第九章 追憶の誘惑 七
第九章 追憶の誘惑 七
うちに出来ることがあるとは思えないけど、魔女に言われた通りに訓練場に行くしかない。みんなを人質に取られているのと変わらない状態なんだ、行くしかないし。魔女は言った通りにすれば約束は守ると言った。あの魔女は得体が知れない怪物だけど、悪人ではないらしいし、約束は守ると信じるしかない。
……うちは無力だ。あれこれ考えたところで全部空回りだし。いつもはみんなのサポートをするのがうちの役割だと割り切ってたけど、そのみんながいなくなったとき、うちはなにも出来ない役立たずでしかないことを、この過去の時代の中で証明してしまった。結局みんなを助ける為には、魔女の言いなりになるしかなくなってる。
真っすぐ続いているだけの通路が、やけに長く感じる。足取りが重い。うちはただ進めばいいだけなのに、なんでこんなに進むのが辛いのか。……うちは、本当にこのままでいいのか。これでみんなが戻ってきたとして、またみんなと一緒にいられるとして……。うちはその中に、自分の居場所をつくれる……?胸を張って、みんなと一緒にいられる……?うちはみんなの仲間だって、笑顔でそう言える……?うちはこんなに無力なのに……。
僕をなぜ突然ここに連れてきたんだ、あの魔女は。有無を言わさず過去へと飛ばされ、そして窮地に立たされている。過去へと飛んだ僕の前には、闇の核がいた。あの魔女は強制的に、僕が一対一で闇の核と戦わざるを得ない状況をつくっていたのか。なんの為に?僕を強くする為に?無理だ、今の僕には闇の核と戦える実力なんてない。今もこうして、核の攻撃を避けるだけで精一杯だというのに。
さっきガンジイさんと核の戦いを見れていたおかげで、なんとか回避だけは出来ている。核は目で追うことが出来ない速さで僕の周囲を高速飛行し、死角から突進を仕掛けてくる。ガンジイさんの真似をして、意図的に自分が避けやすい方向に死角をつくり、一瞬の飛行音の変化を捉え、突進を回避する。
だがそれ以上のことが出来ない。反撃に転じる方法がない。ガンジイさんは核の動きを完璧に予測し、その動きを操ることさえしていた。僕には無理だ、そんなことまで出来るわけがない。僕の希望はこの時代にはムクさんがいることだ。このまま核の攻撃を避け続け、ムクさんが来てくれることを待つ。それしかない。
だが、一体どういうことだ。この訓練場から続く廊下の先から歩いてきたのは、ヤヨイ一人だった。なんでそこにムクさんがいないのか。ヤヨイは暗い表情を浮かべ、僕の方へと歩いてくる。
「駄目だ、こっちに来るな!」
「……闇の核が、そこにいるんでしょ。うちには速すぎて見えないけど」
「分かってるなら引き返すんだ、ムクさんを呼んで!」
「……でも、魔女がうち一人でお前のとこ行けって」
魔女がそう言った?ヤヨイにそう命令を出した?なんだ、あの魔女はなにが目的でそんなことを?
