第十章 嵐の前
十章 嵐の前
僕達は現代への帰還を果たし、一晩体を休めた後に闇の本部へ再び出発する。ガンジイさんとムクさんが、難なく闇の核を破壊するほどの力を持っていたのは、おそらくカンスケや総司令も予期していなかったと思う。人間にそれが出来るわけがないからだ。人間の肉体の構造上、発揮できる限界の筋力というものがある。ガンジイさんとムクさんの二人は、その限界を超えた力を発揮している。おそらく魂のエネルギーによって、肉体が人間を超えたものに変異しているんだ。
ガンジイさんは六〇年という期間を、一人この闇の世界で旅し続けてきた。その過程で磨き抜かれてきた魂が、いつしか肉体そのものに影響を及ぼすほどのエネルギーを発するようになったと予想出来る。だがムクさんはどういうことなのか、僕には分からなかった。ムクさんは僕より少し年上の、まだ少女といってもいい年齢だ。なら本人に直接聞けばいいと考えたのだが、ムクさんから帰ってきた答えには絶句するしかなかった。
ムクさんはまだ五歳くらいの頃に両親と死別し、それ以来たった一人、完全な闇の中で生き抜いてきたという。本人は「それだけだぞー」と言っていたが、それがどれほど凄まじいことなのか、本人がまるで理解出来ていない。この世界は、たいまつの火がなければ完全な闇だ。それは目が見えないのと同じこと、わずかな光を感じることすら出来ない完全な盲目と同じことだ。
僕には無理だ。絶対に無理だと断言出来る。突然盲目になり、周囲から人間が消え孤独になり、そんな中で生き抜いてみせろと言われたら、不可能だと即断する。水はどこで手に入れる?食料はどうやって確保する?しかも闇人という脅威がいたる所を彷徨っている。野生の動物だって危険だ。目が見えるならまだしも、完全な闇の中でそれを出来るわけがない。だがムクさんはそれをやってきたんだ。ムクさんは人間と獣人のハーフだから、元々普通の人間に比べて身体能力は高い。だがそれにしたって、そんな生存競争の中に一体なんの希望があって、生きることを諦めずにいられたんだ。
「父ちゃんと母ちゃんに生きろって言われたしなー。しばらくは二人の死体食って生き延びたぞー。あははは」
あっけらかんとそう言ったムクさんは、すでに肉体も精神も、普通の人間では到達出来ない領域に達しているのだろう。おそらく純粋な生存本能に加え、両親から与えられた自己犠牲の精神。そこに本人の才能や過酷過ぎる環境といった要因が重なり、一人の超人を生み出すことになったのだろう。……僕は自分がどれほど恵まれた環境の中にいたのか、それを思い知らされた。
僕はガンジイさんやムクさんのような、超人にはなれない。自分もそこに行けるという未来像が、全く描けない。でも僕は一つ、この二人に追いつける可能性、武器を持っている。僕の体そのものだ。この機械の体が、僕の最大の武器になる。さっきレイレイさんに教えてもらったが、この体は魔女が設計したものだという。今までずっと総司令やソノコさんが設計したものと思い込んでいたが、あの人知を超えた存在がつくった体なら、それ相応の力を備えているはずなんだ。
「人造超人とでも言ったらいいかもね。ガンジイとかムクみたいな、変異した肉体と同じだけの力を出せる機能が備わってる」
「魂のエネルギーを、原動力に変える機能ですね」
「というか、それ以上の力を出せるはず。この前見た死神の王の動きについていけるレベルのことが出来るはずだよ。ガンジイとムクが超人といっても、王にはついていけない。だって『そういう生き物』だから。例えるなら、スズメがどれだけ限界を超えたところで、ハヤブサほど速く飛べないのと同じことだよ」
死神の王は、体の構造そのものが違った。骨が外に浮き出ていたし、そこからエネルギーの波のようなものを発して高速移動する技も使っていた。
「生物としての根本が違うってことだね。その生物そのものの差を埋めることが、ナナゴウには出来るってこと。お姉ちゃんがつくった体なんだからね」
「……もしかして、闇の核が僕という存在を消そうとしていたのは……」
