことを決めてる……?
「死神の使命を放棄されるのは、あんまり嬉しくないよね」
「同意求めてる?おれに関係ある話かい?」
「めちゃくちゃ関係あるよ」
「……きみ、まさかさぁ」
「お前が、次の死神の王様になる予定だからね」
カンスケは「へぇ」と気の抜けた相槌を打った。腑抜けてんなぁ、大丈夫かこいつ。マリアさんにどんだけきつく叱られたんだ。
「王が直々にそう任命した方がいいんだよね。王には少なくとも、そうしてから死んでほしい」
「それも宇宙の意思に確認済みかい?」
「承認済みだよ」
「笑えないコメディだねぇ。救世主を首にされたら、次は死神の王かい」
こいつに安らぎなんて訪れない。この戦いが終わっても、こいつは次の使命に追われることになる。でも別にいいでしょ、こいつなんだし。ガンジイだって死んだ後は光側のリーダーに任命されてるし、こいつだけ休ませるなんてさせないよ。
「……もうさ、あの二人の戦い全く見えないんだけど。きみの弓、本当に当てるつもりで構えてる?」
「当たり前でしょ。わたしは独りじゃない、ガンジイが教えてくれる」
もう目は閉じる。自分の目は信用出来ない。ただ、集中する。ガンジイの声だけに、全集中力をかたむける。ガンジイへの信頼が、なによりの武器になってくれるから。
一撃が重くなってゆく。私と王は加速を続けてゆく。もはや感覚だけで戦っておる。見るのではない、視る。聞くのではない、聴く。動作は思考を超え、肉体が最善の動きを選択する。
なんと、悲しい戦いであろうか。王は嘆き、その悲哀が刃を通し皮膚を這う。それでも己の使命を全うすることから逃げずに、こうして私と戦いを続けておる。
『そろそろ、終わりにしようか』
『……来い!!』
言葉を介さず、私と王は互いの意思を聴いた。次の一撃で、この戦いは終わる。
王は私の正面に立ち、剣を両手で持ち直し、構えた。
私は右足を引き、右腕を大きく振りかぶり、全身の力を抜く。
王が動く。被膜からのエネルギーが大きく脈動し、停止から最高速度へと瞬時に加速する。
私は弛緩を維持したまま、腰を軸とし右半身を回転させ、手斧を振り抜く。
剣と手斧が交わるその瞬間、全身の筋力を稼働させる。全ての力を刃の一点に集中させる。
『……あの娘に、これほどの技量があったのか』
感覚は肉体の限界を超え、時間が極限まで低速に流れていく。その停止するに等しい時間の中で、麗冷の放った矢はゆっくりと私の頬をかすめ、剣と手斧の隙間を潜り抜け、王の左目を射抜いた。
矢は脳まで到達したのだろう、王の重心が僅かに左にぶれた。手斧は剣を弾き上げ、その勢いのままに王の懐へと一歩踏み込む。
『私と共に旅をしてきた戦士なのでな』
『見事』
手斧を王の胸の中心へと振り下ろす。刃はさほど抵抗もなく鎧を砕き、その破片が地へと落ちていく。王は左目から矢を引き抜くと、再度「見事」と声に出し麗冷へ視線を向けた。
「運に任せ矢を放ったわけでもあるまいよ。何故射ることが出来たのだ?」
「不思議な話でね、ガンジイが『来い』って言ったのが聴こえたんだよね。それに合わせて撃った」
「……はっはっは、そうか。……そうか、羨ましいことだ」
王は天を仰ぎ、静かに立ったまま数秒沈黙した。これで、終わりだ。もう王は、死神には、戦う意思がない。
「余にはもう、肩を並べ戦う仲間がいないのでな」
「まだ生きてはいるよ。会いに行けば?」
「ここで待つ。全ての者がここに集まってきているのだ。他の戦士の顔も見てみたいのでな」
「皆の腕試しもしておくかい?」
カンスケが余計な口を挟み、麗冷に頭を殴られた。王はそのやり取りには関心を示さず、淡々とこう言った。
「もう十分であろうよ。余の鎧を二層も砕ける世界など他にあるまい。余は使命に殉じた。この世界の可能性を認める。余はもう死神ではない。最期は余の望むままに、終わりを迎えさせてくれ」
