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ENDLESS NIGHT  作者: 清水進ノ介


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第九章 追憶の誘惑 五

第九章 追憶の誘惑 五


 辺りは静寂に包まれ、立ち尽くしたガンジイの言葉だけが聞こえた。闇人となっていた明の体はすでに消滅し、闇だけがそこに残っていた。

「全て、自分を奮い立たせる為の方便だ。私はただ、お前が幸せになれる未来を望んでいた」

 本当なら、世界に光をもたらした後に口にするはずだった言葉だ。行先を失ったその想いは、闇の中へと溶けていくだけだった。

「お前という光を失った今、私が歩みを進める理由はない。もう終わりだ」

 ガンジイはひざをつき、感情を失った言葉が口から流れ続けた。

「どこで、間違えた。お前と共に旅立つべきだったのか。何年も前に村を見捨て、お前と共に山を越えるべきだったのか」

 後悔も悲しみもなく、まるで三流の役者のように、音の羅列となっただけのセリフをガンジイは話し続ける。

「私は傲慢だったのか。自分が強き者であると思い上がり、自分にしか果たせぬ役目があると驕り、最悪の結果だけが残った」

 ナナゴウがその言葉に反応した。制御装置を壊した自分と重なったのだろう。

「私はなぜ言わなかった。共に新しい地で生きようと。一緒に村から逃げようと、なぜ言わなかった。それさえしていれば……」

 そして、最後の言葉。この一言にだけ、全ての感情が込められていた。

「明、お前に会いたい」


「早く立ちなさい。あなたという物語はここから始まるのだから」

 ……お姉ちゃん。魔女がガンジイの前に立っていた。そしてお姉ちゃんのパートナー、クリスティーナさんもそこにいる。ガンジイは真っ黒な瞳で二人を見ていた。これが幻覚なのか現実なのか、まともな思考力が残っているなら前者だと判断するだろうが、ガンジイは二人がここに実在すると断定したようだ。

「誰だ?どこから現れた?あの闇の塊の中からか?」

「あの村で生きた十五年は、あなたにとってただのプロローグ。まだ序章が始まってすらいないのよ」

「お前達が人知を超えた存在ならば、明を蘇らせることは出来ないのか?」

「で、明はそれを喜ぶとでも?」

 クリスティーナさんが、ガンジイの手を取って立たせた。抵抗せずに立ち上がったガンジイに、クリスティーナさんは「素晴らしいですわね」と笑みを向けている。

「あなたは強い人よ。それ故に理想を求めようとする。最善の結果を得ようとする。それがいつの時代も変わらない強い者のさが。子供の頃のあなたは弱者を見下し、現状を変えようとしない戦士へ怒り、堕落を貪る老人を憎んでいた。だけれど今のあなたなら理解出来るでしょう?彼らこそが普通であり、自分が異常なのだったとね。何故かって、彼らはあなたと違って分かっていたからよ」

「……なにをだ?」

「理想の反対語がなにか知ってる?現実よ」

「……これが、現実か」

「そう、結局はこれが現実。どれだけ理想を夢見ようと、最善を得る為にあがこうと、目の前にあるものは現実。彼らは弱い人だからそれを理解していた。自分という人間を見限り折り合いをつけ、現実の中で生きていた。理想の中にいることを選んだあなたとは違ってね」

「……その罰が、これなのだな」

 お姉ちゃんはほんの少しだけ視線を変え、ナナゴウを見た。「これはあなたに対しても言っているのよ」と目が語っていた。ナナゴウは少々たじろいでいたが、それを受け流そうとはせずに受け止めていた。