「来るな、きみじゃ核の攻撃を避けられない!」
「でも……」
「来るな、死にたいの!?」
「でも……」
ヤヨイは震えながら僕の方へと歩み寄ってくる。顔面は徐々に蒼白になり、恐怖が足を震わせている。脅されているのか?魔女に脅され、僕の方へ来ないといけない理由があるのか?それしかない、ヤヨイが理由もなくこんな非合理的な行動をするわけがない。死への恐怖よりも優先することなんて、一体なにを脅されているんだ。
そして、周囲から聞こえていた核の飛行音、風を切る音が一瞬変化したことを僕の聴覚が捉えた。その瞬間、僕の体は僕自身の思考を置き去りにして、勝手に動いていた。核が攻撃対象を、僕からヤヨイに変えた。それを察知した瞬間に、僕は無意識に彼女を守る為に跳ねていた。
なんとしてでも彼女を守る。雑念が消えその一点のみに集約された僕の鼓動は、限界を超えた。僕はそのとき確かに見た。僕と並走する核の姿を。僕は今、核と同じ速度で走っている。それを理解したとき、僕は冷静にその危険に気付いた。このままヤヨイを助ける為に彼女に触れれば、彼女の体は僕の加速の勢いに耐え切れず千切れてしまう。
なら、触れる対象を変える。今まで散々されてきた攻撃をそのまま返してやる。単純な突進だけど、今の僕の加速をぶつけてやれば、お前だってただでは済まないはずだ。ヤヨイまでの距離が片腕を伸ばせば届くほどになったとき、僕は自分の全体重と加速を乗せ、核へと突進した。
最初に感じたのは、肩が核と接触し、その両方が砕けた感触。それから体が宙に浮く感覚がして、その原因が僕の両脚が千切れ飛んだからだと気付いたのは、真っ二つになった自分の下半身が見えたからだった。僕の体はどうやら、核との衝突に耐え切れなかったようだ。
だけど、僕の勝ちだ。途切れる意識の隙間で、無傷で立つヤヨイの姿と、その後ろから駆け寄ってくるムクさんの姿が見えた。よかった、きみを守れたなら……。
ナナゴウの姿が消えた。激しい衝突音がうちの前から聞こえて、身を守ることも出来ずにうちは呆然と立っていただけだった。ナナゴウはどこに行った?まさか、核にやられてしまった?うちがこうやって近寄ったせいで、ナナゴウが死んだ?
心臓が止まるような、凍り付いた感覚が全身の細胞を襲った。うちのせいで、ナナゴウが死んだのかもしれない。無力な自分のせいで、こいつが死んだのかもしれない。うちの足元に転がる、ナナゴウの上半身。なぜか微笑みを浮かべたまま動かなくなっているその頭に触れようとしたとき、背後からなにかが飛び出してきて、うちに命令を出してきた。
「ナナゴウを運べ!」
ムクだ。ムクはそう言うとなにもない宙を殴り始めた。……いや、まだいるんだ。うちには見えないだけで、闇の核はまだそこにいるのか。じゃあ、やっぱりそういうことか。ナナゴウは、うちの身代わりになったのか。
うちは全力でナナゴウの上半身を運ぼうとしたけど、びくともしない。こいつの体って、こんなに重かったのか。それともうちがあまりに貧弱なのか。
「ねぇ、起きてよ。なんか言ってよ」
返答はない。ナナゴウの口は柔らかく笑みを浮かべたまま動かない。
「ここはまだ危ないんだって。ねぇ起きてって」
なにも返さない。まるで自分の役割はもう全うしたとでも言うように、こいつは眠ったままだ。
「お願いだって。今まであんたに言ったこと全部謝るから。ねぇ、起きてよ」
「……うぅ」
唸った。口が開いた。ナナゴウの左腕がゆっくりと上がり、うちに向かって伸びてきて……。うちを無視して、その手は床に下ろされて、体を引きずって移動を始めた。うちはなにを期待した?その手がうちの手を握って、安心させてくれることでも考えたか?
「うぅ……。ううぅ……」
「ナナゴウ……?」
ちがう、こいつ、ナナゴウじゃない。こいつは、今この体を動かしているのは、ナナゴウの魂じゃない。ナナゴウのボディの中にあった、別の魂。あいつが大切にしていた、犬の魂だ。……じゃあ、あいつの魂はどうなったの……?
