第十一章 旅の終わり 六
十一章 旅の終わり 六
僕達は、とんでもない悪手を打ってしまったのかもしれない。敵は出現してからずっと苦しそうな素振りを見せていた。それはエネルギーの膜に体を覆われ、奴自身がそのダメージを受けていたからだったんだ。高密度のエネルギー膜は、外部の攻撃を寄せ付けない鎧であると同時に、奴の動きを封じている拘束具でもあった。そして、その拘束はビームによって破壊された。
膜の鎧を破壊し、ここから僕達は奴に直接攻撃を叩き込めるようになる。だがそれと同時に、奴も拘束を解かれ本来の力を発揮する。……駄目だ、臆するな。恐怖に支配されるな、ヴォンさんを止める。そう考えるんだ。
先手を打ったのは兄さんだった。分身を敵の周囲、全方向に生成し一斉に攻撃を仕掛けた。それと一緒に兄さんも分身に向かって飛び掛かり、高速移動の準備に入る。だが、その時にはすでに敵の姿は消えていた。なにかにドンと胸の中心を殴られたかと思うと、僕の体はどこかの方向へ吹き飛ばされていた。全身が軸を定めないまま回転し、僕の体は宙を高速で突き進んでいく。何が起きた、攻撃されたのか?駄目だ、自分がどれほどのダメージを受けたのかも認識出来ない。
一瞬だ、ほんの一瞬だけ、なにをされたのか僕は見ていたはずだ。僕は……殴られた……はずだ。意識のほんの一隙間に、敵の姿が残っている。奴は僕に認識出来ない速度で接近し、単純に殴りつけた。そしてもう一つ、その敵の腕がわずかにだが、そらされたのも見たはずだ。ムクさんだ。ムクさんは敵の動きに追いついて、僕が殴打の直撃を受ける前に、奴の腕を攻撃して軌道をわずかにそらしてくれていた。だから、僕はまだ生きている。
……生きている、はずだ。時間がやけに長く感じる。僕はどれだけ宙を飛び続けているんだ。全身が激しく回転し、自分がどこを向いているのか、空間認識が一切出来ない。だが思考だけは正常に機能している。不思議だ、体が一切言うことを聞かないのに、意識だけはまだ残っていて、こうして思考回路だけが稼働している。
……これは、もしかして、あれか……?死ぬ直前に、世界がスローに見えるという、思考だけが暴走して、異常速度で考えだけが、脳内を、駆けまわっている、状態、の……。
「ナナゴウ!!」
誰かが、僕の名を呼んだ気がする。誰だろう、兄さんかな。いや、ソノコさんの声だった気もする。……でも……一番聞きたかった声……じゃないのは……確……か……。
ナナゴウがやられた。あの野郎、オレの分身の壁を突き破って、真っ先にナナゴウを狙いやがった。……今のオレの分身は、相当な強度を持ってるはず。あの野郎が出していたエネルギー波も、太陽ビームの余波も苦労せず受け止めきれていた。それをナナゴウを攻撃する、ついでに破壊しやがった。
ナナゴウの救助には向かえねぇ。相当遠くまでぶっ飛ばされた。追いかけようにも、どこに落下したのかすら分からねぇほどの距離を飛んで行っちまった。まだ落下せずにぶっ飛んだままかもしれねぇし……。戦うしかねぇ。
さっきから爆音みてぇな、質量と質量のぶつかり合う音が途切れなく続いてる。あの野郎とムクが殴り合ってる音だ。音の切れ間が一切無ぇ。一つの衝撃音が消える前に、それを追いかけるように数十の衝撃音が新しく発生してやがる。高速なんてもんじゃねぇ、音速を超えて殴り合ってやがる。……問題ねぇ、敵の動きは、見えている。ムクの動きも見えている。足手まといにはならねぇよ、オレの最大加速をぶち込んでやる。
分身を加速装置にして、速度を限界点まで上げていく。敵よりも、ムクよりも、もっとだ、音速のその先までだ。そして機は捉えた。ムクと奴の殴り合いの中、ほんのわずかに二人の距離が離れた。加速、角度、全て完璧だ。最大速度でオレの全体重を叩きつける。
斜め上方から奴の顔面目掛けて突進。オレの全身の骨が砕けるのが感覚で分かったが、そんなもんどうでもいい、奴の体勢は崩した。そのまま衝撃を逃させねぇように、闇の手で掴んで奴の顔面を地面にぶち込む。作用と反作用だ、壁にボール投げりゃあ同じ力で返ってくるのと同じ。地面にこいつの顔面叩き込んで、オレの体も壁にする。
