第十一章 旅の終わり 八
十一章 旅の終わり 八
兄さんに指示された通り、ヴォンさんを持ち上げて可能な限り遠くまで移動する。明らかに僕の出力は上がっている。ヴォンさんの巨体をなんとか担ぐことが出来る。このアーマーの機能ではない、僕自身の魂のエネルギーが増しているからだ。
「ねぇ、これなに、どういう状況なん?この死神敵なんでしょ?」
「この人は僕達を守ってくれた。死神は敵じゃない、でも倒さないといけないんだ」
ヴォンさんの意識が戻り始めている。もう兄さん達から十分に距離は取れたはず、ヴォンさんが暴れはじめる前に落としておいた方がいい。手荒な真似になるがヴォンさんを放り投げて、一旦態勢を整える。闇雲に戦うだけでは駄目だ、ヴォンさんの本体の核を破壊しないといけない。それが体内のどこにあるのか、なんとか確認する方法はないか。
「うちの感覚共有で、あいつと接続してみる?」
「いや、駄目だ。ヴォンさんは暴走状態だから、僕達まで意識を持っていかれる」
「ファイブはどう?あいつの弱点分かったりしない?」
動物の感覚で、本能的に弱点を見抜けたりしないか?……それは期待しすぎか、さすがにそれを見抜くことは無理みたいだ。ヴォンさんはゆっくり立ち上がると、僕達に向かって突進してきた。現時点では核の位置を見抜けない、とにかく戦い続けるしかないか。
「来たし、避けて!」
「避けないよ、こっちから突っ込む」
「えぇ!?」
避けるのは悪手だ、ヴォンさんがそれをさせてくれるわけがない。僕の予測通り、ヴォンさんはあと一歩で僕に届くという距離で、分裂し八方から僕を囲うように陣形を変えた。僕がどの方向に避けても叩けるように、全ての分裂体が同時に攻撃してくる。予備動作はすでに入れてある、僕はただ正面に向かって突っ込めばいいだけだ。加速し、全力で殴る。分裂体の中の一体を砕くくらい、今の僕なら簡単に出来る。そして包囲を突破し、旋回する。距離は取らない、このまま分裂体を可能な限り破壊する。
「待って、止まって!」
ヤヨイに呼びかけられ、急停止した。作戦変更、距離を取って攻撃はやめる。その隙にヴォンさんは分裂状態から一つに合体して戻った。そしてまたこっちに突進してくる。
「あいつもあんたがどう反撃してくるか読んでるし!じゃあ核は絶対に攻撃出来ない位置に置いてあるんじゃないの?」
「背後とか?」
「違う、絶対に攻撃がこない位置!後ろだって反撃しようと思えば出来るでしょ!」
つまり、ヴォンさんがいない位置に核がある?矛盾しているが的確な指摘かもしれない。核は必ず分裂体の中にあると思い込ませて、実は全く別の位置に退避しているとしたら……。
「上か」
分裂体の攻撃を回避するなら、八方向のどれかへ攻撃し、包囲を抜け出すしかない。分裂体をジャンプして乗り越えようとすれば、着地点を狙われることは明白だ。本来向かうはずのない上空、そこに核が潜んでいる可能性が確かにある。
試してみたいが、実際にそれを実行した後が問題になる。着地の際にヴォンさんはこっちを待ち構えて迎撃してくる。単純な力比べでは、さすがに僕が負ける。かといって空中を自在に移動するなんてことは出来ないし……。
「ワン!」
アーマー内にファイブの鳴き声が響いた。なにかを伝えようとしているみたいだけど、さすがに動物の言葉は……。
「ファイブの言葉分かる?」
「いや分からんし。でもなんか言いたそうにしてるし」
まずはヴォンさんの突進を回避しないと。何度も同じ攻撃をしてくるわけがない、次は分裂しないでその巨体のままぶつかってくる可能性もある。さっきみたいに正面に突っ込めば、叩きのめされるかもしれない。怖がらなくていい、相手の動きを観察すれば、その先の予測は出来る。
後ろだ、次は後方に回避する。ヴォンさんは分裂せずにそのまま拳を振り下ろしてきた。その一撃は周囲の地面を陥没させ、ヴォンさんの右腕は勢い余って地面の中に、肩まで土の中に埋まっている。どうする、今ならジャンプして上空を確認することも出来るが……、いや、これは罠だ。やっぱり着地の隙を狙われる。
「足元、振動感知!」
