第八章 時間の分岐路 二
第八章 時間の分岐路 二
闇の核か。前回サイモンさんの村では、わたしが無の力で消滅させた。そのときはお姉ちゃんが仕掛けていた罠で核を拘束していたけれど、今回はそれがない。正面から堂々と戦わないといけなくなる。でもそれは、戦うなら、の話だ。実際のところそんなことをする必要はない。罠を仕掛けるなら、今のわたしにだって出来るからだ。
「俺はクラフォンを尊敬してるからな。あの人がこの世界に可能性を見出したなら、俺も後に続けだ」
「闇の核と正面から戦うのはやめた方がいいよ。カンスケも惨敗した化物だからね」
「え、カンスケでも勝てなかったのかよ?」
ノイと名乗った死神が驚いていた。なんだ、そこまでの情報は持っていなかったのか。まだこの世界の過去のことまでは調べ切れていないみたい。
「カンスケはクラフォンより強かった。そのカンスケでも惨敗するんじゃあ、人が相手していいもんじゃねぇな」
「その死神は、お前達の中でも実力者であったのか?」
「総合値なら上から二番目だ。ていうかそれならお前ら、こんなところいたら駄目だろ。さっさと逃げねぇと」
なんだかふわふわした人だ。死神という使命を与えられたにしては自由人だな。敵対する世界の人間を気遣ってどうするのかな。わたしたちが死んだなら、それはそれで損することはないだろうに。この世界を消滅させることが、当初の死神の使命なんだから。
……なんだか嫌だなぁ。死神が分かりやすく悪い奴なら、とりあえずこいつらを倒せばいいだけだったのに。せっかく状況が分かりやすくなるかと思ったのに、またややこしくなってくる。面倒だなぁ、もう。なんでこうも、思想の違いがあるだけの、正しい人ばかりが集まってくるのか。
誰かに愚痴るつもりはないが、ガンジイと出会って旅を始めた頃がもう懐かしい。ほんの数か月前、まだ一年も経っていない。あの頃はこの世界のことなんてなんにも知らなくて、太陽を探して旅をしているだけだった。ガンジイに色んなことを教わりながら、一歩ずつ前に進んで行く。その道中でムクと出会い、山に登ったりもした。……あの頃が、一番楽しかったかもなぁ。わたしがしたかった旅は、自分が成長しつつ、この世界の謎を解き明かしていく、長い道のりだった。それが今は、全く違う道に変わってしまった。
もしもこの旅が本かなにかに記録され、誰かが読み進めるとしたなら、闇に覆われた世界の中を、謎を解き明かしながら冒険する、そんな旅を期待していただろうに。まるで連載当初は冒険ファンタジーだったのに、結局バトル物に変わっていく少年漫画みたいじゃないか。確かに強くなることを望んだけど、宇宙を巻き込んだ戦いの日々なんてところまで行くと、もうやりすぎだ。でも現実こうなってしまっているのだから、戦うしかない。
ずっと昔の人たちもこんな経験をしているんだろうな。ある日突然、国のお偉いさんが戦争を始めて、徴兵され戦いに巻き込まれ。自分が望んでいた人生、道のりはほのぼのとした穏やかな日々だったのに、誰かが始めた不可避の争いに巻きこまれていくんだ。幸いなのは、今のわたしにはこの戦いを終わらせる力があることか。おそらくあと数か月もかからない。ほんの一か月くらいで、死神との戦いは終わるかもしれない。
死神が積極的に干渉してきてくれるほど、終戦のときは早まっていく。わたしの計画がうまくいきさえすれば、の前提の上にはなってしまうけれど。とにかく今は、目の前にある問題を解決しないとか。
「でもナナゴウとかヤヨイが裏の世界に行ったから、ここから離れるわけにはいかないよ。結局は核と戦わないといけない」
「裏の?……あー、そうか。そういうことか。一気に情勢が動くかもな」
「どういうことだ?」
「この世界を偵察していたのは、俺だけじゃねぇ。死神の頂点、王もなんだ。カンスケと王は今、裏の世界で戦ってるかもな」
「なー。さっきから言ってる、その『裏の世界』ってなんだー?」
