第十章 嵐の前 二
十章 嵐の前 二
僕はムクさんについていき、オクゼツさんがどれほどの力を持っているのか見ることにした。過去の世界でオクゼツさんが善人なのは分かってる。なんで闇側にいるのか疑問に思うほど優しい人だ。ただ戦いに関してどれほどなのか、もし僕を鍛えてくれるくらいの力があるなら、ぜひお願いしたい。ただ、それより先に、僕がしたことを打ち明けないと駄目だ。闇の制御装置を壊したことを。
オクゼツさんは、広い倉庫のような場所にムクさんを案内した。光側の施設、その訓練場より少し小さいくらいの広さだ。そこは大型の電灯が天井に付けられていて、しっかりとした明るさのある場所だった。気になるのは、床に陥没した穴がいくつもあることだ。なんの穴だろう、戦場に障害物や身を隠す場所があることを想定して作ったのだろうか。
「思い切りきていいぞー!どんくらい強くなったか楽しみだなー!」
「お前相手なら遠慮はいらねぇよな。本気でいくぜ」
僕とヤヨイは二人から離れて、模擬戦を見させてもらう。ムクさんは倉庫の真ん中に立って、楽しそうに飛び跳ねている。オクゼツさんは軽く準備運動すると、身をかがめた。するとムクさんの周りに、十七体の分身が出現した。十七体、なぜこの数なのだろう、操作しやすい数なのか。分身はムクさんを囲うようにドーム状に浮遊し、ムクさんから一定の距離を保ったまま動かない。
「じゃ、いくぜ」
オクゼツさんはすぐ前にいた分身に向かって飛びつき、そして別の分身へ向かってさらに高速で弾き飛んだ。そうか、この分身は直接攻撃用ではなく、加速に使う為の補助装置の役割なのか。いや、場合によっては攻撃に転じさせることも出来るはずだ。分身の配置によっていくらでも応用が利く。
「ヤヨイ、力を使わせて」
「こんなの同期したら目ぇ回りそうだけどね」
ヤヨイの感覚共有の力で、オクゼツさんの視界を共有させてもらう。オクゼツさんは加速し続け、ほんの数秒で目で見えない速度に到達し、さらにその先の空気との摩擦で衝撃波が発生するところまでいった。……これだ、この加速の世界、これが僕が目指していたもの。まさかこんなに都合よく、僕が欲していた訓練相手が、師匠が見つかるなんて。
「偶然じゃないし。絶対これも、魔女の計算のうち」
ヤヨイにそう言われ合点がいった。それでいい、あの魔女の手の上だろうが、それで僕が強くなれるなら。ムクさんは今も楽しそうに飛び跳ねているが、いつの間にか目をつぶっていた。視界以外の感覚で、オクゼツさんの動きを捉えている。……捉えることが、出来ているのだろうか。この速度についていけているのか。
僕は完全にオクゼツさんの視界に置いていかれてる。自分がどこにいるのか、方向感覚を消失してしまっている。ヤヨイに頼んで感覚共有は解いてもらった。今の僕では、この加速に感覚が全く追いつけていない。
そして突然ゴンっという鈍い音がして床が揺れた。それがオクゼツさんが床に叩きつけられた音だと気付いたのは、床にへばりつくようにして倒れているオクゼツさんの姿を見た後だった。
「分身も一緒に飛び回った方がいいぞー。お前だけだと、どこから攻撃してくるのか分かっちゃうからなー」
「それも訓練してるがな。だがやっぱりお前すげぇわ。この速さを簡単に捉えちまうのか」
「でもお前、闇の核と同じくらいには速かったぞー」
「……戦ったのか。どうやって勝った?」
「ふんーってやったら粉々になったぞー」
オクゼツさんが引きつりながら笑っていた。闇の勢力は闇の核に壊滅させられたんだ。それを簡単に破壊したなんて言われたら、もう笑うしかないだろう。
「お前、強くなったなー。嬉しいなー」
