第十一章 旅の終わり 九
十一章 旅の終わり 九
「ママ、さすがに殺意高過ぎるって」
「このまま死神を撃退したところで、あなたを生かしておいてはこの世界は壊れてしまうでしょう」
「……貴様、身内からもここまで危険視されていたのか」
「ママだけだって。おれを心から信用してくれてる人もいるから」
まぁマリアさんの言い分にも一理どころか八理くらいある。このままカンスケがこの世界に居続けたらよくないことが起きるだろう。でもカンスケ自身もそれは分かってて、オクゼツに自分の後ろを託すつもりではいるみたい。だからマリアさんが事を急く必要はなさそうなんだけどなぁ。
「先に言っておくが、そなたが元いた世界は余が消滅させておる。それでも肩を並べるというのか」
「その世界は魔女様が複製したものですよ。あなたはそれを消しただけです」
「……はっはっは。笑うしかないな、世界を一つ複製か」
王は乾いた笑い声を出しながら剣を構えた。もちろんカンスケに向かってだ。カンスケはさすがにげんなりした様子だ、予想外の展開を好む奴だけど、こういうカオスな展開は望んでないみたい。それともあれかな、無意識化でこの展開も考えてはいたのかもしれない。なんにせよ、どうやって王とマリアさんの二重攻撃をしのぐつもりだろうか。
『……来たれ、七つの怒りよ。来たれ』
カンスケがなんか言い始めたぞ。次は何を始めるつもりだこいつ。
『一に獣の子はすでに悪性の腫れに苦しんだ。二に遠く離れた海は血に変わり、そして三の怒りが、血の雨が降り注ぐ』
……空からぽつぽつと、雨が降り始めた。なんだこれ、朱色で血みたい……。エネルギー変換……?闇のエネルギーが別のエネルギーに変化して、闇の黒から血の朱色に変わってる。それが雨に混じり同化し降ってきてる。
「そなたは手を出さずともよい。元より戦など出来ぬ状態であることは明白であろう」
マリアさんの返答を待たずに、王が仕掛けた。でもカンスケに接近する途中、なにかに気付いたようで急停止した。……大地が、燃えてる……?いいや燃えてるなんてものじゃない、蒸気を上げ始めて、溶岩みたいに溶けて沸騰し始めた。まるでミニちゃんの太陽ビームの直撃を受けたみたいに……。なんだこれ、カンスケの奴なにを起こし始めたんだ一体。
『四の怒りが沸くであろう。焼かれるがよい。太陽の火によって』
カンスケの周りから噴火のような白濁した煙が噴出し、溶解した大地が巨大なヘビのように頭を上げて、王へと襲い掛かった。王は迷わず回避を選んだ、王の鎧なら溶岩程度の熱でダメージを受けることはないと思うけど、これただの溶岩じゃない。今も振り続けてる朱色の雨、そのエネルギーが大地に落ちて溶岩の中に溶け込んでる。つまり膨大なエネルギーの塊だ、触れたらなにが起きるか予測がつかない。
溶岩のヘビは数を増し、神話に出てくる怪物みたいに、いくつもの頭で王に襲いかかっていく。王は残光だけを残しながら、尋常じゃない速さでそれを全部かいくぐる。……マリアさんは無事だ。蒸気の熱も溶岩のヘビも、全部マリアさんには届かないようになってる。カンスケはマリアさんを一切攻撃してない。
マリアさんは作り笑いを浮かべたまま、じっと灼熱の舞踏会を見つめてる。何を考えているのか、何を感じているのか、わたしでは全く推し量れない。今のところ手出しするつもりはないようだけど……。
『五の怒り、激しい苦痛に悶えよ。火は消え熱は去り、世界は再び闇に覆われる』
カンスケが次のなにかを起こし始めた。さっきまで真っ赤な熱光を発していた溶岩が、突然真っ黒に冷えていく。残った光は王が発するエネルギーの波だけになった。暗闇をただようホタルみたいに、王の周囲だけがぼんやりと照らし出されている。これはなんだ、攻撃がおさまったわけがない。なにが起きてる……?