「そういうことだね。核はナナゴウを危険な存在とみなした。その機械の体をね。だからナナゴウには期待してるんだよ」
「期待、ですか」
「ナナゴウは死神との戦いで、主力になれるから」
問題はその力を、僕が扱いきれるのかどうか。さっきの例えを引用するなら、スズメがハヤブサほど速く飛んだなら、それを制御しきれず衝突死するだけではないのか。僕はそれを制御出来るようにならないといけない。ただ、その訓練相手がいない。ガンジイさんやムクさんは人間を超えているが、僕はこれからさらに、そこを超えた場所を目指さないといけない。自主訓練だけでそこに到達出来るとは思えない。誰かその手助けをしてくれる人がいるとは考えられないが……。
そうやってずっと思い詰めていたら、ヤヨイが来て僕を少し離れた場所へ連れ出した。僕達の関係、目指すべき場所を清算しておきたいという。
「うちの中でも、まだ整理しきれてない。この前あんたに言われたことも、全然理解出来てないし」
「僕のことは許さなくていいって話?」
「どうすればいいのか、うちにはもう分かんない。でも……」
「でも?」
「それ以上に、うちは自分が許せないようになっちゃったから……」
ヤヨイは正直に白状したが、過去の世界で彼女は僕の存在を消そうとしたらしい。そうすればかつて闇側の勢力にいた仲間達を取り戻せると考えたからだという。真っ当な理由だ。当たり前の感情と理屈だと思う。
「あんたの言う通りだったよ。うちは子供だった。自分でなにかをやろうとしたことがなかった。してみたら全部駄目だった。何一つ出来なかった」
「……でもきみは、サポート特化だから」
「だとしてもだし。今までいた場所は、全部誰かが作ってくれていただけだった、用意してくれたものだったって気付いたし」
「僕もそんなの同じだよ。集落から出られたのは光側の人達のおかげ。こうして生きていられるのも戦えるのも、この機械の体を用意してくれたから」
「でもあんたは、自分の意思でその先に行こうとしたんでしょ。それが結果的に、闇の制御装置の破壊に繋がったけど……」
「……うん」
「うちは自分の意思で、そこから歩こうとしたことがなかった。進歩しようとしなかった。それをしていたら、そもそもあんたが侵入してきた瞬間に気付けてたかもしれない。制御装置が壊れるなんてことは起きなかったかもしれない」
ヤヨイは闇側の本拠地に侵入してくる誰かがいないか、その監視をカンスケに任されていたのは知ってる。実際ヤヨイは優秀だったはずだ。そうじゃなかったら、彼女一人に監視を任せきってはいなかったはず。でも総司令がやった魂の偽装までは見破れなかった。当たり前だ、それが出来るのなんて、カンスケくらいしかいないと思う。
「うちは責任の一端が自分にあるなんて一切考えてなかった。それが急に悔しくて仕方なくなった。みんなにもそう思われていたことが悔しくなった。『サポート役なんだから』で甘やかされていた自分が情けないし、許せなくなったから」
「……でも、きみは……」
「分かってるし。全部事実だもん。うちの力はサポート特化。下手に前に出ようとすれば、みんなに迷惑かけるだけだって分かってるし」
「……難しいよね」
「うん。でもうちは、このままの自分でいたくない。甘やかされた子供のままでいたくない。でも、どうすればいいのか分かんない」
ヤヨイが前線に出て戦うのは無理だし、それはヤヨイがするべきことじゃない。でもヤヨイ本人がそれで納得出来なくなっている。あの魔女はなぜヤヨイにそんな迷いを持たせたんだ。後方支援だって大事な役割だ。全員が前に出るなんてのは、戦いではなくただの喧嘩でしかない。僕達がやっているのは戦いなんだ。立体的な戦略思考が必要になるはずなのに。
「とりあえず言っておきたいのは、あんたには悪いけど、あんたのこと許せないとはもう思えない。それよりみんなを助けられなかった自分が許せなくなったから。うちが自分に甘えてなければ、仲間は死なずに済んだかもしれないのに」
「……そっか」
