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ENDLESS NIGHT  作者: 清水進ノ介


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第九章 追憶の誘惑 二

第九章 追憶の誘惑 二


 わたしたちは、たいまつの火を追い、ガンジイの集落を目視で確認した。ガンジイが生まれ、そして旅立つまで育った村だ。そこはわたしが考えていたよりずっと小規模で、そこらにある集落と変わらないように見えた。もっと鉄壁の要塞みたいなところを想像していたのだが、わたしを驚かせる要素はそこになかった。

 それとこの集落の人間は、様々な人種の集合だった。ガンジイみたいに黒人もいれば、明のような黄色人種、オクゼツみたいな白人もいる。おそらく遠い昔、様々な大陸から人間達がやってきて、ここを定住の地にしたんだろうな。ということはこの村の周りは資源が豊富ってことだ。それに移民からの防衛にも役立つ立地をしているはず。たいした防衛用の設備も見当たらないのだから。

「民の数は四百人ほどであった。そのうち三百が農民、百が戦士、三〇が特権階級の族長一族であった」

「農民がいたんだ。戦士の大集団なのかと思ってた」

「村から少し離れた場所に畑があった。戦士がたいまつを持ち巡回し、その中で畑を耕しておる」

「危険ですね」

「戦士の鍛錬も兼ねておった。命を落とす者は、農民より戦士の方が多かった。それは戦士の善意ではなく、農民を守らず逃げ帰ったとあれば、厳しい罰を与えられたからだ。ほぼ全ての戦士が己の立場を守る為に、渋々農民を守っていたに過ぎぬ」

 ガンジイの言う通り、確かに少し離れた位置に、規則正しく動くたいまつの集団があった。あれが畑を巡回している戦士たちか。そして畑は一つの大きなものではなく、小さなものが複数個あるようだ。十数人の戦士で囲える程度の大きさにし、世話する畑を日毎に変えることで、黒炎石の消費量を抑えているということか。それにしたって、農業に手を付けられるのは贅沢なことだ。

「黒炎石が豊富なんですね。巡回に火を使えるなんて」

「それがよくなかった。この辺りは黒炎石が豊富で、なおかつ周囲を高い山と森に囲まれていたのだ。資源、食料に不足することはなく、かつ外部からの侵攻も起きぬ立地であった。それが閉鎖した社会を形成し、極一部の特権階級と歪んだ戦士信仰を生み出してしまったのだ」

 風通しの悪い組織の内部が腐敗していくのは、いつの時代、どんな立場にあっても変わらない人間の性なんだろうなぁ。だから真に平和な社会なんて実現するわけがないのだ。外部からの攻撃がないと内部が腐る。かといって外からの侵攻が激しいと単純に戦争だ。愚かだなぁ、人間は。救いがあるのはそんな中にも、ガンジイのような正しい人間がたまにいることだ。

「ガンジイの目から見て、信用出来る戦士って誰かいたの?」

「……臆舌だけであった。だがこの時代の奴を見ると驚くであろう。本当に、他者との接触を避け続けておる」

「楽しみ~」

「今の私なら理解出来る。臆舌はあまりにも優し過ぎたのだ。当時の私はそれを単なる未熟と捉えておった。私の過ちだ」

 わたしたちは慎重に足を進めながら、集落の入口までやって来た。慎重なのは村人たちを警戒しているわけではなく、どこに闇の核が潜んでいるか分からないからだ。わたしたちの姿は、この時代の人から見えていない。物に触れることも出来ない。そうやってわたしたちの警戒が少しずつ薄れていったところを核は狙ってくる。

「我らの目的はあくまで核の破壊と、現代への帰還だ。それを忘れてはならぬ」

「だいじょーぶだって。さ、早く入っちゃおう~」

「……楽しそうですね」

「肩の力を抜いている方が、本来の力を発揮する者もおる。カンスケや先日会った死神のノイもそうであろう」

 ガンジイがそれとなくナナゴウをたしなめてくれた。ナナゴウは緊張感のないわたしに、少々の不満を覚え始めていた。ナナゴウも少し肩の力を抜くことを覚えた方がいいと思うな。初めてガンジイと会った頃、わたしはガチガチに心が凝り固まっていた。それを緩められるようになった今の方が、本来の自分の力を出せている。でもガンジイみたいに正反対の人もいるのが不思議なところだ。