ヤヨイの警告を聞き、とっさに右へとステップした。それとほぼ同時に、僕がいた地点の足元から、ヴォンさんの腕だけが飛び出してくる。そんなことも出来るのか、ただ分裂するだけじゃない、腕を伸ばして僕を拘束しようとしてきた。体の変形なんて応用も効くのか。ヤヨイが言ってくれなかったら脚を掴まれて動けなくなっていたかもしれない。
「まだ伸びてきてる、終わってないし!」
早い、それに思っていたより厄介だ、腕だけがさらに伸びて迫ってくる。追いつかれないように逃げるだけなら問題ない、厄介なのは逃げる方向を限定されること。腕は自在に方向を変えながら迫って来て、ヴォンさんが狙った位置へと僕を誘導しようとしてくる。
迫る右腕から逃げつつ、ヴォンさんの様子も確認する。ヴォンさんは左腕を上げ、僕の方へと向けている。両腕か、左腕からも接近されると、逃げ道はさらに限定されてしまう。
「殴って叩き落とせないのこれ?」
「駄目だ、腕に巻き付かれる」
腕から逃れつつ本体を狙うか?あからさまな誘導だ、危険すぎる。なにかこの状況を打開出来る方法はないか?
「ワン!」
またファイブの鳴き声が響いた。次はその後に、さっきは鳴らなかった信号音が聞こえてきた。
「ファイブ、なにか出来るなら頼む。きみの助けも必要だ」
「ワン!」
ファイブが返事をするのと同時、アーマーの背部からなにかが射出された。なにかは空中で静止し、どういう仕組みか分からないけど浮遊状態のままで、僕の周りから一定の距離を取っている。
「なんか出てきたけど!?」
「地面に落ちていかない、浮かんだままだね」
よく見るとそれは、十個の球体だった。乗ろうと思えば片足で乗れるくらいの大きさの、黒い球体が浮かんでいる。攻撃性能はないのか、ただそこに浮遊しているだけだが……。
「……これ、全部にファイブの魂が内臓されてるし。感覚共有で視界を共有出来るみたいだし、自由に動かせるっぽい」
「十個全部?」
「そう!魂の分割とかありえんし、あの魔女やっぱ化物なんだけど!」
このアーマーをつくった魔女が、この機能を用意していた。一つの魂を分割させるなんてどんな魔法を使えば実現出来るんだ。とにかく今は利用させてもらう。それぞれの球体からの視界が見える。頭の中で十一個の視界が展開され、僕の意志で球体を移動させ配置を変えることも出来るようだ。
「ヤヨイ、目が回ったらごめん!」
「なに、なにすんの!?」
「兄さんの真似!」
球体十個を空中に展開し、足場にする。兄さんの分身みたいに加速の役割にはならないけど、球体から球体へ、これで宙を自由に動けるようになった。迫ってくるヴォンさんの右腕を回避して思い切りジャンプし、球体の一つへ足をかけ、さらに別の球体へ飛び移る。もう着地はしない、このままずっと宙を移動し続ける。
ヴォンさんの腕は伸びてこなくなった。僕を拘束するのは諦めたようだ。今のうちに上空に核がないのかを確認する。球体の視界を共有出来るおかげで、このあたり全てをあらゆる角度から見ることが出来る。そしてその中に、高速で動き回る物体の影を捉えた。
「核だ。このまま突っ込む、衝撃に備えて」
「うちには一切衝撃伝わってこないし。気にしないでやっちゃって」
アーマーの高性能さに脱帽だ。核の動きは相当な速さだが、以前戦った闇の核に比べれば大したものじゃない。球体を展開し足場にしつつ、核の行く手を遮るように配置し移動先を限定していく。兄さんとの訓練がかなり役に立ってくれてる。自分の位置を立体的に認識出来るおかげで、縦横無尽に宙を駆け回れる。ガンジイさんの教えを少しでも実践する。敵の動きを操るんだ、核の動きを操って最適な位置で一気に力をぶつける。
「追いついた、行くよ!」
「ん!」
核の動きを捉えた、あれが進行方向を変える瞬間、こっちは急加速しその正面へと躍り出る。ありったけの脚力で加速し、そこに腰の回転と腕力を追加する。最初からこの展開を予測していたのだろう、地上にいたヴォンさんの体が核を包み守るように転移してきた。このまま簡単にやらせてくれるわけがない、むこうだって当然反撃してくる。