「だけれど、歩み続けなさい。苦しみ続けなさい。強い人に生まれてきたあなたには、それをする責任があるのよ」

「……なんの為に。私が救いたかったものは、手の中からこぼれ落ちた」

「ときには現実が理想を超えることもある。私はその奇跡を起こした人達を実際に見てきたもの。そしてあなたにも、それを為す力がある」

「その理想の中にいてほしかった者が、もういないのにか」

「じゃあ呼び戻してみる?」

 お姉ちゃんが軽く手を振ると、ガンジイの目の前に明が現れた。ガンジイは迷うことなく明を抱きしめる。明はいつもと何一つ変わらない口調で、ガンジイの耳元でこう囁いた。

「もういいんだよ。あなただって、一人の人間に過ぎないの。もういいの、明と一緒に生きていこう。それだけでいいんだよ」

 甘えるでもなく、慰めるでもなく、明は普段通りしている。それが何よりもガンジイの心を揺さぶるはず。いつも通り。普段と同じ。それ以上の誘惑なんてないだろう。

「あなたが望むなら、私達はこのまま去るわ。明と共に幸せに暮らし、死んでいきなさい」

「礼を言う。もう十分だ」

 ガンジイは迷わなかった。明から腕をほどき、背を向けた。……この人は、なんでこんなに強くなれるんだ。どうして、こんなに……。

「私は自分の弱さから目を背けていた。人は誰しもが弱さを抱えている。それが理解出来た。それだけで十分だ」

「本当にいいのね?」

「明は死んだのだ。しかし私はまだ生きている。彼女との誓いを果たす」

「じゃあ、私達はもう行くわ」

「お前達は、一体何者なのだ?」

「そうね、魔女と呼んでちょうだい。ごきげんよう」

 お姉ちゃんたちは姿を消し、再び闇だけがそこに残った。ガンジイは一度、大きく深呼吸すると、小さく、だけど力強い声でこう言った。

「お前がくれた名に、恥じることなき道を歩む」


 ガンジイは一人、闇の中へと歩き出した。ナナゴウはその背を見つめながら「どうして」とつぶやいた。わたしだって同じことを思っている。どうしてこの人は歩き出せるのか。その答えをわたしは過去にすでに聞いている。だけど……。

「強すぎたんだ、ガンジイは。あまりにも強い人に生まれてきてしまったんだ」

「……心が強い、という話ですか」

「心も体も両方だよ。ガンジイと出会ってすぐの頃、どうしてそんなに強くなれたのかって、聞いたことがあるの」

「答えは?」

「悔しかったから。だから歩き続けたって」

「……悔しかったから」

「ガンジイはまだ、自分を許せてないんだ。だから今も歩き続けてるんだ」

 理想を追う旅をガンジイはまだ続けている。常人ならとっくに諦めてる。どこかで現実に打ちのめされ、目の前にある小さな光に惹かれ、なんてことない幸せを掴むことを選ぶ。でもガンジイは強すぎたんだ。今まで何度も現実に挫けてきたはず。だけどそれを精神力と腕力でねじ伏せた。ねじ伏せる力を持って生まれてきてしまった。だから今も理想を実現するために歩き続けてるんだ。それ以外の生き方を、ガンジイ自身が許していないんだ。

「司令と再会出来たのに……?この前司令と再会したガンジイさんは平然としていましたよ。なんであんなに、普通でいられたんです……?」

「頑固だから。ガンジイの理想は明との再会じゃないから」

「……そんな一言で……」

「それに、全然平然とはしてなかったよ。実はすっごい挙動不審になってたし」

「……ぼうっとしている場合じゃないですね、僕達も闇の核と戦わないと。魔女はもう手を貸してくれないようですし」

 お姉ちゃんたちは、わたしたちには声もかけずに姿を消した。今ここで話すことはないということだろうな。そして核との戦いに手を貸す必要もないということ。わたしたちは山を越えるために去って行った青年のガンジイとは別方向、現在のガンジイに向けて急いだ。まだ核との戦いは続いているのかな。

「前方に熱源が三つ。一つはガンジイさんですが、もう二つは高速で飛行しています」

「二つ?核が二つともこの時代にいるの?」

「いえ、形状からして核が上下に分割されたようです」

 ナナゴウのサーモグラフィーじゃないと、なにが起きてるのか見えないな。ガンジイはたいまつを捨てて闇の中で戦ってるみたいだ。久しぶりに闇視を使うか。ナナゴウはともかく、わたしが接近し過ぎると邪魔にしかならないだろうし。

「……止まってください、核はどうやら不可視の攻撃を放つようです。近づけば巻き添えを食らいますし……」

「やっぱり邪魔になりそうだよね。ここで見学させてもらおう。ガンジイがどう戦ってるか」

 わたしたちが接近することで、核が突然行動パターンを変えてしまう可能性がある。最悪なのはわたしやナナゴウが攻撃対象になり、それを守ろうとしてガンジイが損傷を負ってしまうこと。わたしは闇視でガンジイに接近し、なにが起きているかを確認させてもらったのだが……。これは、何が起きてるんだ。ガンジイの動きはよく見える。ゆっくり動いてるから。でもそれ以外が見えない。核がここにいて高速で飛行しているらしいが、わたしにはそれが見えない。