 集落の周りには、先端を尖らせた丸太の柵が並んでいた。そして大きな木造の門が一つ。わたしの印象にすぎないが、これは闇人の侵入を防ぐためのものではなく、集落の内部からの脱走者を出さないためのもの、そんな気がした。大きな門も今のわたしたちには関係ない。それをすり抜け集落に入るとまず、みすぼらしいボロボロの木造の小屋がいくつも建っているのが目に入った。個人が住む住宅ではなく、数人が暮らす長屋だ。

「ここが農民の暮らす家だ。特権階級はあえてこのような半壊した家に農民を住まわせていた。修復しようとした者は罰を与えられる」

「農民って生まれつき階級が決まってるの?」

「いいや、完全に実力制度だ。戦士の家系に生まれた者であっても、弱き者は農民に落とされていた」

「それが強い戦士を育てる為の脅しになっていたわけですね」

「その通りだ。食料の生産者がいなくなれば、周囲を森に囲まれているとはいえ生活に支障が出る。だというのに、戦士や族長一族は戦う力のある者のみを優遇しておった」

 昔の地球にもいたなぁ、その手の輩は。とにかく金を稼げるのが優れた人間だと本気で考えていて、一般的には収入がさほど高くない、家畜の世話とか農業従事者を見下していた奴。そのくせそういう仕事をしている人たちが生産したものは普通に食べるという、わけの分からない連中。わたしが生きていた頃の地球も、この村と大して変わらない気がしてきたな。やっぱり文明の発展レベルが、人間の精神性に影響を与えることはないのかもしれないな。

「どうせそうだろうと分かってて聞くけど、農民が戦士に上がることってないでしょ?」

「私が知る限りでは、私だけだ」

「ガンジイ、元農民だったの?」

「あぁ。物心ついたときに、すでに両親は他界していた」

 ガンジイは当時から突き抜けて強かったんだなぁ。特権階級は自分たちの利権を守るために、それを脅かす下層の人間の浮上を許すわけがない。本来ありえない階級の上昇を果たしたってことは、そうせざるを得ないほどの実力があったはず。

「私を戦士にしたのは明だ。族長の娘であった彼女がそうした」

「おーやおやおや」

「断る必要もないと思うが、明の個人的な感情によるものではない」

「半分は、でしょ?」

「……否定は出来ぬな」

 現時点での時系列はどこなのだろう。出来ればその場面を見てみたいが、ここはまだガンジイが農民をしていた時点なのかな。

「核が襲ってこないですね。この辺りにはいないのでしょうか」

「先へと進もう。この先に戦士の家と、族長一族の家がある」


 ガンジイいわく、この村の構造は円形で、外側から順に農民、戦士、族長という並びで生活圏が分かれているらしい。とりあえず外側から見て行こうとしたそのとき、門の外から大きな声が聞こえてきた。なにやら戦士の人が数名、農作業中の畑から慌てて戻ってきたようだ。農民か戦士かは見た目がちがうのですぐに判別出来る。農民は木の皮のような服を着て痩せているが、戦士は上半身裸で、しっかり筋肉がついてる。

「新米が闇人にやられた!応援をくれ!」

 そう叫びながら、戦士が十人ほど村の中心へと向かって走っていった。

「畑を巡回していた戦士がやられたようですね」

「走ってきたってことは、農民を見捨てて逃げたってことじゃないの?」

「……覚えがある場面だ。今畑には、少年の頃の私がいるはずだ」

「よし、さっさと行こう!」

「そうですね、早く行きましょう」

 ナナゴウも子供の頃のガンジイに対して好奇心が抑えられていないようだ。単なる好奇心ではなく、現在歴戦の戦士となったガンジイのまだ未熟だった時代を見て、人の成長というものについて考えたいというところもあるだろう。もしかするとこの時代の中で、迷いを振り切るなにかを得られるかもしれない。

 わたしたちは畑へと急いで向かう。畑の周囲に右往左往するたいまつの火が三つある。あれは戦士が持っているものだな。そして地面に投げ出された火が四つ。四人が闇人にやられたようだ。あとは畑に突き刺さっている火が五つ見えた。農民が畑にたいまつを刺して、自分の身を守っているみたい。

