第九章 追憶の誘惑
第九章 追憶の誘惑
「ノイよ、この飴は当たりだぞ。故郷のミウレンの実を思い出す味だ」
「そうですかー」
「王よ、こっちの茶色の包みの飴も中々ですぞ」
「ほうほうほう。よき土産を残していってくれたな、あの魔女は」
王様は魔女が去ってからずっとご満悦だ。四六時中、飴玉をころころ舐め回してる。ヴォンも一緒にころころタイムだ。二人は甘党だが、俺は甘味は口に合わねぇや。王様のエネルギーの移行作業はあれ以来順調に進んでるが、こんなに呑気な調子で大丈夫なのか。
「心配せずともよい。死神がやることは何も変わっておらぬ」
「ですがあの魔女は……」
「あれはもはや神と呼ぶべき存在であった。その気になればあのとき、死神界を消滅させることも出来たであろう。それをしなかったのだから、悩みの種にはならぬよ」
宇宙にあんな化物がいるなんて、予想もしてなかった。高度に発達した科学は、魔法と呼べる域に到達する。特に魂の複製だ。あの魔女は軽々とそれをやってのけた。俺が落ち込んでるのはそれが原因だ。
「あの魔女は、宇宙の崩壊を乗り越えるのを諦めたって言ってましたよね」
「そうだな」
「魂の複製が可能なのに、宇宙の崩壊を防げないってことは、もうなにをやっても宇宙は救えないんじゃないですか?」
宇宙はこうしている間も膨張し続け、やがて宇宙を支える為のエネルギー不足に陥り、あるとき収縮へと転じそのまま崩壊する。魂の複製が出来るってことは、そのエネルギーを無限に増やし続けることが可能ってことだ。だがあの魔女は、諦めたと言った。あの化物じみたエネルギーを複製し続けても、宇宙の膨張に追いつけないってことだ。じゃあどうやれば崩壊を乗り越えることが出来るっていうんだ……?
「難しいことを考えるでない。死神はただ、あの世界の戦士達と戦い、その魂を刈り取ればよいだけだ。それが余らの使命であろう」
「そうですかねぇ……」
「死神を打ち倒すことも出来ぬ者達に、宇宙の崩壊が防げると思うか?」
「……まぁ、無理でしょうな」
「試させてもらおうではないか。あの世界が本当に、可能性の芽であるのかどうか」
「……そうですね。うん、面倒なこと考えるのはやめにしますわ。俺達は全力であの戦士達と戦う。奴らが勝てたなら好きにしてみろって話ですな」
無の力。レイレイというあの少女。あいつはどこか、人間離れした雰囲気を先日すでに発していた。期待できるとしたらあいつか。無の力はあの魔女にも扱えない未知の領域だ。可能性があるとしたらそこだな。
「しかし、ノイの報告で一つ残念なところがあったな。報告内容ではなく、余の心情の話であるが」
「どこです?」
「闇の核だ。お前にはぜひ闇の核と戦ってもらいたかったのだがな。それがどれほど強かったか、ぜひ土産話にしてもらいたかったのだ」
こんなに楽しそうな王様を見るのは久しぶりだな。魔女と戦ってからずっと上機嫌だ。自分に脅威を及ぼすような強敵なんて、そうそう現れないからな。退屈してる、なんて言ったらバチが当たっちまうが、淡々と自分より弱い魂狩りと、世界の消滅を起こすだけの毎日は、気が滅入ってくるのも確かだ。時折ただ弱いものいじめしているだけの気になってきちまう。
「勘弁してくださいよ。あれと戦うのは俺じゃあ無理です。ヴォンも駄目ですね。力を解放していれば勝てるかなってところで。王様なら普通に勝てるでしょうけど」
「ではあの世界の戦士の中で、闇の核と同等に戦える者はおらぬということか。カンスケですら惨敗したそうだからな。太陽ビームとやらも、ある種の兵器であるらしいしな」
「……うーん」
……いる、かもしれねぇし、いない、かもしれねぇ。俺の考え過ぎかもしれねぇが……。
「カンスケは直接戦闘は苦手なのかもしれませんよ。カンスケといいますか、あの世界風に言うと『闇側の奴等』ですがね。魂の力の扱いは上手いですが、肉体そのものはどうにも弱い。カンスケの実力は未だに未知ですが、肉体の強さに関して言えば、多少普通の人間より強い程度ですな」
「ではカンスケが闇の核に敗北したのは、相性が悪かったからだ、と」