ヴォンさんの剛腕が振りかざされるが、こっちだって予測のうちだ。球体を操ってヴォンさんに突進させる。ダメージは与えなくていい、関節部に衝撃を与えて、腕を少しそらしてくれればいい。右鎖骨、右ひじ、そして手首、同時に三つの球体をぶつけたことで、わずかに腕は外側にそれた。そのわずかな隙間に体を滑り込ませるように突進し、ありったけの力でみぞおちを殴りつける。
だがパワーが足りないか、ヴォンさんの体にひび割れを入れたが、砕くことまでは出来なかった。ぶ厚い金属の塊を殴ったような、鈍く響く鈍痛がアーマーの中にまで伝わってくる。ヤヨイが小さくうめくのが耳元で聞こえた。これくらいの痛みなら僕はどうってことないが、ヤヨイは……。
「気にすんなし、そのまま押し切って!」
「分かった!」
遠慮はもうしない。ここでの気遣いなんてヤヨイに失礼だ、同じ痛みを背負う覚悟で僕達は今一緒にいる。地面へと落下していくヴォンさんへと、一本の道を作るように球体を配置し追撃する。走るんだ、地面に向かって垂直に走る。球体へ足をかける度に脚力で加速する。ヴォンさんが落下し地面にぶつかるタイミングに合わせ、僕が最高速度になるように調整し、もう一度全力をぶつける。
余計な動作は必要ない、ただ走り、ただ殴る。そして最高速度に到達したとき、世界はスローモーションのように緩やかに流れ始めた。ヴォンさんの体が地面にぶつかり、地表から舞い上がる塵の、その粒ごとの動きが分かる。風の流れすら視える。全力で突き出したはずの拳が、ゆっくりとヴォンさんの体を砕き、その破片が舞い上がる。
この感覚は覚えている。過去の世界で、闇の核からヤヨイを助けようとしたときに、同じように周囲がスローになる感覚があった。あの時よりも、さらに鮮明に一瞬ごとが切り取られて視える。そして見えた、砕いた体の中に、核がそこに、手を伸ばせば届く位置にある。これを砕けば、ヴォンさんを倒せる。
「だめ」
ヤヨイが小さな声でそう言った。本当にその声を発したのか、ヤヨイの思考が伝わって来たのか、それは分からない。でもヤヨイがそう言ってくれてよかった。僕では気付けていなかったから。
世界の流れが戻った。全てがいつも通りの速さで通り過ぎていく。もう、終わったんだ。戦う必要はない。
「ヴォンさん、まだ立てますか?」
「それは甘さだぞ」
「その甘さを持ち続けられるように、僕達はもっと強くなります」
ヴォンさんはアーマーが奮えるような重低音で笑った。……ヴォンさんの体は、修復されていかない。もうそれが出来るほどのエネルギーは残っていないようだ。
「ナナゴウだけではないな、他に誰かそこにいるのか」
「うん」
「彼女が気付いてくれました。あなたはもう意識を取り戻していた。彼女がいなかったら、僕はあなたを殺してしまっていた」
ヴォンさんはゆっくりと体を起こし、ふらつきながらそれでも立った。兄さん達のほうはどうなっただろう、合流しに行った方がいいだろうか。
「こうして意識を戻せるとは思っていなかったのだが……。まだ自分にはやる事が残っているということか」
ヴォンさんは一度深く息を吐くと、がくんと右脚の力が抜けたようで崩れ落ちた。とっさに支えたが、もう立っているだけでも辛そうだ。
「……王の元まで、肩を貸してくれるか。いつ自分が消滅するかは分からんが……」
「はい、行きましょう」
ヴォンさんがいつ消えてしまうか分からない、このまま死神の王の所へ向かう。ヤヨイとファイブが、ガンジイさん達のところまでの方向を覚えてくれている。ゆっくりと一歩ずつ、確実に進んで行く。
「離れた地点に、自分の分裂体があったようだ。細胞よりも小さくなっているようだが、本来自分にそれほど小型化出来る力はない。暴走がおさまったのと同時に、消滅しているだろうが……」
「そちらに向かいますか?まだ間に合います」
「……いや、王の所へ行こう。カンスケと王は、すでに戦いを始めているだろうが……。お前達は、どちらの味方につく?」
僕はどうするべきだろう。敵や味方という区別では判断出来ない状況になっている。どちらも味方であり、だけど敵でもあるような……。どちらかだけを止めればいいという話では、なくなってしまっていると思う。