「どこがだよ、もう一戦頼むぜ。次は分身も一緒にやるからな」
「今のお前なら、闇の核に勝てるぞー」
オクゼツさんがぴたっと止まって、ムクさんの顔を凝視していた。その発言が信じられないのだろう、ムクさんは冗談や慰めでそんなこと言う人じゃないが、思わず疑ってしまったようだ。ムクさんは無邪気な笑みを浮かべ、嬉しそうにこう言った。
「この前闇の核を殴ったのと同じくらいの力で殴ったんだぞー。核は壊れたけど、お前は平気で立つんだなー」
「……オレの肉体に、そんな強度はないはずだぞ」
「お前が気付いてないだけだなー。お前すぐ傷を治すからいいやと思って殴ったんだけどなー。けっこう硬いなー」
オクゼツさんは手を広げ、ムクさんに「来い」と言った。ムクさんは、とことこ近寄って、オクゼツさんに抱き着いた。
「は?なにしてんだてめぇ?」
「来いって言うから」
「そうじゃねぇだろ、本気で殴ってみてくれって意味だろうが」
「後でなー」
……僕は、一旦外に出た方がいいか。ヤヨイが眉間にしわを寄せて「うわ……」とつぶやいたのが聞こえたし。空気を読んだ方がいいな、とりあえずヤヨイと一緒にここを出よう。
「今の、どういうことか分かる?」
「今のって?あの二人、恋愛関係だったんだって話?」
「違うし、オクゼツの肉体強度。おかしいしあいつ」
僕はヤヨイと一緒に、適当に闇の本部の中を歩いていた。これからしばらく拠点として使う場所だ、内部構造について教わっておいた方がいいはずだし。
「闇の力の使い手は、魂のエネルギーの操作が得意な反面、肉体は大して強くない。オクゼツの分身の同時操作は闇の力の利用だし。でも肉体が頑強になってるのは、意味不明だし」
「ムクさんが嘘言うわけないから、実際に闇の核以上の強度だったんだろうけど……」
「矛盾してんの。そんなんありえんし。魂が光に寄ってないと、そんなこと起きるわけない」
それなら、魂が光側に寄ってきている、ということではないのか。……いや、そんなわけがないのか。さっきの分身の同時操作は、光側の人間に出来る芸当じゃない。だとしたら……。
「闇と光、その両方の力を使ってるってことか」
「あいつの見た目が急に変わったの、そういうことかもしれんし。ガンジイやムクと同じ、肉体の変異が起きた」
「……もしそれが起きたなら、カンスケがそれに気付いてるはずだけど」
「だから後でカンスケに聞きに行くし。でもその前に、あんたオクゼツに言いたいことあるでしょ」
「うん」
三〇分ほど本部の中を歩いていたし、そろそろオクゼツさんの所に戻ろう。倉庫に戻ってみると、息を切らし対峙する二人がいた。オクゼツさんは分身を使っていないが、背中から闇のエネルギーで作った腕が四本生えている。ずっと肉弾戦の稽古をしていたようだ。ムクさんが踊るように繰り出す攻撃を、オクゼツさんは全部さばいていく。
オクゼツさんは一瞬の隙をついて、ムクさん攻撃の流れを利用して、ムクさんを回転させつつ宙に浮かせた。そのままムクさんに拳を振り上げたが、ムクさんは宙に浮いたまま、その腕を掴んで力任せにオクゼツさんを天井に向かって投げ飛ばす。なんて動きだ、支えがないのに筋力だけでそんなことを……。
オクゼツさんは天井に足をつき、両足のばねを全活用して急降下する。床に着地したムクさんも、両足をしっかり支えにして、迎撃の準備を整える。
「ヤヨイ、耳ふさいで!」
「え、え?」
オクゼツさんとムクさんの二人が放った拳は、ぶつかるのと同時に衝撃波を発生させ、それは僕達を襲った。まるで嵐が直撃したような風圧に、体が吹き飛ばされそうになる。……どうなったんだ、どっちが勝った?