「反物質で構成された、重複した別の……。なんていうかな、お腹と背中みたいなもんだ。自分の背中は自分で見れねぇだろ?でもちゃんと背中はあるだろ?王とカンスケは背中側が見れる世界にいるってことだな」
「おー。よく分かんないなー。あははは」
「呑気な嬢ちゃんだな。ヴォンを退けたとは思えねぇや」
ヴォン?……たぶん、光側の施設でムクが戦った死神のことかな。何度砕いてもすぐ再生したあの巨人だ。現時点で判明した死神の数はこれで三人か。ノイ、王、ヴォン。それ以外に何人いるのかな。そこまではわたしにもまだ視えてないし、ノイから情報を引き出せないだろうか。と考えていたら、相手が勝手に話してくれた。
「死神一人につき、一勢力の相手って感じか。闇・光・お前ら。しんどいぜ、今回の使命は」
「口を滑らせておるが、よいのか?」
「構わねぇよ。俺達の戦力は三人だけになっちまった。クラフォンはカンスケにやられた。さらにそこにいる無の力に一人消された。残り三人だけだ」
「達観してるね。わたしになんにも怒ってないね」
「俺達がどれだけの世界、魂を消滅させてきたか知らねぇだろ。死神の方がよほど酷いことしてんだ、実際な」
「で、ガンジイを引き入れるのは諦めたの?」
「いいや、まだだ。だがそれより先に、闇の核をどうするか考えねぇと」
死神もなんだか大変なんだな。同情はしないけど。この人も自分で選んで死神になったんだろうし。
「私とムクはまだ状況を理解出来ておらぬ。なぜ闇の核が出るのか、それを討つ必要があるのか、詳細を説明してもらいたい」
「だってよ、無の力ちゃん。説明してやりな」
「変なあだ名つけないで。時間はあるみたいだし、説明はちゃんとするけど」
「簡単に言えばここ、表の世界に被害を出さない為の、隔離施設だし」
「なるほどですね」
「よく分からないのよ~」
突然ガンジイさん達が消えてしまったが、どうやら消えたのは僕達の方だったみたいだ。よりによってヤヨイと一緒か。ミニちゃんがいるからまだいいけど、闇の勢力の一員と一緒に行動なんてしたくない。そんなわがまま言える状況じゃないけど、だからこそさっさと行動しないと駄目か。
「ここへの入口を開いたのはカンスケですね?」
「たぶんね。なんかやばい奴と戦わないといけなくなったから、裏世界へ移動したと思うし」
「やばい奴って、死神なのよ~?」
「そこまでは分かんないし」
「とにかくここでなら何が起きても、向こうに被害を出さなくて済むということですね」
「でも問題が起こるし。ま、うちとあんたが気にすることじゃないけど。ふんっ」
ヤヨイは腹の立つ顔をして、僕を小突いてきた。さっきレイレイさんが、この子は六〇年生きていると言っていたけれど、中身はただの子供だ。精神が進歩しないというのは、嬉しいことなのだろうか。ずっと昔、考えてみたことがある。大人は、大人にならないといけない状況におかれるから、大人になる。みんながなりたくて、大人になるわけじゃないのかもしれない。本当は子供のままでいられるなら、ずっと子供のままでいたいのかもしれない。でも子供の頃はみんなきっとこう考えている。「早く大人になりたい」と。じゃあ、人間が本当になりたいものって、一体なんなのだろうか。
「その問題というのを聞かせてください」
「言ったでしょ。あんたが気にすることじゃないし」
「子供ですね」
「はあ!?」
「大人はこういう場面で、必要がなくてもしっかり説明するものですよ」
「うっさいし!あんたと話なんてもうしたくないし!」
「で、問題というのは?子供じゃないなら話してください」
「……ちっ」
「ケンカは駄目よ~」
扱いやすいな。やっぱり子供だ。まだ子供の僕がそう思うくらいなのだから、本当に精神年齢が低いんだな。少し挑発してやればすぐに乗ってくる。
「水が満杯に注がれたコップを思い浮かべてみればいいし。どんな世界でもエネルギーの総量は一定になるように出来てんの。そこから減りも増えもしない」
「エネルギー保存の法則ですか?」
「それとは違うけど、まぁ考え方は同じ。表の宇宙なら、溢れたエネルギーは宇宙に吸収されるから問題なし。宇宙を維持するためのエネルギー源になるし。でもこの裏面は違う。溢れたエネルギーの行き場が無くなるし」