「うちの居場所を作ってくれた仲間に、うちはなにも恩返し出来なかった。今はそれが辛い」
ヤヨイはそう言って、僕から離れていった。魔女はかなり意地の悪いことをヤヨイにしたようだ。ヤヨイにはそれが出来ないことが分かっていながら、かつての仲間を助けられる可能性を与えた。そして本人に自分の無力を突きつけた。酷いことをするやつだ。ヤヨイは何も悪くない。人にはそれぞれ役割があるのに、ヤヨイが責任を感じるように仕向けるなんて。
とぼとぼと歩いていくヤヨイの後ろを、機械の体になった犬がついていった。あの子の名前はまだ決まってない。あの魔女は、なぜあの子にも機械の体を与えたのだろう。なんの意味もなくそれをするとは思えない。まさかあの犬も死神との戦いに参加させるつもりなのか。それとも傷心しているヤヨイのそばにいて、慰める役目をあの子にさせているのか。レイレイさんにも魔女の思惑や目的は図り切れないらしい。
闇の本部への道のりは順調だ。闇人がいないから、ただ目的地に向かって進めばいい。そこへ着けば、カンスケや総司令が一堂に会することになる。死神との決戦は近い。それまでになんとか、可能な限り強くならないといけない。もう自分の過ちから逃げようとするわけにはいかない。それを背負ったまま、僕は歩み続けないといけないんだ。ヤヨイと一緒に。
「子よ、話がある」
今思えばあっという間だったな。闇の本部への旅はもうじき終わる。たぶん明日には到着するが、ガンジイはその前にわたしと話したいことがあるみたいだ。今夜がみんなで囲む最後のたき火だが、いつも通りにご飯を食べて、みんなはもう寝ている。決戦に向けて意気込むにはまだ早いし、特別みんなに話すこともないからそれでいい。だがガンジイはそういうわけにはいかないみたい。
「お前に聞かされた計画の件だ。それを実行する前に、カンスケやマリアと相談すべきであろう」
「しないよ。ガンジイだけ知っててくれたらいいの」
「いいや、駄目だ。私より先に死ぬことは許さん」
「無の力は、どうやっても抑え込めない。火山の噴火を人間が止めることは無理なのと同じ。ならわたしは、自分に出来る限りの方法でそれを利用するだけ」
「お前はまだ子供だ。私の指示に従うのだ」
「前世と合わせて三○歳だけど」
「私にとっては、お前は子なのだ」
頑固だ。これはもうどうやっても、わたしが二人に相談しないと気が済みそうにないな。ありがたいことなんだけど、わたしを心配しすぎて戦いに支障をきたすとまずいし。とりあえず表面上だけでも相談はするとしよう。したところでどうにもならないけど。でも園子はどうしようかな。あんまり心配かけたくないな。かといって気軽に打ち明けられる話でもないし。結局結論は同じところに戻ってくる。みんなには言わないで、突然消えるのが一番いい。
ガンジイには「じゃあそうする」と言ってわたしは寝た。すんなり眠りについて、気が付くとみんなと一緒に目を覚ましていた。なんだか平和だな。嵐の前の静けさというやつか。食事と身支度を済ませ、わたしたちは闇の本部へ向け、旅を再開した。その道中ものんびりとしたものだった。歩きながら狩りをして食料調達、しばらく歩いたらムクとミニちゃんと一緒にたき火を用意して、その間ガンジイとナナゴウは訓練をする。そういえばだが、ヤヨイは可能な限り自分の足で歩くし、休憩時間も犬と一緒にそこらを走り回って、体力づくりをするようになった。
なにもかもがいつも通りだ。不自然なほどに。本当にこれから、死神との戦いなんて始まるのかな。全部がわたしの夢だった、なんてオチじゃないのかな。思考が、感覚がふわふわしている。頭がぼうっとして、自分という存在が空気に溶けていきそう。ゆっくりとわたしは小さくなり、宇宙と同じものになって……。
「子よ、己の名を思い出せ」
「……アイ?」
「違う」
「……あ、レイレイだ」
「そうだ。己を忘れるな」
危ないな、自分が消えてしまうところだ。ガンジイが呼びかけてくれなかったら、わたしは無になっていたかも。
「わたしを無から呼び戻してくれるのは、ガンジイの役目だね」