うちはナナゴウの上半身を後ろから押して、必死に体を引きずる犬を手助けした。どこでもいいから別の部屋の中へ。ムクがいるなら闇の核のことなんて気にしなくていい。そして通路の突き当りから右に曲がったところに、扉が開いたままの部屋を見つけ、犬はその中へとナナゴウの体を避難させた。ここまで来れば安全だろう。
「総司令、それでさっきの話の続きですが」
「えぇ、あなたにお願いしたいことがあるのです」
その部屋には過去のナナゴウとマリア。そしてソノコもいた。ここは会議室だろうか、机と椅子があり、マリアとソノコが並んで座り、ナナゴウはマリアに対面して座っていた。机の上には闇の制御装置の図面が広げられていて、マリアが指差しながらその構造をナナゴウへと説明している。
「あなたにこの装置の破壊をお願いしたいのです」
「単独潜入、ということですか」
「いえ、囮役も同行します。もちろんその為の細工の準備はしてあります。ですが危険な任務であることは変わりません。それでも引き受けてくれますか?」
「やります」
ナナゴウは迷うこともなく、そう言い切った。それがマリアを不安にさせたようだ。ナナゴウが何も考えずに言いなりになっているだけと感じたのだろう。
「そう断言されると、かえって心配です」
「いいえ、僕にはちゃんと理由があります。みんなを守りたいからです」
「……ソノコや、メイや、子供達をですか?」
「カンスケはまた、僕が生まれたような集落を作り始めるかもしれない。あの苦しみを、もう誰にも味わわせたくない。闇の勢力を止めない限り、それはまた起きるはずです。兵隊の中で一番上の僕がするべき役割でしょう」
「駄目だよ」
ソノコがナナゴウの意思を否定した。その目には涙が潤んでいた。ナナゴウは慌てふためいて、自分の発言が気に障ったのかと謝っている。
「ナナゴウは、自分をないがしろにし過ぎだよ……!」
「ちがいます、これは僕の意思で……」
「あなたはまだ子供なんだよ!?」
その声には怒気が込められていた。でもそれはナナゴウではなく、こいつの隣に座ってすましている、マリアへ向けられたものだ。
「役目とか、立場とか、そんなことはまだ子供のあなたが気にすることじゃないの!」
「いつまでも、無力な子供のままではいられません」
……その言葉は、うちへの当てつけのように感じられた。ただの被害妄想だ。でも続く言葉が、さらにうちの心を締め付けていく。
「いつまでも世話をみられているだけの子供ではいられない。僕は誰かを守れる人に、救える人になりたいです。ここでソノコさんや指令のサポートをするだけの人間ではいられない。僕は……。
僕は自分の意思で、強くなると決めたんです。ソノコさん達に救われ、この機械の体を手にいれたときに。誰かにそう命令されたからじゃない。自分でそうなりたいと、決めたんです」
「……ヤヨイ」
足元から、かすれた声で呼びかけられた。
「……ナナゴウ」
「よかった、無事で」
なんで、こいつはそんなこと言えるんだ。うちは何度、こいつを傷つける言葉を吐き出してきたか。
「……ごめん。今まで、ごめんなさい」
「……ヤヨイ?」
「たくさん、ひどいこと言って、ごめんなさい」
「許しちゃ駄目だ」
ナナゴウは体を引きずって、うちへと手を伸ばしてきた。そしてその手は、うちの手を力強く握った。
「僕は許されないことをした。だから、僕を許したら駄目だ」
「なんで、そんなこと言うの……?」
「僕はガンジイさんのように、一人で歩き続けられるほど強くない。だから、きみがいてくれないと駄目だ。僕を憎み続けるきみがいてくれないと、僕は歩き続けられない。強くなりたいと、思い続けられそうにない」
なにも言えなかった。こいつが何を言っているのか、うちでは理解出来なかった。
「僕は傲慢だった。自分には力があって、誰かを救えると勘違いしていた。闇の制御装置を壊したとき、僕の心は誇りでいっぱいだった。なにも知らない子供が、大人の言いなりになって、それを達成して、自分は強いと勘違いしていただけだった。それに気付かせてくれたのがきみだ。きみがいたから、僕は自分の弱さに気付けたから」
……こいつは、うちを気遣ってるの?自分の体が壊れたのはうちのせいじゃないと、まだこんなに元気だと、そう思わせるために、こんなに強く手を握ってくるの?