手ごたえはあった。こいつの顔面を砕いてやった。だがその程度でこの化物が死ぬわけねぇ、どうせすぐ起き上がってきやがる。オレの体はボロ雑巾みてぇになりながら地面に投げ出されたが、すぐに分身で拾い上げてムクの近くまで放り投げた。損傷なんてすぐに再生出来る。なるべく早く再度準備を整える。
「おいムク、あれに勝てそうか?」
「……痛っー」
「ムク?」
全身の骨を再生、立ち上がると同時にムクの状態を確認する。
「……お前、両腕折れてるじゃねぇか!?」
「あいつ、強いなー……。痛いなぁ、これ……」
こいつ骨折した腕であれと殴り合ってたのかよ。すぐにムクの傷も再生する。自分だけじゃなくて他人の傷も治せてよかったぜ。ムクが骨へし折られるほどかよ。それじゃあこの世界の中に、あの化物と殴り合いで勝てる奴いねぇってことじゃねぇか。
敵は案の定、大したダメージも受けてねぇ様子で立ち上がりやがった。妙なのは、顔面が再生されねぇことだが……。あれだけのエネルギーの塊だ。オレみてぇに損傷を再生するなんていくらでも出来るはずだが……。
「俺の鱗で、俺等全員の姿を消した。ヴォンは今、俺達を探している」
いつの間にか、死神がオレの隣にいた。こいつ、自分の姿を消す技を持ってんのか。それに気配消すのも上手いな。
「ムクにはさっき見せたがな。俺の鱗は光を屈折させ姿を見えなくさせる。実はそれと同時に、俺達の魂から発生しているエネルギーを遮断することも出来る。要は、ヴォンは俺達のことを全く感知出来ない状態ってことだ」
「で、死神のお前から見て勝算はあるか?」
「俺には無理だ。さっきムクがヴォンと殴り合ってるの見てたが、見てることしか出来なかった。俺が手ぇ出しても足手まといにしかならねぇのが分かってたもんでな。お前がオクゼツって奴だろ、クラフォンが可能性を見出した戦士の」
「……あのジジイに恩返し出来るほど、オレはまだ強くなれてねぇがな」
呑気に話してる場合でもねぇが、あの化物はぼうっと突っ立ったままで動きを見せねぇ。厄介だ、意図が読めねぇ、なにをしようとしてやがる?こっちからまた先手を仕掛けていいもんか、今先に手を出すのはまずいのか、どっちなんだこれは。
「オクゼツ、わたしだけでいい、分身で闇の鎧みたいなの作れない?」
アーマーの中から明がそう提案してきた。ナナゴウを助けにいくつもりか。
「あれが攻撃してこないうちに、わたしがなんとかナナゴウを見つけてくる。一応言っておくけど戦わせる為じゃない、保護する為。あの子のボディはもう戦える状態じゃないはず」
「……いいや、そんな場合じゃねぇみたいだぜ」
「高エネルギー反応!あの敵の内部から急激な膨張……。まさか、自爆……!?」
ソノコの報告通りだろうな、化物の体が膨れ上がっていく。野郎、オレ達の姿が見えなくなったから、無差別に全部吹き飛ばすつもりか。……いや、吹き飛ばす程度じゃ済まなさそうだ。
「なんとか止めてください!エネルギー量が高過ぎる!崩壊現象が連鎖してしまいます!」
まずここら一帯が、奴の自爆でエネルギーに分解されちまう。それによって発生したエネルギーが、さらに周囲を分解し、そのエネルギーがまた周囲を分解し……。崩壊の連鎖だ。この世界全てがエネルギーに分解されて消滅しちまう。だが、止めようがねぇだろ、こんな馬鹿げたエネルギー量は。
「……ムク、あとオクゼツもだ。お前ら二人のこと信用させてもらうぜ」
「あ?なにする気だ?」
「死神には力の解放っていう、奥の手がある。俺が今からそれを使って、ヴォンが放出しようとしてるエネルギーを可能な限り吸収する。だが、そんなことした日には俺も正気じゃいられねぇわな。暴走状態になってお前らに襲い掛かるはずだ」
「……なんでそこまでしてくれるんだ、死神共はよ。敵だろうがお前らは」
「ま、それが死神の使命なんでな。王様に会ったら伝えておいてくれ、俺達は使命に殉じた。こんないい死に方は他にねぇってな」
死神は軽やかな足取りで歩き始めた。それをムクが腕を掴んで止めたが、死神は笑って「気にすんな」とそれを振り払った。
「お前ら二人の強さは、平常時の死神を超えてるからな。さすがに王様ほどじゃねぇが。だがお前らみたいなのがいるこの世界なら、宇宙の崩壊を超えると思えるからよ」
「やめろよー。お前と戦いたくないぞー」