仲間との対話、ノイとヴォンと会うことが王の最期の望みであろう。数百、あるいは数千の歳月を共に過ごした仲間であろう。消滅の前に交わしたい言葉などいくらでもあるはずだ。ヴォンの方は会った事がないが、ノイが消えてしまうのには私も寂しさを覚える。奴は私とも本気の戦いを望んでいた。死神という存在に敵意を感じずに済んだのは、初めて接触したのがノイだったからという部分が大きい。
「ノイとヴォンは、貴殿でも消滅を防げぬのか」
「……無理なのだ。一度力の解放を使えば、もう燃え尽きるまで余でも止められぬ」
「それでもカンスケを生かすのか」
「奴の母に敬意を表してな」
カンスケは無言で姿勢を変えず座り続けておる。こやつには何かしらの形で責任を取らせたいところだが、今さらなにをもってしても、過ちを取り返すことなど無理であろう。出来るとするのであれば……。
「麗冷」
「あぁ、やっぱりこっちにも聞くよね」
「お前に負担をかけるのであればせずともよい。しかしノイとヴォンを救うことは可能か?」
「魂の修復はねぇ……。園子を助けたことならあるけどねぇ……」
「厳しいか」
「わたしの問題じゃなく、相手側の問題。ノイとヴォンがわたしと、無の力に対して完全に心を開けるなら出来るよ。でも無理だと思う、無の力に対する恐怖が染みついてるだろうから」
王が「やはりそうか」と諦めの一言を発した。死神は常に宇宙の意志と共にあり、無の力の利用で世界を消滅させてきた。それに対し救いを求めることは本能が拒絶してしまうのか……。
「でもね、そんな常識をぶち壊して、非常識なことが出来てしまう人がいるよ」
王も私も、即座に奴のことを思い浮かべた。魔女だ。奴ならばどんなありえぬ事態も引き起こす。奴はこの先どこまで介入するつもりであろうか。この戦いでは王が用意した骨の兵に闇人をぶつけ、戦力を均等に調整していた。だが戦いはもう終わったのだ。それでもまだ、奴が現れることはあるのか……。
「わたしもお姉ちゃんに、ノイとヴォンが消えないようにお願いしたいんだよね」
「……そなた、なにを企んでおるのだ?」
「それは後で話すよ。お姉ちゃーん。出てきてー」
「一つ、条件があるわ」
「あ、すんなり出てきた」
現れた、か。いつものように背後ではなく、麗冷の目の前に魔女が突然現れた。それが喜ばしいことなのかは判断出来ぬな。元々これ以上介入するつもりはなかったのか、頃合いを見てそうするつもりであったのか……。
「条件ってなに?なんかとんでもないこと言うんだろうけど」
「あなたに対するものではないわ。王への条件よ」
「……余へ交渉材料があるのか?」
「この子の無の力を消滅させなさい。それが出来たら、配下の二人を助けてあげる」
……王の雰囲気が一瞬にして変わった。魔女の条件が、王を即座に本気へと変えた。
「あなた、配下が消えてしまうのが分かったときから、最後に死ぬつもりでいたでしょう?」
「……その条件は、真なのであろうな?」
「この世界に可能性があろうと、なかろうと、結局は配下の二人と一緒に消滅するつもりだったわね。死神であることを放棄し、一緒に消えてしまうつもりだった。あなたがそこまでの寂しがり屋だとは予想していなかったわ」
「答えてくれ、真なのだと」
「ノイとヴォンだけじゃないわ。クラフォンとミューピレイも生き返らせてあげる。あなたが愛した仲間と共に、これからも死神を続けなさい。ただし、条件を忘れないことね」
魔女が指を振ると、見たことのない人物が二人現れ、眠ったままそこに立っていた。さきほど口にした、クラフォンとミューピレイであろう。魔女がもう一度指を振るとその二人は消え、魔女も姿を消した。