王は動かない。宙に浮いたまま、カンスケを注視し続けてる。でも徐々に光が弱くなっていく。ダメージを受けてる……?攻撃を受けてるのか?わたしでも感知出来ないなにかが起きてる、どうなってるんだ。
「疑似的なブラックホールです。あらゆるエネルギーがカンスケを中心に集まり、やがて光すら呑み込むでしょう」
マリアさんがそう言った。わたしに教えてくれてる。エネルギーの吸収……。さっきまで暴れ回っていた溶岩も、王が発している光も、あらゆるエネルギーがカンスケの元へ集まっているのか。それ、まさか……。
「あなたが起こそうとしていることと、さほど変わりありませんよ。しかしカンスケは、それをこの世界で爆発させる気です」
……マリアさん、わたしの本当の計画に気付いてたんだ。そんなことよりカンスケの暴走を止めないと。このままだとこいつ、本当にこのままこの世界を消しかねない。なんのつもりだ、なんで今そんなことを……。
カンスケを中心に、あらゆる光が消えていく。闇より深い黒へと変わっていく。駄目だ、なにも見えなくなっていく。王の姿も、マリアさんの姿も、黒が全てを呑み込んでいってしまう。闇の扉の発生過程を、スローペースで見せられているようだ。エネルギーが無理矢理一点に集められていく……。
『さぁ、悪霊達よ。王よ、母よ、預言者よ。六の怒りだ。最後の戦いに備えよ。招集するのだ、戦士達を』
完全な黒の中から、カンスケの声が聞こえた。……こいつ、やっぱりこの展開を想定していたのか。いや、こうなることを確信してたんだ。
「レイレイさん、お戻りなさい。皆をここに集めてはなりません。大丈夫です、この場はわたくしがおさめます」
マリアさんの声も聞こえる。見えなくなっているだけで、そこにいる。マリアさんは続いて王へも指示を出した。
「王よ、ここまでの全てがカンスケの手の上です。あなたの配下の二名の死神がまだ生き延びていることも。そこを動かずにいるのは最善の判断です。この場を離脱し配下を呼びにいってはなりません。この力場はあなたを追いかけどこまでも膨張するでしょう。カンスケに追加の餌を与えてしまうだけです」
「……なぜそなたはまだそこにいる。余の力は急速に奪われていく、そなたの魂はなぜまだ消えずに耐えているのだ?」
「カンスケは、わたくしからエネルギーを奪っていません。……腐っても、それが息子の本質だったということです」
とにかくマリアさんの指示通りここを離れよう。これ以上カンスケにエネルギーを与えるわけにはいかない。闇視を解いて、ガンジイのところに戻る。朱色の雨はここまでは降っていないみたいだ。ガンジイは向こうで起きていたなにかを感知していたようで、手斧を持っていつでも戦いにいけるよう準備していた。
「なにやら、何者かが不穏な動きを見せているようだが。王か、カンスケか?」
「カンスケだよ。あいつもうやけくそになってる。この世界の品定めをしているのは、王だけじゃなくてカンスケもそうだったみたい」
このままではこの世界は崩壊を超えられないと、カンスケの狂気は判断したのだろう。さらにわたしたちを追い込んで、魂の力を引き上げようとしているのだろうとは思う。それに失敗したら、こんな世界消えてしまっていいってこと?
