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ENDLESS NIGHT  作者: 清水進ノ介


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第九章 追憶の誘惑 四

第九章 追憶の誘惑 四


 青年のガンジイは「これを煎じて飲め」と小さな革袋を明に渡した。明がそれを開くと、中には植物の種が一粒だけ入っていた。この種に薬効とか、もしく虫下しの成分が含まれているのか。

「先日、陰の者が突然渡してきたのだ」

「あの人が?」

「もうそれしかないそうだ。周囲の森からすでに採り尽くしたと言っていた。おそらく農民達に与え、残ったのがそれなのであろう」

「……そんなことしてたんだ、あの人」

「奴にはまだ名がない。実力は十分であるのに、名を付けようとする者がおらぬ。故にお前から、臆舌と名を伝えてやってくれ」

「あなたが自分で伝えないの?」

「奴に嫌われておるのでな。私がその名を考えたことも伏せてくれ。臆病の臆。弁舌の舌だ」

 オクゼツが渡した種か。ただの予想だけど、病は栄養状態の悪い農民から先に広まっただろうから、それに対する特効薬としてオクゼツが見つけ出したのかもしれない。そしてオクゼツは他の戦士にはそれを渡していない。ガンジイと明にだけ渡したんだ。オクゼツはこのまま戦士と族長一族の全滅を止めるつもりがない。農民だけで生き延びるつもりなんだ。

「これ、あなたはもう飲んだの?」

「臆舌から渡されたのは二粒だけだ。飲むと激しい腹痛の後に、体調が回復した」

「命の恩人だね、あの人」

「……明と、考えた。明るいという字だ」

「なにが?」

「お前の名だ」

 明は背後にあった剣を取って、素早くガンジイを斬りつけようとしたが、ガンジイは涼しい顔で、刃を指で挟んで止めた。

「族長一族の者の名には字が一つのみ。下らぬしきたりだが、この村の過去を後世へと伝える為に、あえてその一字のみとした」

「名前なんていいから、明も連れて行ってよ」

 うわ、もう自分のこと「明」って呼んでる。ちゃっかりしてるなぁこの女。

「ならぬ。農民達を率い、統制する者が残らねばならぬ。臆舌ではそれは出来ぬ」

 ……いや、オクゼツならたぶん出来る。本当のあいつの人間性を知ってる今ならそう判断できるけれど、過去のガンジイはあいつを誤解したままだし、こういう結論を出しても仕方ない。隣にいるガンジイも苦い顔をしているし。でも誤解させたままにすることを選んだオクゼツにも責任がある。面倒だなぁ、人間関係って。

「以前、お前が言ったことがずっと気にかかっているのだ。我らが死んだ後も、世界はずっと暗闇のままなのだと」

「……言わなきゃよかったよ、そんなこと」

「この村の全ての民が犠牲者なのだ。かつての私は弱き農民達も、意味なく力を得ようとする戦士達も、堕落した族長一族も、全てが間違っていると考えていた。だが違ったのだ。歪んだ戦士信仰、いびつな階級制度、全てこの世界が闇に包まれているせいではないか。この村の外もそうであろう。そしてこれから先に生まれてくる新たな世代も、全てがこの闇の世界の犠牲者だ」

「……じゃあ、一個だけ、明のお願い聞いてよ」

「なんだ」

「あなたの子がほしい」

 明は突然衣服を全て脱ぎ去り、生まれたままの姿になった。まずいまずい、とりあえずナナゴウの目線を塞ぐ。

「見ちゃだめナナゴウ!後ろ向いて!」

「僕はソノコさん以外の裸に興味ありませんよ」

「それ本当に気持ち悪いからやめてね」

 年頃の男の子がこの状況下で冷静にならないでくれ。なんでわたしの方が慌ててるんだ。ていうかガンジイも落ち着き過ぎだ。なにが起きたか知ってるはずなんだから、先に言っておいてくれればいいのに。

「ならぬ。お前と子をつくる気はない」

 うっそだろこの人。目の前で女が裸になってるのに断った!?

「……いやだ」

「そのようなわがままを聞く気はない」

「……いやぁだあああ!!」

 あぁ、明がかんしゃくを起こしたぞ。もうどうするんだこれ。わたしたちはここにいていいのか?部屋から出た方がいいのでは?