麗冷は呆気にとられ、呆然と立っている。魔女がここまでのことをするとは露とも考えていなかったのであろう。そしてそれは、私にとって悲しい事実を浮かび上がらせていた。
「子よ、私に嘘をついていたのか」
「……ノイとヴォンが生きてた方がね、都合がよかったんだ。カンスケだけだとちょっと信用出来なかった。二人が補佐してくれたらなって思ったの。大失敗どころじゃなくなっちゃった」
「以前聞いた、お前の計画。あれを実行するつもりでいたのだな」
「うん」
「すまぬ」
謝罪の言葉しか出てこない。私はこの子に、未来を信じさせることが出来ていなかったのか。仲間を信じさせてやれなかったのか。
「そこで怒らないで謝られると、すごい嫌な気持ちになるね」
「王よ、しばし待っていてくれるか」
王はいつの間にか銀の剣を手に持ち、麗冷を凝視していた。その佇まいの中に焦りはなく、歓喜と余裕がにじみ出ている。そのはずだ、王が本気になれば、ここで麗冷から無の力を奪うなど容易いことであろう。その余裕からか、王は私の要求を受け入れてくれた。
「構わぬよ。余にとって、なにもかもが好都合となったのでな」
麗冷の隣に座っていたカンスケもいつの間にか立ち上がり、頭をがりがりとかきむしっている。いままでに見たことのない仕草だ、精神的な負荷を軽減する為に、無意識に軽度の自傷行為に走っておるようだが。
「もう成り行きに任せようとは決めていたけどさ。こうも悪い意味で想定外のことばかり起きると、ストレス半端ないよね」
「そうだね。まさかお姉ちゃんがここまでしてくるとは予想してなかった」
「きみ、未来予知も出来てたんじゃないの?」
「……お姉ちゃんが関与する未来は、今初めて生まれた。今この瞬間まで、このルートは存在しないはずの道だった」
……存在しないはずの、道。麗冷は必ず、計画を実現出来る未来を予知していたはず。しかし今、それが崩れたということか。ならばまだ間に合う。この子が実行しようとしていた計画、それを止めることが出来るはずだ。
「今分かったよ、お姉ちゃんがわざわざ死神界に行って、一度王と戦っておいた真意はこのためだったんだ。あれだけの実力差を見せつけておけば、王も信じるよ。お姉ちゃんなら本当に死神をみんな助けられる。生き返らせも出来る」
「とりあえず早く教えてくれない?きみ、一体なにをしようとしてたの?」
麗冷はまだ諦めておらぬ。この子の当初の計画をまだ実行するつもりだ。顔を見れば分かる、この子は簡単に自らが定めた歩みを止めぬ。
「ガンジイは、やっぱりわたしの敵になるの?」
「子よ、わたしは常にお前の味方だ」
「じゃあ王と戦ってくれる?」
「それを今から決めるのだ」
数か月前になるか。麗冷から聞いていた計画。その内容はあまりに自分勝手な優しさであった。この子は己の存在と引き換えに、この世界を永遠に守るつもりでいた。
ー数か月前、麗冷が語った計画の全容はこうだった。
「まず結論言っちゃうとね、わたしの無の力がもっと成長すれば、崩壊を逃れられそうなんだよね。成長というか、暴走に近いだろうけど」
「詳細を」
「切り離すんだよ」
「なにをだ?」
「この世界を、この宇宙から切り離す。そして別の宇宙に接続する。その宇宙が崩壊する時がきたら、また同じことをする。それを無限に繰り返す」
「……すまぬ。何を言っているのかまるで理解が出来ぬ。別の宇宙だと?」
「宇宙は一つじゃない。無限に存在してるの」
「そう、なのか?」
「わたしが無の力に呑まれたときに、全部視えたからね。初めて死神に襲われた後、宇宙と世界の関係を、木の絵に例えて説明したの覚えてる?」
「木が宇宙。枝が世界。その枝の上で暮らす虫を魂と例えたな」