「カンスケは信じているのであろう。皆が自分を止めるはずだと」
「ものすっごい迷惑な信用のされ方なんだけど」
「私も出た方がよいか?マリアはなにか言っていたか?」
「マリアさんはみんながここに来ないように止めてって言ってた。自分がカンスケを止めるって」
ガンジイは手斧を腰に戻した。マリアさんはどこまで予測していたのだろう。本部が消し飛んだのは本当に予想外だったのかな。この状況になって、カンスケの意図に気付いて行動を合わせていってるのか、どうなんだろう。
「子よ、なにもかもを理解する必要はない。マリアは信頼できるのだ、今はその指示に従えばよい」
「そっか。じゃあそうする」
みんなの反応はまだけっこう離れた位置だ。でもこっちに向かってきてる、そのうち合流することになりそう。ただ園子と明はもう動けないみたいだ。アーマーが壊れて移動不可能になってるな。その方がいい、明は戦闘狂だからうずうずしてるだろうけど、周りの超人たちにはついていけないだろうし。そもそも園子は戦いなんてしない方がいい。向いてなさすぎる。
反応が弱っている二つは死神だな。三つの魂が重なってるのはナナゴウたちだろう。ムクは少し弱ってるけど、急速に回復してる。ミニちゃんも疲弊はしてるけど、動くには問題なさそう。驚くほど強い輝きを発しているのはオクゼツだ。あいつ覚醒したな、でも力を出し切ってしまっているから、しばらく休憩が必要そう。
「オクゼツ、ガンジイ並みに強くなったみたいだよ。でもカンスケの奴は『つまらない』ってさ」
「奴らしい言葉ではある」
「マリアさんが止めそこなったらどうしようね。わたしとしては王様に頼るより、マリアさんに片をつけてほしいけど」
「……どちらにせよ、奴は止まると思うが」
「そお?」
ガンジイってカンスケのこと、どこまで信用してるんだろ。一言で信用といっても、いろんな信用の仕方があるしなぁ。まぁそこはどうでもいいか。
わたしは、わたしの計画がうまくいくように戦況が動いてくれれば、結局はそれでいいな。ありがたいことに、みんなが戦ってくれるからこの戦場にはかなりのエネルギーが漂ってる。カンスケが好き放題やってくれてるのも、実は計画実行の助けになっていたりする。一番性根が邪悪なのは、わたしかもしれないな。
おれに出来る最善はもうこれしかない。このままでは、この世界は宇宙の崩壊を超えられない。死神という存在が、この世界のレベルを引き上げる試練なのだと思っていたけど、それだけでは予想通り足りないみたいだ。オクゼツくんはずいぶん心身ともに強くなってくれた。でも足りないんだ、それだけじゃあ。試練が足りない。苦難が足りない。おれがみんなをさらに強くする為にそれを引き起こすしかない。
おれを中心に世界中のエネルギーを集め、疑似的なビッグバンを引き起こす。この世界に可能性がないなら、みんなおれを止められずに終わるだろう。でも大丈夫、保険はある。ビッグバンは終わりと同時に始まりでもある。この世界が一度リセットされてしまうのは悲しいけど、次の世界がまた可能性を育ててくれる。
「貴様、相当なうぬぼれ屋のようだな」
光すら消える闇の中、王様の声が聞こえてきた。全然元気そうだ、すでに相当量のエネルギーを奪わせてもらってるのに。
「可能性を見定めることは、貴様ではなく我等死神の使命だ。己の本分をわきまえよ」
「じゃあ聞くけど、きみから見てこの世界は崩壊を超えられそう?」
「現時点では無理であろうな」
「ほら、おれと同意見。現時点では、ね。だから新たな試練を用意しないと」
「それがうぬぼれだと言っているのだ」
声が近い。おれのすぐ目の間に王様は立っている。おれを殺そうと思えばすぐやれるけど、予想通りそれをする気はないみたいだ。さっきまで本気の殺意を向けてきてたけどね、仲間がまだ生きてるのが相当嬉しいんだろうな。
「無駄ですよ、息子はすでに救世主であることを捨てています。人に試練を与える神になろうとしている」
次はママの声が聞こえてきた。ママも普通に話してくる。なんでだろう、エネルギーを奪い取れていない。ママとはいえ容赦するつもりはないのにな。……おれの中の無意識のなにかが、ママを守ろうとしているのか。
「仕方ないんだって。おれもさ、死神との戦いでみんなが予想を超えるなにかを起こしてくれるなら、それでよかったんだ。でも全部が予想通りにしかならないんだ。このままだと、おれの予想通りにさ……」
「この世界は崩壊すると、言いたいのですね?」
「そう、おれの予想通りにね」
「王の言う通り、あなたはうぬぼれ屋です。すでにあなたに予想出来ない事態が起きているというのに」
「なにそれ、例えば?」
「レイレイさんです。彼女は宇宙の意志との対話を終えています」
「……なんだと……!?」
おれが発言する前に、王が驚きの声を上げた。取り乱すに近いレベルの驚きようだ。……それは事実なのか、だとしたら本当に予想外。それってもう、答えを得ているってことだ、崩壊を超えることが出来るのかどうか。
「あなたは全てが自分の手の上、皆が台本通りに動く役者だとでも感じているのでしょう。ですが、あなたもまた操り人形に過ぎないのですよ」
「その糸を引いているのが、レイレイちゃん……?」
「いいえ、彼女は糸を操るのではなく切るつもりです。彼女もまた、最初は操り人形に過ぎなかったのでしょう。宇宙の意志によって踊らされているだけの被害者だった。ですが彼女は、自らの力でその糸を断ち切ってしまった」
宇宙の意志の予想を超えたってこと……?あのせいぜい三○年程度しか生きていない彼女が……?