「あれが私だ」

 そしてたった一つだけ、激しく動き回るたいまつの火があった。ガンジイが闇人と戦っているのか。近づいてみると、まだ少年の華奢な面影のある、しかし確かにガンジイがそこにいた。……ガンジイって子供の頃から髪がなかったんだな。いや、これは剃り上げてるだけだろうけど。そしてひげもないから顔中つるつるだ。でも、そんなことより……。

「目つき、怖いね……」

「今のガンジイさんと、別人に見えますよ」

 子供の頃のガンジイは、飢えた獣のような目をしていた。旅の中で何度もそういう獣と遭遇してきた。周囲の全てを敵とみなし、あらゆるものに攻撃する意思を向けている、獰猛な野獣。老人となって顔中に深いしわの刻まれた今のガンジイの方が、遙かに穏やかな印象を受けるほどだ。

 子供のガンジイは槍を乱暴に振り回し、周囲から襲い来る闇人を始末していく。……強い、というか、本当に狂暴そのものだ。怒りを振りまき続ける、過剰な暴力を体現した存在。これが過去のガンジイなのか。

「この頃の私は、全てを許すことが出来なかったのだ」

「全てって、農民に対しても?」

「そうだ。なぜ理不尽に抗わぬのか、なぜ強くなろうとせぬのか。当時の私にはそれが理解出来ていなかった」

 子供のガンジイが周囲の闇人をあらかた片付けたところで、ようやく戦士の応援が来た。だがすでにやることもないため、たいまつを掲げて農民を村へと引き戻していっただけだった。戦士たちは明らかに、ガンジイから目を背けていた。怯えてすらいた。この後に待ち受けているであろう、農民を放置して逃げたことに対する罰だけではなく、ガンジイという暴力を恐れているようだ。

 農民を連れた戦士一行は、村の中心地へと進んで行った。その途中で戦士たちが暮らす家も確認出来た。どの村にもある普通の木造の小屋だったが、農民と違い個々のプライベートは保たれる構造になっていた。ボロボロになっている箇所もなく、普通であることが農民との階級の違いを如実に表わしていた。

 そして村の中心地、族長一族の暮らすエリアに入った瞬間に、世界が変わった。そこにあるのは豪邸そのものだった。二階建てで小さな学校といえるくらいの規模。玄関先にはこの世界には珍しい、動物の木彫り像なんかも置かれている。しかもその豪邸の周りを、常にたいまつが等間隔に設置され照らしているのだ。はっきり言うが資源の無駄遣い。それを許されているほどの権力の巣窟なわけか。

「見るからに嫌な奴らが住んでる家だね」

「無論」

「このまますぐに戦士の処断を決めるんですか?」

「そうだ。見ていれば分かる。下らぬ口論が始まるだけだ」

 連れてこられた農民二○人ほどを囲い、戦士たちが立っている。ガンジイは黙って族長の家をにらみつけていた。そしてしばらくして、肥え太った老人が一人、族長の家から出てきた。この世界で太った体型になるなんて、どれだけの贅沢をしているんだこいつは。顔の肉もたるんでいて、それが年齢によるしわなのか、ただの堕落した生活の結果なのか分からない。他の族長一族もこうなのかな。

 太った老人は先頭にいる戦士の前に立つと、一言「説明せい」とだけ言い、戦士がなにが起きたのかの説明を始めた。

「新米の戦士が件の農民に、闇人を倒してみろと命令を出したのです」

「なぜ」

「……」

「なぜ」

「わたしが推察しますと、ただの嫌がらせかと」

「で?」

「農民はそれを無視し、激高した新米は戦わぬなら農作物を燃やすぞと脅しをかけました。たいまつの火を下げ農作物へ向け、周囲への警戒を怠っていたところ、背後から近づいた闇人に新米は殺されました」

