第九章 追憶の誘惑 三
第九章 追憶の誘惑 三
あっちの時代に行ったり、こっちの時代に行ったり、せわしない奴だな。それがこの闇の核の戦い方なら仕方ない。何度も時間移動を繰り返してこっちをげんなりさせるのも、狙いの一つなのかもしれないし。
空間の歪みに吞み込まれ、座標が安定したときわたしたちは集落の外にいた。ここはいつの時代だ?さっきより前か後ろか。核の狙いが歴史の改変だとするなら後ろだろうな。さっきいた時代より前にさかのぼる必要がない。
「あの核、僕達といつ戦うつもりなのでしょうか」
「我らを焦らせ、集中を乱すことも目的の一つであろう。敵の策には乗らぬことだ」
「はい」
わたしたちは再び集落に入り、とりあえず族長の家へと向かった。さっきは子供のガンジイと明が手合わせし始めたけど、その後どうなったのか見れなかった。まぁいいや、横に本人がいるし聞けばいいか。
「さっきの後、どうなったの?」
「明は何度も私に向かってきたが、全て叩き潰した。その後明は私を訓練相手に指名するようになり、ほどなくして私は明の要望により戦士となった」
「見たかったなぁ、その一連の流れ」
「……司令はもしや、戦士長になったガンジイさんなら婚姻してもいいと考えていたのでは?」
「それは分からぬが、私は明との出会いにより、視野が広がったのだ。この村の腐敗に苦しめられているのは、弱き者だけではないのだと気付いた故、明の要望を受け入れ戦士となった」
確かにさっき見た明は心が死んでいた。族長の家に閉じ込められ、望まぬ婚姻を結ばされ、何一つ自分の意思で人生を選べないことが確定していた。それを特権として受け入れられる人間もいるだろうけど、明はそうではなかったんだな。特権階級であるはずの族長一族の中にも苦しんでいる人間がいることを知れたのは、ガンジイの精神構造に大きな影響を与えたはずだ。
わたしたちが族長の家に入ろうとすると、家の裏手から金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。ガンジイが「裏手で私と明が訓練している音だ」と言ったので、わたしたちは家の中には入らずそれを見に行った。さっき核は明の中に隠れていた。次も明の中にいるとは限らないが、警戒は強めておかないと。やっぱりナナゴウとヤヨイが近くにいないと、わたしの感覚はさほど広がっていかないな。たぶん二人がいたら、核がどこにいるのかも全部視えるのに。
ガンジイが言った通り、家の裏手では少し成長した、でもまだ子供の二人が訓練をしていた。……訓練、なのかこれは。明は凄まじい速さで槍を振り、ガンジイを本気で殺そうとしてるように見える。わたしが知ってる明になってる。さっき見た生気のない姿とは打って変わって、目に光が輝いて生き生きとしているな。ガンジイはそれを淡々と防いで、明を放り投げたり転ばせたりしてあしらってる。
「ここは先の時代から、おおよそ二年か三年後であろう」
「楽しそうだね、明」
「不自由なき暮らしこそが、明にとってなによりの不自由であった。明は戦いの中でのみ、己の生を実感出来たのだ。退屈と堕落によって廃れていく己の心に、唯一光を灯すことの出来る時間が戦いなのだと、本人が何度も口にしていた」
「それで自分を殺してみろって明に言ったの?」
「そうしなければ明の心は死んでいたであろう。彼女には生まれ持った戦いの才もあった。明から戦いを奪うことは、鳥から翼をもぐのと同じことだ。この時点ですでに、本気の明の相手をして殺されずに耐えられるのは、私と三人の戦士長のみであった。明は戦士長全員を嫌っていたのでな。私のみが唯一、明が本気をぶつけられる相手、己の生を感じられる存在であったのだ」
しばらく子供時代の二人の様子を見ていたが、闇の核が現れることはなかった。別の人間の中に隠れたのか。次は一体誰の中に……。
「……おそらくだが、闇の核はまた別の時代、この先の時間へと再び飛ぶのであろう。逆手にとって突然戦いを始めるやもしれぬが」