「結果世界は暴走し、本来宇宙の意志が想定していた道からあまりにそれてしまった。彼女自身もその違和感には気付いていることでしょう。彼女の旅の始まりは、太陽を探し世界の謎を解くことだったと聞いています。それが壊れ、様々な要因が異様に絡み合い破綻し、こうして宇宙の崩壊を乗り越える戦いへと変異してしまった。その中核にいるのが彼女だからです」
「あの者は、無の力を完全に制御しているというのか?」
「いいえ。ですが彼女はすでに答えを見つけています。彼女は残酷です。人間というものを嫌い、しかし隣人を愛することが出来る、息子と同じ精神破綻者です。自分が不要と判断したものを、一切の容赦なく切り捨てられる人間です。ですがそれ故に、道を見つけ出した」
「……おれは、なにをすればいい?」
「愛しなさい」
闇の中に、一筋の光が見える。その光は次第に輝きを増していき、闇を呑み込んでいく。
「……なぜ、私を殺さないのですか」
問いの返答はなかった。母はすでに消えていた。光だけがそこに残り、私の前に立つ王は、静かに私を見下ろしている。王は私へ剣を差し出し、手を広げた。
「母への敬意を示すのだ」
真っ白な光の中、剣を構え、王の胸へと突き刺す。切っ先がわずかに入り、王の鎧の表層がひび割れ、砕けた。
「貴様の行動、本質は己の欲を満たすことではなく、世界を慮ってのものであったと、貴様の母は結論を出したのであろう。それ故に貴様を許したのだとするなら、他人である余がその決意に介入する余地はない」
「……そうか」
「せいぜい演じ続けることだ。貴様に可能性は無い。だが、他の可能性を育てることは出来よう」
……愛しなさい。それはつまり、信じるということ。彼等に私が試練など与える必要はないと。ただ、信じればよいのだと。
私は人々の前を歩き続け、裏切られ続けてきた。どれほど道を示しても、人はあまりに欲深く、罪を重ね続けた。それでもまだ、信じよと言うのか。人は自分の力で道を切り拓くのだと。
やがて光は去り、闇が戻った。第七の鉢は、その怒りは振りまかれることなく途絶えた。……そして私はまだ、生きている。
「そなたの鎧を砕き、私は消え世界の一部となるつもりだったのだが。……予想が外れたか。私と母が一つずつ砕くはずの鎧が、未だ一つしか砕けていない」
「その気色の悪い話し方をやめよ。貴様はカンスケであろう」
「……きみも、おれを殺す気はないのかい」
剣を王へと返す。レイレイが答えを見つけているのなら、どうして戦いを続ける必要があるのか。そもそもなぜ、彼女はこの戦いを止めなかったのか。
「貴様と刃を交える気はもうない。先に言ったが、貴様には可能性が無い。見限った。それよりもあの娘はなにを起こそうとしておる?答えを見出しているのであれば、何故この戦いを止めなかったのだ」
「……たぶんエネルギーの放出が狙いかな。彼女が引き起こそうとしている、なにかの原動力が必要なのか……」
レイレイが裏でなにをやろうとしているのか。おそらく彼女は、誰にもそれを話していない。ママは気付いていたみたいだけど……。ママがさっき言っていた、彼女は残酷だと。ガンジイさんや、ムクですらなにも知らないだろう。それもある種の愛か……。自分がすることを受け入れてくれるはずだと、そう信頼しているから話さないのか。それとも、その逆か……。
「分からない。分からないけど、彼女がやろうとしていることを、信じてみるよ」
ママの遺言に従う。もう予想なんてしない、後はみんなに任せるよ。おれはもう、前に立たない。後ろから見守るだけにする。なんだか穏やかだ。それに心がどっと老けた気がする。ガンジイさんの気持ちが今になって理解出来たな。前に立つことをやめると、こんなにも心が静かになるものなのか。