「悪いな、やめねぇ。可能性の芽を繋ぐ為に死ねるなら本望だ。あぁ、でも一つ心残りがある。カンスケは死ぬほど殴っておいてくれ。まじで殺すかどうかは任せるからよ」
「……お前、名前はノイだったか」
「おう」
「その名前、忘れねぇよ」
「おう、じゃあな」
ノイの体から朱色の光が溢れ始める。熱気がオレの方にまで伝わってきやがる。これが、力の解放ってやつか。……これは、禁忌の力だろ。自分の魂をエネルギーに変換してやがる。……ボス、これが望んだことなんすか。こんなにいい奴等を犠牲にすることが、ボスの選んだこと、望んだことなんすか。死神は敵じゃないっすよ、どいつもこいつも、この世界の為に命を投げ出した。オレ達の為に、道を繋いでくれてるってのに……。
物語には、悪役が必要だから。ボスの手紙にはそう書いてあった。これじゃあ役じゃない、本当にボスがただの悪じゃないすか。死神は悪い奴等じゃあなかった。この世界が崩壊を超えさえすりゃあ、それで構わないっていうんすか……。
ノイは膨張し続ける敵のところへ、ヴォンのところへ行き、両手をその体に押し当てた。ヴォンの中から湧き上がるエネルギーが、ノイの方へと流れていく。
「おいソノコ、エネルギー量は?連鎖爆発は止まりそうか?」
「現時点ではまだ……。でも膨張していたエネルギーがおさまってきてます、このままいけば……」
ノイの体から溢れていた朱色の光が、さらに勢いを増していく。あんなエネルギー量、受け続けたら魂が壊れちまう。……もう、救えねぇ。ノイも、ヴォンも、ああなっちまったら、もう助ける方法がねぇ。あいつらを助けたいなら、もう……。
「ぶっ飛ばすしか、もうないのかー……」
「ノイはオレがやる。ヴォンは任せるぜ」
「うん」
ノイから放たれていた朱色の光は、徐々に青白い雷光のような輝きへと変わっていった。それは、ノイの魂が限界点を超えたことの証明だ。あいつらを楽にしてやりたいなら、殺すしかない。それがオレ達に出来る、唯一の恩返しだ。
「エネルギー量がそれぞれに分散されました、連鎖の危険はもうないです!」
「連鎖の危険は、な」
死神だった二つのものは、暴走しエネルギーを振りまくだけの存在に変わっちまった。……ヴォンの方は、若干弱くなったか。ノイがエネルギーを吸収してくれたからな。だがノイの方は、その分強化された。全身の鱗が逆立つように形を変え、攻撃と防御、反撃まで兼ねた鎧になった。殴られれば風穴が空くし、殴ってもあの鱗が拳をずたずたに切り裂くだろうな。
「オクゼツ、さっきの話の続き。わたしがナナゴウを……」
「行くな」
「は?」
「お前らはもう、そこでじっとしてろ。お前らじゃナナゴウは助けられねぇ」
ナナゴウはまだ生きてる。生きてるはずだ、こんなところであいつが死ぬかよ。だがほぼ死にかけてる状態でもあるはずだ。あいつの魂を揺さぶれるなら、こっちに戻せるなら、それが出来るのが誰の声かは分かってんだろ。
「やるぞムク。明とソノコは動けねぇ、ミニちゃんもダウンしてるし、オレ達で戦うしかねぇ」
「早く楽にしてやらないとなー」
ヴォンの頭部が再生して、こっちを向いた。ノイの方も、拳を構えた。問答無用で襲い掛かって来てくれた方が気が楽だ。こっちもやり返すしかねぇからな。
奴等が接近してくる前に、オレ達の方から走る。明達が巻き添え食らわねぇように、出来るだけ離れねぇと。奴等も上等だと言わんばかりに走ってくる。先に殴り合いを始めのはムクとヴォンだ。どっちも小細工なし、正面からのぶん殴り合いで決着までやり合うつもりみてぇだな。
だがノイの方は早速技を仕掛けてきやがった。もうノイの意識は残ってねぇだろうが、無意識にまで染み込んだ戦闘経験がそうさせてるんだろう。あと数歩でお互いの間合いに入るというところで、ノイは姿を消した。さっき鱗が光を屈折させて姿を隠すとか言ってたな。そんなもん知ったことじゃねぇ、見えなくなってるだけでどこかにいるなら、全方向へ攻撃すればいいだけだろ。
分身を作って、全方向へ体当たりをさせる。分身が当たったらそいつをしがみつかせておけばいい。どこに隠れようがそれが目印になる。……はずだが、おかしい、消えた。ノイが消えたんじゃねぇ、オレの分身が消えた。全部の分身が、突然消滅した……?