「ガンジイが歴史を変えたくなるように、順序だてて過去を見せていってるのかもね」
「このような心理戦を仕組んでくるのは、過去のオクゼツを連想させるな」
「そうだ、オクゼツまだ見てない!見に行こうよ!」
「楽しそうですね……。いえ、ちゃんと周囲への警戒を維持しているのは見て分かりますけど」
「そのうち気付くよ。力を抜くことと、気を緩めるのは別のことだって。ガンジイと出会った頃のわたし、今のナナゴウみたいにガッチガチだったから」
わたしたちはオクゼツを探し、戦士たちの暮らす居住区へと向かった。どうせ核を探すためにあちこち歩き回らないといけないのだ。無駄な行動にはなっていない。集落の中の様子は全く変化なしだった。良くも悪くもだな。変化がないとはつまり、現在のやり方で集落を維持出来ているということだ。腐敗が完全に根を張って、それなしでは体制を維持出来なくなっているのなら複雑な心境だ。
「オクゼツという名前は何度か聞いていますが、カンスケの配下になっている人ですよね」
「そうだ。信用に値する人間だ」
「ガンジイさんがそう言うなら、僕も信用します」
ナナゴウが迷いなくそう言った。この前カンスケと会ったことで、ナナゴウの心境にも変化があったようだ。以前のナナゴウなら理屈上納得するだけで、そこに感情は伴っていなかったはず。で、話題の中心になっているオクゼツだが見当たらない。戦士の居住区にはいないようだが、もしかすると外で農民の警護をしているのかな。
「奴が外にいるとも限らぬ。オクゼツはいつも姿を隠していた。どこでなにをしていたのか、私も知らぬのだ」
「じゃあここで、ガンジイも知らない過去のあいつが見れるね」
「奴がいつもどこでなにをしていたのか、当時の私はそこまで気にかけてはいなかったがな」
農民の居住区も見て回ったが、そこにもオクゼツはいなかった。調べてみると狩りに出ている戦士はいないようだし、となるとやはり集落の外、畑仕事をしている農民の近くにいるということか。集落中を見て回ったが、闇の核も襲ってこない。ということは、核が今潜んでいるのはオクゼツである可能性が高い。
「闇の核の目的は、やはり私に過去を見せそれを変えさせることか。核にそれほどの知能があったのだな」
「知能というか、本能に近いけどね。自然界には生存の為に、びっくりするような方法を使う昆虫とかいっぱいいるし」
「知性はないが、知能はある、ということですか。……本当に、このまま戦っていい相手なんですよね?総司令官がおっしゃっていました、闇の核は人間が相手にしていい存在ではないと。理屈の上だけでもそれがどれほど危険な存在か理解せざるを得ない存在ですが」
「大丈夫だよ。わたしたち、もう人間じゃなくて化物だからね」
「……子よ、その言い回しは感心せぬ」
「悪い意味で言ってないよ、心配しないで。ほら、早くオクゼツを探そう」
ガンジイは最近どんどん心配性になってるな。安心させてあげたいところだけど、無理だな。わたしはじきにこの世界から消えることになるし。
わたしたちは村の外に畑仕事をしているたいまつの群れを見つけ、そこを目指すことにしたのだが、わたしの感覚が不審な魂の動きを捉えた。畑とは別方向、暗闇の中を動く魂がある。もしかして、これがオクゼツかな。たいまつをつけずに、闇の中を歩いているけど、大丈夫なのだろうか。
「オクゼツは反響術の使い手だ。ムクと同じように音の反射を捉えることが出来る。戦闘に使えるほどの達人ではないが、たいまつを持たず外を歩く程度は出来ていた。奴はそうやって闇の中に潜み、奇襲をかけることが得意であった。……しかしオクゼツだとして、奴はなにをしているのだ」
わたしたちは集落から離れずに、オクゼツであろう魂が寄ってくるのを待った。そして闇の中から現れたのは、案の定オクゼツだった。……よく分からないのは、鹿をかついでいることだ。今日は狩りの日ではなかったはずだが、こっそり獲物を仕留めてきたのだろうか。
「オクゼツは初めて会ったときと、あんまり印象変わんないなぁ」
