第十一章 旅の終わり 二
十一章 旅の終わり 二
死神の王が、決戦の日時を伝えにきてから三日後。今日がその日となった。わたしたちは、いまや作戦本部となった部屋に集まり、カンスケが淹れたお茶を飲みながら、そのときが来るのを待つ。
「まずは受けでいこう。一旦本部から出ないで、死神の出方に合わせてこっちも臨機応変に」
今になって知ったことだが、カンスケは世界にいくつかの茶園をつくっていて、たまに一人で世話をしに行っているらしい。決戦前にそんな雑談が出来るのは、カンスケの余裕の表れだろう。
「ボス、なんすかその黒い飲み物」
「これはコーヒー。コーヒー豆の栽培もやってるんだよね。この前ようやくうまくいってさ、焙煎もおれがやってみたんだ」
オクゼツはカンスケからコーヒーカップを受け取り、ぐっと多めに口に含んだ。まだ熱湯なのに大丈夫かこいつ。直後、言葉の通り「苦い顔」になったオクゼツは、無言でカップをカンスケに返した。
「これ毒じゃないんすよね?」
「こういう飲み物だよ。深煎りだからしっかり苦い。ガンジイさんなんかは好みかもよ」
ガンジイはカップを受け取り、まだ湯気の立つ熱々のコーヒーを控えめに口をつけてすすった。
「美味い」
「珍しいね、ガンジイがおいしいって言うの」
「茶よりもこちらが好みだな」
わたしたちはそんなのんびりした会話をしているが、周りのみんなには緊張感が漂っている。ムクですら少しおとなしい。ずうっと遠くの方から感じる異質な何かの気配に、みんなすでに気付いているようだ。
「王様が動いたみたいだね。おれは少し外に出てくる。すぐ戻ってくるよ」
カンスケがそう言い退室すると、オクゼツは紅茶を一杯一気に飲み干してから、ムクに話しかけた。
「お前らしくねぇな、静かじゃねぇか」
「おー。どうしようかなーってなぁー」
「なんにも問題ねぇよ、ボスが言ってたからな。『ドラマが見たいんだ』ってよ」
それを聞いて、ヤヨイの顔から少し緊張感が抜けてゆるんだ。ファイブはヤヨイの恐怖を感じ取っているようで、ずっと膝の上に乗って、心配そうにヤヨイの顔を見上げてる。
「カンスケが楽しんでるときに出るいつものセリフだし。あいつがそれ言ったときは、うまくいくことが確定したときだけ」
「カンスケはこの戦いに勝てると確信しておるのか」
「じゃないとボスの口からそれは出てこねぇ」
勝利への確信があるのはいいことだ。学校のテストや面接と同じ。自分が落ちると思いながら受けるより、絶対うまくいくと確信をもって臨んだ方がいい結果は出やすい。調子に乗って玉砕しなければ、の話だけど。
「兄さん、さきほどから異質な気配といいますか、微弱な振動がずっと響いている感じがします」
「だな、死神の王は全方向から攻めるって宣言したらしいからな。なにかがこっちに行進してきてる」
「まだ待機でいいですか?」
「おう。どんと構えとけ。どの道それの相手するのはお前じゃねぇ、オレだしな」
ナナゴウは明や園子ではなく、まずオクゼツに相談した。戦闘に関してはオクゼツの方に絶対の信頼を寄せてるみたい。明と園子もその辺は分かってるから、別に寂しそうなそぶりもみせなかった。
明と園子はなにをしているかというと、ミニちゃんのお腹につけたベルトの最終調整をしている。瞬間火力でいえば、おそらくわたしたちの中の誰よりも高い太陽兵器だ。
「エネルギーの充電はよし。リミッターも外したから、最大出力はえげつないよ」
「どれくらいなのよ~?」
「山なら大穴が貫通するし、湖なら蒸発するくらいだね」
「でもミニちゃんにその熱は伝わらないから安心してね」
「サンシャイーン!」
みんな戦いの準備はよしということだ。いつでも来いという感じだな。でもやっぱりムクがどうにも静かだ。どうしたんだろう、らしくないな。
「やっぱお前変じゃねぇか?戦いを怖がるような奴じゃねぇだろ、お前はよ」
「ずっとなー。考えててなー」
「あ?お前が作戦とか考えてんのか?」
「子供は何人にしようかってなー」
「は?」
「オクゼツは何人ほしいんだー?」
