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ENDLESS NIGHT  作者: 清水進ノ介


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第十一章 旅の終わり 四

十一章 旅の終わり 四


 ボスがなにを意図して、本部内の時間の流れを遅くしていたのか、まずはそれを探す。単純に考えれば、オレがすぐに戦場に出ないようにする為だ。後はホールにいたメイと園子もそうだな。あえて遅れたタイミングで戦場に出す為ってのが分かりやすい理由だ。だがわざわざそれを教えずに、こんな周りくどい方法を取ったのはなんでだ?

 さて、どこを探せばいいか。オレがこうしてボスの意図を探していることも、ボスの予測の上のはずだ。だとしたら、オレが行くであろう場所になにかが隠されているはず。一番オレが行きそうな場所はどこだ?

「……工具室、か」

 ネイケロとよく一緒にいたあの部屋だ。あそこは物がごちゃごちゃと積み上げられていて、なにかを隠しておくにはうってつけだ。まずそこに行ってみるとするか。

 工具室の中は、ネイケロが生きていた当時よりさらに物が増えていた。光側の連中が機械いじりの為にあれこれ運び込んでたからな。なにかが隠されてるとしたら、オレ達がよく使っていた物のあたり。おそらくネイケロの工具箱の中だ。

「ほらな、全部ボスはお見通しだ」

 案の定、工具箱の中には紙切れが一枚と、あとは……。小さい箱が一つ。なんだこれは、手の上に乗る小さい木箱だが、ふたが開かねぇな。とりあえず紙切れの方から見てみるか。

『やぁオクゼツくん。突然だけど、おれはもうオクゼツくんには会えないと思う。この手紙がさよならの挨拶だと考えてくれていいよ』

 ……まずは読み進める。面と向かって言ってくれりゃあよかったのにな。

『自分で言うのもなんだけど、おれって結構優秀でね。おれは完全に壊れた狂人だとみんなに思わせておく必要がある。自分で自分が壊れていることに気付いてない、哀れな人形だと思わせておきたいんだ。なぜかって、悪者が必要になるからだよ。悪役のいない舞台なんて面白くないでしょ?それに悪役がいないと物語は進まない。おそらくそれに成功しているはず。ママとかレイレイちゃんも、おれが壊れていると信じ切っているはず』

 ……これはどっちなんだろうな。ボスは正気なのか、正気だと思い込んでるだけで実際は狂ってるのか。まぁ、どっちでもいいけどな。

『でね、これを信じるか信じないかはオクゼツくんに任せるよ。おれは本当にただ、みんなを救いたかった。闇側のみんなをね。それに村人達もみんなだ。でも闇の核にはかなわなかった。みんなおれのことを買い被りすぎなんだよ。レイレイも、ママも、死神も。なんでもかんでもおれが裏で操ってるみたいに思ってるんだ。まぁ、おれがそうなるように【カンスケ】を演じているわけだけどね。ただ、あらためてここで謝らせてほしい。みんなを救えなかったのはおれのせいだ。本当にごめんね』

 これはボスの本心だ。みんなを失ったときの、ボスのうしろ姿。あれは本物だったはずだ。

『この紙と一緒に入れておいた木箱なんだけど、その時が来たら開くように細工をしておいた。どうやって使うものかは、中身を見れば分かるはずだから楽しみにしておいてよ』

 マリアやレイレイは、ボスがこの決戦を利用して全員を消そうとしてると、おそらくそう考えてるんだろうな。全部エネルギーに分解しちまうつもりだと予想しているだろうが、そんなことねぇよ。ボスはこうして、戦いの後のことを考えてくれてるじゃねぇか。オレに、この木箱を残してくれたんだからな。

『それで今の状況なんだけど、あえてオクゼツくんとか、後はメイとソノコが戦場に出るのを遅らせておいた。なんでかは言わないよ。でも一言だけ言っておこうかな。これだけでオクゼツくんなら、理解してくれるはずだからね』

「ドラマが見たいんすよね」

『おれはさ、ドラマが見たいんだよ』

 分かってますよ。全部分かってます。オレはボスを信用してますから。真実がなにかなんてオレには分かんねぇっす。ボスは本当は正気なのかもしれねぇし、ボスがそう信じ込んでるだけで、マリアやレイレイが考えてる通りに狂ってるのかもしれねぇ。でもそんなことどうでもいいっす。オレはボスを信じる。それだけっす。