「お前との子が出来たら、私は旅発つことが出来ぬ。このままここにいて、共に一生を過ごすことを選択する」

「じゃあそれでいいじゃん!死ぬまで一緒にいればいいでしょ!?」

「子の未来が、闇に閉ざされたままだとしてもか」

 明がぴたっと止まった。……ガンジイ、すごいな。この当時まだ十五才だっけ。十五でその選択が出来るなんて立派すぎない?

「お前だけではない。私はこの理不尽に覆われた世界の、全ての者の未来を照らしたいのだ」

「……頑固者」

「私とお前の子は、その光ある世界の中で育ってほしいのだ。故に今、お前と夫婦めおととなる気はない」

「……絶対、帰って来てよ」

「誓おう。必ずや太陽を見つけ出し、光をもたらすと」

 隣にいるガンジイがどんな顔でこれを見ているのか、それを確認するのは無理だ。そんなことする気になれない。ナナゴウと一緒に後ろを向いて、二人の会話を聞くだけでいい。……だが、もう過去の回想は終わってしまう。闇の核はどうするつもりだ?このまま延々と時間と飛び続けるわけあるまいし……。


 ガンジイと明は二人で村の外まで歩いて行った。その道中でちらりと見えたが、族長一族は数年前までの様子が嘘のようにやせ細っていたし、戦士たちも具合が悪そうで、虚ろな目でぼうっとしている人が大半だった。そんな中、農民たちは体調に問題がないようだった。痩せているのは元々だけれど、体調が悪いようには見えない。

 これが因果応報というものか。族長一族や戦士たちは、農民たちを無下に扱ってきた。そのせいで彼らは貧相な体つきをしているが、それが病にかかっていないことの隠れ蓑として機能している。農民たちはやせ細っている状態が普通なんだ。まさかその中身が健康だとは微塵も考えていないだろう。オクゼツの奴、実はすごい奴だったのか。はやり病を利用して、たった数年のうちにこの集落の土台を総入れ替えしようとしてる。

「オクゼツ、ここでも村の改革を成功させかけてたんだね」

「ここでもということは、別の場所でも同じようなことをしたのですか?」

「私と麗冷が出会ってまだ日が浅い頃だ。臆舌は戦いに疲弊した二つの村を救っている。……まさか、我らの村も臆舌がこうして世代の交代を図っていたとはな。当時の私にはまだそのような考え方自体が備わっておらず、奴の真意に全く気付けていなかった」

「オクゼツ自身がそれに気付かせないように振舞ってたんだし、仕方なくない?」

「見事であるというほかないな」

 ……そんな奴が、なんであんな闇の堕ち方をしてたんだろう。次に会ったときに過去を見せてもらうとしようかな。そしてわたしたちがそんな会話をしている間に、過去の二人は村の入口を出て、そのまま歩いて行った。

「明も、あなたの名前考えてたんだ」

「受け取ろう」

「頑爺。頑固の頑と、お爺さんの爺」

「……どちらも短所ではないのか」

「爺は長所だよ。あなたは立場や権力を利用することなく、お爺さんになれるほど強い人。この闇の世界の中たった一人でも、老人になるまで生き延びられるくらいにね」

 二人は村から少し離れた場所で、最後の会話を交わしている。この後、集落は闇の扉に呑まれることになるらしいが、闇の核はいつまで隠れているつもりだろう。

「ちなみに明って名前、どういう意味でつけたの?」

「明かりだ」

「それだけ?」

「お前は私にとって、この世界の中でたった一つの光だ」

「……もっと早く、その言葉が聞きたかったのにな」

「それが出来るほど、私は強くない。お前と心が繋がれば、旅立つことなど選んでいない」

 ……そうだよ、まだ十五歳なんだよ、このときのガンジイは。本当は一人の人間として、自分が幸せになれるであろう道を選びたかったはず。でもこの闇に閉ざされた世界が、それを許してくれなかったんだ。だからこそガンジイは決心したんだ、必ず太陽を見つけ出すと。

「……死なないでよ。明はもっと強くなって待ってるよ」

「あぁ」

「再会したときは、まずあなたのこと殺そうとするから。いつもみたいに涼しい顔であしらってよ」

「あぁ」

「行ってらっしゃい」

「行ってくる」

 ガンジイはそう言うと、明と握手も抱擁も交わさずに一人で歩き出した。それが出来るほど強くない、ということなのだろうな。そんなことをしたら迷いが生まれてしまうから。明もそれを分かっていて、あえて黙って旅立つガンジイをいつまでも見送っている。さて、ガンジイの過去はあらかた見終えてしまったのだが、わたしたちはどうすればいいだろう。