「あ、そう」

「……」

「処遇は任せる。撤収せよ」

 ……それだけで終わった。どれだけ犠牲が出たかも聞かず、無関心だけを表明して老人は家へと戻っていった。

「終わってるね、族長一族」

「奴らはただ堕落しただけの存在だ。村の運営や管理もしてはいるが、結局はそのほぼ全てを力ある戦士が決めていた」

「それでこの村は運営出来ていたんですか?」

「もうしばらく見ていれば分かるはずだ。この村の歪んだ構造がな」


 その後、農民たちは解放され各々帰っていった。子供のガンジイは最後まで残り、戦士たちをにらみ続けていた。この村は末期だな。なぜかって農民たちに表情が無い。ただ生きるために動いている人形みたいだ。思考もせず、自発的な行動もせず、その辺を歩く昆虫の方がまだ自分の意思があるように思える。戦士たちにとっては都合がいいだろうな。命令を出せば従い続けるだけの従順な奴隷たちだから。

「さっき逃げた戦士たちはどうなるの?」

「戦士にも階級がある。最も格上の者、三人の戦士長が処遇を決めるはずだ」

 戦士たちは自分の家には戻らず、別の場所に向かっていた。それについていくと、少し大きな家が三つ並んで立っていた。三権分立はどんな腐った集団でも共通するのか。その三つの家の前には広めの広場があり、それを取り囲むようにぐるりと戦士たちが並んでいる。そして農民を守らずに応援を呼びに行った戦士数名が、広場の中央に正座で座った。その後、三つの家からそれぞれ体格の大きい、見るからに歴戦の強者が出てきて、正座している戦士たちの前に立ち、尋問が始まった。

「問おう。なぜ貴様らは戦士の誇りに背き、民を見捨てたか」

「……我らは闇人を恐れたわけではありません」

「件の農民を恐れたか」

「……はい。どさくさに紛れ、我らをも殺そうとしたはずです」

 真ん中に立っていた戦士長が斧を振り上げたが、両隣の戦士長がやめろと制止した。件の農民というのはガンジイのことだな。戦士を怖がらせるとか、どんな暴れっぷりをしていたんだ、当時のガンジイは……。

「件の農民、このままにはしておけまい」

「ならば多勢で襲い殺すか」

「情けない。たかが農民を相手に戦士を複数だと?誇りがないのか貴様は」

 議論の内容がいつの間にか、戦士の処遇をどうするかではなく、ガンジイをどうするかに変わっている。さっさと本人に、なにしたのか聞いてしまおうかな。

「ガンジイさん、これより以前になにをしたんですか?」

 ナナゴウが先に聞いてくれた。いいね、わたしが聞くとただの好奇心だと思われちゃう。

「農民に暴力をふるおうとした戦士を三人殺した。その後追加で八人来たが、そやつらも始末した。他に二○人ほど集まってきていたが、そやつらは逃げた」

「全戦士の一割、一人で潰しちゃったの?」

「あぁ。今考えても正しい判断であったはずだ」

 その後も戦士長三人はあれやこれやと話していたが、最後まで農民を危険にさらした戦士数名のことには触れなかった。なんとなく分かってきたなぁ、この人たちが口にする「戦士の誇り」とやらの正体が。

「結局さ、自分だけがえらくなりたいって話だよね。この戦士長って立場の人の誰かが、将来的には族長一族に迎えられるんでしょ」

「そうだ。この内の一人が族長の娘と婚姻し、族長一族の一員となる」

「そしてあの堕落した老人になるってことね」

「それが戦士というものの正体だ。この戦士達が強さを求めるのは、村を守る為でも誇りでもない。己が欲に溺れ堕落した生活を得る為なのだ」

「戦士ってみんな、ガンジイみたいに自分に厳しいのかと思ってたけど。真逆だったんだね」

「この闇に閉ざされた世界の中で、誰もが努力せねば生きてはいけぬ。しかし族長一族は一切の努力をせず、欲を貪る生活をする特権を持っておる。そしてそれに迎え入れられるのは、相当の強さを備えた戦士長の中の一人のみであった。族長一族となり、堕落した生活を送ることは、百いる戦士の中で最も強い者のみが手に出来る栄光だとされていたのだ」

「強さを磨き続けるわけではなく、それを手放すことが栄光なんですか」

「そうだ、歪んだ戦士信仰の頂点が堕落という結末なのだ。戦士が基本的には一人で敵と相対するのもその為だ。複数でひとつの獲物を仕留めた場合、誰が手柄をより上げたかの競争になる。故に実力ある戦士はあらゆる敵に対し、己の力のみで戦うことを望むようになる。それを『誇り』という言葉で正当化しておるだけだ」