「だから、きみを守り続けさせて。僕を憎むきみを、僕は守り続けるから。だから絶対、僕を許さないで」
「なに言ってるのか、分かんないよ」
「ごめんね」
ナナゴウの手から、力が抜けて、うちの手を滑り落ちた。がしゃんと機械の塊が床にぶつかる音がして、辺りが真っ暗になった。
「ナナゴウのことなら心配いらないわ。私なら一瞬で修理出来るもの」
魔女の声が背後から聞こえる。ここはどこだろう、真っ暗でなにも見えない。場所を変えられた、どこかに転移させられたみたいだ。
「それじゃあ、約束は守るわ」
後ろから指を鳴らす音が聞こえるのと同時、周りがぱあっと明るくなった。何十本ものたいまつに火が灯り、うちの前に、そこに立っている人達の姿が照らし出される。みんなが、いる。死んでしまった、消滅してしまったはずのみんなが、そこにいる。
「全員が本物よ。魂の複製なんていくらでも出来るもの。あなたはここで、彼らと共に生きていけばいいわ」
「……死神との戦いは?」
「あなたはもう要らない。なんの役にも立たないもの」
魔女は淡々とそう言った。うちなんて要らない。そこになんの感情もなく、ただその事実を言い放った。
「あなたの役割は、ナナゴウの魂を成長させること。礼を言うわ、あなたはちゃんとその役割を果たしてくれた。だから死神のことは気にしなくていいのよ。もうあなたはこの舞台から降りていいの」
「……嫌だ」
気付いたときには泣いていた。涙が止まらなかった。こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだった。目の前にみんながいるのに、その中に飛び込めない。足が一切動こうとしない。
「私は約束を守った。でもそれを否定するの?」
「悔しいでしょ」
「なにが?」
「分かんない。分かんないよ。でも悔しいの。ナナゴウのところに戻して」
「その選択をするのなら、彼らはもう二度と戻ってこないわよ」
「うちは……」
「なに?」
「子供のままで、いたくない」
魔女は何も言わなかった。めまいのような感覚が頭を揺すって、うちの意識は一度そこで途絶えたと思う。そして気が付いたときには、ナナゴウがうちの顔を覗き込んでいた。
「気が付いたね」
「……ここどこ?」
「現代。みんなは食事の準備をしてるよ」
戻ってきたのか、元の時代に。レイレイとムクがなにかの肉を焼いてる。ミニちゃんも向こうにいた。ムクはあの後、闇の核を破壊したってことか。怪我一つ負ってる様子ないけど、楽勝だったのだろうか。気になるのはガンジイはいつも通りに座っているけど、なんだか思いつめた顔をしている。レイレイがそれを心配してないということは、たぶんその不安の種はレイレイのことだろうな。
「体、大丈夫なの?」
「魔女が直してくれたから。それにプレゼントもくれた」
「なにそれ?」
「そこにいるよ」
ナナゴウがうちの足元に視線を送った。全然気付いてなかったけど、そこに機械の犬が寝ている。あの犬用のボディを用意していったのか。小さいな、小型犬の大きさだ。
「きみから離れようとしなかったよ。ずいぶん信用されたみたいだ」
「……こいつ、名前なんていうの?」
「考えてるところ。きみが考えてくれてもいいよ」
「そんでなー、闇の核が飛び回るからなー、捕まえてふんーってした壊したぞー」
「どうやって捕まえたんですか?」
「どうって、普通におりゃあって」
「なるほど、普通にですか……」
たき火を囲んで、わたしが仕留めておいた鹿肉をみんなで食べる。過去との往復でそんなに時間は経っていないはずだけど、なんだかすごく長い間向こうにいた気がする。無事にムクたちと、お姉ちゃんに連れていかれたナナゴウが戻ってきて、後は闇の本部を目指すだけとなった。それから死神三人との決戦が始まれば、後はわたしの計画を実行するだけ。
その内容を全てガンジイに打ち明けてから、ガンジイはずっと思い悩んでいる。どうにかしてわたしを助けようとしてくれてるみたいだけど、それはもう無理。わたしはもう生きるとか死ぬとかではなく、無になってしまうから。
「ヤヨイ、ちゃんと食べないと」
「ん、ありがと」
ナナゴウが肉を切り取って、ヤヨイの皿に乗せて渡した。ナナゴウはこっちに戻ってから、なんだか力強くなってる。お姉ちゃんに過去の時代に飛ばされ、そこでなにかがあったみたいだ。肩に乗っていた重み、体に縛り着けられた責任という鎖を、支えるきっかけを見つけたみたい。それを振りほどくのではなく、その重みを身に着けたまま歩き続ける強さを持ちつつある。