「肉体を極限まで鍛えぬいた戦士なら、もしかしたらですな。まだ奴らがそれほどの戦力を隠し持っているなら、の話になりますがね」
俺がそこまで言ったところで、ヴォンがようやく口を開いた。飴玉ころころタイムは終わったみてぇだ。
「件の魔女がまだ、戦力を隠していると?」
「いや、さすがに俺の考え過ぎだろ。そんな化物がいたらとっくに俺達が気付いてるはずだ」
「いいや、考え過ぎではないやもしれぬぞ」
王様が楽しそうに声を弾ませてそう言った。どうかただのからかいであってくれよ。俺の考え過ぎならそれでいいが、もしそうじゃなかったらまた悩みの種が増えるわけだ。これ以上化物が増えたら頭痛で寝込んじまうよ。
「魔女が戦力を出し惜しんでいるとは考えておらぬ。しかし余らは、カンスケの実力をはき違えていたではないか」
「……自分の力を隠してる奴が、まだいるってことですかい?」
「最も厄介なのは、本人ですらそれを自覚しておらぬことだ。無意識のうちに己の力の制御方法を覚え、必要時以外はそれを抑えておる奴だ。本能的にそれを行っておる輩がおるやもしれぬぞ。余ですら感知出来ぬほどの精度でな」
「いますかねぇ、そんな奴……」
「お前らしくないな、ノイよ。いつものように肩の力を抜くとよい。現状脅威となりうるのはカンスケのみだ。あの世界に奴以上の脅威がおるとは考えられぬよ。仮に本当にそれほどの戦士がいたとしても、余が相手をすればよいだけのことではないか」
「じゃあもしいたら、王様がなんとかしてくださいね。俺はガンジイとムクの相手で精一杯なんで。ヴォンはナナゴウとのリベンジマッチがありますし」
確かに俺らしくねぇか。死神の最終目的はレイレイだが、まずはその周りにいる戦士達を倒さねぇと、彼女に手が届かねぇ。とにかく注視するべきはカンスケだ。クラフォンが戦いすらせずに勝つことを諦めたほどの戦士。奴さえどうにか出来たなら、他もどうにかなるか。
「……ふふ、カンスケかわいそう」
「なに、急に笑い出して。気色悪いんだけど」
ナナゴウの村を離れ、わたしたちは旅を再開した。カンスケは闇の本部へ戻り、死神の王との戦いに備え準備を進めている。わたしたちがそこへ着くまでには、色々と事前準備は完了しているはず。道中は今までないほどに順調だ。お姉ちゃんが世界中の闇人をどこかへ連れ去ったから、移動がとにかく楽なのだ。今はわたしとヤヨイで食事の準備中。たき火でアナグマの丸焼き三匹分を仕上げている。わたしが弓で仕留めた獲物だ。ムクとミニちゃんは近くの川で水浴び中だ。
「だってさ、カンスケばっかり死神から危険視されててさ。あいつばっかり大変な思いしてんの。ふふ……。かわいそうな奴……」
「いい性格してんね、あんた」
「まぁ、そのおかげで他から目がそれてるし。これからも苦労してもらわないとね。かわいそう……。ふふふっ……」
今のわたしなら分かる。この世界にはカンスケ級の化物が他にもいる。本人達がそれを自覚してないだけ。まだ成長途中なだけで、とてつもない戦力に成長している子もいる。今も目の前で鍛錬中だ。
「凄まじい早さで成長しておる。驚異的な成長速度だ」
「ヤヨイのおかげです」
ナナゴウはヤヨイの五感共有の力を借りて、異様な速度で成長している。具体的には、ガンジイとムクの模擬戦の感覚を共有している。戦いの最中に視線をどこに向けているのか、体のどこに力を入れているのか、その緩急やタイミングを全部共有出来る。ガンジイとムクという二人の達人の感覚をどんどん吸収し、恐ろしい早さで成長を続けている。
「しかし、やはり鈍くなったか」
「……はい」
なのだが、ガンジイいわく今のナナゴウは以前より弱くなっているらしい。戦いの技量は成長しているはずなのに、本人の中に大きな空白を感じられるという。
「迷いが抜けぬか」
「……今すぐに、答えが得たいとは思っていません」
「うむ。今日はここまでとしよう」
先日旅を再開する前に、ナナゴウから相談を受けた。闇の制御装置を壊したこと、それによって数え切れない人が今も犠牲になり続けていること。自分はなにを信じて、何のために戦っているのかが見えなくなってしまった。自分が犯した罪を償う方法が分からないと。