「ですが新米は複数人でチームを組むんですね」

「未熟な戦士は複数人で一人の獲物を追う。現実問題、闇人からの防衛や、野生動物の狩りに一定数の戦士での連携が必要だ。それはまだ若い戦士、新米の役割であった」

「ガンジイが殺した戦士って、新米?」

「たしか最初に始末した三人が新米だった」

 その後にかけつけた八人はそれなりの実力ある戦士だったってことか。戦士長からしたら由々しき事態だろうな。農民が戦士を殺したなんて事件が起きたら、戦士の育成を任されている上司の責任をもちろん問われる。つまり族長一族への道が閉ざされる。おそらく必死に責任の押し付け合いをしているところだろう。

 そしてしばらく戦士たちの議論が続き、戦士長のうちの一人が、他の二人にこう提案を出した。

「……件の農民、姫様に献上するというのはどうだ?」

「……ほう?」

「農民であれば、姫様が殺してしまっても問題あるまい」

「しかしどう進言する?」

「策など要らぬよ。あの老人達にとってはどうでもいいこと。ただ献上するのを戦士から農民にしただけだ」

 姫様っていうのは明のことだろう。でも献上ってなんだろうな。……あー。あぁ、なるほど。

「明ってこの時点からすでに、出会い頭に人を殺そうとする奴だったんだ」

「いや、私がそうするように明に言ったのだ」

 わたしとナナゴウが同時に「はい?」とガンジイの発言を疑った。

「明は理不尽に人を殺めるような真似はせぬ」

「なにがどうして、あんな通り魔みたいになっちゃったの?」

「見ていれば分かる。しかし何度も言うが、我らの目的は闇の核の破壊だ。集中するべきは目先の出来事ではない」

 

 どうか闇の核がもっと後で出てきますように。中途半端なところで現代に帰るなんて嫌だぞわたしは。その後正座していた数名の戦士はなんの罰も受けずに解散した。そして戦士長の一人と、中々強そうな戦士五人がガンジイを探しに農民の住居区へと歩いて行った。

 ガンジイが暮らしているのは、農民たちが暮らす家の中でも一際ボロボロで、もはや廃屋だった。中にいるのはミイラのような人間や、体に障害のある人。死んでいるのか生きているのか分からない病人も数名。まるで社会から見放された人間が閉じ込めれた牢屋のようだった。

 戦士長はその家の前に立つと、やたらと大きい声でガンジイを呼びつけた。

「野獣のような少年よ。出てこい」

 ガンジイはゆっくりと戸口から出てきた。その手には農業用なのか、自分で護身用に作ったものなのか、石の斧が握られていた。

「貴様は姫様の遊び相手として選ばれた。本来であれば戦士でしか得られぬ名誉を与えられたのだ。ついて来い」

 ガンジイは数秒戦士長をにらみつけた後、黙ってそれに従った。意外だな、無視しそうなものだけど。

「この時の私は、族長一族を皆殺しにするつもりだった」

「あぁ、潜入して暴れようとしてたんだ」

「……今のガンジイさんからは、考えられない行動ですね」

「当時の私は、ひたすら怒りをばらまくだけの野獣であった。私もまた、愚かな人間の内の一人であったのだ」

 族長一族の家へと向かう一行を、わたしたちは追う。ガンジイが言う通り、ちゃんと周囲への警戒はして、闇の核の襲撃には備えている。この時代のこの集落の中のどこかに核がいることは確定なのだけれど、ここまで姿を見せないことにわたしは不自然な印象を覚え始めていた。

「……まさか、とは思うけど」

「なにか気付いたのか?」

「核の狙いは、過去の改変だったりするかも」

「……過去を変えるってことですか?」

「わたしたちの中で、総合的に戦力が一番高いのはガンジイでしょ。核はそれを察知して、ガンジイという存在を現代から消すためにこの時代に逃げたのだとしたら……」

「我らは何をすればよいのだ?」

「……なにがあっても、過去に干渉しないこと。それしかないよ」

「無論。過去を変える気などない」

 ガンジイはそう断言した。ナナゴウは無言で真っすぐ前を向いて歩き続けている。過去を変えることが出来るなら、それを考えているのだろう。

 わたしたちは戦士長の後を追い続け、族長一族の家へ到着した。そこには残り二人の戦士長がいて、老人達にはもう話を通してあると言った。子供のガンジイがこの家に入る承諾はすでに得ていたようだ。ここまで来ていた戦士たちは帰され、残ったのは三人の戦士長とガンジイだけ。普通の戦士は族長の家に入る権利がないらしい。