「ナナゴウ、これどうなってるの?わたしの動体視力じゃなにも分かんない」

「……僕に見えているのは、目で追うことが出来ない速さで飛行する二つの物体。その物体がガンジイさんを中心に、円形の軌道で飛行していることだけです。一つは突進で攻撃し、もう一つはおそらく風の刃を放っているかと」

「ガンジイは?ゆっくり動いてるように見えるけど、まさか速すぎてスローモーションに見えてるとか?」

「いえ、本当にゆっくりです。稽古の最後にいつもしているような……」

 ゆっくりと攻撃や防御をする稽古の締め。なんでこんな緩慢な動きで戦えてるんだ?

「……核の行動を操ってます。あくまでガンジイさんの動きを見ての予測ですが、核はガンジイさんの死角になる方向から攻撃をしているようです。だから、わざと死角を作ってます。敵がどこからどう攻撃してくるのが分かっているなら、これだけの動きで十分ということですか……」

 ムクとは対照的な、極限まで研ぎ澄まされた静の戦い方か。あらゆる無駄をそぎ落とし、戦っていると分からないほどの緩やかな所作。でも防戦一方の状態でもある。ひたすら核の攻撃を避け続けているけど、反撃はいつ始めるつもりだろう。


 そして、それが起きたのは一瞬のことだった。わたしにはガンジイが一瞬だけ消えたように見えた。そして何があったのかも分からないけど、核の一つが地面の上で粉砕されていた。……いつ、壊したんだ?

「見えた?」

「……見えませんでした」

 ナナゴウにも視認出来なかったのか。状況的に突進してきた核を地面に叩き落としたのだろうけど、音すら聞こえなかった。……ガンジイはいつも敵と対峙するとき「来い!」と咆哮する。そして力強く雄々しい動きで、敵を強大な力で粉砕していた。それは全部、敵の注意を自分に引き付けるためだったのか。周りにいる人に敵の攻撃が向かないようにそうしていただけだったんだ。これがガンジイの本当の戦い方。最小限の動作、最低限の力で、最大の破壊力を発揮している。

 だが核はまだもう一つ残ってる。ガンジイに一切近づこうとせず、離れた距離からなにか、ナナゴウいわく風の刃を飛ばして攻撃を続けている。ガンジイは手斧を持っていないし、どうするつもりかな。その辺の石ころを投げるのでは、核に当たっても石が砕けるだけだろうし。さっき粉砕した方の核は、すでに砂みたいに崩れて消えていってるから武器として利用するのは無理だし。

 ガンジイは核の攻撃を回避しながら、突然右足で地面を叩きつけた。爆弾が破裂したようなドンという鈍く大きな音と共に、地面が陥没し放射状に大地がひび割れる。そしてガンジイは跳ねた。その場で垂直にジャンプし、両手を高く上げたかと思うと、その手の中にはいつの間にか核が握られていた。ガンジイは地面に着地するのと同時に核を地面に叩きつける。さきほどよりもさらに深い陥没が形成され、核は割れた陶器のようにバラバラに砕け散っていた。

「……終わりましたね」

「……こんな簡単にね」

「簡単に見えたことが、ガンジイさんの凄まじい力の現われですよ……」

 そういえばそんな話を昔どこかで聞いたな。どんな分野であれ、達人の動きは簡単に見えると。素人が「これくらいなら自分にも出来そう」と思うような動きで、実際は世界中でもほんの一握りの人間しかなせないことをやっていると。さっきの闇の核も、常人ならコンマ一秒もかからず突進攻撃で即死してるだろうし。ていうかカンスケたちも手も足も出せずに殺されてるし。核が形成されるプロセス上、身体能力的にはどの核も同じくらいのはずだから、今回の核が弱かったなんてことはないはず。それをこんな簡単にか……。

 カンスケにとってかなり嬉しい誤算になるはず。ガンジイが一人で闇の核に勝てるくらい強いのはかなり大きい。早く知らせたいところだな、死神との戦いの準備をする上で、前提条件が大分変わるはず。そして当人のガンジイは呼吸一つ乱さず、落ちていた手斧を回収してわたしたちの所まで歩いてきた。