『ナナゴウは誰に許されたいの?死んでいった人たち?ヤヨイ?自分自身?』
『……それすら分かりません。それに自分が許されるとは、思っていません』
『じゃあそれでよくない?』
『なにがどういいのでしょう?』
『誰にも許されずに、生きていけばいいだけだよ』
『それではなんの責任も取れていません』
『なんの責任も取れないまま、生きていけばいいだけだよ。だってもう、責任の取りようがないもの』
ナナゴウはそれで納得出来なかったみたいだ。この子は過去を振り切ることが、許されないことだと思ってる。真面目だな。ありとあらゆる行動に責任が伴うのは正しい考え方。だけどその責任を全て引き受け、あらゆる失敗は償わないといけないと考えてしまっている。世の中にはどうやったって取り戻せない失敗というものがあり、それを一生の傷として抱えたまま、生きていかないといけなくなることもある。ある種の責任放棄も、生きていく上では必要であることを、まだ覚えていないんだ。
ただナナゴウの場合は、その傷があまりにも深すぎるのも事実。そして本人の真面目過ぎる気質も相まって、傷口は癒えるどころか悪化している。本人がどこかで折り合いをつけないといけないことだけれど、まだ思春期の少年にそれを期待するのは、導くべき大人側の怠慢ではないだろうか。かといってわたしやガンジイは、本人を納得させることの出来る材料を持っていない。それを持っている人間なんて、おそらく世界に存在しない。カンスケはその材料を一部持っていたから、ナナゴウと和解は出来たみたいだけれど、その傷を癒せる薬ではなかったみたいだ。
「今はしっかり食べて、死神との戦いに備えていかないとね」
「はい。いただきます」
ナナゴウの鍛錬が終わり、食事の時間だ。ちょうどムクとミニちゃんも帰ってきた。死神との戦いが待ち受けているおかげで、ナナゴウはなんとか心が折れずに保ててる。皮肉な状況だが、世界を消滅させようとする敵がいるおかげで、その間は過去の責任よりも、現在を生きる価値が上がっているのだ。都合よく責任逃れが出来る状況が出来上がってくれている。ただ問題なのは、今の心理状況で死神とまともに戦えるのか、というところだ。
「そういえばさー。ナナゴウが助けた犬の魂、まだ寝てんのかー?」
「まだというか、ずっと寝たままですよ。器を用意して入れてあげないと目覚めないです」
「ミニちゃんの中に入れてみるかー?」
「や、や、やめてちょーよ!?」
犬のように四足歩行で走り回るミニちゃんか。想像してみたけど違和感はないな。
「そういやあんた、太陽ビームって一回撃ったら終わりなんでしょ?」
「そうよ~。エネルギーが貯まるまで待つのよ~。この前のはちょびっと撃ちだったけど、しばらく打てないのよ~」
「ノイってやつか、ヴォンってやつか、死神との戦いのときはそのどっちかに撃つと思うけど。どっちがいいとか考えてんの?」
死神の王には撃てない。先日モニターで見たが、王はお姉ちゃんが起こした炎の渦の中でも平気だった。太陽ビームの熱にも耐えてしまうだろう。残りの死神二人のどちらかに撃った方がいい。ガンジイはヴォンに撃った方がいいという意見だった。優れた再生力を持つ相手に、多大なダメージを与えて短期決着を狙う。ノイの方はどうなんだろう。格闘戦が強いという情報しか今のところないけど、他に特殊能力的なものは持ってるのかな。
「ていうかこの前さ、こいつのビームで闇の核壊したけど。そうじゃなかったらカンスケはどうするつもりだったんだろ。ガンジイとかムクにだって、核の相手は無理でしょ。あんたの無の力頼み?」
「カンスケがあのとき期待してたのは魔女だよ。お姉ちゃんが助けに来てくれたら核なんて楽勝だろうし」
「結局さー。今まで闇の核と戦ったことないよなー」
「もったいぶるよね。いつになったら戦うんだってね」
「避けられたならそれが最善であろう。無用な危険を生じさせる必要はない」