「……てめぇ、あのジジイみたいなことしやがって……」
「えー?じいちゃんかー……?」
「違ぇ、ここで会った死神のジジイだ。腕力だけで人をぶん投げるんじゃねぇよ……」
……引き分け、か?二人は並んで床に倒れ込んでいる。
「オレの負けか。まだまだ、だな」
いや、よく見るとオクゼツさんの右腕が千切れて無くなっている。ムクさんの方は無傷だ。
「ねぇ、ちょっと、なにしてんの……」
「え?」
ヤヨイのもごもごとした声が聞こえて、僕は彼女を抱きしめていたことに気付いた。さっきの衝撃波のとき、無意識のうちにそうしてたみたいだ。
「耳ふさぐだけなのに、なにやってんの……?」
「ごめん、とっさに守ろうとして……」
「……別にいいけど」
ヤヨイはむすっとしながら、オクゼツさんのところへ歩いていった。怒らせてしまったか。
「あんたの体どうなってんの?カンスケになんか言われてる?」
「いや、なにも。『ずいぶん変わったねぇ』ってのんびり言われたくらいだ」
「……さっさと汗流してきて。話したいことあるし」
さっきシャワー室があったのは確認してる。この施設には浄水器もあって、いつでも綺麗な水で体が洗えるらしい。オクゼツさんと話すのはそれからになるか……。
「あんたもオクゼツと一緒に行きな。汗まみれじゃ気持ち悪いでしょ」
「あたしは後でいいぞー」
「なんで?動けないくらい疲れてんの?」
「裸見られるの恥ずかしいじゃんかー。一緒にはいかないぞー」
ヤヨイは「え!?」と驚きの声を上げた。驚いたのは僕も同じだ。あのムクさんが、恥ずかしいと言っただと……?いつも裸のまま僕やガンジイさんの前を走り回り、なんならミニちゃんと一緒に踊ったりもしている、あのムクさんが……?オクゼツさんのことは、異性として意識してるからか……。
オクゼツさんはゆっくり立ち上がり、そのときにはもう右腕は修復されていた。そして一度倉庫から出ていこうとした後に、方向を変えて僕の方に歩いてきた。
「気の毒にな、お前」
「……え?」
オクゼツさん一言それだけ言うと、倉庫から出ていった。……どういう意味だ。なんで僕に向かって、わざわざそんなことを言ったんだ。
数分後、オクゼツさんが戻ってきて、入れ替わりにムクさんが出ていった。ムクさんはシャワー室の場所を知らないから、ヤヨイに案内を頼んでいたけど、ヤヨイは困った様子で僕を見ていた。
「大丈夫、これは僕の問題だから」
「……ほんとに?」
「うん、ありがとう」
ヤヨイは何度も振り返りながら、ムクさんと一緒に倉庫から出ていった。……話さないと、ちゃんと自分がやったことを。
「初めまして。ナナゴウといいます」
「おう、初めましてな。お前あれだろ、闇の制御装置壊した、光側の兵だろ」
「はい」
「さっき言ったじゃねぇか、気の毒になって。それしか言えねぇぞ、オレにはよ」
……それだけ……?なんで、もっとぶつけたい言葉なんて、いくらでもあるはずなのに……。
「ヤヨイはお前を信用してるみてぇだからな。お前、ちゃんとしてる奴なんだろ?自分の責任から逃げようとする奴なら、あいつが信用するわけねぇ」
「……すみません」
「おう、もっと反省しろ。いくらでも反省し続けろ。周りがもうやめろって言ったって、お前はそれを背負い続けるような奴なんだろ。だから気の毒なんだ。死ぬまで楽になれねぇ道を、お前は選んで歩き続けるような奴なんだろうからな」
「……」
「お前という個人を恨むつもりはねぇぞ。仲間を守れなかったのは、オレが弱かったからだ。今のオレなら、あいつらを守れた。あのときにそうなれてなかったのは、オレのせいだ。で、お前はどれくらい強いんだ?死神との戦いに参加すんのか?」
「……ご相談が、あります」
「あ?」
「さっきの分身の加速装置、あれを使わせてください」
オクゼツさんは分身を出して、僕を後ろから抱きかかえた。いきなり僕一人だけを飛ばすわけにはいかないという。僕がどれほどの加速に耐えられるのか、それも確認しながら徐々に速さを上げてくれるそうだ。分身は僕達を弾くように飛ばし、加速を続けていく。オクゼツさんは周囲を認識出来ているかを、何度も僕に確認してきた。
「どうだ、自分がどこにいるか、地面と天井がどっちか分かるか?」