「……皆を頼れ」
「うん」
大丈夫、まだわたしは、わたしのままだ。かろうじてだけど。でも頭が回らなくなってきてるのは、けっこうまずい。なんというか、語彙力が低下してる。考えられる幅が狭くなってる感じがする。しっかりしないと。消えてしまうにはまだ早い。
そしてなんのハプニングもなく順調に、ついにわたしたちは闇の本部に着いた。ここが旅の終わりで、決戦の始まり。そこはずっと昔、わたしが転生する前の時代の、コンサートホールのような建物だった。今ここにいるのはカンスケとオクゼツだけのはず。建物の構造はヤヨイが分かってるから案内してもらって、正面の扉から中へと入った。本部の中は蛍光灯が灯されていたが、全体的に薄暗い。必要な部分にだけ明かりを灯しているみたいだ。
「なんか、もう何年もここに来てなかった感じするし」
「出迎えはないね。カンスケはどこかな」
「おう、ついにここまで来たのかお前ら」
通路の奥から、知らない人が声をかけてきた。誰だこいつ、と思ったが、魂を視て誰なのか分かった。分かったけど、なにがあったんだこいつ。どうしてこんなことになってるんだ。
「おー?誰だお前ー?カンスケの仲間かー?」
「あ?オレだぞ、分からねぇか?」
「久しいな、臆舌よ」
「おう」
ムクが固まっていた。ヤヨイも固まっている。言葉の通り口を開けてぽかんとしている。それはそうだ、見た目が変わり過ぎてる。以前のオクゼツは猫背で頬がこけていて、長い前髪が顔を隠していた。それが今じゃ正反対だ。すっと背筋が伸び、健康的でふっくらした顔で、髪は切ってはいないようだがオールバックにして後ろで結んでる。ガンジイはよく一目でオクゼツだと分かったな。
「お、おー?オクゼツか、お前ー?」
「まぁ、少し変わったからな。なんか寝て起きたらこうなっててよ」
「ずいぶんと強くなったようだな」
「あぁ、後で稽古に付き合えよ。とりあえずボスのとこ行くか、ついて来な」
本部の中には、闇のエネルギーが漂っていて、先に進むほどそれが濃くなっていく。後でカンスケに言って、エネルギーを散らしてもらわないと。光側の人たちは闇のエネルギーに触れると損傷してしまう。ここにみんなを集合させないといけないからね。
オクゼツに案内され、わたしたちは広い空間、おそらくホールだった場所に通された。そのステージの上に、大量の本の山が積まれており、その上にカンスケが大の字で寝ていた。さっとなんの本なのか見てみると、基礎化学から量子力学やら、なぜか漫画もあった。カンスケは起きてはいるようで、右手を上げるとひらひらと振って「いらっしゃい」と言った。
「なんとか陣は敷いておいたよ。でもまぁ疲れたなぁ」
「やるじゃん。死神の王の術を封じられるの?」
「そう、利用出来るものは全部使った。風水から陰陽術なんてものまで応用、要は地球の磁気を利用したり、あれやこれやもうぜ~んぶ」
「じゃあ、マリアさんたちを呼びたいんだけど」
「ちょっと休ませてよ。実はもう一週間以上寝てなくてさ」
カンスケの手が落ちて、動かなくなった。死んだか。力を使い果たしたみたいだ。
「レイレイちゃんのことだから、死んだか、とか思ってそうだけど。お茶の用意はしてあるから、オクゼツくんについて行ってよ」
生きてたか。しぶとい奴だ。わたしも叩き起こすほど鬼じゃない。今は言われた通りにしておこう。わたしたちはまたオクゼツについて行って、次は大きな窓がある部屋に通された。テーブルには人数分の茶器があって、今日わたしたちが到着することは予測済みだったみたいだ。
「ボスいわく、昔はそこの窓からサクラって木が並んでるのが見えたらしいぜ」
オクゼツはそう言いながら、窓を開けて外に出た。わざわざなんで出たのかと思ったら、外にあったたき火でお湯を沸かし始めた。そうか、お茶を淹れるためか。わたしたちは人数分用意されていたパイプ椅子に座って、適当に話しながらお湯が沸くのを待った。
「カンスケの奴、今日はマリアさんたちを呼ぶ気ないの?わたしたち分しかお茶用意されてないけど」