「用心せよ、闇の核が突然襲ってくるやもしれぬ」
わたしたちは武器を構えて備えたが、結局核は現れなかった。核はオクゼツに潜んでいるわけではないのか。それともまだ姿を現さないだけなのか。鹿をかついだオクゼツは周囲に人がいないことを確かめてから、地面に足を何度か打ち付けた。なにをやっているんだこいつと思っていたら、その足の下に隠し階段があり、それを覆い隠していた石板が下から持ち上げられた。石板を持ち上げたのは農民だ。オクゼツは農民に手招きされ、階段を下りて行った。門を通らずに集落の中と外を行き来できる隠しルートがあったのか。
「こんなものがあったのか。知らなかった」
「ガンジイも知らないってことは、たぶん戦士の中で知ってる人いないよね」
わたしたちはオクゼツの後を追い、階段を下りていく。一分ほど歩くと、小さなたいまつが一つだけ置かれた、地下室へと着いた。部屋というより土豪といった方がいいかも。土を掘って空間を確保しただけの場所だ。そこには具合を悪そうにしている若い農民、子供やまだ二○才くらいの人が数人、木の皮の上で寝ていた。全員病人だ。オクゼツはこの人たちに食べ物を届けに来たのか。
「……お兄ちゃん、いつもありがとう」
「しゃべるな。お前が元気になったときに聞く」
農民たちは無言でオクゼツの手を握り、オクゼツはそれぞれに励ましの言葉をかけ、土豪の奥へと進んで行った。進んだ先には登り階段があり、その先は農民の居住区の中、小さな農具置き場の中に繋がっていた。オクゼツは周囲に戦士がいないことを用心深く確認すると、外へと出て行った。
「奴が、このようなことをしていたとは……」
「この人、本当に闇側の人なんですか?ただの善人だとしか……」
「さっきの人たち、集落から見放された病人ってことだよね」
「厳しい現実だが、労働力になりえぬ者は追放されるしかなかったのだ。オクゼツはそれをかくまっていたということであろう。老人があの中にいなかったのは冷静な判断だ。全ての者を救うことは出来ぬと現実を見据えた上で、助かる見込みのある者のみをあの場で治療していたのであろう」
わたしたちはそんな会話を交わしながら、とりあえずオクゼツの後をつけた。猫背で頬がこけていて、こいつの方が病人っぽい見た目してる。これで戦士として通用していたのか、疑問に感じてしまうな。ガンジイはたしか、オクゼツの戦い方を高く評価していたと思うけど。
「おい、『猫背くん』が来たぞ。今日もまた一人でこそこそ隠れてやがったのか?」
「やめとけ、よりによってこいつに突っかかるな」
お、なんかガラの悪い戦士と、普通の戦士がオクゼツの前に出てきた。ガラの悪い方は声を上げてわめいてるけど、普通の方は冷静にそれを止めてる。オクゼツは完全に無視して通り過ぎようとしたが、ガラの悪い方は声を荒げながらちょっかいをかけ続ける。
「おい卑怯者!てめぇこの前の模擬戦で、こそこそ戦士らしくねぇ戦い方してきやがって!」
「やめろって!負けたお前が弱かったんだろ、戦士の誇りを忘れたのか!」
「正々堂々真正面から戦えねぇ卑怯者のくせに!おれと正面からやり合ってみろ!」
ガラの悪い方がそう言った瞬間、オクゼツは突然機敏な動きでそいつの足を蹴りはらった。チンピラはよろけながらバランスをとったが、怒鳴り声を上げてオクゼツに殴りかかろうとした。
「てめぇ!!」
「来いよノロマ」
オクゼツは堂々と走って逃げた。ガラの悪い戦士は激高してそれを追い、普通の方も慌ててそれを追っていく。どうやらあのガラの悪い方が、訓練でオクゼツに負けたことを根に持ってからんでるだけっぽいな。
「わたしたちも追っかける?」
「……この場面、私と明とオクゼツ、三人が唯一集まったときやもしれぬ」
「へぇ、じゃあ行ってみよう。面白そうだから」