 三人の戦士長がガンジイを囲みながら、族長の家へと入っていった。ガンジイは大人しくしているが、その目から狂暴な輝きは一切消えていない。家の中は綺麗に掃除され、無駄に明かりがたくさんつけられていた。無駄に部屋数も多いし、無駄に廊下が広いし、無駄に壁に動物の皮が飾られていたりするし、無駄だらけだなこの家は。

「趣味の悪い家ですね」

「しかしこのような家にも、明のようにまともな人間が産まれることが、生命の不思議であろう」

「明って生まれてからずっと、この家に閉じ込められてるの?」

「そうだ。この後そういった会話を交わした記憶がある」

 わたしたちは廊下の一番奥の部屋まで行くことになった。先頭を歩いていた戦士長がドアを軽くノックし、中から「入れ」と聞こえ、一向は部屋へと入った。

 その部屋の中は、灯りが一つだけ置かれているだけの薄暗い部屋だった。その火のゆらめきに照らされ、壁に立てかけられたいくつもの鉄製の武器が輝いている。剣から槍から斧まで様々だ。そしてその武器の群れの中に、子供の頃の明があぐらをかいて座っていた。

「姫様、今日は農民の訓練相手を献上致します」

「……農民?」

「こやつは農民ゆえ、好きにしていただいて構いませぬ」

「では、我らは失礼致します」

 三人の戦士長は必要なことだけ言うとさっさと退室していき、部屋に残されたのはガンジイと明だけになった。

「……」

「……帰っていいよ、農民のあなた」

 明も現代の彼女とは印象が全然ちがう。なんというか、目が虚ろというか、明るさや活気のようなものがまるでない。心が死んでいる、という表現が一番しっくりくるかも。子供の頃のガンジイもそれを感じ取ったのだろう、目から野獣のような狂気が消えていた。

「お前は、他の族長一族とはちがうな」

「あんなのといっしょにしないで」

「族長一族が嫌いか?」

「うん」

「戦士が嫌いか?」

「うん」

「気が合うな」

 子供のガンジイは壁の武器の前まで来ると、鉄の斧を手に取った。この武器は全部、当時の明が作らせたものだろう。子供が扱うのに丁度いい大きさだ。

「献上というのはなんだ?」

「あたしの訓練相手をよこさせてる」

「訓練?」

「実際はただの憂さ晴らし。戦士が族長一族のわたしに攻撃出来るわけない。だから半殺しにして遊んでるだけ」

「それは退屈だろうな」

 ガンジイは斧の切っ先を明に向けた。明はけだるそうにその刃先を見ているだけだ。立とうともしない。

「本気で来い」

「……」

「来いと言っている」

 明は少し黙ってから、だるそうに立ち上がった。ガンジイを少し脅して帰らせようとしているみたいだな。この時点ではまだ、明は出合い頭にガンジイを殺そうとするやべぇ女ではなかったんだな。二人のラブストーリーはまだ始まっていないのか。

 明は槍を取り、ガンジイに見せびらかすように高速で振り回すと、刃ではなく持ち手の方をぶつけていった。ガンジイはそれを平然と手で受け止め、明は驚いて「えっ」と声を漏らした。

「遅い。武器を持つまでもないな」

 ガンジイは斧を床に投げ捨て、明に殴り掛かった。明は槍の持ち手でそれを受け止めようとしたが、ガンジイの殴打の衝撃を耐え切れず後ろに転げ飛ばされていった。

「来い!!」

 その瞬間そう叫んだのは、子供のガンジイではなく、わたしの隣にいるガンジイだった。明が後ろに飛ばされたそのとき、この機を伺っていた闇の核が、彼女の体から飛び出してきた。だが……。

「ガンジイちがう、こいつまだ戦うつもりじゃない!」

 闇の核はわたしたちに向かって飛んで来るが、その周囲の空間が歪んでいる。こいつ、また別の年代にわたしたちを飛ばすつもりか……!


次回へ続く……

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