「こちらは片がついたが、これで元の時代に戻れるのだな?」

「うん。もっとすごい戦いが見れると思ったのに、拍子抜けだったよ」

「さきほどのは、地面を叩いた音で核の動きを変えたのですか?」

「核は空気の流れを操作していたのでな。音で障害物を作り、私の真上に移動してくるように仕向けた。後はそれを掴んで砕いただけだ」

 ガンジイは闇の扉の方を見ていた。たぶん気にかけているのは過去の自分や明のことではなく、オクゼツのことだろう。

「オクゼツなら大丈夫だよ。ちゃんとカンスケが回収していったはず」

「ならばよい。現代に戻り、ムク達の加勢へ向かおう」

「……ガンジイさん」

「なんだ?」

「僕はどうすれば、あなたのように強くなれますか?」

「歩み続ける理由があるのなら。今のお前にはそれがないだけであろう。むしろ歩みを止める理由を探しているように思える」

 ナナゴウは無言で考え込んだ。ナナゴウの迷いを振り切れるような、劇的な出来事をここで見ることが出来たわけではない。だけれど、一つ大きな収穫があったはず。自分を許せなくても、歩き続けること。それをし続けてきた人間が、こうして目の前にいる。高すぎる壁だな。わたしでは並ぶことも出来そうにないや。

「僕にも、それが見つけられるでしょうか」

「分からぬ。しかし、前に進まねばそれは現れぬ」

「……見つけられたところで、歩み続けられるでしょうか」

「それも私には分からぬ。しかし、その可能性は感じておる。故にお前はここにいるのだ」

 周囲の空間が歪み始めた。時間の飛翔が始まるな。わたしたちは現代へ戻ることになるけど、ムクたちはどうしてるだろう。というかどの時代に飛んだんだろう。ムクの過去ではないと思う。ムクは過去を変える気なんてないはずだから。ヤヨイは直接的な戦力になってないし、ミニちゃんも過去を変えようとする理由がない。だとするなら……。

 わたしの予想が当たったら、厄介なことになりそうだな……。


 なんでうちがこんな目に遭わないといけないし。酷い。ここは、酷すぎる。周囲に漂う腐った血肉のにおい。そして生臭いなにか、本能的に拒絶作用が起きる空気そのものの穢れ。ここはどこで、いつの時代なんだ。闇の核はどうして、うちらをこんな場所へ連れてきたんだ。

「おーい、大丈夫かー?」

「大丈夫なわけないし……。においが酷すぎて気持ち悪い、吐きそう……」

「鼻で空気吸っちゃだめなのよ~。口で呼吸するのよ~」

「それもなんか嫌なんだけど……」

 ムクとミニちゃんは平然としてる。化物かよこいつら。なんでこの状況で普通にしていられるんだ。

 ここは一応は集落のようだ。先端が鋭く尖った石の柵が集落全体を囲んでいて、点々とたいまつがくくりつけられてる。そんなに広くはなくて、端から端まで歩いても五分かからないくらいだった。家とか文明的なものは一切無くて、男も女も裸のまま、その辺の土の上で寝起きしてる。ここには水がないから体を洗うなんてことはしてなくて、どいつもこいつも汚物にまみれてる。そして異常なのは、さっき現状確認の為に集落全体を歩いてみたけど、ここには入り口がない。つまり出口もない。ここにいる人間は、この場所に閉じ込められてる。つまり、食料を採りに行けず、資源も探しにも行けないここに、おそらく百人以上の人間が閉じ込められてる。

「なー、レイレイが別の時間に行くとか言ってたけどさー。ここどこだー?」

「うちにも分かんないし……」

「ひどい所なのよ~。人間が動物みたいになってるのよ~」

 ミニちゃんのいう通りだし。ここにいる人間は、もはやただの動物と化している。いや、動物より下だ。動物は食うために繁殖なんてしない。自分の子供を食うなんてしない。でも、今目の前で起きている光景は、これはなんなの……?