ガンジイが少し苦い顔をしたが、闇の核がどこにいるかも分からないし、とりあえず移動し続けることには賛成してくれた。オクゼツは俊敏な動きで、ガラの悪い戦士と一定の距離を取って走り続ける。そして門を抜けて集落の外へと出て行ってしまった。門番の戦士が当然制止しようとしたが、オクゼツの後ろに続くガラの悪い戦士は、門番が持っていたたいまつを奪い取りそのままオクゼツを追って行った。普通の戦士の方は門番に事情を話し、どうするべきかの判断を仰いでいる。
わたしたちはオクゼツを追い、集落からどんどん離れて行った。オクゼツはたいまつを持たず、闇の中を走っていく。ガラの悪い戦士は相当頭に血がのぼっているようだ。暗闇の中、オクゼツの足音を頼りにひたすら走り続けている。
「これ、わざと大きく足音立てて位置を教えてますよね」
「当然そうであろう。すでにオクゼツの術中だ」
そして、突然足音が消えた。集落からはかなり離れた位置。ガラの悪い戦士も、さすがに大声を上げるほどの馬鹿ではない。そんなことをしたら周囲の闇人が一斉に襲い掛かってくる。
「貴様、またこそこそと卑怯な戦い方を……!」
「くだらねぇ……」
闇の中からオクゼツが飛び出し、戦士が持っていたたいまつを奪い取った。そしてオクゼツはそのまま、火を消してしまった。遠くに見える集落の明かり以外に、一切の光の無い闇が周囲を包む。ここにきてガラの悪い戦士も焦り始めた。オクゼツはそんな戦士をあざ笑らうように、少し離れた位置で再びたいまつに火をつけた。だがその火の元にオクゼツの姿はない。また闇の中へと隠れて消えた。
「さぁ、どうすんだ?火を取りに行くのか?」
「貴様……」
「だがもしも、あの火とてめぇとの間に闇人がいたらどうなるだろうな?」
完全にオクゼツのペースになってる。さっきまで怒り狂ってた戦士は顔面が青ざめてそこから動けなくなってしまった。
「動かなくていいのかよ?てめぇのすぐ後ろに闇人がいるかもしれねぇのにな」
「うっ……」
「来たぞ、右だ!」
戦士はびくっと全身を跳ねさせ身構えたが、右方向からはオクゼツが投げた石が飛んできただけだった。
「石じゃなくて本当に闇人だったらてめぇもう死んでたな」
「やめろ、分かった、やめてくれ……」
「火を取って自分で帰れ。オレはもう一人で帰るからよ」
「だが、そこに闇人がいたら……」
「並みの戦士なら五感でその辺の闇人の位置くらい探れるだろ」
「待て、まってくれ……」
「てめぇは自分より弱い農民を散々脅してやがったな。ならオレが、オレより弱いてめぇを脅したって構わねぇだろ」
オクゼツは本当にそのまま、戦士を放置して集落へと帰っていった。これがこいつが闇側たる理由だろうな。救う人間と切り捨てる人間がはっきりしてる。オクゼツが集落へ戻る道中、たいまつの火が二つ、集落からこちらに向かってきた。あれがガンジイと明か。ここで三人が最初で最後の顔合わせをしたらしい。オクゼツはわざと足音を大きめにして歩き始めた。闇の中から突然自分が出てきても驚かないように配慮してるのか。けっこう気が利くやつだったんだなこいつ。
「……あなたが前に話してた戦士だね」
「あぁ」
「……」
「この人がほめてたよ。あなたの戦い方には目を見張るものがあるって」
オクゼツが垂れた前髪の隙間から、ガンジイをじっと見た。その眼差しの中に敵意はないが、かといって期待もない。ただ「どういうつもりでここに来たのか」と目線で訴えているようだった。ガンジイもじっとオクゼツを見ながら口を開いた。
「私と彼女は、闇人を相手に訓練する為に外へ出ただけだ。お前を連れ戻せなどとは言われていない」
「……」
「さきほど門番から話は聞いた。奴を見殺しにして帰るつもりか?」
「……」
「奴は怯えていたか?」
「……あぁ」
「ならば、奴はまだ死ぬべきときではない。私が村へ連れ戻そう」
「……てめぇら二人に、聞きたいことがある」
オクゼツの目線が明の方に変わった。二人にとは言うが、明に対しての質問みたいだ。
「なんでこの腐った村を捨てて逃げない?てめぇらなら、山を越えて外へと行けるだろ。あんな堕落した年寄り共に憧れてるわけねぇよな」
「あなたがこの村を見捨てて出て行かないのと同じ理由だけど」
「あ……?」