「闇の核が出てきませんよ。どうしますか?」

「……あぁー。ガンジイは、過去の自分を追って。わたしとナナゴウは別行動だ」

「なにか視えたのか?」

「闇の核は今回、昔のガンジイの中から出てくるよ。がんばってね」

「そうか、そちらも用心せよ」

 ガンジイは特に詳細も聞かず、わたしとナナゴウを送り出してくれた。まずわたしたちが行くのはオクゼツのところだ。わたしは走って集落へと戻りながら、ナナゴウにこの後のことを説明した。

「さっき全貌が視えたの。ここからは未来が変わらないように立ち回る。まずわたしは無の力を使って、オクゼツが闇に呑まれないように防ぐ。ナナゴウはその間、わたしを襲ってくる闇人を倒して。戦士たちが闇人になるから、かなり強いよ。特に二人の戦士長に気を付けて」

「了解です。ですが、ガンジイさん一人で闇の核の相手をするのは無謀では?レイレイさんがサポートしないと、いくらガンジイさんとはいえ……」

「逆だよ、わたしたちが近くにいたらガンジイの邪魔になる。見たかったなぁ……」

「見たい?」

「わたしまだ、ガンジイが本気で戦ってるところ、見たことないから」


 わたしとナナゴウは集落へ戻り、オクゼツを探した。真っ先に向かったのは地下の隠し土豪だ。普段から姿を隠してるなら、ここにいることが多いはず。そうして案の定、そこでオクゼツを見つけた。土豪には病人の姿がなく、代わりに大量の食糧や黒炎石が保管されていた。オクゼツは戦士が全滅した後に備え、ここに物資を集めていたのだろう。もしくはそれよりも前からか。

 オクゼツは一人で黙々と物資の整理をしていたが、誰かが土豪の中に入ってくる音が聞こえた。足音からして戦士ではないな。明でもないし、たぶん農民の誰かだろう。

「……お兄ちゃん、またここにいた」

「どうした?」

「二人で話したいなって」

 ……この女の子、数年前にここで病に伏せていた子だ。そうか、回復して普通に暮らせるようになっていたのか。十三歳か、十四歳か、それくらいの年齢だな。しんどいな、この後ここは闇の扉に呑まれることになる。この子はその犠牲になってしまうことが確定している。

「この村、もうお終いなのかな」

「逆だ、これから始まるんだ。病気のおかげで馬鹿どもがみんな死ぬからな」

「お兄ちゃんが、新しい村長になるの?」

「そのつもりだ。族長の娘もまぁ、ちゃんと働いてくれるだろうがな」

「……あの人が、お兄ちゃんのお嫁さんになるの?」

「は?なるわけねぇだろ、何言ってんだ」

「じゃあ、わたしがお兄ちゃんのお嫁さんになってもいい?」

「……今はまだ、そんな先のことまで考える余裕ねぇな」

 わぁ、こんなところに愛の花が。切ないなぁ。咲くこともなく枯れてしまう花か。オクゼツにもこんな関係になれる子がいたんだなぁ。オクゼツはその後、土豪の整理を切り上げて外へと出て行った。照れ隠しだろうな、あの子と二人きりでいるのが恥ずかしくなったんだろう。本人はそれを後悔したことはあるのかな。あのときもっと、ちゃんと話しておくべきだったとか。

 土豪から出たオクゼツは、人のいない通路を選んで通りながら、族長一族の家へと歩いていく。明と今後のことを話しておくつもりだろう。そしてオクゼツが族長の家に着いたとき、ちょうど明も戻ってきた。オクゼツは明の様子を見て、すでにガンジイが集落を発ったことを悟ったようだ。

「追え」

「追わないよ」

「後悔するぞ、追え。この村は心配するな、農民達は強ぇからな。オレ達だけでやっていける」

 明が驚いた様子でオクゼツを見ていた。今までずっとろくに会話もしてない人からこんなこと言われたら、そりゃ驚くだろうな。ガンジイも明も、オクゼツが実際はどんな人だったか、全く知らないし。

「食料も物資も、病がはやり始める前から集め始めてた。なにも問題はねぇ。農民達はオレを信用してくれてるし、前々から狩りのやり方を教えたりもしてた。農民達は戦士の馬鹿どもと違って、耐える力を持ってる。戦士が全滅したところでどうとでもなる」