「は?」
「お前がほしいっていうだけ、あたしいくらでも産むぞー。がんばるぞー」
オクゼツが真顔で固まった。ムクは全然大丈夫だった、平常運転だった。だがオクゼツの方が大丈夫じゃなくなった。ガンジイは席を立ち、オクゼツの肩に手を置いて「ムクを頼む」と言ってから、自分のカップにコーヒーを注ぎ始めた。よほど気に入ったみたいだ。
「マリアさん、大丈夫ですか?」
「えぇ、まだ保たせます。なんとしてでも」
マリアさんは、もう限界だ。魂の寿命が尽きる寸前まできてる。今日が決戦の日でよかった。おそらく明日には消滅してしまっていただろう。……ただ、その芯に残した力をどう使うつもりだろうか。死神を相手に?それともカンスケを相手に?それを杞憂していると、カンスケが戻ってきた。
「みんな、ついに敵が攻めてきた。モニターを繋げるよ」
カンスケがテーブルの上で手を振ると、立体映像がいくつも浮かび上がった。本部の周囲の様子がそこに映し出されていて、赤外線カメラのように暗闇の中をしっかり見ることが出来た。
「これは本部周辺に敷いた陣の外側。八方向の映像だよ」
「なんすかこれ。骸骨が立ってますよ」
「王の術だね。素材はこの世界の動物やら人間やらの骨だ。それにエネルギーを吹き込んで、大量の骸骨の兵隊を用意してきた。材料がこの世界のものなら、陣の中でも消滅しないからね」
白骨化した様々な動物や、人間が大量に、いや大量なんてものじゃない。満員電車の中みたいに密集して本部めがけて行進してきてる。王によって完全に統制されているみたいで、足並みが乱れることなく全く同じリズムで大地を踏みしめながら進んでくる。
「数はどれほどなのだ?」
「正確な数は分からないなぁ。でもざっと五億はいるんじゃない?」
「きついっすね、おれの分身の最大数は五万ってところっすよ。一万倍はえぐいっす」
「千倍くらいならいけそうかい?」
「それくらいなら。分身一体で千体潰せばいいんすよね」
こいつの分身、そんなに強いのか。一騎当千かよ。相手はただの骨、この世界の動物の白骨を利用してるだけだから、強くはないと思うけど。ただそれを五億という物量で一気に押し寄せてきたらさすがに対応不可だ。
「……あ、そうか。お姉ちゃんそれを見越してたんだ」
「魔女がどうしたのだ?」
「オクゼツが千倍までならなんとか出来るって、それも計算の上だったんだよ。お姉ちゃんが死神の王に言ったこと覚えてる?『戦力を対等にする』って言ってたの」
さっきから響いていた骨の大群の振動に加え、別の揺れが一定のリズムを刻み始めた。カンスケがモニターを操作し、映している場所を変えると、そこには真っ黒な、まるでアリの大群のようなこの世界の脅威がひしめいていた。
「闇人だよ。ここら一帯から闇人がいなくなってたのは、ここであの骨の大群にぶつける為だったんだ」
「師匠なら、集めておいた闇人を一斉に転移させるくらい簡単か。こっちは一億くらいはいそう。かつての日本の総人口くらいだね」
おかしな光景だ。骨VS魂、みたいな感じ。物体とエネルギーの激突。かつて肉体があった二つの要素が、戦争を始めようとしている。両者は陣の境界を挟むようにして行進し、互いの距離が数センチもないところで一斉停止した。
「始まるよ。オクゼツくんはもう外に出てていい。いつ分身で攻めるかは任せる」
「了解っす」
「他のメンバーはまだ待機。ノイとヴォンを感知したら、迎撃に向かってもらう。もしくは……」
もしくはすでにそのどちらか、あるいは両方がここに侵入している可能性もあるが、現時点でそれは薄い。わたしたちの感知能力の高さはすでに死神に知られている。向こうがなんの対策もなしに、のんびり遠くから姿を見せるとは考えづらい。それにこっちの戦力の高さも周知の事実。ここにこれだけ戦力が固まっている状況で、無暗に攻め込んでくるとは考えられない。つまり……。