「つまり、裏の世界というコップから、水が溢れてしまったわけですね」
「そういうこと。そうすると溢れたエネルギーを排出しようと、過剰な放出現象が起きるの。人間がほこり吸い込んだときに、せきとかくしゃみするのと同じ。ほんの小さなほこりを吸っただけでも、派手にくしゃみ出るでしょ。向こうになにが放出されるか分かる?」
「……核化したエネルギー体ですね」
「そういうこと。闇の核が向こうに弾き出される。うちらが向こうに戻るときには、ガンジイ達は核をぶちのめして、入れ替わりに裏の世界にエネルギーを返さないといけない。エネルギーの総量を変えない為。でもそんなん、こっちにいるうちらにはどうしようもないし」
まずいな。闇の核は人間が相手にしていいものじゃない。いくらガンジイさんやムクさんがいるとしても……。いや、レイレイさんがいる。無の力に定められたあの人なら、なんとか出来るかもしれない。確かにヤヨイの言う通りだ、僕達が向こうのことを気にしてもどうにもならないか。ならこっちのことを考えよう。
「では、僕達はこちらで何をすればいいのですか?」
「ねぇ、あんたのその話し方、気持ち悪いし」
「なにがですか」
「それ。丁寧語。それやめて。ぶっ殺すぞ」
「……そんなに嫌ならやめるけど」
変な注文をつけてくる子だな。むしろ初対面で友達みたいに話しかけてきたこの子の方が、よほど人としておかしいと思うけど。
「とりあえずカンスケのとこ行く。なにすればいいかなんて分かんないし。場所は感知出来るから」
僕はヤヨイの隣に立って、歩幅を合わせて移動を始めた。……しかしここは不思議な世界だ。白と黒が反転した世界。表の世界は闇に包まれているが、こっちは霧に包まれたようになっている。サーモグラフィーだと視界を確保するのが難しいな。ヘルメットを外した方がいいか。
「これ持ってて、ヘルメット。中にミニちゃんを入れて抱えてて」
「嫌だし。自分で持って」
「わがままを言わない。両手が使えないと、戦いが起きたときお互いに困るだろ。きみは戦えないんだから」
「ちっ」
ヤヨイはしぶしぶヘルメットを受け取り、ミニちゃんがその中に入った。ヘルメットを外すのは久しぶりだ。普通の視界でものを見るのは数年ぶりになる。視界を慣らすために辺りを見回していると、ヤヨイがじっと僕の顔を見ているのに気付いた。僕の傷跡を気にしてるのかな。おでこから左目にかけて、刃物で斜めに切られた跡が今も残っている。ヘルメットをしているときは見えないけど、外せば当然分かってしまう。
「これは生まれの村で、子供の頃につけられた傷だよ」
「聞いてないけど」
「僕の生まれた村は、カンスケが作った『生産施設』だった」
「……聞いてないけど」
「お互い不本意とはいえ、一時的に一緒にいないといけないんだ。お互いの事情を知っておくくらいはした方がいいでしょ」
ヤヨイは無言だった。そんなことする必要はないという態度だ。無言でいるのなら、こっちは言いたいことを言わせてもらおう。
「僕はカンスケを憎んでいるけど、きみのことは憎んでない。きみに信頼してもらおうなんて考えてないけど、ある程度の距離まで近づく必要はあると思ってる。今は死神という共通の敵がいるんだ。それを倒すまでは、お互いに背中を預けないといけないんだから」
ヤヨイは変わらず無言だ。だが鼻をふんっと一度鳴らした。肯定するのが悔しいから何も言わないんだろう。こっちが一方的に話すなら、仕方ないから聞いてるという立ち位置にいたいわけか。ヤヨイと仲良くなるつもりなんてない。ただ感情的には相手が好きじゃなくても、協力しないといけない状況なんだ。その溝を埋めるためには理屈が必要。感情で納得出来なくても、理屈で納得せざるを得ないことが、世の中にはたくさんあるはずだ。
「話したくないことなら、話さなくてもいいのよ~?」
「ミニちゃんは優しいね」
「み~んな本当は優しいのよ~」
「きみはカンスケが何をしてるか、全部知ってるの?」