「……そんなことしてたんだ」

「だから追え。あいつから薬の種は受け取ったろ。適当に一週間程度、野宿しながらあいつに守ってもらえ。それで体力は戻るはずだ、山越えくらい出来るだろ」

「あなた、もっと卑屈な人だと思ってたけど。自分に自信がなくて、本当は優しいのに人と関わろうとしてないと思ってた」

「馬鹿の相手したくねぇし、されたくねぇだけだ。卑屈な卑怯者と思わせておいた方がいいだろ」

「そうだね。あなたみたいな優しい人は、この村では否定されるだけだし」

「本物の卑怯者のあいつが評価されてたのは気にくわねぇけどな」

「……臆舌。あなたの名前だよ」

 オクゼツは聞いてすぐに舌打ちした。ガンジイは伏せてくれと言ったけど、名付けたのが誰かすぐばれちゃったな。

「臆病に、弁舌。それがあの人から見えてたあなたの姿だよ。全然臆病じゃなかったけど」

「で、あいつの名は?」

「頑爺。頑固なお爺さん」

「名付け名人だな、お前」

「わたしは明。明るいっていう字」

「……本当に、追わなくていいのか」

「頑固だからね、あの人」

「……頑爺が戻るまで、村を守るぞ。本当にジジイになってから戻ってきたら、オレとお前で殴り回してやる」

 オクゼツはそう言うと来た道を戻っていった。やっぱり見れば見るほど人間ってどの時代も同じようなことしてるなぁ。本当に社会を維持するために必要な働きをしている人は評価されない。そんな人達が正しく社会全体から評価されるような世の中なんて、絶対来ないんだろうなぁ。

 まぁそんなことどうでもいい。今はオクゼツを追い、闇の扉の出現から守る。無の力でエネルギーの拡散を抑えるくらいなら出来るはず。後はこの時代のカンスケが、オクゼツを見つけるのを見計らって撤退する。なるべく早く終わってほしいな、ガンジイが闇の核と戦うところ見たいし。


 過去の私は黙々と、山脈を超える為に歩き続けた。自分のことであるからよく分かっている。このときの私は、ずっと心が揺れていた。明と共に、村に留まることを選べばどうなっていたか。今ならまだそれを選択することも出来る。しかし、そのような道を歩むことが正しいことなのであろうか。その選択をした自分を、私は許すことが出来るであろうか。

 弱き者には、弱き者にしか果たせぬ役割がある。そして強き者にも、強き者にしか果たせぬことがある。それに優劣などないのだ。この闇に閉ざされた世界の中で、己に与えられた役割を全うせねば、誰もが生きていけぬ。この世界は、闇という牢獄なのだ。ならばその檻を壊すことが出来たなら、そこには自由があるはずだ。与えられる役割を、己の意思で選択出来る世界が広がるはずなのだ。

 農民、戦士、族長。全ての者が、檻の中の受刑者であることを理解したとき、私はこの道を歩まねばならぬと悟った。皆が檻の中で抗うのなら、私はその檻を破壊する。しかしそれが成せなかったとき、私はただ闇の中へと消えていくだけなのだ。その恐怖が、常に己の中にあった。それを振り払うように足を動かし続けるが、迷いを打ち消すことが出来なかった。

 もしもこのとき、闇の扉が村を呑み込んでいなかったのなら、私は山脈を超える決断を下せていたであろうか。

「いつまで、隠れているつもりだ?」

 手斧を構える。空気と大地の震動が、皮膚と鼓膜を震わせる。闇の扉が出現し、村を呑み込んだ。過去の私はなにが起きたのか分からず、数秒それを呆然と眺めた後、考えることをやめ走った。ただ、明を救わねばならぬと、その感情のみが私を動かした。

「来い!!」

 闇の核は、過去の私の内から飛び出し、高速で宙を舞った。この時代、ここを戦いの場と定めたようだ。核は頭上から高速で接近し、私の脳天を目掛けて落下してきた。紙一重でそれを躱すが、足元まで落下した核は物理を無視した軌道で急旋回し、再び私の顔を目掛け加速してくる。その加速が、この核の弱点だ。私はただ核の軌道を読み、その進行先へと手斧を振ればよいだけだ。