「死神の目先の目的は、おれ達をばらばらに散らすことのはず。この全方向からの攻撃も、ここを質量で押しつぶす為じゃなく、様々な方向へこちらの戦力を散らす為というのが本命だろうね。臨機応変に動く土台をつくっているのは敵も同じはず。こちらが戦力を分散させれば、すぐにここへ侵入してくる用意はしているはずかな」
こちらがここに固まって動かないのであれば、死神はゆっくりと力を蓄え、最大火力を一期にぶつけてくるだろうな。混戦模様になれば、わたしへの攻撃をどさくさに紛れて通しやすくなる。こっちの動き方によって、死神も最適な戦略を取って来るはず。
「で、こっちはどうするの?」
「王様の狙い通り、こっちから戦力を散らしてあげるよ。ただし、元々こちらが予定していた場所へね」
ここまでの流れはカンスケの予定通りか。ノイとヴォンの迎撃を、こちらが準備を整えていた場所で始める。問題はその二人を、どうやってその場所へ誘導するかなんだけど。
「まずわたくしが、全員の魂に仕掛けをしましょう」
「ママの偽装工作は完璧。おれ達の魂の波動を、全部レイレイちゃんと同じものに変更する。目視でないと、本物がどれか分からない」
「なるほど、僕が制御装置を壊したときと同じ偽装ですね」
ナナゴウがさらっとそう言い、マリアさんも気にすることなくうなづいた。
「全員一度、前線へ出てもらうよ。二か所に分かれて所定の場所へ」
「私や麗冷もか」
「もちろん。それにすぐここに戻ってくることも出来る。転移装置はママ達が追加で作ってくれたしね」
そういえば、また指にはめておいたんだった。光側の人達が、この本部に転移してくるときに使った、指輪型の転移装置。
「ついに始まりましたね、王様」
「ヴォンはすでに、敵陣へ潜入済みか」
「あいつ、図体でかいですけど小回りききますからね。本部の周辺に身を潜ませてますよ」
この世界と、死神界の命運をかけた戦いが始まった。大げさに言えば、この宇宙の命運をも決めかねない戦いだ。この世界が宇宙の崩壊を乗り越えることが出来るのか、それを見定める戦いでもあるからな。俺と王様はあいつらが敷いた陣の外側から、参戦の機を伺う形だ。ヴォンはすでに潜入済み、あいつも襲撃の機を伺ってるところだ。
王様がつくった骨の兵隊を、この世界のエネルギー体が迎え撃つことになってるのは予想外だな。たぶんあれだ、魔女が用意していた伏兵だ。戦力を対等だか均等だかにするって言ってたからな。こっちの予定では、あいつらの中にいるミニちゃんってやつのビーム兵器で、骨の兵隊を壊滅させられることになっていた。あのビームはやべぇ。それを開戦直後に消費させてしまう予定だったが、なにもかも予定通りにはいかないわな。
「ノイよ、何度でも言うが」
「分かってますよ。力の解放は使わないように、でしょう」
「余を本気で怒らせるようなことはせぬようにな」
王様の圧倒的な実力があるから出来る発言だぜ。王様の実力は、力を解放した俺やヴォンよりさらに上だからな。俺等が魂を燃やす必要はないということだ。結局は王様がこの世界の可能性を見極めることになる。……本当は、俺等が素直にそれに従うわけないことも分かってるはずなんだがな。
「……おや、奴等の魂が変化したな」
「変化?」
「複数の魂が同じ波動を放つようになった」
「あぁ、じゃあそこは当初の予定通りってことですね」
「奴等はこの後、あらかじめ準備しておいた二つの地点へ転移するはずだ」
魂の偽装工作。あいつらがそれをやってくることは予想済みだ。そして元々整えていた戦場へ俺とヴォンを誘導しようとしてくるはず。
「魂が転移したな。本拠地からそう遠くない地点。二つの距離は離れているが、どちらもただの平野だ」
「罠は仕掛けられていないと?地形を利用した戦術を使ってこないのは、逆に不気味ですな」
「行ってみないことには分からぬな。片側には二つの魂の反応。もう片側には九つ。本拠地にも一つだけあるが、この魂にのみ偽装がされておらぬ。おそらく本拠地に余の兵隊を近づけぬ為の、戦士を一人配備しておるな」
片側にだけ九つも魂を集中させてるのか。半々に分けなかったのはどういう意図だ。
「ノイよ、誘われておるぞ」