「全部は知らないけど」
「人間を食料として生産していたことも?」
ヤヨイが驚いた顔で僕を見てきた。本当に知らないみたいだ。ヤヨイの驚きはすぐに怒りに変わった。僕が嘘を言ってると断定してるな。カンスケのことをよほど信頼してるみたいだ。
あの男の残酷な顔をなにも知らないで、いいところだけ見て信頼を置いているんだろうな。
「カンスケはそんなことしない!食料の生産なら十分出来てたし!色んな村に支援するくらいに!」
「カンスケの目的はそれだけじゃない」
「……目的?」
「きみ達闇側の勢力は魂を分解し、世界をエネルギーで覆うことが第一の目的でしょ」
腹の立つこいつ。中身はうちと同じ子供のくせに、大人びたことを言ってくる。大人ぶりたい年頃なんだろうけど、こっちを子供扱いしてくるのは不愉快だし。……でもこいつ、うざいことに嘘は言わない奴だ。基本人って、大人子供関係なく自分が有利になるための嘘ばっかり言うけど、こいつはそれをしない。五感の共有でそれが分かるのがうざい。
「カンスケが心優しい人達を助けているのは事実だ。宇宙の崩壊後、そういった人達で理想の世界を作り上げようとしてることは分かってる」
「……で?」
「でも裏を返せば、カンスケが『こいつは救うに値しない』と判断した人間は、エネルギーを生み出す為の道具としか見てない」
反論は出来ない。知ってる。カンスケはどこまでも無邪気で、底なしに残酷になれる奴だ。善人にとっての救世主だけど、悪人にとっては悪魔になる存在。カンスケがそういう奴なのは、闇側の人間ならみんな理解してるし。
「カンスケが善良な人を集めて村を作り、支援してるのは知ってる。でもその逆も奴はやっているんだ。悪人を集めた最悪の村を作って、互いを食らい合わせてる。目的は簡単。魂を闇側に染め上げて、分解したときにより高いエネルギーに変えること。苦しめば苦しむほど、魂はそれも一つの経験として成長するから」
それは知らない。悪人は人知れず消してさっさと分解しているのだろうとは思ってたけど、それを集めて共食いさせてるなんて、そんなこと聞いたことない。……でも、やってないはずなんて言えない。カンスケがそういうことをする奴なのは分かってるから。
「僕が生まれた村には、二種類の人間がいた。食う側と、食われる側。食料を産ませる側と、産まされる側。僕は人ではなく食料として生まれてきた。この傷は五才くらいの頃、食肉に解体されそうになって、逃げたときにつけられたんだ。まぁ、結局逃げきれなかったけどね。手足は全部切断されたし、内臓の一部もない。だから助けられたとき、機械の体になったんだ」
そんなこと言われたって、うちが言えることなんてないし。……なにを言えばいいかなんて、分からないし。
「赤ん坊はいくらでも産まれてきたよ。ひたすら産まされる側の人がたくさんいた。産ませて、産んで、赤ん坊にはごみのようなものを食べさせて、ある程度大きくなったら解体して食べて、また産ませる。カンスケは村から火を奪って、さらに村の周りに罠を置いて、そこに悪人達を監禁してた。生きる為には、人間同士で食い合うしかない世界をそこに作ったんだ」
カンスケ本人に聞かないと、本当のところは分からない。カンスケが、なにも悪くない赤ん坊が苦しむようなシステムを構成するとは思えない。でもこいつが嘘を言ってるところは一つもないし、実際になにが起きていたかなんて分からない。
「光側の人達が僕達を助けに来てくれて、そこからようやく僕達は人間になれたんだ。助けられて数日してから、突然村にいたときの苦しみが襲い掛かってきたよ。それまではきっと、生きることだけに必死で、痛みも苦しみも麻痺していたんだと思う。人間らしい生活を知って、今まで感じていなかった苦しみが一気に押し寄せてきたんだ」
「……文句があるなら、カンスケに言って」
「僕が言いたいのは、僕にはカンスケを憎むだけの正当な理由があるってこと。きみがカンスケを信頼するのを否定はしない。ただこっちにも相応の事情があって恨んでいることは理解して」