「この人から聞いてるよ。農民の警護するとき、こっそり畑仕事手伝ったりしてるんでしょ」
「……」
「あたしたちも同じ。弱い人達を見捨てられないんだよ」
「……お前らなら……」
「……我らなら、なんだ?」
「ちょうどいい。オレは、てめぇが嫌いだ」
オクゼツはなにかを言いかけて、だけど結局なにも言わないで集落へ帰っていった。……これだけか。この後にはもう、三人が顔を合わせることはなかったらしいけど。
「ガンジイ、駄目だよ」
「……分かっておる。現代で奴に会ったとき、改めて詫びを入れよう」
ガンジイはこの顔合わせをずっとそわそわしながら見つめていた。オクゼツに対して、なにか言いたいことがあるようだが、下手に接触して未来に影響を及ぼすことはご法度だ。
「過去の私は、見誤った。私はこのとき、オクゼツは完全に他者との関りを閉ざしているのだと思い違いをしてしまったのだ」
「さっきあの人が言おうとしたこと、もしかして土豪の病人のことを、お二人に教えようとしていたのでは?」
「そうであろう。だがオクゼツはそうしなかった。私と明を信用しなかったからではない。信用したから、なにも言わなかったのだ。今なら分かる。オクゼツはこの瞬間、陰から弱者を守ることを決めたのだ」
「ガンジイさんと司令に、人の前に立って村に変革を起こすことを託したということでしょうか」
「あぁ、私にも敵が多かったのでな。私と交友があると知れれば、オクゼツの日頃の行動を細かく監視する者も出てくるはずだ。土豪の病人達を隠し通すために、奴は孤独であることを選んだのであろう」
子供のガンジイと明は、闇の中で怯えていたガラの悪い戦士を助けて集落へ戻っていった。……闇の核が出てこないな。どこに隠れてるんだろう。まだこの時代の中で、わたしたちに見せたい場面があるのかな。集落へと戻った子供時代のガンジイと明は、その後族長一族の家へと戻っていく。その道中、二人は気になる会話を交わしていた。
「さっき、あいつが言ってたことだけどさ」
「なんだ?」
「弱い人達を見捨てたくないのは本心。でも、この腐った村を変えることなんて、本当に出来ると思う?」
「ならば、諦めるか?」
「……先の話をしてるんだよ。わたしとあなたで、この後数十年、村をいい方向に変えられたとしてだよ。わたし達が死んだ後、結局同じことが起きるだけじゃない?」
「……腐敗がまた始まる、と」
「うん。だって、世界は真っ暗だもの」
「……」
「この前、家で古い石板を見つけてさ。そこに気になることが書かれてたんだ」
「なんと?」
「『太陽』って」
「……タイヨウ?」
わたしの隣にいるガンジイが手斧を素早く構えた。さすがの反応の早さだ。この闇の核は姿を現すまで一切の兆候を見せない。
明の中から飛び出してきた核は再び空間を歪ませ、わたしたちを別の時代へと転移させた。まだ戦うつもりはないようだが、いつまでこの鬼ごっこのような展開を続けるつもりなのだろう。
時間を超えたわたしたちは、集落の中心地に立っていた。ここはさっきからさらに数年後の時代だな。すぐ前にさっきより成長したガンジイが立っている。筋肉がしっかりついて、少年の面影を残しつつ青年へと変わった。視線に鋭さは残っているが、無差別に怒りを振りまいていた頃の凶暴さはすでに消えている。
これはなにをしている最中なのかな。周囲には数十人の戦士が集まっていて、なにか会議というか、裁判のようなものが開かれているようだ。二人の戦士長が立ち、その前にガンジイも立っている。
「あれ、戦士長が減ってるね」
「一人は病で死んだのだ。突然倒れ、そのまま死んだ」
「本当に病気ですか?」
「当然毒の類を疑われたが、遺体を調べると内臓から大量の出血があった。毒ではそうはならぬ」
戦士長の一人が前へ出て、ガンジイへと質問を始めた。
「問おう。貴様はなぜ、誰とも戦おうとせぬのだ」
「弱き者を痛めつける理由がない」
「貴様は卑怯者と呼ばれていることを承知の上でか」
「無論」