「どっちにですかね。平静に考えれば、二つの反応しかない方へ誘ってますが。九つの方はどう考えます?」
「お前とヴォン、戦力の高い方をそちらに引き寄せたいのであろうよ。頃合いを見て、九つのうちのいくつかは本拠地へ転移し逃げるであろう」
「じゃあ九つの方に、奴等の中でも強いのがいる確率が高そうですな」
「無の力を宿した少女は、本拠地へ逃げるつもりかどうか。潜入しているヴォンが襲うのにはちょうどよいがな」
さて、じゃあ俺はどっちに向かってやるとしましょうか。……九つだろ、ここは。王様にさっさと二つだけの方を潰してもらって、本拠地へ逃げ帰ったレイレイを追い、その護衛をヴォンと一緒に叩いてもらう。速攻で攻めるならそれがいいはず。
「ではノイ、お前は二つの方へ向かってくれ」
「あれぇ?俺がそっちですかい?」
「余の予想が正しければ、その方がよいのでな」
どんな予想か知らんが、俺は命令された通りに動いた方がいい。それじゃあ、本格的に開戦としましょうや。
「王様、号令をお願いしますよ」
「ノイよ、再三言わせてもらうが……」
「分ぁ~かってますって。力の解放は使わないように、でしょう?」
「余はうそつきは嫌いだぞ」
変なところで子供っぽいな王様は。とにかく待機させてる骨の兵隊を稼働させてもらわんと。
「では、始めようか」
「わくわくしますな。死神となって以来、こんな戦いは初めてですよ」
王様は剣を空に向かって突き上げ、それをゆっくり下ろし敵陣へ向けると、兵隊達に号令を出した。
「進み続けよ、その身が粉となっても。行け!」
敵陣をまたいでにらみ合っていた、互いの兵が衝突を始めた。五億と一億のどつき合いだ、壮観だねこれは。武器なんてお互い持ってねぇ、原始的な力での殴り合いだ。白と黒がぶつかり合って、現在の戦況は互角だな。数ではこっちの兵が上だが、個々の兵力はやつらの方が上か。のんびりと観戦してるわけにもいかねぇな、俺も出陣といこうか。
「じゃ、俺も行ってきますぜ」
「余の元へと帰ってくるのだぞ」
「王様も足元すくわれんでくださいよ。この世界の戦士は化物揃いですからね」
「しかし、死神があっさり勝っても悲しいことだがな」
「ははは、確かに。しかしまぁ、快勝とはならんでしょう。……お気を付けて」
「お前もだ。お前は消滅しない程度に、全力を尽くすのだぞ」
僕にどれだけのことが出来るのか、未だに分からない。分からないまま、全力を尽くすしかない。兄さんが言ってくれたことだ。まだ未完成だからこそ、大きな可能性を眠らせていると。ヤヨイはレイレイさんのそばにいて、ずっとそっぽを向いている。こっちを凝視されても困るけど、あからさまに顔をそむけられるのもなんだか嫌だな。
カンスケは戦場の二つの地点に僕達を転移させた。こっちにいるのは、ムクさんとミニちゃんを除いた他のメンバー。高火力の二人を向こうに配置し、それ以外を全部集めた陣形を取った。
「王様が動き始めたのを感じるね、陣の中に入ってきた」
「私と麗冷は敵を引き寄せた後、本部へ戻すつもりか?」
「ガンジイさんはどう思う?」
「すぐに戻るべきではない。死神は本部の近くに、すでに伏兵を忍ばせていた可能性が高い。前線に近いこの場の方が安全であろう」
「だよね、おれも同意見。それを感知出来ているわけじゃないけど、おれに感知出来ないレベルで気配を消せているなら、かなり怖い相手だよね。そんなわけで、本部に戻すのはヴォンと戦う予定だった三人だよ」
つまり僕と、司令とソノコさん。光側の三人だ。総司令はこのままここにいることになるのか。大丈夫なのだろうか。
「大丈夫だよ、ここら一帯からは闇のエネルギーを払っておいた。現にこうして普通にしていられてるでしょ」
カンスケが僕の思考を先読みしてそう言った。僕と違い、魂だけの三人もここにいるが、ダメージを受けている様子はない。そこは当たり前のことだから分かってる。僕が心配しているのは……。
「問題ありませんよナナゴウ。カンスケが突然、闇のエネルギーを辺りに満たす可能性は今のところありません」