その一方で、ヤヨイの方はなんだか弱々しくなっていた。威勢がなくなって、なんだか謙虚というか素直になってる。……たぶん、自分の無力に打ちのめされたんだろうな。ガンジイと出会った頃のわたしと同じ感じがする。ナナゴウとヤヨイ、どちらも成長しようとしてるんだ。お姉ちゃんが集めたメンバーは、もう完成された超人ばかりだから、発展途上の二人とこうして一緒にいるのは新鮮だな。もう旅は終わろうとしてるけど。
「そういえばなんだけど、過去の世界でカンスケとマリアの関係が分かったし。一応報告しとく」
「親子でしょ」
「なんだ、もう知ってたん?」
「……いいや、私は初耳だが」
ガンジイがようやく口を開いた。わたしはカンスケの魂を調べてたからそれを知ってたけど、そういえばみんなはまだ知らなかったか。
「念のために言っておくけど、マリアさんが母親だよ」
「では、母が子を止めようとしているということなのか」
「……僕は、それは知りませんでした」
「知らせたら気にしちゃうからね。マリアさんの息子だって知ったら、思い切り殴れなくなるでしょ。わたしは殴れるけど」
「母ちゃんの前で子供ぶん殴るのはなー。ちょっと嫌だなー。でもカンスケだしなー。殴っていいかぁ」
「引っ叩くくらい大丈夫なのよ~」
知らせないことの方が正解だとは思う。でもそれは闇と光の争いが続くならの話。それがもう終わるなら、みんなが知っていていい情報だろうから。
「本当の肉親なのか?人種が違うように思えるが」
「カンスケはあらゆるものを欺いてるからね。自分自身ですら」
「なにそれ、自分自身って?」
「名前も、顔も、人格も、考えも、なにもかもだよ。あいつが狂ってるのは、それをあいつ自身が気付いてない」
これをヤヨイに言うつもりはないけど、闇の勢力が闇の核に壊滅させられたのは、カンスケがそうなるように進めたから。それが真実。でもカンスケはその真実に気付いていない。あいつは本気で闇の核に勝とうとして、仲間を守ろうとして、だけど惨敗したと信じ込んでる。自分でそうなるように仕組んだのに、自分がそれに気付いてない。本当に狂った人間、壊れた救世主があいつの正体だから。
マリアさんはカンスケを止めようとしてる。それは魂を闇に分解させないためというのもあるけど、言葉の通り『カンスケを止めようとしてる』んだ。あいつの人格が崩壊して狂ってることに気付いてるのは、現状マリアさんとわたしだけ。親心ってやつだ。マリアさんは壊れた自分の息子を救おうとしている。……お姉ちゃんも分かってるだろうけど、あの人は数に含めなくていいだろう。
「我らが留意しておくべきことはあるか?」
「気にしなくていいと思うよ。闇の本部へ行けば、マリアさんたちも呼べるわけだし。本人たちに任せればいいよ」
「そうか、ならばそれを待つとしよう」
あの二人に相談しようとしてるな。カンスケとマリアさんに頼めば、わたしを助けられると思ってるのかな。いや、本当はもう諦めてるだろうな。わたしの消滅はもう防げないけど、それでもなにかをしようとしてくれてる。
「この後はもう障害はないはず。闇の本部まで一直線に進めばいいだけだよ」
それぞれの準備はもう整いつつある。死神もそろそろ動き始める頃だろう。今頃準備運動でもしているかもしれないな。
「ノイよ、一大事だ」
「どうしたんです?」
「魔女が残した飴が、なくなってしまった」
「食い過ぎなんですよ。腹ごしらえはもう十分でしょう」
死神界に敷き詰められるように落ちていた飴が、きれいさっぱりなくなっちまった。王様の体はどうなってんだ、無限に砂糖を吸収出来る特異体質なのかこの人は。しかしまぁ、その糖分のおかげなのかは分からねぇが、エネルギーの移行作業はもうじき終わる。考えていたよりも早かった。これであの世界へ本気で攻め入る準備が終わるわけだ。……まさかあの魔女、エネルギー移行を早める為に、あの大量の飴を残していったわけねぇよな……。ただの飴じゃなく、なんらかの仕掛けがされていた代物だったとしたら……。考えすぎか?どうだろうな……。
「奴らはどう出てくるでしょうね。レイレイを守る陣形を取るとは思いますが」
「いいや、余はそう考えておらぬよ」
「逆だとお考えで?」
「先の魔女と余の戦い。魔女はそれをあの世界へと映していたであろう。あの世界の戦士達は守る陣ではなく、攻める陣を敷くはずだ」
「王様の攻撃を防ぎきるなんて、俺とヴォンの二人でも無理ですからね。なら先手を取り続けるしかない、攻め続けるしかないか」
言葉にするだけなら簡単だ。防戦一方になるのが嫌なら、こっちから攻めてやればいい。だが王様相手にそれが出来る奴なんているか?