 直視出来なくて無視したけど、ここには子供を産む為だけに生かされてる女達がいる。そして産まれてきた子供は、集落の隅で「飼育」されている。そう、飼育だ。ある程度大きくなったら、この子達は食料にされてしまう。もう何度もそれを見た。生気のないぼうっとした顔の子供が、その場で捕まえられて、生きたまま体を解体され、その肉や内臓に一斉に人間共が群がり食い尽くす。 

 うちらの姿はここにいる人間共から見えてないみたいだ。認識されてないという方が正しいかも。もし認識されてたら、大変なことになる。こいつらは一斉に、うちらを食おうとして襲ってくるはず。本能に支配され、ただ生きる為だけに活動しているこの畜生共に、理性なんて残っているわけない。

「なー、とりあえずあの子供達、助けた方がいいよなー?」

「いや駄目だし。ここが過去の世界なら、なにかを変えたら現代が変わっちゃうかも」

「見てることしか出来ないのよ~?」

 そう、うちらに出来ることは見ていることだけ。闇の核はなにが狙いで、どこに隠れているのかも分かんないし。……じゃあうちら、一体なにをすればいいんだ?

「今、犬の鳴き声聞こえたぞー」

「犬?子供のうめき声じゃないの?」

「いや、絶対あっちの方から聞こえたなー」

 ムクはいつもと変わらない調子で、犬の鳴き声が聞こえたという方へ歩いていく。……こいつ、ただの馬鹿だと思ってたけど、もしかして相当数の修羅場をくぐり抜けてきてるのか?どうやってこいつが生きてきたのか知らんけど、まだ小さい頃から命の奪い合いをしてきてるのかも。ミニちゃんも全然落ち着いてるし、こいつら一体なんなんだ……。

「ほら、やっぱりいたぞー」

 ムクについて行くと、本当にそこに子犬がいた。どこから入ってきたのかと思ったら、石の柵に小さい亀裂が入っていて、どういうわけかそこからここに入ってきてしまったみたいだ。この亀裂を人間が通るのは無理だな。子供でもくぐれない隙間だ。哀れな子犬め、こいつは一瞬で食われて死んでしまうだろうな。

「この犬も助けたらだめかー?」

「もちろんだし。ありとあらゆるものに干渉しないで」

 子犬はさっさと亀裂から外に出て行けばいいのに、震えて鳴き始めた。するとそれを聞きつけた誰かがやって来た。これで子犬はもう終わりだと思っていたら、やって来たのはまだ二歳くらいの幼児だった。幼児と子犬は数秒見つめ合って、幼児はなにかを感じ取り合ったのか子犬を亀裂のところまで連れて行って、外に押し出してやった。幼児も一緒に出て行こうとしたけど、頭がつっかえて無理だった。

「……子犬。え、こいつまさか」

「なんだー?」

「この幼児、ナナゴウ?」

 その瞬間だった。突然空間が歪み、うちらはまた別の時間軸へと飛ばされてしまった。闇の核がどこかに隠れていたのか?この状況にどう対処すればいいのか、さっぱり分からんし。どうすればいいんだこれ……。


 そして気が付いたとき、うちらはまったく同じ場所に立っていた。石の柵の亀裂が少し大きくなってる。ということは、うちらはさっきよりも少し未来に来たということか。

「さっきの子供、ナナゴウなのかー?」

「たぶん……。この状況、ナナゴウが話してたことと一致してるし」

 ナナゴウが話してた、カンスケが作った最悪の村。人間同士が食い合っていたという話とか、犬の話とか、全部それ通りだし。でも闇の核はわざわざナナゴウの過去の時代にうちらを飛ばしたとして、なんでそんなことを?意味もなくそんなことするわけないし、目的はなに?

「……あぁ、分かったし」

「分かったのよ~?」

「うちに未来を変えさせようとしてる。この時代でナナゴウを殺させようとしてるし」

 この核、知能がある。たぶんうちらの記憶を読み取るなんてことまでやってるし。……核は、自分が普通に戦っても勝てないことを察知して、別方法でうちらの戦力をそぐことにしたと仮定してだ。なぜ、ナナゴウなんだ?ていうか闇の核と戦って勝てる奴なんているわけないし。

「なー。さっきこれ削り取ったけど、捨てていいかー?」

「は?何にも触るなっていったはずだけど」

「さっき飛び出てきた奴だぞー。闇の核だー」

「……は?闇の核?」

 ムクはそういうと手のひらを広げた。……そこになにか、砂みたいなものがある。どういうことだ、飛び出てきた奴ってなんだ?