「でも、近々ついに核と戦わないといけなくなるよ」
わたしのその発言を聞いて大きく反応したのは二人。ガンジイとヤヨイだった。
「それも魔女が助けてくれるでいいんよね?」
「お姉ちゃんは来ないよ。わたしたちで戦うの」
ヤヨイの顔がさっと青ざめた。今ここにいるメンバーの中で、一番闇の核の恐ろしさを分かっているのは彼女だ。
「その未来を予期出来ておるのだな?」
「闇の本部に着くまでに、もうひと悶着起きるね」
「嫌だ」
ヤヨイが震える声で拒絶反応を示した。誰かが核の相手をしてくれる分にはいいけれど、自分もそれをしないといけないなら、心がそれを拒否してしまうみたいだ。どうしようもない恐怖がこびりついてるんだろうな。
「うちは戦うなんて出来ないし。あんた達でやって。どこかに隠れてるから」
「たぶん隠れるところなんてないよ。それとミニちゃんはビームの準備期間だから、今回は太陽ビームで対処は無理だよ」
「核との遭遇を遅らせることは可能か?」
「出来ないね。闇の扉の出現は操れないから。闇の扉は魂のエネルギーが密集するほど出現しやすくなるからね。わたしたちを中心に突然出てくる」
それを聞いて、ナナゴウの手が止まった。傷口に塩を塗るような発言になってしまうが、黙っているわけにもいかない。わたしにも闇の扉の出現がいつ来るかまでは予期出来ていない。ただエネルギーがだんだん集まってきていることは分かる。備えがないと対処が難しいから、言っておかないといけないことだ。
「またあんたのせいじゃん」
「ごめん」
「あんたが装置を壊さなかったら、みんなが危ない目にあうこともなかったのに」
「ヤヨイ、うるさいぞ」
ヤヨイの発言をとがめたのはムクだった。……ムクが怒ってるのは、久々に見たな。ムクは自分の身内が悪く言われることをひどく嫌う。
「だって事実じゃん」
「それ以上言うなら、力づくで黙らせるぞ」
「……ちっ」
いいね、昼ドラみたいに険悪な雰囲気だ。休日はたまに見てたなぁ、お昼過ぎに放送されてるやつ。わたしはこういうの嫌いじゃないけど、みんなはまぁ普通に嫌だろうな。女って人間関係がぶっ壊れてドロドロした展開になっていくの、割と好きな人多いと思うけどな。だから主婦向けに作られてる昼ドラなんて、面白いほどドロドロしてるんだろうし。男の人ってそういうの嫌いなのかな。少年漫画とかであんまりそういう流れ見たことないかも。仲間内で喧嘩して、陰湿なドロドロ具合になっていく展開はほぼ見なかった気がする。カラッとしたライバル関係ならいくらでも見た記憶あるけどなぁ、不思議だなぁ。
「まぁ、深く心配する必要はないよ。わたしたちが全滅するような事態になるなら、お姉ちゃんが出てくるはずだし」
「数日以内に、闇の扉が出現するという認識でよいのだな?」
「うん、たぶん三日以内には。でも旅は続けよう。足を止めてたって意味ないし」
おそらく闇の核との戦いが、死神との決戦前の最後のアクシデントになる。そこさえ超えたら後は終着まで一直線だ。保ってくれるかな、わたしの心。少しずつ人間の感情というものが薄くなっているような気がする。
たき火に足を向け、底の無い真っ暗な空を見上げながら眠ろうとするが、今日は目が冴えている。いつの間にか体力がついて、すぐに寝てしまうということがなくなってきた。でも疲れていなくても熟睡出来るというのは大事な能力だと思う。ムクとミニちゃんはどんなときでも寝れてる。ヤヨイはしばらく寝るのを怖がっていたが、案外図太いようでいつの間にか寝ていた。まだ起きているのはナナゴウとガンジイだ。
「眠れぬようだな」
「はい」
「無理もない。私も旅を始めた頃は眠れない日が多かった」
「いつの頃なんですか、ガンジイさんが旅を始めたのは」
「おおよそ六〇年ほど前だ」
長い道のりだよなぁ、六〇年。その間ずっと一人で旅を続けてきたのだから、それだけで偉人だ。今のわたしなら、ガンジイの過去を全部視てしまうことも出来る。本人が覚えていないような過去の記憶、魂に刻み込まれた情報を読むことが出来る。でもそれをしようという気にならない。わたしの人間らしさがまだ残っている証拠だ。それを勝手に視てしまうのではなく、本人から聞きたいと思っている。ちなみにここだけの秘密だが、ガンジイ以外の人の過去は、全部もう視させてもらってる。カンスケの過去もこっそり視てやった。案の定、救世主だったな、あいつ。