『じゃあね、オクゼツくん。ムクちゃんと幸せになってね。ヤヨイちゃんの面倒もしばらく見てあげてね。ヤヨイちゃんも、ちゃんと幸せになってほしいんだ。じゃあ、後は頼んだよ。ばいばい』

 紙切れの文章はそこで終わっていた。……オレはまた、託されるのか。何度これを繰り返せばいい。なんでオレの大切な人は、みんなオレに後のことを託していなくなっちまうんだ。何度オレは、失えばいいんだ。

「……これで、終わらせます。もう誰も失わせないっす」

 覚悟はとっくに決まってる。もう、誰も失わない。その為にオレは戦う。闇側だけじゃねぇ、光側の奴等も全員だ。大切な誰かを失う苦しみなんて、誰にも味わわせねぇ。

「じゃ、行くか」


 僕の刃が、通らない。なんて硬さなんだ、こいつの体は。こいつの岩のような見た目通り、いやそれ以上に頑丈だ。岩よりも、鉄よりも、それよりもずっと硬い。ヴォンは一切反撃してこない。ただそこに立って僕の攻撃を受け続ける。それなのに、僕の方が劣勢に追い込まれている。切りつける度に、自分の力ではこいつに勝てないことを思い知らされていく。

「お前はあの時、この体に刃を入れ切断したのだがな。本体でなかったとはいえ、強度に関しては変わらぬのだが」

「……あのときは、封印を解いていただけだ」

「ならばそれをせねば、傷の一つもつけられぬということか?」

 足りないものは、速さだ。エネルギーを導き出す方法は、質量×速度の二乗。僕の重さ、質量は変えようがない。変えられるのは速さだけ。出力を上げないと、なにも出来ない。

「らちが明かぬな。いつまでもこうしているわけにもいかぬ」

 分かってる、分かってるさそんなことは。どうすればいいんだ、なんでこの体は、僕の魂は力を出してくれないんだ。

「試練を与えねばならぬな。殺すつもりでいく、覚悟することだ」

 ヴォンは自分の胸のあたりをドンと力強く叩いた。すると奴の体がひび割れ、三つの大きな塊に割れた。……分裂出来るのか、こいつ。そういうことか、ヴォンは自分の体を分裂させ、いくつもの小さな体に分かれていくことが出来るのか。光側の施設に侵入したときも、今本部の近くまで入り込んできたのも、その力を使っていたのか。

「多少小さくなったとはいえ、侮らぬことだ。古来より決められた必勝の方法がある。『一人に対し、三人で攻めよ』だ」

 ヴォンは三つに分かれたとはいえ、それでも僕より全然大きい。それに小型化したことで速さが増した。あっという間に僕を中心にして三角形の立ち位置を作り、僕の逃げ道を塞がれた。とはいえまだ僕の方が速いか。この数の不利をどう覆すか考えないと。

 前回ヴォンを倒したときは、こいつの本体ともいえる高熱の核の部分があった。だが今のヴォンにはそれが見えない。同じ手は通用しない、この三体のどれが、どこに核が隠れているのかが分からない。それにそれが分かったとしても、僕の攻撃が通用していないなら、破壊のしようがない。

「ゆくぞ」

 三体のヴォンが同時攻撃を仕掛けてきた。僕の周囲を左回りに旋回し、ぐるぐると少しずつ距離を縮めてくる。このまま接近されるのは駄目だ、どこかでこの包囲網の外に出ないと。

 僕は真正面に向かって走った。とにかく全力で、今出せる最大速度で。当然ヴォンは僕を逃がさないように、包囲を維持したまま旋回を加速していく。そして僕とヴォンの攻撃範囲が重なったとき、僕はヴォンとは反対に、右回りに回転しながら思い切り剣を振りぬいた。僕だけの加速で刃が通らないのなら、ヴォンの旋回速度も利用してやる。

 手ごたえはあった。刃が入った感触はあった。だがガンっという聞き覚えのない音が聞こえた。振り抜いた刃は、ヴォンの右腕、手首の辺りまで入り、そこで止まっていた。

「これは見事。自分の上を飛び越え、包囲を抜け出すことを試みると予想していたが」

 そんな分かりやすい逃走手段、敵が対抗策を用意していて当たり前だ。だが僕の反撃は止められてしまった。剣はもう捨てるしかない、右と背後からヴォンが襲ってきている。二体の同時攻撃を避けるのは厳しい。右から来るヴォンに僕の方から接近し、攻撃を誘発してから股下をくぐり回避する。問題はここからどう戦うかだ。ヴォンに止められた剣は柄の部分から折られ捨てられてしまった。