「……くそが!後ろかよ!」
オレの右後ろ方向、攻撃される瞬間にノイの位置を捉えた。かろうじて背から生やしていた闇の手で防いだが、奴の殴打はオレの脇腹あたりをかすめた。それだけで肋骨が数本砕けた。さらに鱗に皮膚を削られて裂傷複数。傷の深さは大したことねぇし、どうせ再生するからどうでもいい。問題は分身が消えちまったことだ。
ノイはすぐに姿を消した。オレと正面から殴り合う気がねぇのは意外だな、単純な力比べを好みそうな奴に見えたが。……なら、なんで正面から来ねぇのかって話だ。
「そういうことかよ。オレの分身を吸収してるってことか」
まだエネルギーを吸収するつもりか。ヴォンから相当量のエネルギーを吸ったはずだが、まだ足りねぇのかよ。暴走した本能なのか、無意識なのか、なんにせよまずいぜ。ここら一帯に、細かく砕けたノイの鱗がすでに浮遊してるみてぇだ。力の解放ってのを使った影響なのか、その鱗の破片に触れただけで、分身がエネルギーに分解されて奴に吸収されてるようだな。
分身を使った加速装置が封じられた。連続生成し続ければ使えねぇことはないが、分身を出す度にノイの力を増幅させちまうなら、常時展開するわけにはいかねぇ。だが常に生成出来ないってだけだ、勝負を決める一撃に全力使えばいいだけだが、それをいつどうやって実行するかだな。
オレもいくらかの反響術は心得てる。ムクほどの達人ほどじゃねぇが、音の反射でノイの位置は察知出来る。さっきもそれでぎりぎり、奴の攻撃を防げた。相手を変えた方がいいか、オレがヴォンを、ムクにノイを任せるか?
ノイの接近を警戒しつつ、ムクの様子を見てみる。骨折はしてねぇようだ、ヴォンは弱体化したからな。戦況はムクの方が優勢、ヴォンに腕力で勝ててる。それに技術も上だ、相手の攻撃を流してすぐ反撃に入る、ヴォンはほぼ防戦一方の状態になってる。だが、ムクの動きが鈍くなっていくように見える。どうした、不自然に息を切らして苦しそうにしてるが……。
ムクがヴォンを殴る度に、小さな粒子みてぇなもんがはじけ飛ぶのが見えた。まさか、ノイの鱗と同じか?ナナゴウに聞いた話だと、あのヴォンってのは分裂出来るらしい。極小の細胞を周囲にばらまいて、ムクはそれに触れる度にエネルギーを奪われてるのか。さっさと終わらせねぇと、こっちがエネルギー切れでやられちまう。一撃で仕留め切るしかねぇな。
今は分身を出さねぇ、ただじっとして、ノイが攻撃してくるのを待つ。左後ろ方向からの接近を捉えたが、避けるつもりはねぇ。思い切りぶん殴らせてやればいい。闇の中から姿を現したノイは、容赦なくオレの腹に風穴を開けた。背後からノイの拳が貫通して、腹から腕が飛び出してやがる。が、これを待っていたんだ。
闇の手を全身から生成、ノイを雁字搦めにして拘束する。この一撃でノイを潰す。
「ムク、今からお前のとこ突っ込むからな!オレごと全力でぶん殴れ!」
「お、おー……!分かった……!」
ムクが思っていたより消耗してる。なんとかしてノイだけはここでやっちまうしかねぇ。分身は一定時間で分解されちまう、一度に大量に出しても無意味だ。加速に使う一体ずつを連続生成していく。最高速に到達するまで十七体の分身が必要だ、その間ノイを離すわけにはいかねぇ。
もがくノイを全力で締め上げる。オレの腹に腕ぶち込んだのが災いしたな。お前のその逆立った鱗が引っかかって、簡単に腕を引き抜けなくさせてるぜ。
「悪いな、お前も本当は正々堂々の殴り合いがしたいんだろうが、そんな余裕ねぇ」