 斧の刃が核の頭部らしき部位へと食い込み、核は左方向へ旋回し逃げた。速いが対処出来ぬほどではない。硬いが砕けぬほどではない。核は私から距離を取り、空中で静止した。その体には斧で与えた傷がはっきりと刻まれている。だがその傷は一瞬で塞がり、核は再び私の周囲を高速で舞い始めた。長期戦を挑むつもりであろうか。ならばそれで構わぬ。このまま待てば麗冷とナナゴウが戻ってくるはずだ。麗冷が核の動きを止め、私とナナゴウで修復不可の一撃を叩き込めばよい。

 しかし、異変が起こり始めたことを私の肌が感じ取った。小さな切り傷が、いつの間にか私の肩につけられている。核は宙を舞い続け、私に接近してこようとしない。ならばこの傷はいつ、私の体につけられたのだ。

「……風か」

 目で見えずとも、耳でその正体が分かった。核が高速で旋回し風を切る音の中に、一際鋭いものが混じっている。風の刃だ。核は気流を操り、圧縮した空気を武器とし始めたか。私はたいまつを捨て、目を閉じ、音と空気の流れに集中した。ほんの小さな短く鋭い音の後、出血せぬほどの小さな傷が私の体に増えていく。この程度は気にせずともよい。致命傷を与えうる風の刃にのみ注意を払えばよい。

 先日目の当たりにした死神の王と魔女の戦い。あれは人知を超えたものであった。闇の核程度に苦戦しているようでは、あの戦いについていくことなど不可能であろう。不快な金切音とほぼ同時、核は大きな風の刃を放った。体をひねり回避したが、間に合わず右腕に切り傷をつけられた。流血はあるが太い血管は損傷しておらぬ。これも気にするほどの傷ではない。

 捉えるのだ。核は常にその攻撃方法によって、己に弱点を付している。風を操るというならば、その軌道には秩序がある。ただ闇雲に飛び回られては軌道の読みが難しいが、核の動きには目的があり、通らねばならぬ道筋があるはずだ。あらゆるものが最大の隙を見せるのは攻撃の刹那。その一瞬を捉える。

 そして数度の風の刃を回避した後、私の体は己の意思とは無関係に、勝手に動き手斧を投げた。長年の経験を体が記憶している。斧は空を飛び回る闇の核に命中し、そのまま奴は上下二つに断裂し地へと落下した。そのまま追撃出来ればよかったのだが核はすぐに体勢を立て直し、私から逃げるように上空へと飛んだ。核の体は上下に分かれたが、それも致命傷とはならぬのか。

「……私もまだまだ未熟だ。敵が『生命』ではないことを失念したか」

 上空へと飛んだのは、上下に断裂したその両方。核の上半身と下半身は、別々の動きを見せ始めていた。私への高速での体当たり、そして風の刃、両方での同時攻撃が始まる。

 ちょうどよい。久方ぶりに、全力を出すとしよう。死神の王と戦う前の準備運動だ。

 

「ナナゴウ、大丈夫?」

「今のところ問題なしです」

 オクゼツが明と分かれた帰り道、突然闇の扉は発生した。集落にいた人間たちは一瞬で闇に呑まれ、闇人と化しさまよい始める。そんな中オクゼツは本能的に闇に吞まれることに抗い、しかし意識を失った。……こいつ、今この瞬間に近くにいて分かったけど、闇側の人間じゃない。こいつは……。

「オクゼツさんは無事ですか?」

「うん、こいつも問題なし。意識はないけどわたしの力で守れてる」

 オクゼツは、逸材だ。こいつ、とんでもない奴だった。ようやくこいつの正体が分かった。こいつの魂は闇でもあり、光でもある。その両方に分離し、同時に成立してる。今は闇側にやや偏っているけど、闇と光の両方の性質を兼ね備えた存在、それがオクゼツだ。つまりこいつ、覚醒すれば闇と光の両方の強さを同時に発揮出来る。そしてここにもう一人、それとはまた別の可能性も秘めている逸材がいる。

 ナナゴウ。心に迷いがあり、本調子でないにも関わらず、凄まじい速度で周囲に群がる闇人を処理していく。闇人と化した戦士に襲われているわけだが、その動きは緩慢で特別な警戒が必要ではなかったな。ナナゴウの中にある闇は、外へと向いているものではない。自身の心に対しての攻撃性。危険な天秤を自分の中につくり始めている。自分を犠牲にすることで、多数を救おうとする精神性は、このままだとこの子を破滅へ向かわせてしまう。