「この剣は折らせてもらおう。武器の無い状態でどう戦う?」

「……いっそそれでよかったよ。お前には斬撃より、打撃の方が有効だろうから」

 拳を構える。格闘戦だって出来ないわけじゃないんだ。ムクさんと兄さんとの稽古で、徒手空拳の戦い方だって学んできてる。ヴォンはニッっと楽しそうな笑みを浮かべた。そして再び僕を包囲する陣形を取り、同じように距離を縮めてくる。

「闘志が少しも衰えぬことは見事だ。今のお前の戦いには気合が乗っている。さきほどより、よほどよくなった」

「……お前からすると不服だろうけど、一対三を続けることは出来なさそうだよ」

「うむ、そうか。応援が間に合ってしまったか」

「ナナゴウ、お待たせ!」

 背後から司令の声が聞こえ、ずんずんと重い衝撃を地面に伝えながら、巨大な槍を構えた戦闘用アーマーが走ってくる。なにかしらのトラブルが起きていたようだけど、アーマーの起動は出来たみたいだ。司令は僕を包囲しているヴォンを散らすように豪快に槍を振り回し、ヴォンは落ち着いた動作でそれをかわすと、三体が横並びになった。

「敵はなに、三体いるの?」

「こいつは本部を襲ってきた死神と同人物です。分裂し数を増やすことが出来ます。本体がどれかは分かりません」

「じゃ、全部叩き潰せばいいだけね」

 ヴォンは空気を震わせるような重低音で笑った。やれるものならやってみろと言わんばかりだ。

「ソノコさん、大丈夫ですか?」

「あたしもちゃんと戦う。メイのサポートは任せて」

 

 ヴォンはさらに分裂し、数を増やそうとはしなかった。三体のまま、僕と司令を包囲し距離を縮めてくる。司令の力を試そうとしてるのか。もしくはこれ以上分裂するのはよくないと判断したのかもしれない。小型化するほど個々の力は弱くなっていくはずだ、数を増やせばそれが弱みに繋がる可能性がある。

「本体がどれか、あたしの計器でも見分けがつかない。全部倒すしかなさそうだよ」

「上等!」

 司令は槍を振り回しながら、旋回するヴォンへと突進しその中の一体へと、槍を横へとなぎ払うように叩きつけた。ヴォンは槍を脇に抱えるようにしてそれを受け止め、槍ごとアーマーを持ち上げ地面へ叩きつけようとしている。

「その鎧、重さと俊敏さえを兼ねてはいる。だが軽い」

「あたしの攻撃が軽いなんて分かってるけどね。つまり対策済み」

 槍の矛先が青白く光り、電撃が放たれた。雷はヴォンの岩のような体を貫きはしなかったが、その体表を高熱で赤く溶かし、ヴォンはそれから逃れるようにしてアーマーを適当に放り投げる。司令は空中で一回転して軽やかに僕の横へと着地した。

「お前のその槍さばき、以前戦ったことがあるな」

「わたしらの施設でね」

「その鎧は中々の性能だ。細工も結構な威力、自分の体を熱で溶かすとは。しかしだ……」

「なに、不満でもある?」

「お前は強い。だが、そこの若き戦士よりは弱いな」

 司令は無言で槍を構え直した。司令は強い。僕達の教官だった人だ。だが、ヴォンに勝てるとは思えない。おそらく……。自分を過信するわけじゃないけど、ヴォンの言う通り、今の僕は司令に勝てる。技術や武器の性能の差があっても、それでも僕はもう司令に勝てると思う。

「ソノコ、出力限界まで上げて。短期決戦で一気に畳みかけるしかない」

「分かった、全部出し切っちゃうから!」

 槍から放たれた電撃はアーマーの表面まで流れ、青白い閃光と火花が周囲へ飛び散る。ヴォンは分裂したままでは受けきれないと判断したのだろう、三体の内の二体が合体し、これで数は対等になった。二対二にはなったが、それで有利になったわけでもない。むしろ不利になったはずだ。