「光側の分は用意しないでいいってよ。あいつら魂だけだし、用意しても飲めねぇだろ」
「母ちゃんなんだから、優しくした方がいいのになー」
「母ちゃん?なんの話だそりゃあ」
「マリアさんはカンスケのお母さんなのよ~」
オクゼツは最初それを冗談だと思ったようだが、ヤヨイに「マジだし」と言われ頭を抱えていた。ついでに光側には今メイがいることも伝えると、頭を抱えたままガンジイの方を見た。ガンジイが無言でうなづいた直後にお湯が沸いたが、オクゼツは頭を抱えたまま動かなかったから、わたしが代わりにお茶を淹れた。
「この世界に茶葉があるなんてね。どこかで栽培してるの?」
「知らんし。どっかに自生してるんじゃない?」
日本茶だ、緑茶の懐かしい味が口に広がる。わたしはほっこりしているが、ずっと動きが硬いのはナナゴウだ。闇の制御装置を壊した負い目があるからね。オクゼツはナナゴウがそれをしたことをまだ知らないだろうし、いつ切り出すかを考えているんだろうな。ムクはお茶を冷ましながらすすり終えると、オクゼツの腕を掴んで「訓練しようぜー」とどこかへ連れていった。ナナゴウも「僕も行きます」とついて行き、ヤヨイもそれについて行った。まだ名前のない機械の犬は、なぜかわたしのひざの上に乗ってきた。
「せっかく闇側の本部に来たのに、ガンジイとミニちゃんだけになっちゃったね」
「カンスケが来るのを待てばよかろう。奴も相当無理をしていたようだ」
「おちゃおいしいのよ~。のんびり待つのよ~」
湯呑からお茶をすするミニちゃんは可愛いな。園子たちの分も勝手に用意しておこうかなこれ。……今のわたしなら、この部屋から闇のエネルギーを払うくらい出来るんじゃないかな。これからやろうとしている計画の前準備として、試してみるか。
今のわたしに出来ることは物理法則の無効化だけ。まずは空間座標の固定、及び量子の振る舞いの定義。設定外のエネルギーを外部に排出する機構を構築し、また内部への侵入を非許可としている部分を特定。現在構築されている法則の中から、不必要な部分のみを無にしてしまおう。それによって物理の崩壊が起きないことを確認し実行する。
「あ、出来た。光側の人たち呼べるよ」
「……また無茶をしたのか」
「心配してくれるのはありがたいけど、そんなことしてないから大丈夫だよ。今出来ることをしただけ」
「ならばよいが……」
ちゃんと指輪型の転送装置は、肌身離さずつけてある。これを外して床に置けば、光側の人たちをこっちに呼べる。園子と会えるのは久しぶりだな。ガンジイもメイと会えて嬉しいだろう。マリアさんとカンスケがどうなるかも見ものだし。
装置を床に設置し、とりあえず待つ。二○秒ほど経ってから、装置から声が聞こえてきた。
「こちらマリアです。レイレイさんですか?」
「そうです。闇の本部に着きました。闇のエネルギーも払ってあるので、こっちに来れますよ」
「ありがとうございます。ソノコとメイもすぐに一緒に向かいます」
それから十分ほどしてから、三人が装置の上に転移してきた。エネルギーは払ってあるけど、念のために三人の魂に異常が起きないことを確認して、とりあえず椅子に座ってもらった。メイは意外と大人しくしてるな。どうせいきなりガンジイを殺そうとしてくると思ったけどなにもしなかった。園子は若干きまずそうにしてる。最後に会ったとき赤ん坊みたいになってたからなぁ。マリアさんは前より弱ってる。このままなにもしなくても、わたしより早く消えてしまいそうな状態だ。
「お茶用意したんで飲んでくださいね」
「お気遣いなく。ここまでの旅で疲れているのは、みなさんですし」
「それにメイはなにも食べれないよ。魂だけだもの」
「食べれるよ。わたしが物体の不接触性を無効化しておいたから」
それを聞いて、三人とも目の色が変わった。マリアさんがまずお茶を飲んでそれが事実だと確かめた。メイはガンジイのひざの上に飛び乗って、しがみついたまま動かなくなった。ガンジイは渋い顔で黙ってる。園子は椅子から立つとわたしに駆け寄ってきて、手を握ってわたしの状態を確かめ始めた。園子は魂そのものを調べたりは出来ないし、わたしの状態がばれることはないから大丈夫のはず。