オレの加速力と、ムクの腕力の両挟みだ。オレもばらばらにぶっ飛ぶだろうが、ムクの拳がお前を直撃すれば、お前は間違いなくそれで終わりだ。
ノイはオレを引き裂いて脱出しようともがくが、オレの闇の手はほぼ無限に再生可能だ。どんだけ裂かれようがいくらでも押さえつけてやる。加速は最高まで上げた、後はムクに向かって飛び込むだけだ。機を伺え、ムクはヴォンとやり合ってる、いつでも飛び込めるわけじゃねぇ。
……ここだ、ムクの殴打がヴォンの体勢をわずかに崩すのが予期出来た。〇.〇二秒後に飛び込めば、ムクの安全を確保した状態でノイをぶつけられる。ムクの背後の方向から飛び込むことになっちまうが、ムクならそれでも問題ねぇはずだ。こっちがどこにいるのか、いつ行くつもりか、合図なんてしなくても察知してくれる。
最高速度でムクに飛び込む。ノイはがっちり抑えたままだ、ムクはこっちに振り向きざま、すでに拳を振りかざしている。角度もタイミングも完璧だ、このまま突っ込めば……。
……突っ込めば、いいだけのはずだった。ムクが握りしめていた拳が、不意に緩んで前のめりに倒れていく。まさか、エネルギー切れ……?このタイミングで、気ぃ失ったのか……!?幸か不幸か、このまま勢いを緩める必要はねぇ、このまま突進すれば、ムクを通り越してヴォンの方に突っ込める。
単純な体当たりでしかねぇが、この加速ならそれなりのダメージを与えられるはずだ。ムクを助ける為に、ノイだけをヴォンにぶつけ、オレは闇の手を地面に引っ掛けて出来る限り減速する。ノイの鱗がヴォンに刺さり、ヴォンを砕きながら向こうに吹っ飛んでいった。奴らが戻って来るまでにムクを助けねぇと……!
「おい、どうした!?」
ムクを抱き寄せて状態を確認する。呼吸が小さく、意識がねぇ。だが脈は強く筋肉の弛緩もない。単純にエネルギーを奪われただけじゃあこうはならねぇ。なにか別の異常が……。
「……呼吸か!」
ヴォンの野郎、ムクの体内に入り込んで呼吸器系を攻撃してやがる。分裂した細胞がムクの呼吸を通して体内に侵入してやがった。体内からエネルギーを奪いつつ、肺と気道を塞いでやがる。
「明、アーマーを開けろ!ムクの治療を頼む!」
「なに、重症なの!?」
アーマーは故障してるが外気との遮断は出来ているはずだ。闇のエネルギーが遮断出来てるんだ、それなら分裂したヴォンも、ノイの鱗もアーマーの中には入れねぇはず。
「闇のエネルギー流し込んで、体内に侵入した細胞は全部潰しておいた。だが呼吸器の炎症が治まらねぇ」
「まずいね、喉の奥が腫れ上がって気道を塞ぎかけてる」
「肺胞にまでダメージが入ってるかも、とにかく気道確保しないと」
死神二人の相手はオレが一人でするしかねぇ。明とソノコにムクを預け、戦いへ戻る。あの化物二体を同時に相手か。しかも自由に分身が出せねぇ。きついが、やるしかねぇ。ムクだけじゃねぇ、明とソノコも、ミニちゃんの命もオレが預かってる状況だ。もう誰も失わねぇ、なんとしてでも、守り抜いてやる。
ここは、どこだろう。暗くてなにも見えない。僕はどうなった、僕の体はまだ動くのか。分からない、全身の感覚が無い。暗闇の中に、意識だけが浮かんでいる。なにも見えない、聞こえない。僕はもう、死んだのか。
「起きて」
……不意に、その声に気が付いた。不思議だな、何一つ感覚が無い闇の中で、その声だけが聞こえる。
「起きてよ」
答えないと、応えないといけない。この声を、守らないと。まだ戦いは終わっていない。僕が戦わないと、この声を失ってしまう。なのに、体が動かない。