「それも本人に言って」
「もちろん言うよ。陰で悪口言うなら、本人に向かって言った方がいいと僕も思うし。それで、きみはなんで光側を憎んでるの?」
言われっぱなしは気に食わないし。そっちにも事情があるんだろうけど、こっちだって同じだ。あの惨劇の日、なんにも悪くない千人の村人達と、仲間が犠牲になったことを全部教えてやる。
「光側の馬鹿が、闇の扉の制御装置を壊した。自分達がやってることは正しいと信じて、たくさんの人を犠牲にしたし」
「……制御装置?」
「あぁ、そう。あんた下っ端だからなにも知らされてないのね。結構前、光側の兵、あんたみたいな機械の兵が忍び込んで、闇の扉の制御装置を壊したんだ」
「……制御装置……?」
なんだこいつ。馬鹿みたいに同じこと繰り返して。まぁいいや、このまま言いたいこと吐き出させてもらうし。
「闇側は、あの制御装置があったから闇の扉の制御が出来てただけだし。あんたら光側はそれを変に勘違いして、装置を壊した。結果は無差別に人がたくさんいるところに闇の扉が出てくるようになっただけだし。最低だよあんたらがしたこと」
「……」
「制御装置があったから、善良な人達のところには、闇の扉が出てこないように出来てたのに。それが今じゃ暴走状態。うちらは扉の出現を感知したら、そこにいる人を救助に向かったりもしてるし。あんたらは何も出来やしないけどね。あんたらのせいで、扉の制御が効かなくなったのに」
「……僕は」
「なに?」
「あの装置が、闇の扉を発生させていると、光側のリーダーから説明を受けた。出現させないように制御していたものなんて、聞いてない」
「あんた下っ端だから、利用しやすいように嘘吹き込まれただけでしょ。おかしいと思わなかったの?装置が壊れたって、闇の扉は発生し続けてるし。壊れて暴走しちゃっただけ、なんて都合の良い考え方でもしてた?」
二、三歩くらい進んで、こいつが足を止めてたことに気付いた。……どうしたんだこいつ。顔から生気がなくなってるっていうか、死人みたいな表情してるけど。ミニちゃんがヘルメットから飛び降りて、こいつの顔の横までよじ登っていく。どうしたのかと声を掛けられてるのに、無言でなにも言わないし。
「ま、結果それで善良な人達が千人以上。もっとたくさん犠牲になってんの。あんたらがしたことのせいで、死ななくてもよかったはずの人が大量に闇に呑まれてる。うちの仲間も死んだし、あんたらのせいで全部が悪い結果を生んでる。だからうちはあんたらのこと憎んでるの。理解出来た?」
「……制御装置を壊したのは、僕だ」
「……なんて言った?」
「巨大な球形の装置。内部に侵入して、僕が破壊した」
服の下、右のふともものところに、ナイフを隠してある。それを抜いて、こいつに突き付けた。
「しゃがめ」
「うん」
こいつは言われた通りにした。ミニちゃんがうちの邪魔しようとしたけど、適当にぶん投げた。
「お前、自分がなにしたか分かってなかったんだ」
「うん」
「お前のせいで、みんな死んだ」
ナイフを首元に突き付ける。切っ先が喉元に刺さり、赤い血が流れた。こいつ、血が流れてるのか。こんな奴にも、人間と同じ血が。
「今からお前のこと殺すけど、文句ないよね」
「うん」
「じゃあ死ね」
「ヤヨイちゃん、それは駄目だよ」
危ないなぁ。間一髪間に合ってよかった。出来るだけ早く合流出来るよう最速で移動してたけど、ほんとギリギリセーフって感じ。
「ほらヤヨイちゃん、そのナイフ下ろして」
「やだ。カンスケだってこいつ殺したいでしょ?」
「その子はなにも悪くないよ。仕方のないことだったからね」
あえて無理矢理ナイフを取り上げるようなことはしない。ヤヨイちゃんがそんなことしない子なのは分かってるからね。とりあえずぼくに走り寄ってきたミニちゃんを回収して、自分の頭の上に乗せておいた。ミニちゃんがお腹につけてるベルトは、光側の連中が開発した武器だな。……けっこうどころじゃなく、相当危険な兵器に見える。注意しておこう。