「姫様のお気に入り故、戦わずして戦士長の座を手に入れようとしているなどと、貴様を見下す者がいることも、承知の上でか」
「無論」
「貴様に戦士の誇りはないのか」
「私が持つ戦士の誇りとは、堕落した老人へなり下がることではない。戦士長の座などお前達にくれてやろう」
周囲の戦士たちがざわつき始めた。ガンジイの前に立つ戦士長は足を踏み鳴らし、地震のような振動が大地を伝い、全員を静まらせた。
「しかし、貴様の強さは認めざるを得ぬ。貴様は我らと戦わねばならぬ。最も強き者が、族長一族へと迎えられる。貴様の意思とは無関係にだ」
「下らぬしきたりだ」
「なんだと?」
「真の強さを持つ者ならば、外の世界を目指せばよいのだ。この狭き世界で堕落し満足するなど、弱き者のすること」
「ならば貴様はこの村を出、山脈を越えるというのか?貴様も訓練の過程で山を登り目にしたはずだ。極寒に支配され、生命無き岩肌が延々と続くあの光景を」
戦士長が笑い、周囲の戦士たちも笑い始めた。ガンジイに対する明確な侮辱だが、ガンジイはそれを一言で黙らせた。
「私は山を越える」
しんと場が静まり返った。ガンジイの発言が本気であること。そしてガンジイにならそれが可能であることを分かっていたからだろう。
「戦士長よ、一つ問おう。我らは強くなったか、弱くなったか」
「……どういう意味だ?」
「我らの祖先は山脈を超え、ここに根付いたのだ。命を懸け、新天地を求め、この地を見つけ出したのだ。その意思を捨て、この地で堕落を貪ることを選択する我らは、強き者に値するのか?」
「……祖先が築いたこの地を捨てるというのか?」
「この地には、死の病が蔓延しておる。この場にいる全員が本当は気付いているはずだ」
「……」
「この村は、じきに滅びる」
病……?さっき戦士長の一人が病で死んだって聞いたけど、それは個人の話ではなく伝染病の類だったのか。でも内臓からの出血となると、寄生虫の類かもしれないな。いや、そんなことはどうでもいいか。
「この翌日、この村は闇の扉に呑まれることとなる」
「え、早くない?」
「闇の扉の発生に、早いも遅いもないのではないか」
「いや、そうじゃなくて、展開が」
「展開?」
「もっとゆっくり見たかったの!ガンジイと明が心を通じ合わせていく過程とか!」
「私に言われても、どうにもならぬ」
「展開が早すぎる!過去の回想はもっと時間をかけて、ゆっくり見せていかないと駄目でしょ!?」
「……闇の核の行動に我らは巻き込まれているだけであろう。奴は今回も明の中に隠れているのであろうか」
こんなんじゃ感情移入出来ないじゃないか。もっとこう、ガンジイと明が本格的に仲良くなるきっかけとか、二人だけでしてた秘密の会話とか、ちゃんと見せてもらないと困るんだけど。闇の核はどこだ、ひっぱたいてもう一度過去に戻させたり出来ないか。
「この集会は、ガンジイさんが戦士長になるための会議というか、決闘の場だったのですか?」
「本来はそうだ。しかし戦いは起きず解散となった。皆がもう分かっていたのだ。この村には未来がないのだと」
ガンジイが言った通り、集会はお通夜のような雰囲気で終わり、戦士たちはぽつぽつとばらけていき解散していった。二人の戦士長も終始無言のままで、どこかへ去って行ったし、もう誰も戦士長の座にも、族長一族の権力にも興味を持っていないようだ。目前に迫る滅びの前に、あらゆるやる気を失ってしまったのだろうな。
青年のガンジイは族長一族の家へと向かい、一番の奥の部屋に明がいた。これが二人の別れになったわけだが、最後にどんな会話を交わしていたのだろう。
「……わたしも連れて行ってよ」
「ならぬ。病に侵されたお前の体力では、山越えは不可能だ」
「どうせここにいたって、病で死ぬだけだよ。だから一緒に行かせてよ」
「ならぬ」
「……本当に、太陽があると信じるの?」
「私は太陽を見つけ、世界に光をもたらす。そして、ここに帰ってくる」
「そのときにはもう、わたしは死んでるよ」
「いいや、お前は死なぬ。病の薬ならあるのだ」
次回へ続く……