「……死なないでよ」
泣いているのか。僕が泣かせているのか。温かさを感じた。顔になにかが、温かなものが、ぽつぽつと落ちてくる。感覚が戻ってきた。熱が、痛みが、そして……。
「ヤヨイ?」
「見える……?」
「……ごめん、見えないや」
まぶたが縫い付けられたように重く、まともに開かない。……いいや、開かないのではないな。もう、眼球が潰れてる。ヘルメットがあったから頭部は、脳だけは守られたみたいだ。でも両目がもう無くなってるみたいだ。でも、全然苦しくない。体がどんなに重くても、心が弾むように軽い。
「……なんであんた、笑ってんの?」
「……いつ死ぬかも分からないし。もう、全部言っちゃうけどさ」
「なに……?」
「ヤヨイがそばにいてくれたら、こんなに安心出来るんだね。顔が見れたら、もっとよかったのに」
軽くほほを叩かれた。こんな状態になるまで素直になれないのか僕は。ヤヨイに触れたくて手を上げようとしたが、体が動かない。僕はどれほどの傷を負ってしまったのだろう。
「僕の体、どうなってる?」
「もういい。そんなん気にしないでいい。もう、戦わなくていいから」
「駄目だ、僕は戦わないと」
「もうやめてよ……。もういいよ……」
体を起こそうとするが、力が入らない。……違う、力を入れられない。腕が、脚が、もう無い。たぶん胸の下あたりから、体がもう無くなってる。なんでこの状態で生きていられてるのか。
「ファイブが、あんたの体と繋がってる。それでなんとか生きてるだけだよ。もう戦える体じゃないよ」
「死神を倒さないと」
「もういいって、他の奴らに任せればいい。カンスケとかマリアとか、なんとかしてくれるでしょ」
……それは期待出来ない。カンスケは助けに来ないはずだし、総司令も戦える力なんて残ってないはず。それにガンジイさんとレイレイさん達は、王と戦わないと。こっちに戦力を回せる余裕はない。
「行かないと。兄さんとムクさんがもしやられたら、この世界が消えてしまう」
「もういいって。あんたもう動けないんだから。後はもう人に任せればいいよ」
「……この状況で、こんなこと言うの、変だけどさ」
「……なに?」
「僕が、きみを守りたいんだ。誰かがじゃない、僕が。世界じゃなくて、きみを」
それだけでいい。世界を守るとか、宇宙を崩壊させないとか、そんなことはいい。ただ、ヤヨイを守りたい。もう強がりもしない、役割とか、仕事だとか使命だとか、そんなことはどうでもいい。ただその為に、僕は戦いたい。
「……死にかけのくせに、恰好つけんなし」
「恰好悪いのは分かってる。僕はきみがいてくれないとだめだ。ずっと一緒にいてくれないとだめなんだ。だから……」
「言わんでいいし。分かってるから」
ヤヨイの手が僕のほほを包んだ。ヤヨイは最初からこれを選んでくれていたのに。僕は傲慢になって、それを振りほどいてしまっていた。彼女を戦場に立たせたくないと、僕が戦えば彼女を傷つけなくて済むと。でも現実はこれだ、僕一人の力ではなにも出来なかった。もう自分の足で立つことすら出来ない。敵を見ることも出来ない。でも……。
ヤヨイと声を合わせる。一緒に「ファイブ」と名前を呼ぶ。それがアーマーの起動コード。僕にはもう、腕も脚もない。でもファイブが戦う為の手足になってくれる。敵を見る為の両目は潰れてしまった。でもヤヨイが視界を共有してくれる。
「一緒なら、まだ立てるでしょ」
「うん」
「うちがあんたを守るから。あんたもうちを守って」
「うん、行こう」
次回へ続く……