「はい、これくらいなら」
「じゃあもっと速くするぜ」
そしてある加速地点を超えたところで、僕の感覚は追い付くことが出来なくなった。視界が周囲の変化についていけない。どこになにがあるのかが、全く分からなくなってしまった。
「認識の仕方が間違ってるぞ。見るな、視るんだ。オレもムクも、視覚だけを頼ってねぇ」
「そうなんですか?」
「全部だ。自分の感覚全部を使え。体にぶつかる風の感覚、音の流れ、とにかく全部だ。まぁ一旦下りるか」
オクゼツさんは加速を緩めていき、僕を安全に着地させてくれた。感覚を使う、か。そういえばガンジイさんもそれをやっていた。闇の核を破壊したとき、ガンジイさんは目を閉じ感覚で核の位置を捕捉していた。
「そもそもお前、そんなヘルメットかぶってどう見えてんだ?」
「温度です。闇の中で戦う訓練を受けてきています」
「……温度?体温が見えるのか?あぁ、なるほどな。確かにこの闇の世界で戦うなら、それが確実ではあるがよ」
訓練の中で教わってきた事は、相手をしっかり見ることだ。敵から目を離さず、その動きから目を離さないこと。自分の中で勝手に敵の動きを予測してはいけない、敵が実際にしてきたことをよく見て、反応するのだと。
「そうか、明が光側にいるんだったな。それは戦士を鍛える為の基礎だ。あくまで、基礎だ。一回模擬戦してみるか」
オクゼツさんは背から闇の腕を生やすと構えを取った。遠慮はいらないな、あのムクさんとあそこまで正面からやり合えた人なんだ。僕の全力をぶつけさせてもらおう。……全力を出せれば、だが……。
「……なんかお前、力入ってねぇな。どうした?」
「実は、出力が安定出来ないんです。闇の核と同等の速さを出すことが出来ることもあるのですが……」
少しぶつかり稽古をして、オクゼツさんからそう指摘された。やはり分かるものなのか。僕の体に備わっている、魂のエネルギーを原動力に変える機構。あれが自分の意思で発動出来ない。それが出来ないと、僕に出せる力なんてそこらの一般兵と変わらないのに……。
「昔のオレと同じ感じするな、お前」
「……どういうことですか?」
「目的がねぇ。自分が全力を出したい、強くなりたいと思える目的がないんじゃねぇか?」
「……目的は、死神との戦いに勝つ為ですが」
オクゼツさんは手を振りながら「そうじゃねぇ」と言った。どうやら僕の考えとは、そもそも論点が違うようだ。
「それは目標だろうがよ。なんで死神に勝ちてぇんだ?お前は誰を守りたいんだ。大切な人はいねぇのか?その人を守ることが目的だ。その為に達成するべき目標が、死神に勝ってこの世界を守ることだろ」
「……います」
「じゃ、そっから明確にしていかねぇとな。魂のエネルギーは、心のありようで出力がピンキリだ。ちょうどいいな、お前のこと聞かせてくれよ」
ソノコさん。僕が守りたいのは、力になりたいと思うのはソノコさんだ。あの人のおかげで、僕は人間になることが出来たんだから。あの村から救助された当時、僕はまともな歩き方も、言葉も、なにも知らない動物と同じだった。それを全部教えてくれた恩人がソノコさんだ。
「……なんか、それも違う感じがするんだよなぁ。ていうかボスそんなことしてたのかよ……。そんな村つくってたなんて、聞いたことねぇぞ」
オクゼツさんは僕の生まれや育ちを聞いて、だが僕が言ったソノコさんを守りたいという言葉には納得出来ていないようだった。
「お前も大概、苦労してきてたんだな。それを光側の連中に利用されたわけか」
「利用じゃありません。僕は自分の意思で……」
「正直になれ。お前、本当に一切の疑念が無くそう言ってんのか?」
……ソノコさん、総司令、司令の誰も、僕が闇の制御装置を壊してしまったことを教えてくれなかった。壊した後になって、いいや、もしかすると壊す前から、あの装置が手を出してはいけないものだという可能性が、分かっていたのかもしれない。でもそれを、なにも教えてくれなかった……。
「ですが、僕がソノコさんを想う気持ちは本物です」
「そいつの為に、今まで力を出したことはあんのか?さっき闇の核ぐらいの速さを出したことあるって言ったがよ」
「……ありません」