「とりあえずカンスケの馬鹿は引っ叩くし。王は知らん、あんたがなんとかして」
ヤヨイがばっさりとそう切り捨て、ヴォンさんは「強いな」と嬉しそうに言った。
「強かだな。声からすると、まだ子供の娘のようだが」
「まぁ、子供ではあるし」
「……すまぬ、やはりもう歩けぬようだ。核だけでいい、運んでくれるか」
ヴォンさんの体から力が抜け、倒れそうになる。見ると右脚がぼろぼろと砕け、少しずつ砂のように崩れ始めていた。思っていたより時間がない、もっと急がないと王の所へ着くまでにヴォンさんが消えてしまう。
「あんた核だけ運んでも、体ここに置いていったら王と話せないじゃん」
「それでも王なら、分かってくださる」
「ナナゴウが全部担いで運ぶし。それくらい出来るでしょ、気合入れて走りな!」
ヤヨイがばんばんと頭を叩いてくる。僕の頭は半分くらい壊れてるから、それを叩いたら激痛が感覚共有でヤヨイにも伝わるけど……。案の定、悲鳴と歯ぎしりが背後から聞こえた。乱暴なことするからだよ。
「お前達の力、相当なものであった。だが、王には到底及ばぬ」
「……そうですね。以前魔女と王の戦いを見ましたが……」
ヴォンさんを担ぎ上げ、出来るだけ優しくかつ可能な限り速く走る。負担をかけないよう、慎重かつ的確にだ。
「だが、お前達にはまだ先があるはずだ。さきほどのお前の動き、戦い方には余裕があった」
「あんましゃべんなし、舌噛むよ。ほら、急いでナナゴウ」
ヴォンさんの巨体が落ちないようにバランスを取りながら走る。……ヴォンさんの言う通り、ヤヨイとファイブのおかげでかなり出力は上がったけど、僕の力が王に届くとは到底思えない。あれは人知を超えた領域だった、そこに到達するのは、まともな方法じゃ無理なんじゃないだろうか……。
「ガンジイ、うまいこといき過ぎてて不気味だよ」
「どちらにとってだ?」
「両方かな。カンスケが仕組んだ通りに、オクゼツとナナゴウ達はかなり戦力上がったね。死神の二人もすぐ消滅するのは回避出来たから、まぁ死神側にとってもうまくはいってる感じ」
よろしくない。大変よろしくないなぁ。胸騒ぎの原因はカンスケだ。あいつがこんな平和に、うまいこと事が進んで行くのをよしとするわけがない。カンスケの半分はこれを望んでいても、もう半分の狂った方が黙っていないはず。今は王との戦いの最中だろうけど、おかしな動きを見せ始めないか監視しておこうかな。
「久しぶりの闇視タイムといきますか」
「カンスケの元まで届くのか?」
「今のわたしならね。王様はけた外れに強いってだけで、それ以外に怖がる要素はないと思うんだよね。馬鹿げた真似してくるとしたらカンスケの方だよ」
「奴も穏便にこの戦いが終わることを望んではいるはずだが。それも奴の本心ではあるはずだ。善良と邪悪、両方共が本性である故、予測がつけられぬか」
初めて会ったときからカンスケはずっとそうだった。得体が知れない。どこが本性か分からない。頼りになるが信用に値しない。トリックスターとでも呼ぶべき役回りだな。一番その役に振り回されているのが本人という、なんとも滑稽なピエロになってるけど。
「マリアは、やはりこのまま消滅を選ぶつもりか」
「だね、カンスケを止めたいだろうし」
「……私という後継者を見出したが故に、それを選択させてしまったか」
「ガンジイが気に病むことじゃないよ。後ろを託せる人がいるのは安心出来るでしょ」
うわぁ、自分で言ってて心が痛む。ガンジイはわたしが消えると思ってないのに。なんだか気まずいから闇視で遠くに逃げよう。カンスケの所へ向かう道中、ゆっくりと歩くマリアさんを発見した。しんどそうだな、でも闇視の最中は手助けも出来ない、通り過ぎるしかないなぁ。
もう少し進むとカンスケと王を見つけた。……案外ちゃんと戦えてるなぁ、カンスケの奴。言葉を媒介に量子の振動数を操ってるのか、ここ数カ月でそれを実用レベルに持ち上げたのは、さすが元救世主ってところ。王の方は、攻撃を続けてはいるけど本気にはなっていないな。死神二人が消滅を一旦はまぬがれたから、少し落ち着きを取り戻した感じかな。