「若き戦士よ、お前の置かれた立場を理解することだ」

「分かってる」

「……ほう、見事。さらに気合が乗ったな。やはりそうか、それがお前の本質なのだな」

 僕は、司令とソノコさんを守らないといけない。僕はもう二人に守られる側じゃない、二人を守らないといけないんだ。自分だけではなく、仲間を守らないといけない戦いになった。司令とソノコさんがここにいることで、僕の置かれた状況は不利になってしまった。でも、鼓動が強くなるのを感じる。握りしめた拳に熱がこもり、全身が熱を帯びていく。

「心配しないでいい、わたしが足手まといになるわけにはいかないからね」

「そんなこと思ってませんよ。楽しんでください」

「この状況を?」

「戦いを楽しまない司令なんて、あまりにあなたらしくない」

「……確かに。どうせ勝つなら楽しんで勝たないとね!」

 司令はソノコさんを気遣ってるというか、命を一つ背負っている状態を怖がってる。それはそうだ、僕だってヤヨイを背負って戦うのは絶対に嫌だ。アーマーの出力操作はソノコさんじゃないと出来ないようだから、司令が一人で戦うことは出来ない。アーマーがないと闇のエネルギーに直接魂をさらすことになってしまうから、司令とソノコさんは一緒に戦わないといけない。

 司令はいつものように槍を振り回しながら、ヴォンへと斬りかかっていった。いつもの司令の動きだ、ヴォンも下手に反撃は出来ないほどの猛攻。アーマーに電気の負荷をかけ、オーバーヒート状態にしてパワーもスピードも跳ね上げてる。その状態を保っていられるうちに決着をつけないと。

「体術は中々のものだ。だが、ただの戦士だな。英雄となれる素質はない」

「守ってばっかりの癖に、よく言うね!」

「可能性を見極める前に潰すわけにはいかぬ。が、お前は見限ってよさそうだ」

 結局のところ、仲間を守る為には勝つしかない。防戦一方では敗北するだけだ。司令もヴォンの攻撃が始まれば敗北しかないことを分かってるから、攻め続けるしかないんだ。僕もそうする。ムクさんを見習えばいい、とにかく攻める。ひたすら殴る。敵に防戦一方を強要させればいい。

「来い、若き戦士よ。ここからは自分も本気を出そう」

「ナナゴウだ」

「ふははは、よい気迫だ。ゆくぞ、ナナゴウ」


 ヴォンはハンマーを振り上げ、真っすぐ僕に向かってくる。このまま単純に攻撃してくるわけがない。ガンジイさんに教えてもらったことを思い出せ、敵を見るな、先を視るんだ。

 僕もヴォンに向かって疾走し、奴がハンマーを振り下ろしてきた瞬間に、地面を蹴って右の方向へ転換する。回避の為の方向転換じゃない、反撃の為だ。これもガンジイさんの教えだ、攻撃の瞬間が最大の無防備。その虚をつけば必ず反撃が入る。

 僕の正面にいたヴォンは、ハンマーを振り下ろした瞬間に分裂し、僕の左右へと分かれ挟撃を仕掛けてきた。先読みした通りだ。僕があらかじめ方向転換した先にヴォンは現れた。

「む……!?」

 あらかじめ振り抜いていた拳が、出現した瞬間のヴォンの顔面を捉えた。拳に伝わる衝撃は、その一撃が有効打であったことを感覚で教えてくれた。

「ふははは、やるな、やりおる!」

「ずいぶん楽しそうだね」

「心躍らずにはいられまい!やはりお前には素質がある!」

 ヴォンの顔面は、僕の殴打によって半分が砕けていたが、すぐに修復された。分裂、修復、自在に体を変化させてくる。やはり本体の核を破壊しないと駄目だ。ヴォンの核を破壊しない限り、こいつは無限に傷を修復してくる。

「くすぶるな、戦士ナナゴウよ!ようやく魂に入ったその火を、さらに燃やしてみよ!」

 ヴォンは合体し、再び一体に戻り僕に向かってきた。体がさらに発熱するのが分かる。僕の殴打はヴォンの顔を砕くことが出来た。速さも威力も、出力が上がっていく。反撃に転じるばかりでは駄目だ、敵の攻め手を潰す。僕の方から攻めていく、先手を取り続けるんだ。

 ひたすらヴォンへと攻撃と繰り返す。刃が通らなかった腕も、胴体も、殴り砕けるだけの力を発揮出来る。出力をもっと上げるんだ、こいつの核ごと、体を粉砕出来るほどに、もっと、もっとだ。