光側の施設を死神が襲ってきたとき、あのときに僕の体は尋常ではない力を発揮したが、それは確かに違う。あれはこの体の封印をソノコさんに解除してもらっただけだ。自然に高出力を発揮出来たわけではない。
「じゃあ、自分の意思で過去最高出力を出したのはいつなんだ?そこにいたのは誰だ?」
最初にそれが起きたのは、あの犬を助けようとしたときだ。だがそれよりも高い出力を一瞬だけ発揮したのは、過去の世界で闇の核と戦っていたとき。……ヤヨイだ。でもそれは、あれは無我無中で、守らないといけないと、必死になっていただけで……。
「その必死になれるってのが、答えなんじゃねぇのかよ」
「……ヤヨイは、駄目です。だって、彼女は、僕を……」
「ややこしいこと考えてそうだな、お前」
「僕は、彼女に憎まれ続けないといけません……」
「案の定ややこしいこと考えてるじゃねぇか。ヤヨイはお前のこと憎んでねぇよ。さっきもお前のこと心配してたじゃねぇか。あんなに何回も振り返ってよ。オレがお前をぶん殴るとでも思ってたのかあいつはよ」
僕はヤヨイを守りたい。それは本当にそう思っている。でもそれは、僕が背負った責任の為だ。僕が制御装置を壊したから、とてつもない数の人が今もきっと、闇の扉に呑まれている。僕はそれを誰からも許されないまま、それでも生き続けないといけない。ヤヨイは僕に向かって、もう許せないとは思っていない、と言った。でもそれじゃ駄目だ。僕に憎しみを向け続けてくれる人がいないと、僕は責任を背負ったまま歩き続けるなんて出来ない。
「難儀な性格してんなぁ、お前……。いや気持ちは分かるけどよ。少し前のオレも、そうやって自分を痛め続けてたからな。オレもそうしないと前に進めなくなってたから、否定はしねぇけどな」
「……僕は精神の自傷をしていると?」
「そうでもしねぇと、自分が許せねぇんだろ。でもそれじゃ駄目だ、本当に強くなれねぇ。オレの場合は悪夢ちゃんがそれを教えてくれたが……」
誰だ、悪夢ちゃんとは。でも僕は、自分を許せないまま歩き続けている人を知っている。ガンジイさんだ。ガンジイさんは、自分一人でそれが出来た。自分を律する、戒める。僕にそんなことが出来るわけがない。誰か僕にそれを思い出させてくれる人が、憎み続けてくれる人が必要なんだ。
「お前、自分が頑爺に似てると思うのか?」
「……似ては、いないと思います」
「じゃあ参考にすんなよ、あいつをよ。見習うならあいつの強さだけにしとけ。生き方まで模倣すんな。あいつは誰も守れなかったから歩き続けたんだろ。お前は違うじゃねぇか、まだ守りたい奴が生きてるんだろ」
「……オクゼツさんは、誰を守りたいんですか?」
「そこがまた問題でよ。オレが死なせたくねぇ人は、どっちもオレより全然強ぇ。ボスと悪夢ちゃんだがよ。だがもう二度と、同じ後悔したくねぇからな」
また悪夢ちゃんという名前が出てきた。なんだろうその名前は。通称だろうけど、そういう人が闇の勢力内にいるのだろうか。
「まぁ、お前のことは追々考えるか。死神共が来るのはまだ少し先らしいからな。今日は光側の連中も集めてまず作戦会議だ」
ガンジイさんとムクさんが、この人を信用しきってる理由がよく分かる。二人とも、オクゼツさんの根の優しさに気付いていたからだ。初対面の僕に、自然とこんなに助言をくれる。こんなに優しい人が、カンスケを慕っているのはよく分からないな。……オクゼツさんにとってのカンスケは、僕にとってのソノコさんと同じなのかもしれないな。自分を救ってくれた人、そういうことなのかな。
その後ヤヨイとムクさんが合流し、僕達は一度ホールへ行ったが、そこにはもうカンスケはいなかった。それならガンジイさん達のところに行ったのだろうとそこへ向かうと、そこにはもう全員がいた。カンスケだけじゃない、光側の人間もだ。カンスケは和やかに、総司令のコップにお茶を注いでいる。一見すると平和な家族の再会だが、どこまでが本心でそれをやっているのか。
「お、これで各勢力が全員集合だね。中々の光景だね、この世界を代表する超人達がこうして集まったわけだ」
カンスケは笑いながらそう言ったが、総司令は明らかに作った笑みを無言で浮かべていた。長方形の机には、今この部屋に来た僕達を除いた、各勢力のメンバーがすでに席についている。机の長辺にカンスケ。その向かい側には総司令、指令、ソノコさんの順。ガンジイさんとレイレイさんは、カンスケと総司令に近い方の短辺に座っている。ミニちゃんはレイレイさんの頭の上にいた。