「なんとなくきみである予感はしてたんだよね。会うのは二回目だね。きみが制御装置を壊したとき以来だ」
「……僕に、生きてる価値はない。早く殺して」
「早い早い。結論が飛躍しすぎ。きみは悪いことなんてしてないよ」
「僕のせいで、どれだけの人が闇に呑まれた……」
真面目だなぁ、この子。上に命令されて実行しただけなのに、その責任を全部自分で背負い込もうとしてるな。少しは責任転嫁すればいいのに。生きていて大変だろうなぁ、こういう真面目で優しい子は。
「きみ、ぼくが作った地獄で産まれた子でしょ。ちょうどこの村の出身だったりする?」
「さっきそうだって言ってたけど」
「じゃあぼくのこと相当恨んでるでしょ。でもねぇ、誰が悪いわけでもないと思ってるんだよね、ぼくは。みんなが自分が正しいと信じたことをやって、結果的に人が不幸になっていく。人類って結局、永遠にそれを繰り返してるだけなんだよね」
ここまで言った時点で、ヤヨイちゃんはナイフを引っ込めた。まずはこの子を立ち直らせないとな。問題はぼくが言って、その言葉を受け止めてくれるかなんだけど。外にいるガンジイさんに任せた方がいいか。……いやだめだな。当事者のぼくがなんとかしないといけないことだ。
「きみ、名前は?」
「……ナナゴウ」
「まず言っておくけど、ぼくは生産された赤ん坊には、魂に細工を入れておいたはずなんだ。ナナゴウくんがここで生きていた頃、その苦しみを感じることはなかったはずなんだよね」
ナナゴウくんが少し反応した。自分の身で経験してきたことなんだ。思い当たるところがあるはず。ぼくの弁解から始めてしまって申し訳ないけど、まずは少しでも、この子がぼくの言葉を聞いてくれるようにしないと。
「ぼくがここに集めていた悪人は、世界中から集めた人でなしばかりだよ。ここで受けた苦しみよりも、もっと人を苦しめてきた本当に正真正銘のクズだけ。男も女も関係なくね。でもここで産まれてきた赤ん坊には、なんの罪もないでしょ。だから一切の苦しみを感じないように、魂を麻痺させてたんだよね。肉体の痛みも心の痛みも、何一つ感じていなかったはず。まぁ、だからってぼくが善人って話にはならないけど。赤ん坊まで無差別に苦しめる気はなかったってところ、分かっておいてほしいかな」
「でも、僕は……」
「分かってるよ。『思い出してしまった』んでしょ。光側の連中がナナゴウくん達を助けたとき、魂にかけていた麻痺を解いたんだろうね。きみ達が苦しみを自覚するようになったのは、それからのはずだよ」
「やっぱり最低じゃん、光側の連中。余計なことしかしないじゃん」
「いや、当たり前のことをしただけだよ。助けた子供達の魂に仕掛けがあったら、そりゃあ解くでしょ。全部ナナゴウくん達を助ける為にやったことだよ。ただ、それが苦しみを揺さぶり起こす結果になってしまっただけでね」
ナナゴウくんはうつむいたまま動かない。そう簡単に立ち直るのは無理だろうなぁ。この子がショックを受けているのは、自分が制御装置を壊した結果、善良な人達が死ぬことになってしまった部分だ。
「制御装置が壊れることになった責任は、半分はぼく。もう半分は光側のリーダーにある。ナナゴウくんは確かに実行犯ではあるけど、きみがそこまで落ち込むことじゃないよ」
「うちはそう思わないけど」
「ミニちゃんはどう思う?」
「悪い人なんていないのよ~」
「ほら、ミニちゃんもこう言ってるし、きみは悪くないよ。それにね……」
「……まだ、なにか?」
「きみがやらなかったら、別の子が同じ苦しみを背負い込むことになってただけだよ。きみではない、他の子の誰かがね」
ナナゴウくんの目に少しだけ光が戻った。うまいこといったな。この子の人間性が見えてきた。逃げ道の与え方が少し分かってきたな。こういう責任感が強くて真面目な子には、慰めるより理屈を与えてあげた方がいいか。
「それに、今は落ち込んでる場合じゃなくてね。この裏面のどこかに化物がいるはずでさ」
「やっぱ死神いるの?」
「いや違う、かなり強力な闇人。犬と人間が混ざり合った化物がいるんだ」
次回へ続く……