「メイ、もうエネルギーが切れる!」

「分かってる!」

 不意にソノコさんと司令の声が耳に入った。アーマーは関節部から白煙を吐き出し、電撃ではなくオーバーヒートによる火花を散らし破壊寸前の状態になっていた。ヴォンから与えられた傷は一切無い。全て過負荷による自壊だ。それでも司令は巧みにアーマーを操作し、地を走り宙を舞い、立体的な攻撃を次々とヴォンに加えていく。

「もう終わりだ、戦士よ。お前の力は自分には届かぬ」

 ヴォンは司令の攻撃をひたすら受け続けていた。それは反撃に転じる隙がないからではなく、反撃する意味がないからだ。このまま放っておけばアーマーは自壊する。ヴォンは司令とソノコさんの力をすでに見極め、そして見限ったということだ。

 司令はヴォンの背後を取り、地面を支えにして槍で奴の胴体を貫こうとした。だがそこが限界点だった。アーマーの左脚、そして右肩部の関節が内部で小規模の爆発を起こし、アーマーはバランスを崩し転倒した。ヴォンは倒れたアーマーへ向かい、ハンマーを振り上げ、そして振り下ろした。

 いや、振り下ろそうとした。だがその前に、ヴォンの体は粉々に砕け、破裂するようにはじけ飛んでいった。なにが起きたのか分からなかった。一瞬の間の後、それをやったのが僕だと気付いた。無意識のうちに、僕は司令とソノコさんを守る為に、急加速し方向転換したようだ。そして司令とソノコさんが戦っていた方のヴォンを殴り砕いていた。

「ふははは、よいぞナナゴウよ。自分を砕くほどの力、それが出来る者がこの宇宙にどれほどいようか」

 背後から僕が相手をしていた方のヴォンが、笑いながら歩いてきた。砕けた破片はヴォンへと集まっていき、元の巨大な姿へと戻った。

「来い、戦士ナナゴウよ。お前の可能性を、その先を見せてみよ!」

「無理だ」

「……なに?」

「さっきお前を殴った瞬間に、伝わってきた。お前は、敵じゃない。殺そうと思えなくなった」

 ヴォンの笑顔が消え、怪訝に眉をひそめた後、笑顔が戻った。どういう心理でそう表情が変化したのかは、よく分からなかった。

「お前は優しい。僕等の敵を演じているだけだ。さっきお前は、ハンマーを本気で司令とソノコさんへ振り下ろすつもりはなかった。力の流れ方でそれが分かってしまった。僕が止めなくても、お前は自分でハンマーを止めていたはずだ」

「……ふはは、しくじったか」

「どう判断するかは……。あなたに任せます。僕はもうあなたとは戦えません」

「芽吹きはまだ先。しかし、クラフォンと同意見だ。この世界には可能性の芽がある。自分はお前に対し、それを感じ取った。自分もまた、その先の判断は王にゆだねよう」

 ヴォンはハンマーを投げ捨て、倒れたままの司令とソノコさんの元へ行き、手を差し出した。

「まだ動けるか戦士よ。自分とお前達との戦いは終わった。後をどうするかは王が決めることだ」

「……に……」

「……何か言ったか?ノイズがかかっていて聞こえないが」

「……本部の……から、高……ギー……が……」

 計器が破損してしまったのだろう。おそらくソノコさんの声だと思うが、ぶつぶつと途切れよく聞き取れなかった。だが次に司令が取った行動が、事態の急変を僕に知らせた。司令はアーマーの装甲を開き、大声で怒鳴るように叫んだのだ。

「逃げて!!本部の中から高エネルギー反応!!」


 司令とソノコさんは、戦闘力向上の為にアーマーの中にいるわけではない。第一の目的は、闇のエネルギーに直接魂を晒さない為だ。魂だけの司令とソノコさんは、闇のエネルギーに触れれば激しく魂を傷つけられ、それが続けば消滅してしまう。

 それを分かった上で、司令はアーマーの装甲を開いた。闇のエネルギーの中に魂を放り出したんだ。魂を危険に晒してまで、司令は僕へと警告を発した。それだけの緊急事態が発生していることを、その行動が証明していた。

 瞬間の静寂の後、耳を突き抜け脳を揺るがす振動と、暴力的な爆発音。そしてエネルギーの波が全身を貫いた。これは知っている、この世界の中で起こりうる、最大の脅威。……闇の扉の発生だ。