次は総司令に思考を先読みされた。総司令は、機を見計らってカンスケごと自爆するつもりだ。おそらく死神の王との戦いの最中、王とカンスケを同時に消滅させるつもりだろう。それをされる前に、カンスケが総司令を奇襲する可能性を危惧していた。
「もう、ママのせいでナナゴウくんの集中力がぶれちゃうよ。死神との戦いに集中してもらいたいのに」
「より大きな力がこちらに接近してきますね。わたくし達の方へ、王が来ているようです」
「じゃあレイレイさんとガンジイさんだけ本部へ戻し、一気に王を叩いた方がよいのでは?」
「いいや、王様は今は接近しているだけで、どこかで停止するはず。ノイとヴォンの戦いを見届けてからにするはずだからね」
可能性を見定める為、か。この世界全体の力を見定めた上で、最後の仕上げとして王が出てくるか。
「そういうわけで、ナナゴウくん達は目の前にある戦いに集中してもらえれば大丈夫。さぁ、本部へ戻って」
「行くよナナゴウ、わたしとソノコが準備出来るまで、場を繋いでもらうからね」
司令にそう促され、僕達三人は転移し本部へ戻ることになった。……ヤヨイはずっと、そっぽを向いたままだ。
「じゃあね、アイ。また後で」
「園子はサポート役なんだから、無理しないでよ」
「明もソノコと戦ってくるよ、なんか言って」
「用心せよ」
「そうじゃなくて、愛の言葉をね、明は囁いてほしいの」
「愛している。無事に戻ってこい」
司令が「えっ」と驚いて固まった。ガンジイさんが意外なことを言った。いつもなら司令を軽くあしらっているところだ。ガンジイさんは、レイレイさんが無の力を手放すことにしてから、どこか穏やかというか、おおらかになった感じがする。……僕もヤヨイになにか、声をかけておこうか。いや、やめておこう。あしらわれるだけだと思う。
本部へと転移して戻ってきた僕達は、まず周囲に死神がいないことを確認した。司令と園子さんは、これから乗る戦闘用アーマーの準備を始める。稼働時間に限りがあるから、戦闘開始のぎりぎりまで起動させないでホールに置いてある。
「僕はホールの入口前にいればいいですか?」
「実際に死神がこの周辺に潜んでるなら、本部の正面入り口にいてほしいけどね。でもこの感じ、わたし達の施設が襲撃されたときに似てる」
あのときは、どこからか巨体の死神に組織内に侵入されてしまった。あの死神はヴォンだ。潜入を得意としているなら、今回ここを奇襲してくるのも恐らくヴォンになるだろう。
「では、僕はすぐそばにいます。お二人から離れない方がよさそうです」
「……ナナゴウ、ここまできたら、もう戦わないでなんて言わない」
「はい」
「一緒に、勝とうね」
しんと静まり返ったホールの中に、遠くから響く兵隊のぶつかり合う振動と、機械をいじる音が混ざり合う。敵はいつ攻めてくるのか、どこから襲い掛かってくるのか。じりじりとした緊張感が、心臓の鼓動と一緒に頭の中へ登ってくる。決戦は始まったが、まだ戦いは始まらない。だが確実に、無音の警告は一秒ごとにその大きさを増していた。
「戦いの火蓋を切って落とすことになるのは、俺達みてぇだな」
「おー。お前、けっこう前に見た奴だなー」
「なんだよ、名前覚えてくれてねぇのか?俺は覚えてるぜ、お前はムクだ」
「ミニちゃんもいるぞー」
「実はいるのよ~」
厄介な二人が一緒に居やがる。マジか、よりによってこの二人の相手を同時にするのか。王様に命令された地点には、たいまつが百個ほどぐるっと等間隔に円形に設置された、戦闘用区域が用意されていた。ご丁寧に地面を平らにならしてある。石ころ一つないまっさらな地面だ。明かりは十分過ぎるくらいだな。罠の類の痕跡もねぇし、ここで正々堂々やり合えってことかい。
ムクの方は腕をぐるぐる回していつでも来いと言わんばかりだ。太陽兵器の方はムクの胸元から頭半分だけ出して隠れてる。まずいな、その位置に隠れられて、至近距離であのビームをいきなりぶち込んでこられたら回避出来ねぇ。ムクと戦ってる最中、いつあのビームが飛んでくるか分からねぇ。