「ガンジイさんは、償えないような過ちを犯したことがありますか?」
「だから私はここにいるのだ。お前もいずれ、若き次世代の者達に同じことを聞かれ、同じように答える日がくるだろう」
「……その前に僕は死んでいますよ」
「恥を受け入れて生きることは、恥ではない」
ガンジイぐらいの年齢の人が言うからこそ、説得力の出る言葉だ。わたしが同じことを言っても、かっこつけてるだけにしか聞こえないだろうな。
「死ぬべき者と、生きるべき者がいる。短き人生で消えるべき者、長き人生を歩み続けるべき者。そこに善悪の差はない」
「長生きした方がいい悪人なんていますか?」
「カンスケがその典型であろう」
「あー……」
ナナゴウが一瞬で納得した。便利アイテムだな、カンスケのやつ。色々なところで役に立ってくれているじゃないか。
「お前はまだ、死ぬべきではない」
「……考えてみます」
二人のそんな会話を聞いているうちに、眠気がやってきた。寝れるときはちゃんと寝よう。休息に一番効果があるのは、太古から変わることなく睡眠なのだ。
そして翌日、朝食を済ませ、身支度を整え、旅を再開する。闇人がいないというだけで、本当に歩くのが楽だ。世界に点々としている集落や村で暮らしている人たちも、もうこの状態に気付いているのだろうか。
「このままさー。闇人がいなくなったら、世界ってどうなるんだろうなー」
「私には想像もつかぬが、麗冷が過去の時代を生きていた頃は、それが普通だったのであろう?」
「闇人がいた方がいいと、わたしは思うけどね」
「えー、なんでだー?」
「奪い合いが激化するだけだからね」
資源というものは、枯渇していても豊かであっても人間同士の争いの種になるものだ。足りないのならそのものを奪い合い、足りているのなら利益の為に奪い合う。原油だのレアメタルだの、いつの時代もそれを巡って争いや環境破壊が起きていく。人は愚かなのだ。
「とはいえ、黒炎石が枯渇しては人間は皆死んでしまうであろう」
「それもそうだね。仮に闇人がこのまま消えたとして、貧しくて平和であることと、豊かで争いに満ちていること。どっちがいいかは人によるだろうけどね」
「お前は前者か」
「もちろん。貧しいっていうのが、寝食に困らない程度のものっていう条件付きだけどね。だけど世の中、争いを好む人もいるからなぁ。人と言い争ったり殴り合ったり。傷つけ合うことが大好きな人って、実はたくさんいるから」
「あぁ、同意する」
ガンジイがそう言ってため息をついた。ムクとミニちゃんも真似してため息をついた。さっきからヤヨイとナナゴウはずっと静かだ。たぶんエネルギーが集まってきているのを、感じ取っているのだろう。
「思ってたより早く来たね。みんな、一旦足を止めよう」
「闇の扉が出るか」
「うん。じゃ、それぞれ頑張ろうね」
「それぞれとは?」
「わたしとガンジイとナナゴウ。ムクとミニちゃんとヤヨイ。それぞれ別の場所に飛ばされそうだよ」
展開が早くて助かる。闇の扉がいつ現れるか、それをずっと警戒しながら歩くのは中々神経を消耗する。さっさと出てきてくれるなら、その方が手っ取り早い。
「先に説明しておくと、今回出てくる闇の核は、時間を跳ぶ力を持ってる。わたしたちはこれから、過去の世界へ跳ぶことになるよ」
「すごいなー。なんでも分かっちゃうんだなー」
「……もっと驚けし。なんでフツーに受け入れてんの?」
「それぞれ過去の世界で核を破壊しよう。そうすればこっちに戻って来れるから」
「では、後ほど再開するとしよう」
「おー、じゃあまた後でなー」
「あんたら、なんでそんな呑気でいられるの?」