「憑き物が落ちたような顔をしているが、貴様に安寧など訪れぬぞ」
「分かってる。レイレイちゃんは、なにをするつもりか知らないけど、彼女に協力した方がいいのかな」
「無駄だ。宇宙の意志と接触し正気のまま帰還したのであれば、神に等しい。我等の助力など無意味であろうよ」
「じゃあ、きみはどうするの?」
「余は貴様のようなうぬぼれ屋ではない。他の戦士の可能性を見定めるだけだ。己の本分をわきまえておるのでな」
放っておいても、みんなはここに集まってくるだろう。生き残った死神の二人もだ。……不可解なのは、なぜ死神二人がまだ生きているかだ。レイレイの目的が多量のエネルギーの回収なら、死神の魂を全てエネルギーへ分解した方がよかったはず。彼女がその気になれば、戦局を動かして死神を消滅させることも出来たんじゃないか。
分からないな、彼女にどこまでのことが出来るのか。理由があって死神を生かしたのか、もしくはただの買い被りすぎか。レイレイにとっても予想外の事態は起きているのか、全て予想通りなのか。
あぁ駄目だ、長年の癖ですぐに予想を立てようとしてしまう。彼女のおかげで予測のつかない状況になっているんだ。それをありがたく受け入れないと。王様はどうなんだろう、これでもまだレイレイから無の力を消そうとしているのか。
「まだこの世界を消滅させる気はあるの?」
「もはや余に決められることではない。言ったであろう、余は本分に従うだけだ」
「なるようになるか。……はは、楽なもんだね。成り行きに任せればいいだけなんてさ」
本分か。おれの本来の役割、使命ってなんだったろう。人々を導いて、魂をより磨くことだったか。ママにはただ「愛しなさい」と言われた。ママはレイレイがなにをしようとしているか、それを知っている上でおれを生かし、そう言った。おれにはまだ生きてやるべき役割があるということだろうな。でもそれがなにか、見当がつかない。おれはなにをすればいいだろう。
「やめよ、貴様はもう前に立つな。見苦しい」
王様に心を見透かされた。これも癖だな。前に立とうする癖が根っこに染みついてしまってる。隙あらば予測し、それに応じて動き、人を導こうとしてしまう。やめよう、レイレイはおれが導けるような存在じゃない。彼女をただ信じよう。
愛しなさい。ママの遺言が効いてる。おれを殴るでもなく、抱きしめるでもなく、闇の中からただそれだけを残して、ママは消えた。しつけるでもなく、受け入れるでもなく、ただ言葉だけを残した。おれの扱い方が分かってるな。そうやって自分の無力を突きつけられるのが、一番痛いんだ。
「ガンジイ」
「あぁ」
「マリアさん、消えちゃった」
「……あぁ」
マリアさんだけが消えてしまった。もう、いないんだ。……あんまり、ちゃんと話したことのある人ではなかったけど、なんだかすごく寂しい。畏敬の念といえる感情をわたしはマリアさんに感じていた。頼りになる年長者が逝くというのは、こんな気持ちになるものなのか。
「では、行くか」
「うん」
順番通りにいくのなら、次はわたしとガンジイが王と戦う番だ。後ろから来てるみんなを待つ必要はない。王に勝つことが目的ではない、この世界の可能性を納得させればいい。それに一人ずつ戦おうが、みんなで一緒に戦おうが、放出されるエネルギー量に変化はないだろうし。
たいまつを掲げる必要はない。力の流れを感じる方へ行けばいいだけだし、少し歩くと小さな朱色の光が目的地に灯っているのが見えた。王の体から出るエネルギーの光だ。
「やぁ、レイレイちゃんも来たんだ」
「……やっぱり、生き残ったんだね」
「はは、ママがおれを殺さないのは予想通りかい?」
