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01/25 Tue.

 チクショウ!!!!


 カイトは、もんどりうった。


 時間は、刻々と進まず―― 今日は、まだ火曜日なのだ。


 その時間の進み具合とは比較にならないくらい、毎日すさまじくメイが愛しいのだ。


 帰ってきてギュー、という恒例行事だけで、カイトは血が荒れ狂ってとんでもない状態だ。


 今日なんかは、慌てて引き剥がさなければならなかった。


 部屋にはいま、彼一人だった。


 カイトは風呂上がりで、それと入れ替わりでメイが風呂に行ったのである。


 いつもなら先に入っているはずなのに、今日はうたた寝をしてしまったらしく入りそこねていたというのだ。


 彼女を先に風呂にやろうとしたのだが、恥ずかしそうに『先に入って、お願い』の一点張りだった。


 5回目の言葉で、ようやく意味が分かって、カイトは脱衣所に飛び込んだのである。


 彼が気にしなくても、メイ自身が気になるのだろう。


 そういう状態の自分のことが。


 慌てて、具体的に考えないようにした。


 早めにストップをしないと、頭の中がとんでもないことになりそうだったのだ。


 そんな彼女は、いま風呂に行ったばかりで、しばらくは出てこない。


 しかし、出てきたとしても、彼女の身体は彼女だけのものであり、カイトのものにはならないのだ。


 今宵も、敬虔なシスターを抱えて眠ることになるのである。


 クソッ。


 彼女を抱けないということは、ほかの方面にも影響を与えつつあった。


 朝夕のぎゅーにさえ、支障が出ているのだ。


 キスに至っては、昨日もしていなかった。


 メイ相手に、挨拶のキスなんか出来ないからだ。


 いま、キスなんかしようものなら、カイトは間違いなく自爆である。


 一生、彼女に顔向けも出来なくなるような、最低の男に成り下がってしまう。


 だから、キスも我慢なのだ。


 ただでさえ少ない平日の接触期間が、どんどん減っていく。


 今夜、彼女を抱きしめて眠ることが出来るかどうか―― それさえも怪しかった。


 今日はもう、ダメかもしれない。


 このままでは。


 メイを愛しいと思う心と、荒れ狂うケダモノの男の生理が殺し合いを始めてしまう。


 いままでも、何度となくその兄弟は争ってきた。


 ここ数日、兄貴の方が何とか勝っているのだが、弟の鬱憤がたまりすぎて、それが爆発すると、どんな恐ろしい戦闘になるか分からない。


 狩猟祭でも開いて、攻撃的な弟のストレスを発散させなければ、自分でもどうなってしまうか分からなかった。


 狩猟祭。


 本当の戦いではなく、戦いを模した疑似敵への攻撃。


 カイトは、奥歯をぐっと噛みしめた。


 2分間、葛藤した。


 ついに歩き出した。


 トイレへ。


 ※


 個室にいたのは、ほんの一分だけだった。


 カイトは、そこからすごい形相で飛び出したのだ。


 とんでもないことだった。


 率直に言えば―― 出来なかったのである。


 止まりそうな心臓を押さえながら、カイトはベッドに座り込んだ。


 走り回ったワケでもないのに、息がゼイゼイと荒くなってしまう。


 出来なかった。


 その事実は、彼を呆然とさせた。


 しかも、その理由はたった一つだった。


 メイ以外の女を、思い浮かべることが出来なかったせいだ。


 最強最悪の敗因だった。


 最初に、彼女の顔がちらついた。


 カイトは、慌てて払った。


 いくら妻になったとは言え、メイをそういうことに使えなかったのだ。


 自分の中で、スーパースペシャルデラックスゴージャスな唯一の椅子に座らせている相手を、想像とはいえ汚すなんて出来なかった。


 いや、想像だからこそ、余計に汚しているような気になるのだ。


 男の生理という、ケダモノの弟の獲物になんか出来なかった。


 だから、何とか他の女を思い出そうとする。


 誰でもよかった。


 適当に記憶を見繕って合成して、頭の中にムービーを流せばそれで済むはずだったのだ。


 しかし。


 そうすると。


 ますますデキなくなったのだ。


 頭の中によぎるほかの女たちを考えると、それがまるで浮気でもしているような罪悪感を、ずっしりとカイトに植え付けたのである。


 挙げ句。


 荒れ狂っているはずの弟は―― わずかな興味も示さなかったのだ。


 こんな女たちじゃ、タタねぇ。


 そう言って、指一本動かす気にならなかったのである。


 それなのに。


 封印が破れて、ちらりとメイの表情が、頭の中に閃いた瞬間。


 弟は、過剰反応した。


 その女がイイと言い、その女以外はイヤだと主張したのだ。


 しかし、彼女は兄のフィアンセだった、というオチである。


 薄布の向こう側の存在にしておいたのに、悪戯な風が布をめくってしまった。


 それに、弟は目を見開いたのだ。


 一瞬にして焼き付いて、忘れられなくなってしまったのである。


 兄としては、絶対にそれを叶えさせるワケにはいかなかった。


 そんな激しい葛藤が―― たった一分の間に、狭い個室の中を巡ったのである。


 そして、カイトは個室を飛び出した。


 あれ以上、あの空間にいたら、それこそ二度と彼女と、顔を合わせられないような気がしたのである。


 しかし、手遅れだった。


 ようやくメイが風呂から上がって来た時、あまりの後ろめたさに、彼女の方を見られなくなっていたのだ。


 コンピュータで仕事に熱中しているフリをしているが、内心では胸が痛んでしょうがなかった。


 オレは、こいつを。


 そんな目で見ているワケではないと、何度となく自分に言い聞かせた。


 しかし、もう理性だけでは追いつかないのだ。


 一度、弟に彼女の顔を見られてしまったのだから。


 たとえ兄の命を奪っても、自分のものにしようと思っている存在がいる限り、メイに触れたくても触れられない。


 彼女が好いてくれているのは、おそらく兄の方だ。


 弟ではないのだ。


 兄を惨殺して手に入れたとしても、メイは怯え悲しみ軽蔑し、弟の存在をイヤだと思うだろう。


 このように、カイトの頭の中では、どこかの王家の骨肉の争い状態が展開してしまったのだ。


 理性的はあるが、身体の弱い兄の王カイト。


 傍若無人で力もあり、短気で体力のある弟の将軍カイト。


 身体の中に、二人の王族が住み。


 二人とも、メイに心を奪われている。


 兄は。


 弟を遠い戦地に追いやるか、反逆者として牢の中に閉じこめないと、自分と自分の妻を守ることが出来ないのだ。


 狩猟祭は、失敗に終わってしまったのである。


 自分の中の二人が、一人の女を争う。


 こんな三角関係になる日が来るなんて、カイトは想像だにしていなかった。


「もう寝ろ…」


 だから。


 カイトは、風呂上がりの彼女に背中を向けたまま、そう言うしかないのだ。


 いまの勢力では、弟の方が相当に強いのである。


 抱きしめて眠れば、弟は間違いなく大軍を擁して、兄を討伐するだろう。


 そして、メイを泣かせてしまう。


「おやすみなさい…無理しないでね」


 少し寂しそうで、でも優しい彼女の声も、いまは弟の勢力を強める役割しか果たしていない。


 骨肉の争いはまだ続き―― カイトは、仕事を続けた。



 兄は、まだ死ぬワケにはいかなかった。

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