ヤヨイに毒づかれるというか、呆れた発言が出た直後、闇のエネルギーが急速にわたしたちの周囲に集まってきた。また無の力に頼るのは腹が立つけど、エネルギーの密度が限界値に達したところで、その拡散を防ぐ。凝縮したエネルギーは一つの核を形成し、わたしたちの前に姿を現した。……変な形だな。出現した核はこけし人形に、天使の輪っかと羽がついた、そんな姿だった。ただその色は全身真っ黒だ。どこかの博物館にこういうオブジェが飾られているかもしれない。
核を中心点にして、空間と時間軸が歪んでいく。めまいにも似た感覚に襲われ、意識が闇に呑まれた。……それが数秒か数分かは分からない。気が付いたとき、わたしはもう過去の世界に立っていた。
「……ここはもう、過去なのですか?」
「うん。六〇年前だね」
「……偶然の一致とは思えぬな」
わたし、ガンジイ、ナナゴウの三人は、どこかの平野に立っていた。まずは周囲の状況を確認する。あたりに闇人がうようよいる。ここは過去で間違いない。わたしたちはそれぞれ、たいまつを持って探索を開始した。開始といっても、行く当ても目印もない。とりあえずはガンジイの聴覚が水音を捉えたので、そっちに向かってみることにした。
「この先に、私の生まれた村があるのであろう。川が見つかればその上流にあるはずだ」
「それどころか、子供の頃のガンジイもいるよ」
「……過去の人物に接触して問題ないのか?」
「大丈夫だよ。そもそもこの時代の人たちには、こっちが認識出来ないはずだから。わたしたちは今、魂だけでこっちにいる状態に近いの。だからこの過去の世界の物には触れられないし、人だってすり抜けられるよ」
「お前の闇視の最中と同じ状態か」
「そういうことだね」
わくわくしてきたぞ、子供ガンジイに会えるなんて。全然想像がつかない。まだ十代の頃のガンジイってどんなだったんだろう。それに明やオクゼツだっているはずだ。知られざるガンジイと明のラブロマンスがついに見られるのかも。
「本来の目的を忘れてはならぬ」
「でもナナゴウだって、昔のガンジイ見たいよね?」
「正直とても興味があります。ガンジイさんほどの強い人が、子供の頃はどのような人物だったのか」
「……ただの傲慢な子供であったがな」
しばらく歩くと川を発見し、同時に上流の方に、ゆらめく炎の群れを見つけた。上流にたいまつを掲げた人の群れがいるようだ。炎は独特のリズムで揺れ動き、遠くにいる誰かに信号を送っていることが見て取れた。
「あれは村に帰還を教えているのだ。狩りが終了し今から村へ戻るという合図だ」
「じゃあ、あれについていけば村に入れるね」
「……六〇年ぶりの帰郷になるか」
全然嬉しそうじゃないな。生まれ故郷に対して、一切ポジティブな感情がないのだろうな。だけどこっちはウキウキが止まらないぞ。まだまだ人間らしい感情が残ってるなぁ、わたし。死神との決戦が終わるまで、全然耐えられそうな気がしてきた。
「聞いておきたいのだが、闇の核は村にいるのか?」
「あぁ、言い忘れてた。気を付けておいてほしいのは、核は誰かの内部に潜んでる。村の中の誰かの中に入り込んで、突然こっちを襲ってくるから」
「それが誰かは分からぬのだな」
「うん、いつ襲ってくるかも分からない。真正面から来ないからって、弱いなんて考えたら駄目だよ。気を抜いたら一瞬で殺されるからね」
「……ヤヨイは、大丈夫でしょうか」
おや、ナナゴウが自分よりあっちを気にしてる。ムクがいるから問題ないはずだけど、ヤヨイには戦う力が皆無だからなぁ。五感共有を使えば核がどこに隠れてるかは割り出せるとは思う。あとはムクとうまく連携してくれれば、なんとかなるはず。問題は連携なんて期待出来そうにないことだけど。
「優しいね、嫌なことばっかり言われてるのに」
「……優しいとかではないですけど……」
「ムク達の様子はさすがに分らぬか?」
「今のわたしでは、それは無理だね」
とりあえずムクたちのことは気にせず、こっちでやるべきことをしないと。わたしたちが先に現代へ戻れば、ムクたちの後を追うことが出来るかもしれない。
「ガンジイの過去を見学するついでに、核を破壊しないとね」
「ついでなんですね……」
「気を引き締めよ。行くぞ」
次回へ続く……