「予想というか信用してたからね。マリアさんのことも、お前のことも」
地面にへたり込むカンスケが、王より先に声をかけてきた。王の鎧が一層だけ砕けてる。なら後二層、誰かが砕かないといけないのか。王はじっとわたしを見つめてる。……わたしが宇宙の意思と接触したの、もうマリアさんから聞いたっぽいな。
「マリアは最期、なんと言っておった?」
「愛しなさい。それがおれに向けた遺言だったよ」
カンスケの中にある狂気は、自己の欲望を満たすためのものではなく、この世界を崩壊から救おうとするために生じたもの。こいつが言う「ドラマが見たい」というのは、みんなに崩壊を超えさせる力をつけるため。マリアさんはそれを見定めたから、こいつを殺すのをやめたんだろう。
「お前はとりあえず、ただの視聴者になってていいよ。もう監督にもプロデューサーにもなる必要はないから」
「そっか」
「今は、ね」
カンスケもわたしの顔を見つめて、すぐ視線をそらした。マリアさんの遺言が相当こたえたみたいだ。もう自分から事を動かす気が一切なくなってる。
「お前も慰める気はないけど、ここまでオクゼツとかナナゴウが育ったのは、お前のおかげではあるよ。だから、それはご苦労様でした」
「少しは世界の役に立てたかな」
「さあね。じゃ、そこどいて。ガンジイと王が戦うから」
カンスケはどんくさい動作で立つと、よろよろとどこかへはけていった。わたしも後ろへ下がらないとな。ガンジイは手斧を抜き王の前に立ち、王も剣を構えた。……静かだ。まるでずっと昔の時代劇、日本映画みたい。刀を構えたままじっと動かず、画面が動いたときには決着がついている、あの謎の静けさ。
二人とも言葉を一切交わさない。ただ黙って、武器を構えたまま動かない。いつ始まるんだろう。達人同士にしか分からない間合いみたいなものがあるのかな。
「……麗冷」
「え、わたし?」
「その位置では巻き添えをくらう。もっと下がるのだ」
わたしのせいかよ。けっこう下がったつもりだったんだけどな。……あぁ、なるほどね、そういうことか。
「ガンジイ、ここでいい?」
「あぁ、そこでよい」
ガンジイにわたしの位置を教えておいて、後は待つだけだ。相当後ろまで来たぞ、王が光ってなかったら二人が見えなくなるくらいだ。さて、先に仕掛けるのはどっちかな。
「そなたと戦うのが楽しみであった」
「生憎だが、私に戦いを楽しむ性はない」
「それだ。ただひたすらに、己を律し鍛え続けた老兵よ。その類まれな精神性に、余は敬意を示そう」
挨拶をするように、二人は互いの武器の切っ先を軽くぶつけ合った。そして王の姿が消えた。闇の中に、ふわりと朱色の光の筋が浮かんでは消える。高速でガンジイの周囲を飛び回って、攻撃の機を伺ってる。
ガンジイは対照的に、じっと手斧を構えたまま動かない。攻撃がぶつかり合うのはいつのなるのか……。
「すごいね、もう始まってるんだ」
「うわぁ!?」
カンスケがいつの間にか、わたしの隣にいた。なんだこいつ、虫かよ。ちょっと目を離した隙に忍び寄って来るなよ、気持ち悪いなぁ。
「見える?小さな火花が散ってるよ」
……ほんとだ、よく見るとガンジイの周りに、一瞬だけ火の粉が舞っている。もうぶつかり合いは始まってたのか。速過ぎる。王の方は単純に動きが速過ぎて全部見えない。ガンジイの方は一瞬だけ手斧を振るっているが、それが速過ぎてじっと立ったままにしか見えない。究極の動と静の戦いだ。
でも見とれている場合ではないな。わたしも準備しておかないと。この戦いを乗り越えないと、計画もなにもあったものじゃない。弓を構え、目をつぶる。ガンジイと出会ってから、わたしも鍛えてきたんだ。その成果を、ここで見せてやる。
次回へ続く……