「……大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。わたしよりマリアさんの方が危ない」
「カンスケは今どこにいるのですか?」
「戦いの準備に疲れて寝てますよ。ここで待ってればそのうち来ます」
マリアさんはすました顔でお茶を飲み始めたが、実は動揺してる。わたしにここまでのことが出来るようになっているとは予想してなかったんだな。……ばれたな、わたしの状態。メイは木に止まったセミみたいにじっと動かないし、この人だけほんとに行動目的がガンジイだけなんだよな。わたしは園子の手をやんわりと離し、代わりに機械の犬を押し付けておいた。この犬について調べておいてもらいたかったし。
「その機械の犬、お姉ちゃんが用意していったんだけど、調べてくれる?」
「魔女が?アイが自分で調べてないの?」
「信じられないことに、プロテクトがかけられてて干渉不可だったんだよね。お姉ちゃんの力は今のわたしより全然上。で、そのプロテクトは明日に解除されるように設定されてた」
犬は園子にもすぐ懐いて、大人しく抱っこされていた。園子にならすぐに構造を解析出来るだろう。マリアさんがお茶を飲み終えると、ミニちゃんがおかわりを注いだ。マリアさんはミニちゃんにお礼を言ってから、わたしにいくつか質問してきた。
「ナナゴウの姿が見えませんが、すでに戦いの準備を?」
「準備というか訓練です。あとナナゴウはもう、自分が闇の制御装置を破壊したことを知っています」
マリアさんは表情を変えないが、園子がしんどそうな顔をしていた。光側の目的のためにナナゴウの向上心を利用したんだ。そういうことは園子が一番嫌がることだしな。
「死神との接触はありましたか?なにか情報は?」
「そこはカンスケが合流してから話します」
「……えぇ、その方がよいですね」
マリアさんはわたしの状態についても聞こうとしていたが、わたしがそれを隠していることを察して、それ以上は聞かないでおいてくれた。
「園子たちはなんか、武器の開発とかずっとしてたの?」
「うん、みんなに合わせた武器と、あと兵器もろもろ」
「巨大ロボットとか?」
「ううん、大きすぎると敵の素早い動きについていけないって、クリスティーナさんに言われたから、小型化したものは造った」
うわ、ほんとにロボット造ったんだ。誰が乗るんだそれ、まさか園子も前線に出て戦うつもり?
「メイとソノコは、この部屋に武器を運んできてもらえますか?カンスケはまだ来ないようですし」
「分かりました。いくよメイ」
「やだぁ」
「引っ付いてないで、ほらいくよ」
ガンジイがくっつき虫になったメイを引きはがして、園子に預けた。ミニちゃんも「お手伝いするのよ~」と園子の頭の上によじ登って、一旦三人は光側の施設へ戻っていった。さて、マリアさんだけここにいるわけだが、間違いなくわたしの状態について聞くつもりだ。というか、最初からその為に武器運搬の指示を出したのだろう。そしてそのタイミングで、都合よくカンスケも来た。ずいぶん早いな、もう回復出来たのかな。
「お待たせ~、あれ、ママもいる……の……」
部屋に入ってきたカンスケは、マリアさんよりもわたしを見て閉口した。やっぱりトップレベルの力を持ってる人には、見ただけでわたしの状態がばれるのか。
「きみさ、死神よりずっと危険なことになってるんだけど。なんでまだ人間でいられてるのか意味不明なレベルで」
「それをどうするかは、今から相談するよ。本当はわたしとガンジイだけで進めちゃうつもりだったけど」
「この子を救いたい。手を貸してくれ」
とりあえず決戦のための土台は整ったか。三勢力が集合して、後は戦いの作戦と武器の準備を進める。この部屋にいるわたしたちだけは、それと同時進行で無の力をどうするかも決めますよと。もう決まってるんだけどね、他にやりようもないし。まぁ、一応相談するくらいはしておこうか。
次回へ続く……