 僕は的確に動けたと思う。まずやったのは、アーマーの装甲を叩き無理矢理閉じた。司令とソノコさんの魂を、闇のエネルギーから遮断する。そして遠くへ、ひたすら遠くへアーマーを担いで逃げる。……逃げようとした。闇のエネルギーの奔流は僕の体をあらゆる方向から押し潰す。逃げられない、体が言うことを聞かない。

「どうやら、自分らはカンスケに嵌められたようだ」

 ふとヴォンの声が聞こえ、全身をしめつけていたエネルギーが緩和された。なにが起きている?周囲の状況を確認しようとするが、脳と意識が激しく揺れ続け、五感がまともに機能してくれない。

「安心せよ、自分の体内へとお前達を収納し守っている。しかし、このままでは自分も消滅してしまう。この高エネルギーの発生は連鎖しているな。一つではない、二つ、三つ、それ以上だ」

 ヴォンの声だけが、やたらはっきりと聞こえる。とても落ち着きのある、力強い声で、僕達へと一時の安全を教えてくれている。カンスケは最初からこうするつもりだったのか。複数の闇の扉を発生させ、僕達全員の魂を闇のエネルギーへと分解するつもりだったのか。……いいや、カンスケはそんなことをする奴じゃない。まさか、無意識に本部に罠を仕掛けていたのか?カンスケ自身の意思ではなく、無意識の内に……?

「可能性を見極めること。そしてその芽を守ること。それが死神の使命だ。王よ、その使命に殉じる為ならば、あなたも許してくれるでしょう」

「ヴォン、なにを、しようとして……」

「力の解放を発動する。お前達は自分が守り抜こう」

「なんであなたが、そんな……」

「戦士ナナゴウよ、お前にもそのうち理解出来るだろう。自分はお前という若き芽の為に魂を散らせることを、誇りに思う。後の世に継ぐこと、それが最も素晴らしき行いなのだ」

 意識を失っていたのか、それともずっとそれを感じていたのか。それはほんの一秒にも満たないことのようにも感じられたし、数時間続いたようにも思えた。あたたかな光が視界を埋め尽くし、真っ白な空間の中に僕の意識は漂っていた。そして目を開いたそのとき、脅威は去っていた。

「ナナ、ゴウ……」

「司令、ソノコさん、無事ですか?」

「だいぶ魂を損傷したけどね、わたしもソノコも、まだ生きてる……」

「あの死神が、守ってくれたの……?」

「……えぇ、守ってくれました。ですが……」

 脅威は去り、絶望がそこにあった。ヴォンさんはおそらく魂をエネルギー化し、押し寄せる闇のエネルギーを相殺し続けたんだ。僕の封印解除と同じことを、ヴォンさんも出来たんだ。自身の魂を燃やし、異常な力を発揮した。僕達を闇のエネルギーの爆発から守り抜いた。そして……。

 絶望へと姿を変え、そこに立っている。

「オ、オ、オ……」

「もう、意識は残ってないですよね……」

 連鎖的に発生した闇の扉は、高濃度の闇のエネルギーをこの一帯に爆発させた。ヴォンさんは自分の魂のエネルギーをそれにぶつけ、僕達を守ってくれた。でも、それはエネルギーが対消滅するという話ではない。ただエネルギー同士がぶつかっただけだ。今ここには、闇のエネルギーと、ヴォンさんの魂のエネルギーが高濃度に充満している状態だ。

 そしてそのエネルギーは、一定値を超えた段階で固形化する。まるで水蒸気が部屋に充満すれば、液体となってしたたるように、二つのエネルギーが凝縮され、形を成した存在がそこにいる。

「闇の、核なの、あれは……?」

「そんな優しいものじゃありませんよ。ソノコさん、お願いします」

「お願いって、なにを……?」

 これほどのエネルギー、この戦場にいる全員が感知したはず。もう死神との戦いなんてしている場合じゃない、この絶望を止めないと、この世界の魂全てがこいつに消滅させられてしまう。なんとか時間を稼いで、応援が来てくれるのを待つ。ムクさんやガンジイさんだけじゃない、死神の王も来てくれるはずだ。そうでもしないと、この絶望には太刀打ちできない。

 この状況下で、僕は安心していた。ヤヨイがここにいなくてよかった。彼女はレイレイさんのそばにいる。ヤヨイが無事でいてくれるなら、それ以上に大事なことなんてない。

「ヤヨイを守りたい。封印解除をお願いします」


次回へ続く……

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