「いる、ということであろうよ。魔女はわざわざ、余の装甲を一枚だけ破壊して去っていった。残りは戦士達に任せたのだ」
「カンスケですかね」
「分からぬ。カンスケは援助に徹し、他の戦士がそれを担うやもしれぬな」
「……王よ、自分らの力の解放許可をいただきたい」
ずっと黙ってたヴォンが急に口を開いた。でも俺もそれを考えていたところだ。本気を出さないと奴等には勝てねぇと、俺の直感が警告してやがる。だが王様はそれを拒否した。
「ならぬよ。そんなことをする必要はない」
「ですが、クラフォンは負けました。力の解放は必要なはずですぜ」
「それをすれば、お前達は勝ったとしても消滅してしまうではないか」
力の解放ってのはつまり、自分の魂を分解してエネルギーに変えるってことだ。命そのものを原動力にする。そうすりゃあ莫大な力を得る代わりに消える。当たり前だ、燃料は燃やし尽くせば消えて無くなる。王様にその『留め具』を外してもらわねぇと、力の解放は出来ねぇ。
「クラフォンも、ミューピレイも、この世界で役目を果たし消えたんです。俺らだけその覚悟をしないわけにはいかねぇってことです」
「ならぬ」
「王様……」
「お前達まで消えてしまったら、余は寂しくて死んでしまうぞ。余をひとりぼっちにするつもりか?」
「そんなわがまま言わないでくださいよ」
王様は本心でそう言ってるから質が悪い。冗談じゃなく本当に寂しがり屋だからな、この人は。
「ですが、覚悟をいただきたいのです。我らは死神。その使命に殉じる覚悟を」
「俺らは数え切れない世界を消滅させてきたんですぜ。俺らだけ消えずに生きようなんて、納得出来ませんね」
「……正論はときに人を傷つけるものだぞ。しかし、そうせねばならぬか……」
王様は気乗りしない様子で、ゆっくり玉座から立ち上がった。王様だって理解してるはずだ。これから俺らが相手にする世界は異常だ。数多の世界で、熟練の戦士達と戦い、俺達は勝ってきた。その中には苦戦を強いられるような、圧倒的な強者も数人いた。だがそれだけだった。単純な武力、科学力、それが強いというだけで、世界の在り方を変えうる力を持つほどの奴はいなかった。そうなる前に宇宙の意思に目をつけられ、俺ら死神に消されちまうからだ。だがあの世界は違う、根本がおかしいんだ、あの世界だけは。
「無の力を持つ者が敵になるなど、余は考えもしていなかったがな」
「そんなの俺とヴォンも同じですよ。俺ら死神の本当の敵は、カンスケでも周りにいる戦士でもない。レイレイですからね」
無の力を宿し、かつそれを扱う特異点。俺らが散々やってきた、世界を消滅させる力が、俺らに牙を向けている。あいつが今どれだけ力に浸食され、どれだけのことが出来るようになっているのかも分からねぇ。あいつは怖ぇ。この前会ったときには、すでに得体の知れないなにかに変質し始めていた。
「レイレイはまだ人間の形を保っていますがね。別のなにかに変わる前に、無の力を消失させないとならねぇわけですが……」
「お前達は負けても構わぬ。ただ、消えはしないでくれ」
「負けちゃいかんでしょうよ」
「いいや、よいのだ。そのレイレイという者から、可能な限り護衛を引きはがしさえすればよい。それがお前達二人の任務だ」
「自分は混戦は推します。場が混沌とするほど、不意を突きやすくなりますが」
「カンスケがそれを許すわけなかろう。余ら三人の分断、そして各個撃破を狙うであろう。余としてもその方が都合がよい」
レイレイには、どこまでの未来が視えてるのか。未来を確定させる力なんてないと本人は言っていたが、それにしたって俺ではあいつに勝てる未来が視えねぇ。
あいつはなにか、全く別の未来を実現させようとしている気がするんだ。勝ちでも負けでもない、全く別の結末。それがなにかは予想もつかねぇが、土台そのものをぶっ壊してしまうような、そんな計画を……。
次回へ続く……