「さっき、ちびっこナナゴウの中からいきなり核が飛び出してきてなー。見えてなかったかー?」

「……闇の核が、ナナゴウの中に隠れてたってこと?」

「なんにも見えなかったのよ~」

「じゃああんた、さっき空間が歪んだ一瞬で核を攻撃してたの?」

「殴れなかったけどなー。とっさに指を伸ばしたら、ちょっとだけ引っかけられたぞ」

「……核の動きが、見えたの?」

「けっこう速かったけど、ふつーに飛んできただけだしなー」

 ……本気で言ってるのか、こいつ。いや冗談でこんなこという奴じゃないから、本当のはず。闇の核の動きを捉えて、攻撃して、削り取った……。

「あんた、自分がどれだけとんでもないことしたか、理解してないでしょ……?」

「んー?」

「闇の核って、うちら闇の勢力が全戦力ぶつけて、惨敗してんだよ……?」

「おー、知ってるぞー」

「ムクは強いのよ~。すごいのよ~」

 化物だ。こいつ、本物の化物だった。怖いよ、なんなんこいつら……。頼りになるとか思えんし。怖いよ……。

「なー、さっき言ってた、ナナゴウを殺させようとしてるって話。あれどういうことだー?」

「……あいつが制御装置を壊したから、闇の勢力は核と戦わないといけなくなったし。だからこの時代であいつを殺せば、その未来が変わる。うちにそれをさせようとしてる」

「そんなことするつもりなら、あたしがお前を殺すぞー?」

「ひっ……。し、しない、しないしそんなこと!」

「でもお前、ナナゴウのこと嫌いだろー?」

「……嫌い、ではないし。ただ、許せないだけだし……」

 それは本心。ナナゴウが悪人ではないことは分かってるし。ただ、あいつのせいでうちは仲間をほぼ失った。それがどうしたって許せない……。ムクは冷たい目でずっとうちのこと見てくるし、どうやってうちはこの状況から逃げ出せばいいんだ……。

「ミニちゃんも、ナナゴウの昔の話聞いてるのかー?」

「ばっちり聞いてるのよ~。ナナゴウは苦労してるのよ~」

「それ、あたしも聞きたいぞー」

 二人は呑気に会話を始めた。今のうちになんとか元の時代に戻る方法を、化物共から逃げる方法を考えよう。まず闇の核の思惑には乗れない。……実際ここにムクがいなかったら、うちはナナゴウを殺してた。あいつより仲間の方が断然大事。みんながそれで戻ってくるなら、そうしてたはず。それが出来ないなら、やっぱり闇の核を破壊するしかないのか。ムクなら闇の核に勝てるかもしれないし。いや、勝ってもらわないと困る。そうしないと、元の時代に戻れないし……。

 ……いや、待てよ。ムクが闇の核に負ければ、それが最善なんじゃないのか……?そうすれば、うちがナナゴウを殺すことが出来るようになる。仲間が、みんなが戻ってくる。ミニちゃんは今太陽ビームを撃てないから、うちを止める手段なんてないし。

 ……どうにかしてムクを騙して、隙をつくる。そこを闇の核に攻撃させれば、こいつを始末出来る。

「そっかー。ナナゴウも大変な思いしてたんだなー」

「そうなのよ~」

「ナナゴウどこ行ったー?なにしてるんだろうなー」

「探しに行くのよ~」

 方法ならある。うちの感覚共有の力。ここにいる腐った人間共全員と全感覚を共有して、ムクにもそれを同期させる。ここにいる奴らの中に、まともな状態で生きてる奴なんていないはずだ。どいつもこいつも汚物まみれ、病気に蝕まれ、苦痛に四六時中さいなまれているはず。それを全員分、一気に共有して流し込む。その痛みや苦しみが全部流れ込んでくることになる。

 問題なのは、うちもその感覚を味わうことになることだ。うちがそれに耐えられるかだ。あまりに過剰な苦しみを一気に受ければ、うちの脳が耐えきれずに気絶してしまう。……なんとしてでも、耐えてやるし。それでみんなが戻ってくるなら、あの場所が戻ってくるなら、どんな苦しみにだって耐えてやる。

 闇の核の思惑に乗ってやる。うちはここで、未来を変える。


次回へ続く……

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