カンスケは僕を手招きして、隣の椅子に座らせようとした。正面に座る光側の人達の方ではなく、闇側の人間の方へ。だが狭いのでと断って、僕はムクさんと一緒に、ガンジイさんの正面側の短辺に座った。
カンスケ、オクゼツさん、ヤヨイが一列。総司令、司令、ソノコさんがその正面。この二勢力を挟むようにして、ガンジイさんとレイレイさん、僕とムクさんで座席は決まった。……ガンジイさんが、今までに見たことがないほど険しい顔をしている。僕達がここに来るまでに、なにかしらの話をしていたのだろう。……おそらく、レイレイさんの無の力についてだと思う。
「まずはガンジイさん達の長旅を労いたいところだけど、さっさとおれが敷いた陣について説明してしまおうかな」
カンスケがそう言って、机の上をなでるようにさっと手を払った。すると机の上に、この本部周辺の立体的な地図が浮かび上がり、三か所に旗が立てられていた。
「死神の数は三人。王様と呼ばれているのと、ノイという名前の奴と、ヴォンというので三人。まだ誰がどいつと戦うかは決めてないけど、立地は決めてある」
「その前に、王の術は本当に封じられるでいいんだよね?」
レイレイさんが挙手してそう質問した。カンスケは「もちろん」と自信たっぷりに言いながら、地図をさらに広範囲に広げて、ぐるっと丸い円を描いた。
「この本部を中心に、丸い結界を敷いてある。その内部の物理法則を一部改変済み。王の使う術の正体は、物理操作だからね。それが出来ないように、空間に仕掛けをしてあるんだ」
「では、その結界の外部から術を用いて攻撃されてしまうのでは?」
次は総司令が挙手してそう質問した。
「大丈夫だよママ。仕掛けっていうのは、王様のつくった武器やらなんやら、全部分解してエネルギーに自動変換出来るようにしてある。敵に術を使えなくさせた、ではないんだ。敵が術を使うほどこっちが有利になるようにしたんだ。そのエネルギーは全部おれか、あるいは別の誰かで利用出来る」
ママ、か。ふざけて総司令のことをそう呼んでいるのか、それともカンスケは総司令に対して敵意を一切持っていないのか。総司令は相変わらず作り笑いを浮かべているだけだから、感情は全く読み取れない。
「その結界というものが、壊される可能性はないのか?」
ガンジイさんが腕を組んだままそう質問した。カンスケは「絶対壊れないから問題なし」と言い切った。
「なにか特殊な装置を使って、結界を発生させているわけじゃない。この空間そのものを改変したんだ。なんて説明すればいいかな。ほら、空気って壊しようがないでしょ。仮におれが死んだとしても、空間はそのまま。結界が消えることはないからね」
「ちょっといいすかボス。オレの分身も分解されちまうんすか?」
オクゼツさんが少し焦りながらそう言った。結界内のあらゆる術の類が分解されるなら、オクゼツさんの分身も対象になってしまう。
「いやいや、そこはもちろん大丈夫だよ。元々この世界に存在してるものに関しては分解されない。だからミニちゃんの太陽ビームもちゃんと使えるよ」
「サンシャイーン!」
「死神側からしたら卑怯なやり方だけど、これぐらいしないと奴等には勝てない。奴らの魂そのものの力は封じようがないからね」
死神達の、純粋な戦闘力。肉弾戦の技量に関しては、封じ込めようがなかったということか。それはそうだ、それすら可能なら、死神側は降伏するしかない。
「そういうことで、決戦の土台はちゃんと構築済み。後は誰がどの死神と戦うか決めたりとか。ママ達も色々と武器を用意してくれたみたいだし、そのあたりの調整を進めようって感じかな」
決戦の準備は着々と進んでいく。だが、僕はそれまでにどこまで強くなれるだろうか。今の僕は前線に立つ戦力の中で一番弱い。追い越すまでいかなくても、せめてみんなに並べるくらいにはならないと、足手まといにしかならないと思う。……やれるだけ、やるしかない。僕の視線は無意識のうちに、ヤヨイを向いていた。ソノコさんではなく、彼女の方に。
次回へ続く……