「カンスケがいつ現れるか分かりますか?」

「分かんない。わたしたちが闇に呑まれないように守るだけで精一杯。でもあいつが来たらすぐ分かるはずだから、そうしたらすぐここを離れよう」

 矛盾しているのに成立した精神構造の構築。自分を大事にした上で、だけど他者の為に自分をないがしろに扱えること。自傷や破滅願望ではなく、慈しみで構成された、完成された自己犠牲。それを実際に体現した存在はムクなわけだが、ナナゴウはそれにさらにプラスで、機械の体特有の利点、機能が備わっている。だがその機能を発動させるには、ナナゴウの心、魂の成長が必要になる。

「今ナナゴウのボディの中にある犬の魂なんだけどね」

「はい」

「その子を救おうとしたとき、ナナゴウのボディは真価を発揮したんでしょ。魂のエネルギーを原動力へと転化する力」

「僕の心が成長するとき、それが発動すると聞いています。ですがあのとき、なぜそれが起きたのか理解出来ていません」

「自分を大事にすることだよ。ナナゴウは自分を愛せてない」

「……そう、なのでしょうか」

 わたしが言えることじゃないな。わたしだって自分を愛せない人間の中のひとりだ。でもナナゴウはまだ子供だ、それが出来るようになる時間は十分にあるはず。ナナゴウに自分を大切にしようと思えるきっかけが訪れれば、今この子を苦しめている迷いを振り切れるはずだが……。

「その犬がナナゴウを大切にしてくれた記憶がきっかけ。自分を大切にしてくれる誰かがいることを、受け入れられたからその力が発動した」

「……難しいですね。それを意図的に実行するのは」

「そんな理屈めいた言い方することじゃないけどね。あ、大物が来たよ、気を付けて」

 闇の中から現れたのは、大柄な二体の闇人。手前に一人と、奥に一人、かつての戦士長だ。その二体は手に剣を握っていて、しっかりとした構えを取っている。足取りにはっきりとした力強さがあるし、こいつらはその辺のザコ闇人とは格が違いそうだ。それに普通の闇人も四方八方から群れて襲ってくる。ナナゴウがどう対処するか見せてもらおう。いざとなったら、わたしが力を多少暴走させればなんとかなるし。

 ナナゴウは閃光のように速く、手前の大柄な闇人に接近し、攻撃を誘発させた。自分に注意を向けさせてから、脇をすり抜け後方にいるもう一人の大柄な闇人へ接近する。手前にいた闇人はナナゴウを追い剣を乱暴に振り回す。ナナゴウは前後にいる大柄な闇人に挟撃される形になったが、両方を十分に引きつけてから姿勢を一気に低くし、奥にいる闇人の脚の間をくぐり抜けた。

 結果二体の大柄な闇人は同士討ちすることになり、互いの剣が脳天に振り落とされた。ナナゴウは体勢を崩した二体に高速で接近、すれ違いざまに両方の首をはね飛ばし、そのまま周囲の闇人の掃討に戻る。この間おおよそ六秒、素晴らしいな。これで本調子じゃないとか信じられない。

「……あ、カンスケが来たっぽい。撤退するよナナゴウ!」

「了解です」

「わたしたちの痕跡は完全に無にしてと。ここから早く出よう」

 これで未来は変わらず整合性は保たれる。後はガンジイと闇の核の戦いを見物、じゃないや、手助けしにいかないと。……手助けいるかなぁ。どちらにせよ早く向かった方がいいな。

 わたしとナナゴウは闇の扉から脱出し、ガンジイの元へと向かう。だがその道中、まだ青年の頃のガンジイにとって、人生最大の悲劇となる光景に遭遇した。

「……明、なのか?」

 一人の青年と、一体の闇人。闇人は目の前にいる青年に助けを求めるように、ふらふらと近寄っていく。

「……私は、選択を誤ったのか」

 ガンジイの判断は、あまりにも冷静だった。淡々と手斧を上げ、闇人の頭部をはね落とす。これが結果的に、明の魂が闇に呑まれる前に救うことになるのだが、当時のガンジイにはそれを知る由もない。ガンジイは倒れる闇人を受け止めることもなく、力なく手斧を落とすと、力の無い声でこうつぶやいた。

「光が、消えた」


次回へ続く……

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