「そう、木なんだよ。宇宙って森の中にある一つの木にすぎないの。周りに無数の木が生えてるし、その無数に木が生えている場所も、一つの枝でしかないの。その枝もまた、別の宇宙の中の枝の一本でしかない」
「では最果てはどこにあるのだ?その連鎖はいつまで続くのだ?」
「最果てなんてない。無限だよ。この構造が無限に続いていく。終わりなんてないの。枝は宇宙であり、その宇宙も別の宇宙の枝であり、そしてその枝も……」
「……頭が痛くなる話だが。本当に、別宇宙への接続など可能なのか」
「わたしなら出来るんだよ。無の力を最大限活用すればね。まずこの宇宙を無で包むの。難しい言葉を使うと真空の泡の中に、この宇宙を丸ごと入れる。そして別宇宙との垣根、壁を一時的に無にしてしまう。そうすれば別宇宙と接続可能になる」
「私の感覚や知性では、いまいち理解出来ぬ話だ」
「でもね、この宇宙全体を、別の宇宙に接続するのは難しいと思う。出来ていくつかの世界だけ、なんならこの世界だけでぎりぎりかも」
「しかし、子よ」
「なに?」
「その先の世界に、お前はいないのであろう?」
「そうだね」
「……」
「わたしは無になる。あえて自分を無の世界に放り込む。なにも無いからこそ、そこに無限に存在し続けられる。時間も、空間も、なにも無い。だから魂が劣化していくこともない。この世界と溶けて一体化すると言い換えていいよ」
「ならぬ」
「わたしの意思は無限に続くの。宇宙が崩壊する度に、わたしはこの世界を別宇宙と接続するように動く。無の中で、わたしは永遠にそこにいる」
「それを本気で実行するつもりならば、ここでお前を殺すことも辞さぬぞ」
「そんなことしたら、みんな暴走した無の力に呑まれちゃうよ」
「それでよい。お前を永遠の孤独の中に放り込むくらいならばな」
「大げさだなぁ」
「お前は何も知らぬのだ。たった独り、闇の中を歩き続けることがどれほどの辛苦であるのか。その苦しみをお前が味わうことになるならば、その前に世界ごと共に消滅しよう」
「……大げさだよ」
「なぜそのような道を選ぶ必要があるのだ。崩壊を超える方法を、皆で探せばよいであろう。ムク達がおるではないか」
「わたしが、納得出来ないから」
「……お前は無力などではない」
「ごめんね、わたしって自分勝手なんだ。みんなを崩壊から守りたいのは本当だよ。でもそれよりもね、自分がみんなを助けたんだっていう満足感がほしいの。みんなで崩壊を乗り越えても、わたしはそれに納得出来ない。みんなで、じゃない。わたしが助けてあげたんだって事実を実現させないと、わたしは納得出来ない」
「意味が分からぬ。ふざけておるのか」
「本気」
「……ならぬ。いかなる手段を使っても、私はそれを止める」
「まぁ、現段階での計画だからね。この先で多少の変更点は出てくるはずだし。きれいにわたしの計画通りに進むわけもないし。ただちゃんと伝えておきたかったんだ」
「私は決してそれを肯定などせぬぞ」
「それでも、ガンジイには伝えておきたかったんだ」
「……まだ時間はある。この件は保留としておこう」
ーそれが麗冷が語った計画の全容であった。この子はたった独り、永遠の闇の中にいることを選ぶつもりであった。そして今もその決意は揺らいでいなかった。なぜだ、なぜそうも自分を卑下するのだ。なぜお前は自分を愛することが出来ぬのだ。そのような道を選ばずとも、お前を大切にする友はすでにおるではないか。
この子の無の力を消したなら、強制的にその計画を止めることが出来る。このまま私は手出しせず、死神の王に任せればよいだけだ。だが……。
いいや、迷うな。私はこの子を救うのだ。この先この子に恨まれ続けても構わぬ。生きていてくれればそれでよい。永遠の無の中になど、捕らえさせてなるものか。
「ガンジイ」
「……」
「戦い、まだ終わらないみたいだね」
「……あぁ」
次回へ続く……