「……どこまでが、貴様の思惑通りなのだ?」
「うん?えっとね、全部だと思うよ」
「……それにしては、全く嬉しそうではないな」
「まあねぇ」
王が本気になったら、カンスケでは相手にならない。相手がこっちの力を見定めるという前提があるから成立している戦いだ。要は王が手加減してくれてるから、カンスケはまだここにいる。本人もそれを分かってるはずだけど、ずいぶんとまぁ、生意気な態度を取っていられるなぁ。
「たぶん、おれの無意識下の狂った奴が、本部を消し飛ばす計画を進めて実行したんだろうけどさ」
「責任転嫁でもするつもりか?」
「しないよ。無意識とはいえ、結局はそれもおれの意識ではあるんだ。だからほら……」
カンスケの目が死んでる。だいぶ異様な雰囲気だ、王も攻撃の手を止めたくらい。カンスケは心底がっかりしたように、うなだれて、ため息を吐いて、ぼそっとこう言った。
「つまらない」
王ですら困惑の表情を見せてる。世界の命運がかかったこの決戦の場で「つまらない」と言い放つ精神破綻者。そんな奴はどの世界でも破滅の一途をたどって死ぬのがオチだろうけど、この世界では最強格の存在としてここにいる。
「おれはさ、ドラマが見たいんだよ。人の可能性を見せてほしいんだよ。人間はおれの予想を超えて飛躍してくれるって、それをおれに実感させてもらいたいんだよ。なのにさぁ、こんなにも、つまらない。予想通り、思惑通り、計画通り。あぁ、つまらない」
人格が切り替わったっぽいな。カンスケの中にある邪悪な狂った方が表に出てきてる。
「そうしてくれないと、おれだって負けちゃうよ。魂が踊らない、力が湧いてこない。このまま王様にやられちゃうよ、それでいいのかい、みんな」
王が剣を構えて踏み込んだ。いいね、ここで物怖じせずにカンスケを始末する決断を即座に下すのは、さすがの王の風格。でもカンスケの異常性も爆発してる。どうなるんだこれ、わたしにも予想つかないことになってきてる……。
『dhouだgいkti』
……なんて言った?カンスケがなにか言って、王の動きが止まった。……ちがう、止まったんじゃない、固定された。動きが止まったのではなく、細胞を構成している分子や量子が空間上に固定されて、座標を変えられなくなってる。
『bho5にhon:1v・』
こいつ、ついに言葉を捨てた。発音という制約を振り払って、好き放題に量子の振動数を操り始めた。
『( *´艸`)』
笑えないって。ふざけるな、なんだその顔文字。言葉?文字?それが空間上に可視化されるようになってる。まずい、世界のルールが変えられていく。この世界そのものが別のなにかに変異し始めてる。今はまだこの周囲の空間に限定されてるけど、このまま変異が進んだら……。
「黙れ」
王が術を解いた。すごいな、カンスケが敷いた陣の中、自分は術を封じられている状態で、相手の術を振り払った。そのまま剣をカンスケに振り下ろしたが、そううまくはいかない。
『dhi ok8 00 n/[2』
あぁ、もう、気持ち悪い、なんだその文字。だが厄介な効果を発揮してる。王が振り下ろした剣はカンスケをすり抜けてしまった。理論上は電子が波の状態なら、物体が体をすり抜けることはある。量子トンネル効果だ。だが事実上ゼロに等しい確率だってのに。それを百に引き上げてやがるこいつ。
その後も尋常じゃない速さで王はカンスケを斬りつけたが、全部がすり抜けてしまった。がんばれ王様、なんとかカンスケを潰してもらわないと、このままだと厄介なことになるぞ。……いや、わたしがやるか。カンスケに向かってなら、無の力をぶつけられる。
「不気味な。だがその術はもう通用せぬぞ」
『??(*^^*)??』
「h0m4j あb お97\」
『「「、こ8 zpm え、うそでしょ?』
カンスケがびっくりしてる。王がやり返した。振動数をぶつけ返して相殺した。カンスケの術を破ったんだけど!王様すごい、応援しちゃう、ファンになっちゃうよこれ。王が振るった剣をカンスケはとっさにかわしたけど、切っ先がほほを裂いて小さな血の粒が飛んだ。いいぞ、やっちゃえ!