「ちゃんと覚えてるぞー。ノイだろお前ー」
「なんだ、覚えてんのか」
「さっきカンスケに言われたからなー。『そっちにノイがいくから、ぶっ飛ばしておいて』ってなー」
俺の行動、というか王様の行動を予測されてたか。こっちがどう動くか分かった上で、この二人を俺にぶつけてきたと。王様とカンスケと、たぶんどっちもお互いの考え分かった上で動いてるな。互いの予想通りに展開される戦場ってなんなんだろうな。それは戦いなのか、ただの台本をなぞるだけの茶番なのか……。
「よし、さっさとやっちゃうぞー!」
「やっちゃうのよ~!」
ま、難しいこと考えるだけ無駄か。こいつらを見習って俺もバカになるか。
「でもその前になー。ミニちゃんは離れててもらうからなー」
「なんだ、ここにいるのに戦わねぇのか?」
「それもカンスケに言われててなー。『ノイが本気を出すまで、ミニちゃんは参加しないで』ってなー」
「ほう、『本気』ね」
俺等の「力の解放」も見越されてるのか。切り札は取っておこうというわけかい。……カンスケの目的は、勝利じゃねぇってことか。あくまでこの世界の力を、俺等死神に示すことが目的か。それはつまり、俺等をぶちのめした後は、協力関係を結ぼうとしてるってことだ。可能なら俺等の誰も死なせないようにしてやがる。
「甘いな。戦場ってのは、そんな仲良しごっこが通用する場所じゃねぇぞ」
「じゃあ今撃っちゃうのよ~」
「まて、それは話が違う」
「別になー、カンスケの言うこと聞いてやるつもりもないしなー。お前をぶっ飛ばせるなら、あたしはそれでいいしなー」
「分かった、ミニちゃんには手を出さねぇって。お前とだけ戦う。お前の全力を示してみな」
「おー。じゃあそうするかー」
危ねぇ、一瞬本気で焦った。実際こいつらの力を見定めることも俺の仕事だ。開幕あのビームで消滅させられたら、なんの仕事もこなせず退場することになっちまう。……カンスケの奴、本気みたいだな。ここにミニちゃんを配置したのは、俺を死なせない為か。「お前が本気を出しても、どうせビームで消滅するだけだぞ」と、脅しをかけてやがる。だから本気なんて出すなよと、そういうことかい。力の解放を使えば、俺は消滅から逃れられねぇことも見越されてるのか。
「腹立つ野郎だな、カンスケって男は」
「おー、あいつは信用出来ない奴だぞー」
「……ちなみにだが、レイレイは信用出来るか?」
「レイレイかー?最近ちょっと変だったけど、無の力はもう手放すってさー」
……本当かそれは。あいつはすでに化物になってる。この戦いの運命をどこまで視た上でそう話したのか。あえて王様の剣に貫かれて、無の力を消そうとしてるのか……?カンスケが俺等と協力しようとしてる状況とも矛盾はねぇが……。
一番信用出来ねぇのはカンスケじゃねぇ。レイレイだ。あいつは絶対なにか隠してる。全部があいつの手の上、死神も、この世界の連中も、あいつの望んだように動かされている気がする。本人は他者の自由意志を奪うつもりなんてないと明言してはいたが、その言葉もレイレイの本心なのか、宇宙の意志に操られて出た発言なのか、なにも分からねぇ。……なんにせよ、戦いを止める理由にはならねぇか。
「じゃ、やるか」
「おー」
走り出したのは同時だった。互いに走り、構え、速度と重さを乗せ、真っすぐ打つ。右拳がぶつかり合い、お互いが持っていた全ての運動エネルギーが相殺された。硬いな、こいつの拳。重金属みてぇな手ごたえだ。
「ちょうど互角かよ。今のは本気か?」
「お前が手ぇ抜いてたから、こっちも抜いたぞー」
「じゃあ、本気でいくからお前も本気でこいよ」
「おー!」
力の解放は「まだ」使わねぇ。こいつが俺を打ち負かすくらい強かったらそのときは……。そのときは、どうするべきだろうな。カンスケの奴、面倒な問いを突き付けやがって。太陽ビームのせいで、枷をはめられちまってる状態だ。俺はどうするべきだ、死神として、一人の戦士として……。
次回へ続く……