「レイレイちゃん、きみどっちの味方?」
「あれ、わたしのこと見えてる?」
「見えてるよ、きみというか、きみの思考が文字になって空間上に展開されてる」
あぁ、そっか。こいつの術はわたしにも利いてるんだな。そこそこ離れてるのに、もうここまで侵食されてるのか。王はカンスケへの攻撃を止めてこっちを見てる。
「わたしの無の力を暴走させるには、まだ早いよね」
「……そうだな。まだこの世界の可能性を見定めたとはいえぬ」
とりあえずカンスケに説教しておくか。こいつ目的を見失ってるし。あんたの役割は王の鎧を一つ破壊することでしょ。なにやってんの好き放題して。
「今のおれでは無理だよ。王様に一撃入れられるほど、心が躍ってない」
「だからって変なことすんのやめて」
「仕方ないじゃん、死神の脅威がドラマを起こしてくれないなら、おれが脅威になるしかない」
「あんたがドラマを起こせばいいじゃん。人に期待しないでよ」
「はは、無理だよ。友情?努力?勝利?どれもおれには無理だ」
「まだあるじゃん。親子の愛情とか」
カンスケがぎろっとにらんできた。そんなこと無理だと分かってるのにって?でもありえないはずのことが起こるところに、あんたの言う「ドラマ」ってのが生まれるんじゃないの?ちょうど本人も到着したし。
足を引きずりながら、マリアさんが闇の中から現れた。カンスケと王とを交互に見て、大体の状況は把握したみたい。
「……やめよ、そなたの魂は消える寸前。燃え尽きようとするロウソクの火を、吹き消すつもりはないぞ」
「ママ、もういいって。自爆でもして王の鎧を壊すつもりなんだろうけど……」
マリアさんの歩みを止めようとカンスケが走り寄ったが、マリアさんはそれを無視して王の所へ歩いていった。そして王の前で方向を変え、カンスケの方へ向き直る。
「死神の王よ。なぜ、加減などしたのですか?」
「……それは『なぜカンスケをまだ生かしているのか』という意味でよいのか?」
「あれは可能性を破壊する精神破綻者ですよ」
王とマリアさんが並んで立ってる。そしてカンスケ一人がそれに対峙してる。……滅茶苦茶な展開になってるなぁ。どうなるんだこれ、大丈夫なのか……?
「加減をしたことは事実。しかし数回、本気で殺そうとしたことも事実。だがこやつはこうして、飄々と立っておる。この男にはどういうわけか、殺しきれぬ得体の知れぬ底力がある」
「ならば、共に戦いましょう」
「ママ、おかしいって。なんで死神側についてんの……?」
「わたくしの目的は最初から、あなたを止めることです」
わたしの思考が読まれないように、少し離れておくか。あんまりマリアさんの邪魔したくないし。滅茶苦茶な状況になってるけど、わたしはそれでもマリアさんを信用してる。マリアさんは尊敬に値する人だ、カンスケさえ止められるなら、後はどうでもいいなんて自分勝手はしないはず。
マリアさんが何を狙って、王の側についたのかは分からない。ただ単純にカンスケを殺そうなんてことはしないはず。共倒れを狙ってるのかな……。カンスケを消しつつ、王の鎧も破壊出来れば一石二鳥ってこと……?もしくは、あれか……。
本当はまだ、カンスケを救おうとしてるのかな。
次回へ続く……




